第19話 謎の転校生B


 おはようございます、いかがお過ごしでしょーか。

 私は現状何の変哲もない中学二年生、有北さいか。

 でもでも、何かしらの変哲がある日々というものは、着々と迫ってきているのです。

 彼らは外堀、埋めてきますよ着々と。

 今朝起こったのも、そんなお話。 



 今日も今日とて自転車で、ぽつりぽつりと車が過ぎゆくのを見やりつつ、中学校へと歩みました。

 歩んだっていうか車輪を進めたんですけどね。

 しゃこしゃこ。

 そんなときです、例によって飴ちゃんが、ふいに呟きました。


「さいか、今度さー蟹場かにばさんと、どっか行く約束あるから行くわよ」


「ふーん……ああ……ええッ!? い、いつ?」


 約束あるから行くわよって―――なにそれ初耳なんですが。

 私がその場に行くの確定ですか?


「まだ決めてないけどとにかく町っていうか駅の方を案内するよ!」


 言って、私たちの住む県の県庁所在地名を挙げる飴ちゃん。

 あのあたりに行けば見られるお店がずらりと、頭に浮かびます。

 ええ……どうしよう。

 当日、どうしよう。

 ていうか今日この時点でもうどうしようと……準備あるし。

 朝からドキドキさせてくれますね、この女。

 飴ちゃんと自転車並走ちりんちりん、並んですいすい。


 ……本当は、直列な並びで走る方が追い抜く人に対してマナーが良い、そんな話ですが、この田舎町に朝っぱら、そんなに人々の往来がある道はありません。

 考えてて悲しくなることではありますけれど、そんなものですよね、きっと。



 とにかく、『どっか行く約束』ですか……アバウトだけれどお買い物とかかな。

 会ったばかりなのに三人で(もっと多いかも)市外しがいまでいく約束を取り付けるスピーディさ。

 とても真似できません。

 


 ……でも蟹場さんもこの町のことというか県のこと、知りたいだろうしなあ。

 何も知らずにソロで、この地にやってきたのでしょうか―――いや、家族はいらっしゃるでしょうけど。

 どうしよう。

 彼女の気持ち次第ですよね。

 


 そういえばお菓子を作ったりするのが趣味と言っていました。

 お菓子作り関係のお買い物とかなら、喜ぶでしょうか。

 いいなあ、そういうの―――甘いもの出されたらいくらでも食べますよ、私は。


 自転車でがしゃがしゃと漕いでたどり着いた中学校の駐輪所の屋根の下。

 いつも通り飴乃ちゃんとたどり着いたのは良しとしまして、教室前にまで行くと変化がありました―――なにやら騒がしかったです。

 

 

 何人かのクラスメイトがわいわいと話し込み、飴ちゃんもその輪の中に、さらっと飛び込んでいきました。

 廊下で、そのままおしゃべりを継続しています。

 私はそれをなんとなく通り過ぎ―――その時から兆候はあるにはあったのですが、とりあえずカバン置いてからでもいいでしょう。

 教科書を机の中に入れないと、ていうか荷物を降ろさないと落ち着かない性分なのです。

 

 我が教室、二年四組がざわついています。

 

 

「ねえねえ、聞いた?転校生だってー」


 ……?

 はて、どういうことでしょう。

 既視感きしかんならぬ既聞感……?

 私もつい口を出します。

 

「うん、蟹場さんのことなら?そうだ、飴ちゃんがね、今度いっしょにどこか行かないかっていう話をしていたんだけれど」


「違う違う」


「えっ、嘘?」


「違うのぉ?なになに、別の人が来るの?」



 クラスメイトがざわついていました。

 話を聞いてみると、またこのクラスに転校生が来るというのです。

 ……いやいやそんな阿呆な。

 転校生の来週からまだ一か月も経っていません。


「本当かなあ、うちのクラスに……?」


 じゃあ二人目ということ?などと考えていると。


「この前、来たばかりなのにへんだよねぇ~」


 

 甘ったるい声が耳に飛び込み、振り返ります。

 にっこり、と、お餅みたいなほっぺたの蟹場さんが微笑んでいました。

 背後にいたぁ、びっくり仰天。

 ちっちゃな身体だからか、それとも狩人の如き隠密性を持っているからか、気づきませんでした。


「うふあッ……かっ蟹場かにばさっ かかッ―――かに、かにかに」


 やばいです噛みまくりだ私、緊張して声があ!


