第18話 狂気 9



「終わったようだね……!」


 人がすれ違うことに苦労する幅の、路地裏。

 陽が沈み切った夜道、人通りが多い歩道から角を曲がった場所。

 明かりが全く届かない闇を見つめていた少女は、青く、目を引くドレスを纏っている。

 夜道にたたずむ一人の少女に、声をかける者がいた。

 


 魔怪獣討伐状況の定時報告を受ける目的で訪れたマジカルマスコットは、柔らかな耳をわずかに持ち上げる。

 魔法協会の使い、メルテルであった。


「え、ひょっとして、ずっと見ていたってこと?」


 素っ頓狂に、高い声を上げつつ驚く様子は年相応であった。

 ピュアマッドネスの視線は不確かで、思惑は図れない。

 

「……まさか」


 ピュアマッドネスが。

 瞳を覆うレンズに、表の道路の電光掲示板の光が届き、反射している。

 かと思えば、すぐにその流線型は耳の後ろをするんと通り、収納された。

 魔怪獣と戦った後で、なにか作業をしていたらしい。


「見てはいないよ」


 彼女の魔法戦杖マジカルステッキの力にはできない。

 少なくとも本人の許可なしには。

 


 以前見せてもらった経験は、確かにある。

 メルテルは魔法協会員としての知識、経験を役立てようと、魔法戦杖マジカルステッキについて教授するつもりだった。

 魔法少女になったばかりの彼女に指南、チュートリアルの経験が必要だと

 だが、初志貫徹はならずだった。

 前例のない能力を前に、知識豊かな彼でも言葉を失う場面が多くなった。



 見てはいなかったと伝えたことに、ピュアマッドネスは安心を覚えたようだった。


「ふう……」


 椅子に背を預ける痩躯。

 ……どこから出したのかはわからない、椅子だ。

 疲れがたまっている様子だった。

 そのままため息の様なものを夜空に吐き出す。

 まさか。



「もしかして疲弊しているのかい? 確かにキミのステッキは、戦闘に特化してはいないから大変だと思うけれど」



 ピュアマッドネスの様子を見て、おもんぱかる彼。

 魔法少女の戦闘力は魔怪獣を凌駕しているとはいえ、ピュアマッドネスに負担を強いているのは予想できた。

 また、彼女は経験も浅く、決してベテランではない。



「ああ、ワタシは寝不足だがこれは―――魔怪獣をとらえてね、徹夜で解剖していたんだ」



 先ほどの戦闘行為が徹夜明けだと知り、メルテルは目を見開く。


「いや、ちょっと吹いた。徹夜は言い過ぎだった、寝たよ寝た。たぶん一時間くらい」


 ひらひらとする細い腕。

 なお睡眠時間を削ると成長に支障が出るというのが通説であるが、目の前の女子は既に長身の部類である。

 魔法少女をやる前は、必要十分に眠っていたことがうかがえる。



「成果はどうだい」


「骨格や臓器は普通の鹿と類似点もあった。 もちろん臓器もある、知らない臓器もある」


 そんなことをやっていたら寝る時間がだいぶ減ったよ、と。

 彼女はそんなことを言う。


「コアが……それを傷つけると駄目だからね……それさえなんとかすれば……!」


 中空を寝惚けまなこで見やり、そんなことを呟くマッドネス。



「それを……、そんなことをやってくれだなんて、ボクは一度でも言ったかい?」


「は。 ……敵を騙すにはまず味方から、だ」


 メルテルは聞いていたが疑問を持つ。

 味方……?それはどういう、まさか自分が?

