第14話 狂気 5




 人間から恐怖の感情エネルギーを奪うため、魔界よりやってきた凶悪異形の集団。

 魔怪獣組織カナ・リメーワク。 

 その指揮を、現在一身で担うレッベルテウス。

 司令官の耳に入ってくる情報は増え続けていった。

 



 今回届いたのも、当然のようにピュアグラトニーの件であると予想はできた。

 すでに組織に所属する同志への被害は、百体以上にも及んでいるのだ。

 そして劇的な対策も、完成していないというのが上からの状況報告。

 エネルギークリスタル回収進度、そのノルマは達成されていない状態が続いて。

 その目途は、未だついていない。



「なに―――フィルハリーの隊が? 今度は?」



 また新たな隊か、と何も考えずに聞き返したレッベルテウス。

 百獣の王の鬣を持つが、その表情は苦虫を噛み潰す。

 噛み潰すにも苦心しつくした。

 例の魔法少女、オレンジのやつだろうと、なかば幹部間でも飽き飽きしている報告である。

 飽きと、うんざりと。


 部下は顔色を窺いつつも、報告を続ける。

 もっとも、人間ほどその気はない―――姿かたちがそれぞれで違いすぎるが故だった。

 皆全く違った生物。

 同じ同志であろうが、それほど相手の気持ちがわからない。


 

「ええ、確かに状況から考えて十二体の所属、全員がやられたと考えるのが妥当です。その通りですが、少し、様子がおかしく―――」



「なんだ?」



 報告しに来たカバの様な魔怪獣は、途中で言い淀む。

 彼にまで上がってきた複数の報告によると、違った意味があるのだった。



「別の隊がピュアグラトニーの襲撃を受けました―――大多数が撃破され、何とか逃げ切った者がいまして。 それがほぼ同時刻でした……」


 場所もかなり離れているということだ。

 この日、同じ時間帯に二件の襲撃があったのだ。

 逃げ切った者がいたからには、目撃した特徴も確かなものになる。

 ピュアグラトニーがいて、その能力で襲われ、しかし別の被害も別の場所であった確かな事実。



「……どうせ同じようなものだろう」


 連日の悪いニュースに脳死気味のレッベルテウスである。

 ……これも考えなければならないことなのか。

 部下とは離れた後も、廊下で考えながら歩みを進める。

 その、現司令官の恐ろしい形相。

 曲がり角を折れて歩き、ぶつかりそうになった数匹が、壁に張り付かんばかりの勢いでもって避けた。



 ―――ちい!

 またかよ!どうしてこうなった―――?

 今頃はエネルギーが船内にため込む貯蔵限界のめどが立ち、威風堂々と故郷に帰るか、もしくは、なんだ……祝杯を挙げるかのどちらかだったはずだ。

 俺たちの種族の繁栄のめどが、こちら側でも立つ。

 人間優位の世界を一つ終わらせるはずだった。



 それがなんだ?

 今のこの状況は。

 今日の報告で新しい問題が現れた。


「『他』があるとでもいうのか……? ピュアグラトニーだけでなく、他の、何かが……っ」


 我々の邪魔をする者が。

 者か、あるいは正体不明の要素が。


「……魔法協会め!」


 マジカルマスコットの目撃証言の数々は確かに魔怪獣から上がってはいるものの、当の下手人げしゅにんであるところの、ピュアグラトニーについてはまるでわかっていない。

 それも怒りの原因であった。

 能力を調べ、弱点の一つでもあれば話は別なのだが、返り討ちに会った同志のみが無限に増えていく。







 ★★★






「な、何だと……?」


 フィルハリーは聞き返した。

 聞き返した相手は背後にいて、見えない。

 殺されるか。

 その覚悟をする、せざるを得ない状況に、自分は置かれている。

 

 


 背後を取られたままで、両腕、いや両前足は拘束された状態だ。

 いつ……次の瞬間にも胸を貫かれるか。

 コアまで凍り付く思いだ。

 しかしどうも様子がおかしい……背後の女。

 


「お前は、わかっているのか―――誰に、何を言っているか」


 ……討伐をするつもりはない?



「ああ、ワタシはキミたちを倒せというを受けている。その通りだ」


「……」


「ワタシは『魔法少女』だからね……」


 命令を受けている立場にあることは俺の知るところではなかった……だが、なんだ。

 なんだ……好戦的な印象は受けない。

 そういう空気には敏感なフィルハリーである。

 獣的な勘は、野生ではないにしても常に張っている。

 だが背後を取られていては好感から遥か遠い。

 ここで安堵などできるはずもない。。



「何を言っているか……言いたいのかわからないな……」


 聞かせろ、と小さく問う。

 両肩に届きそうだった、その手が引いた。

 後ろに歩いていく……。

 俺は、疑いながらゆっくりと振り返って、睨み合う。




 女の衣装はブルーを塗りたくった、およそ自然界に存在しない色だった。

 魔界にある荒野湿地、草木―――。

 人間界の野生とはまた趣を異にするその地では、魔怪獣といえども安心できなかった。

 他の魔物との縄張り争い、かろうじてそれに打ち勝ち、領土を広げようともエネルギーの枯渇は、どうにもできず。

 死屍累々である。



 その毒々しい光景とはまた異質の、ありえなさを覚える。

 ―――不自然な女。

 きわめて不自然な少女だと、獣からはそう映る。




「ワタシは、ワタシ自身は―――キミたちの討伐を望んでいない」

 