「かにかに」


 彼女は両手でピースサインを作りながらチョキチョキと動かしていました(なにそれかわいい)。

 手もちっちゃいな、背丈だけでなく。



 誰にでも人当たりが良さそうな子でしたが、私にも話しかけてくれるとは―――驚いてしまいます。

 下手なクラスのマドンナも真っ青の存在感。

 焦りに焦る私。


「ああっ……! あのぅ」


「おはよぉ~」


「おォっ…おはよー!です……蟹場さん」

 

 きゃあきゃあと、近くの女子たちも釣られてでしょうか、笑いだします。

 前回の(?)転校生であるところの蟹場りずむちゃんは、既にクラスの多くの人となじんでいるように見えます。

 休み時間には隣のクラスからも彼女を覗き見に来る人がいるくらいで―――まあ珍しいですからね、こんな静かな町に。



 祭りのお神輿みたいに転校生は溺愛されています。

 取り合いが起こりそうな雰囲気でしたし、実際何度か、ぬいぐるみみたいに彼女の両腕の引っ張り合いが起きているのを目にしたことがあります。

 狐の嫁入りじゃーい。 

 癒し系な舌足らず声で、ミニサイズな彼女も、まんざらでもない様子に見えます。

 人生楽しそうだな、この子。

  

 とにもかくにもクラスメイトは、転校生の話題で持ちきりです。


「けどさー、本当に変だよね、昨日の今日じゃん?」


「いやいや、二週間は経ったってばあ」


「ものの例えだっつうの……普通、六年間で一回とか、転校生なんてそんな頻度だろうよ」


「六年間って! きゃはははは!ここに小学生気分の人があ! ココニイマスヨー!」


「……馬鹿!違うって」


 そんなこんなで男子が騒いでいます。

 どうなんでしょうね……。

 飴ちゃんが、おしゃべりグループの中で声を張りました。


「でもいいじゃん楽しそうで」

 

「……」


 私もなんとなく黙ってしまいます。


「はははははー! さいかさいかァ! なんであんたがビビってんのよォ、先輩でしょうがしっかりしなさい!」


 アメちゃんが爆笑しながら私を指さしつつ前進してきます。

 百パーセント満面の笑み、すごく堂々としていての動作なので言葉を失います。

 失礼だなとか思わないのかなあ……これ。

 まあ飴ちゃんは飴ちゃんだからしかたがないか……納得するしかない私です。



 転校生。

 その彼なのか彼女なのかに、別に委縮しているわけでも元気がないわけでもないのですが。

 ええ、不思議なこともあるものですね。

 不思議だな、転校生が二人目か。




 からあ、とドアが控えめな音とともに開きます。

 神斉先生がやってきて、朝礼をはじめようとしましたが「先生ぇー! 転校生が来るってマジですかぁ!」ああっ、食い気味に聞いてる。

 聞いているよぉ、もう。


「先生!転校生はどんな奴なんすか!」


「奴とかいうんじゃあいりません!どんな子なの、とか!」


「どんな子なの?誰に似てる?誰寄り?今やってるドラマで言うと!」


「どんな子でしょうねえ。会ってからのお楽しみよぉ?」


「身長何センチ!」


「ううん、聞いてみればいいんじゃない?」


「身長は? 体重は?」


「あまりそういうことは根掘り葉掘り聞くものではないわよ」


「血液型は!AB型!?」


「確率から言うと、違いそうねえ」


 そのあと、男子も女子も続けざまに口撃をしていました。

 私はその時、蟹場さんが神妙な表情で、考え事をしているのが印象に残りました。

 周囲のクラスメイトの動きが、皆大きかったからのギャップ見えでしょうか。

 そういえば私とだけ話したのでしょうか、今朝は。


 朝のあいさつタイム、朝礼が始まります。



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