 だが。


「……あ、違った。ごめんなんか、たぶん眠いわ、ワタシ今」


「……」


 普通に使う言葉を間違えただけのようだ。

 大丈夫かこの調子で。

 寝不足というのは別段、虚言でもないようだ。

 体力の限界を試す……マジカルな状況に、そんなものはないはずなんだが。



「つまり敵を……敵をだ、調べないとっていう、いわばサービスで、サービス残業なんだよ」



 メルテルは苦笑する。

 別に成人もしていない人間―――中身は単なる中学生に、サービス残業などというものを強いた覚えはないのだが。

 完全に彼女の意向および独断、言ってしまえば趣味でこれを行っているらしいことは、わかった。

 敵を調べる……もちろん魔法協会も、そんなことくらいは行っている。



 ★★★



「それで、終わったことは終わったがね―――残念な結果だよ」


 ピュアマッドネスは戦況報告をする。

 今日の戦い。

 終了した―――戦い。


「タスマニアデビルに似たタイプではあった。今日の魔怪獣―――それを捕らえ損ねた」


 彼女は残念そうだった。

 放心したような視線を闇に向けている―――悲しんでいるようにも見えた。


「捕らえなくとも……いい。 言っておいたはずだよ? キミに頼んでいるのは、魔怪獣の討伐だからね」


 そう言わなかったかい?と。

 メルテルは平時の口調ではあった。


「わかっているさ」


 しかし。


「しかし本当にいいのかな?ワタシで」


「問題ないよ」


 魔法装衣マジカルドレスが通常通り現れている時点で、魔法を使って戦っていく素質はある。

 中身がもう少し通常であればさらに良かったのだが。



「キミの能力のことをずっと考えていたよ……能力が多彩なのは結構だが……」


 考えるだけでなく友人に助けを求めたのだが、答えなど出るはずもない。

 友人ならぬ友マスコット。

 彼らには自分の不安だけを伝えてしまっただろうか。

 助けを求めたのだ、解決しない疑問があふれてしまった。


「面白いだろう?」


 自分は気に入っている、と言わんばかりの少女。


「多種多様な能力を使いこなせるのかい?」


「うん?」


 反応し、視線を合わせる仕草―――。

 とにかく顎をマジカルマスコットへ向けるピュアマッドネス。

 使いこなせないという考えを持っているのか。

 メルテルの疑問ももっともだった。

 奇怪な能力である。


「どうしてあんな能力にしたんだい?」


「イヤイヤイヤ……メルテルが言っていたんだろう、自分で決めるようなものではないと……決まっていたんだ、ワタシの魔法戦杖マジカルステッキはこういうものだと」


 おそらく―――生まれた時からというやつだ。

 そう呟いて夜空を見上げる。



 メルテルも熟知していた。

 魔法戦杖マジカルステッキはその人物の個性が反映される。

 心が形状になる。

 だからこそだ―――多様な能力と言えば聞こえがいいが、通常ありえないことだ。

 


 一体彼女の心はどんな複雑怪奇な構造なのだろう。

 あれもこれもしたい、と望む少女は今までもいたけれど、そんな多望な子が実際にその通りの多数の能力を使うことは稀だった。

 発現したとしても、一回も使う機会がないなんてことも、ありうるのに。


魔法戦杖マジカルステッキを活かしていくまでさ―――まあしかし」


 魔法戦杖マジカルステッキについてはマジカルマスコット以上に詳しいわけがない、とつぶやく。


「……余計なことが、機能が多すぎる」


 余計な、と言われてしまった。

 今日、あの魔怪獣フィルハリーに使ったもの以外にも、まだまだやりたかったことはあるのだ。

 また補充しないと。

 そう思うピュアマッドネス。


「討伐が進んでいるからいいものの―――いったいどういう精神構造をしていたら、あんなステッキが……?」


 マジカルマスコットはわずかに不快さを声に出して、目を閉じる。

 特に負傷もしていない、いつも通りの彼女を確認したし、やることはやった。

 そういわんばかりに踵を返し、闇夜の空に消えていく。

 魔怪獣討伐のペースは決して落ちていない。

 日本の平和は守られている……!




 ★★★




「一体どういう仕組みで……ね」


 メルテルの去り際を見送り―――そんなに変かな、と思うピュアマッドネス。

 

 あのマジカル小動物は空を駆けるような移動。

 打たれた野球ボールのような軌道である---風を切る音も聞こえなくなっていく。


 それはそれとして、彼女もこの場を去ることにした。

 ビルとビルの合間なら利用できる足場は多かった。

 