 先ほどの台詞をもう一度繰り返す女。

 凛然たる目つきで自分を見下してくるかと思いきや、そうではなかった。

 敵のはずだが、どういう目だ、そんなに開いて―――。



 少女の両腕は視える―――俺の視界内にあり、武器は持っていないようだ。



「……どういうことだ」


 討伐を、戦闘をいやむ心情がある?

 信じられない。

 信じる理由がない……奴のすべてが敵意を産む。

 敵意が膨張している、消えはしない。



 俺は、助かったが……今は健在だが隊の他の奴らは、ここにいない……?

 おそらく、やられた。

 桟道さんどう

 この崩れそうな崖道的状況は、何ひとつマシになっていないのだ。

 


 だが……手が出せない。

 出しても良い結果は産まない。

 理由がわからないが、今俺が、背後を取られたことは確かだ。

 一瞬の隙をついての移動だとしても、ありえないほどの速度。



 敵も怪物であると確信するフィルハリー。

 何か驚異的な身体能力があるのか。

 否―――自分か。

 自分が遅いのか?

 意識が目覚めたばかりだ―――本調子ではない。

 あくまで、そんな気がするという感覚だ、想い。

 そして野生の獣にとってそれ以上重要な勘はない。



「俺たちは人間から搾り取るぜ―――当然、うるさい魔法協会から目をつけられていることくらい全部承知の上だ」


「そうだ、全部見ていた」


「なら……」


「キミたちは感情エネルギーを求めている」


「……」


「知りたいんだよ……!『魔怪獣という存在』を」


「はッ……」


 気持ち悪い奴だ。

 実に―――気持ち悪い存在だ。

 俺たちを知りたい?

 知って何をどうする。敵であることは変わりようもない。

 奴の考えていることはわからず、何を言っても確証はない。

 


 何を企んでいる……。

 組織ぐるみで動いているんだ。

 今さら何が変わる。


「俺を、俺でなくても他の連中を殺しただろうに」


「……殺した」


 青い敵はそう口にしたとき本能によってフィルハリーは姿勢を低くする。

 もともとそのつもりだった。

 俺は踏爪に力を加え、床の感触を、いま一度確かめる。


「ワタシに一挙に襲い掛かられ、話を聞いてもらえなかった! そっ、それでも―――!」



「やかましいぞッ!」



 フィルハリーは前足の間に張っている鎖を口にくわえた。

 顎に渾身の力を籠める。



「っギィ……!」


 タスマニアデビル。

 咬合力が非常に強く、骨をも砕いて胃に納めてしまう。

 魔界の野生であるフィルハリーのそれは、人間界の一部地域にしか存在しないその種を。はるか凌駕する―――!



 金切り声の音。

 一瞬ののち、金属の破砕音が室内に響き渡る。

 彼の強靭な能力は爪の鋭さよりも、咬合力の異常性にあった。



「ぅ……ッ!」


 少女は確かに怯んだ表情を見せる。


「あ ちょっとォ!? ―――」


 青い少女に鎖の破片が放り飛び、彼女は緩く飛んだひとつを、手で払う素振りに入った。

 隙がある無いにかかわらず、すかさず跳躍する獣。



 切り裂くつもりだった。

 双方は紙一重ですれ違い、フィルハリーは勢い余り、隣の部屋に侵入し着地する。

 二転三転、角にぶつかり。

 彼は低い姿勢から、その室内を見上げた。


「……ちぃッ!」


 また同じような壁の部屋だ。

 しかし―――。

 避けるのが上手い奴だ……!

 とにかく離れるか、これ以上奴のペースに乗せられるのはまずい。

 走力を生かし、いったん離れてから戦闘継続か本部帰還か、そういった諸々を判断するつもりだったが、彼はそこで停止する。

 再会により、新しい選択肢が出現した。




 以前、隊長の座について話していた同志。

 木の枝のような角を伸ばした、牡鹿のような魔怪獣

 知った仲である彼が、見下ろしていたのだ。 

 味方が、こんなところに―――。


「ヘ……ヘミオー!?」


 笑みを浮かべて停止してしまうフィルハリーだった。

 しめたぞ、これで二対一の形勢が出来る。

 この状況から生還できるのだ。




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