第12話 狂気 3


 部屋ではスーツ姿の男が、椅子に腰かけていた。

「その時」に着ていた服装でインタビューを受けて欲しいと、彼は、目の前に並んでいる男あるいは女に、しつこくせがまれたのだった。

―――誰に?

 テレビ局の人間にである。



 狭い部屋だ―――彼は囲まれていた。

 仰々しさはあるものの、恐ろしい魔怪獣などではなく、通常の人間たちに、である。


 皆、その目ではなく、カメラや音声機材によって彼を映そう、知ろうとしている。

 放送、報道を務めとするテレビ局の人間は、自身の身体のように大きなカメラを向け録画を開始した。





【会社員 麻野寺あのでら庄一(41)さんの証言】。

 のちに、その収録した画面の下にそんなテロップが追加される予定だ。



「ええ、謎の生物―――そのう、いまでいうところの、『魔怪獣』マカイジュウですか? 魔怪獣とやらに会いました。 ええ……間違いありません、確かに私は襲われていました。 謎の生物に。 道を歩いていただけで―――ええ、夜道です」



 ―――どんな生物でした?


「……でっかい、くまたぬき?……いやいや、暗くて、わからない。 時間が時間ですから。 びっくりしましたよ。 ええ、知識としては―――謎の生物のニュースは知っていました、少しは。それでも―――自分のところに来るなんて思わないじゃあないですか」


 ―――襲われたんですね、人間を襲っている化け物であると。



「そうですよ、ええ、大丈夫じゃあないですよそんなもの。ものすごい力でした。靴が地面から離れまして、それくらい持ち上げられて―――もう、とにかく逃げようとはするんですが、なんだろう、見えない何かに夢中なようで―――その、魔怪獣が? でも、そのあと、来たんですよ」


 ―――助けが来たんですね?


「助けが来たといっても、別に、あの警察のヒトとかじゃあなくてですね。いや、色はちょっと黒い青だから、その関係者かなって思いはしましたよ。にこやかに笑ったんです。ええ、紳士的?な態度。いや、彼女だから、淑女ですね」


 ―――彼女。



「そうなんです、間違いなく女性、っというより―――まだ年端もいかない女の子で。 いや助かりましたよ―――でも本当に、何もかもあっという間でした。 ただ見ていることしかできませんでしたよ」


……。


「困ったときに助けに来てくれるヒーローって、いるんですね。そう思いましたよ。いや、彼女は彼女だから、ヒロインなんでしょうね」


 ―――その少女については、お聞かせ願えますか?あなたが頼りなんです。

 空世辞からせじではなく、他の業界の人間に先んじて欲している情報であった。

 剣の切っ先のように向けられていた機材が、より密集したように感じる。

 圧力強め。

 麻野寺は行き詰ったが、やがて嘆息する。

 話をつづけた。


「ええと―――、でも……彼女のことは結局わからないことだらけで……それでよければ」






 ★★★





 紫の光がスパークし、爆発した。

 魔怪獣と彼女の争いが終わる。 

 夜の街に弾けるその音が、完全に鳴りやんだ頃だった。


「ああ……みなさん。大変でしたね」


 夜道ではあるが、だからこそ声ははっきりと聞こえた。

 十代前半と思しき、少女の声色だった。

 え?そんなに若い……?

 疑問に思う。

 