 兎や鹿どころではない跳躍力は魔法装衣マジカルドレス着用のためにできる芸当だ。

 身体能力を飛躍的に向上させるが、そのためには飛べると信じる心も不可欠。

 運動が得意というより、心が弾んでいるのが行動に現れただけだ。


 魔法少女の装備はどれも格別の性能。

 いずれはこれも調べてみたいという気持ちは―――湧かない。

 魔怪獣が優先だ。

 彼ら彼女ら?はまだまだ存在するし、その身体構造は個体ごとに全く違うという。

 まったく退屈しない毎日に、追いつけるか不安である。


「興味深い……!」



 今日の討伐は終了だ。

 討伐のも、もっと上手くいけば―――本当に楽しめたのだが。

 次の機会を待つしかない―――そう遠くはないことはわかる。


 魔怪獣討伐はこれからも続く。

 ならば、ただずっと同じように一匹一匹討伐することよりもやり方を変化させることを目指した方が効率的だ。

 いずれは同時に多数を討伐できる手も出来る見込みだ。



 ただ同じように倒していくだけでは、難しいだろう。

 どこかで違う攻撃方法も試していかなければならない。

 自分はまだ魔法少女になってから日が浅く、先は長いのだ。

  



 彼女が住む町が見えた。

 魔法少女にも、ふだん生活をする部屋がある。

 魔法少女以外の、現実面に関しても考える―――ずっと同じ毎日ではない。

 これから忙しくなる。

 新たな生活様式が待っているのだ。


「本当の部屋はここに持っているんだけれどね」


 彼女の手にはステッキが握られている。

 何の変哲もないように見える、ただのステッキが。




 ―――魔法戦杖マジカルステッキ『窮絡究室』メイデン・ディセクション


 ピュアマッドネスの魔法戦杖マジカルステッキ

 発動と同時に全部で五室で構成された固有結界を生み出し、自身と敵を丸ごと隔離することができる。

 それは具現化された、彼女専用のである。


 凍傷実験、耐電耐久試験など、多岐にわたる設備のすべては、魔怪獣に対してという条件付きで実行可能。

 検体の保管庫も完備。

 実験項目は使用者であるピュアマッドネス自身にも、すべては把握できていない。

 だが彼女は、それを複雑な能力だと思ったことはない。

 特別、メルテルに対して強く秘匿しているわけでもなかった。


「魔怪獣をたくさん知りたいなあ―――っていう、それだけのシンプルな魔法戦杖マジカルステッキなのに」


 どうしてわかってくれないかなあ。





 ★★★





「管制室……!」


 夜道に転がる異形があった。

 尋常ならざる魔法戦杖マジカルステッキ『窮絡究室』メイデン・ディセクションの脱出口ギロチンにより致命的な負傷を負ったフィルハリーである。

 ピュアマッドネスは彼が未だ生きていることまでは把握していなかった。

 相当の負傷を負えば魔力光がスパークし爆発するという認識を当然持っていたが。



 上半身のみでまだ生命力を持つフィルハリーが通信機を作動させた。

 まもなくコアが爆発する、自身の死期を悟ってのことである。

 駄目だ、時間がない―――何もできない?


『オイ!どうしたフィルハリー!生きていたのか!今どこにいる』


 同志が呼びかける声が聞こえる。


『連絡が取れなかったからやられてしまったのかと思ったぞ―――やはり、ピュアグラトニーの襲撃か』


「―――そうじゃない」


「どうなっている? ほかの連中は!」


 真実を伝えなければならない。

 そうしないと身は守れない。

 彼は最後まで同志のために生きた。



「『ピュアマッドネス』が……『二人目』……!」


 魔力光がスパークするのを抑えられなかった。

 絶命、爆発した暴風が路上に吹き抜けていった。


 魔怪獣組織に第二の脅威の正式名称が知れ渡った、その最初の事件である。

 


 それは今夜の前に、既に始まっていた。

 魔怪獣たちに敵が現れたと確認されて以降、討伐されたと確定している者が多数を占めていた。

 だが、着々と数を増やしている。

 倒されたのではなく、行方不明になった魔怪獣たちが。




 それは魔法協会がようする魔法少女の中でも異端中の異端。

 魔法少女よりも魔怪獣を愛する狂気を持つ。

 敵の討伐を使命とする魔法少女でありながら、専門を魔怪獣と定めた研究狂マッドサイエンティストでもある。



 ピュアマッドネス。

 魔怪獣はその行方を全力で追い始めたが、正体共々ともども、いまだ不明のままである。



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