 様子をうかがい、路上につくばう女性に手を貸したりなど、していた。

 女性は、手を差し出された瞬間に、痙攣の様な反応で驚き、一人で起き上がった。

 周囲のすべてにおびえている―――私も同様だったが。

 また、その、路上で着るには目立ちすぎる衣装、女の戦闘力を間近で体感してもいた。

 怪物、魔怪獣を退治した、個の存在にたいし、警戒をしてしまうのも無理はなかった。


 彼女は未だ首の痛みがぬぐい切れない私の前で、両手を広げていた。

 自分は味方である、というようなアピールをしたかったようだ。

 化け物に突然襲撃されて、慄然りつぜんとした心を正せない私を見てのジェスチャーだろう。



 腰を抜かしたままの私は疑問を覚える。すべてに戸惑う。

 眼界がんかいの外には、私と同じような境遇の一般人が何人も倒れている。

 気絶していないのは私だけかもしれない。



 みんな揃って、命は、とにかく助かったらしい。

 良い人が……来たらしい。


「もう、大丈夫なんですか?その……あの、バケモノは」


「ああ、『魔怪獣』はもう一通り、止めました」


 はきはきと明るい、嬉しそうな声だったが、電灯の逆光で、顔はあまり見えない。




 平坦かつ、丁寧な物腰だった。

 ひらひらと手を振り、もうさようなら、心配ならばけがを誰かに見てもらうといいよ、医者にでも行けばよいでしょう、というようなことを早口でまくし立てる。

 視点がきょろきょろと宙をさまよう、少女。

 ……急いでいるのだろうか?そんな印象だけ受けた。


 電灯の光で、その顔がちらり見えた。そして体格。

 また成長期かという脚の細さを目にして言葉を失う。

 やはり予感はしていた―――彼女は若い。



 事態を解決した彼女が、自分よりも明らかな年下だと気づいてしまった。

 だが月明りと、ビルの影に差し込む町の光で、それだけが頼りで―――すべては見えない。

 見えないけれど、知りたいという気持ちはあった。

 知りたい……なにせ恩人だ、なにせ命の、恩人だ。

 未だ麻痺のように痛い喉で、声を上げた。



「キ、キミは……?」


「魔法少女ッ」



 答えた彼女は早口だった。


「魔法少女……が!来たからには!もう大丈夫……です」


 言いなおしていく。


「ああ、やっぱり慣れないな……まあいいか」


 ゴメンね。なったばかりだから―――。

 適当そうに、独りちて。

 ……どうも、表情豊かな雰囲気だけは感じる。



 少女の服装にも目を奪われる。

 別段、露出が激しかったわけではなく、色が強烈然としていた。

 ブルー。

 その服装はまるごとポスターカラーで塗ったような色合いだ。

 夜間でも目立つものは目立つ。



 フラッシュ。

 どこかから車のヘッドビームが届いて、彼女の身体を照らした。

 宝石のような装飾がそのコスチュームの細部にあしらわれていると気づく。

 顔は白く見えた―――視線はどこか遠くへ向け、利発そうな雰囲気を持っていた。



 などというような特徴はあれど、先ほどの立ち回りを見せるような要素はまるでない。

 あの―――戦闘力。

 スカート姿のままに怪物たちを……彼女の言うところの『魔怪獣』を、おおよそ十体、倒した。

どうやってなのか、首を絞められたりしていた私にはわからなかったが。


 そんな彼女は一体。

 いよいよ意味が分からなくなった私。


 さっきの獣に関しても正体不明だが、それを倒すあるいは追い払う、彼女は謎が多かった。

 近くで、意識がある通行人もいたし事態が収束してから来た者もいただろうが、同じような心境だったろう。



「ワタシはちょっと……これで行かなければならない」



 恥ずかしそうに言う少女に、思わず手を伸ばしそうになる。

 かける言葉は特に見当たらなかった。

 助けてもらったことは事実だったが、なにかお礼の言葉をかけるような余裕は、まだ回復していない。



 ウウウー、と暗闇に響く電子音。

 遠くからサイレンの音が聞こえる。

 もしかしてこの事態を見て通報した誰かがいるのかもしれない、と思い立った。



「ちょーっと、やることがあってね?」



 少女、いや魔法少女と名乗った華美な衣装の少女は、魔怪獣の前に歩いていく。

 先ほど倒した一体だ。

 なんだろう、としか思えない私。

 疑問に思ったが、恐ろしい獣がまた、目を覚まして襲い掛かられるよりははるかに良かったので、黙ってそれを見るのみだった。



 やはり表情は夜間のため見えないが、彼女は利き腕を上げる。

 利き腕だけでなく、その先にあった杖―――。

 細やかな装飾が施されているものなんてそうそう見ないから、最初は何なのかわからなかったが、あれはステッキだった。

 そう、ステッキを。

 彼女は小声でぼそぼそと、何事か呟いていた。



魔法戦杖マジカルステッキ―――『    』」


 かっ、と夜道が照らされた。

 眩しくて、それとまた、何かが起こるのかという驚愕。

 私は目を背けてしまった。



 そうした隙に青い服の少女は視界から消え―――。

 目を疑った。

 消えた?



「魔法……少女?」


 言葉を繰り返してはみるものの、何もかもがわからない。

 周りに人が少しずつ集まってくるまで、私はぼうっとしていた。

 わけもわからないままに、その魔法少女と魔怪獣はいなくなった。





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