第11話 狂気 2



 人間の首は締めることは容易かった。

 弾力のない、おそらく骨の感触がわかるほどに強くつかめば、それは現れる。

 締めていない方の手で紫の石をつかみ取る。

 感情エネルギーのクリスタルが、淡い紫光を放っている。

 


 月明りや町の光を受けて、光ったように見える紫の光。

 ビルの明かりがまだ眩しい大都会。

 闇夜のアスファルトジャングルを飛び回る魔怪獣たちは、道を行く、手ごろな人間を見つけてエネルギーを集めていた。



 

 建物の密集地で堂々と人を襲う魔怪獣は、現時点で多い。

 グジュライメ隊全滅の場所は森林地帯に近かったらしいことが、どこか、関係しているのかもしれなかった。

 あれが最初の被害だったため、そこから離れたい深層心理があるのだろうか。


 不安要素はあった。

 この次の瞬間に隊があの憎きピュアグラトニー、その伸縮自在の手により攻撃される可能性はある。

 

 不安ではない……はずだ。

 自分に言い聞かせるフィルハリーだが、警戒はする。

 目撃例は多数、場所は日本各地であり、どうも自在に飛び回ることができるらしい。

 そして、親友の行方は。



「ヘミオー……」



 木の枝のような角を持つ、背の高い魔怪獣を思い浮かべる。

 子の人間界に来るはるか以前から知る関係、馴染みであった。

 奴が隊長の座を狙っていたことを思い出す。



 実際のところ、あの発言はあながち、的が外れてもいない。

 人間界侵攻が始まったからには、これからが勝負。

 組織内の派閥、勢力が動き出すという話が合った。

 これからは人間界で結果を出したやつが幅を利かせる、とは同志の中の一部で騒いでいる、うわさ話である。

 様々な思考は、人間の叫びにかき消された。

 続いて、聞き飽きた仲間の驚喜の声が。


「―――ギャハハハ!!」


 見れば人間がもがいている。

 腕一本で大の大人を吊り上げる力を、魔怪獣の多くは持っていた。

 奴はもっとも獣らしい方法でもって―――つまり顎と牙で、人間を吊り上げている。

 革靴を宙に揺らし、もがく人間から紫の光が散らばる。

 衣服が牙に絡んでいる。

 

 見る見るうちにエネルギーが沸いていく。

 それは人間の肌から産み落としているように、見える。


「ば、バケモノ……!」


 人間の声がか細く響く。


「ヒヒヒ」


 純粋な嬉しさがこぼれた結果。

 餌を得ることに喜びを感じない獣はいない。

 いや―――強いて挙げるとするならば安心の感情。


 今の故郷ではこうやって好きなようにエネルギーを得られることはなかった。

 自分たちの働き如何いかんでは、魔怪獣は繁栄を続けるだろう。

 もっとも、自分たちの数が増えすぎたためにしなけらばならなくなった、魔界外遠征である。



 「おい、きゃはは!おい!それマジかよ」


別の方向からも同じ隊の声がした―――。

濁った野太い声、あれはタリーとゲミレミだ。

 放り投げたのは人間だった。もてあそんでいる。


 衣服が風切音を大きくし、闇夜に響かせていた。

 人間を振り回す。

 牙で掴んで、首の力で放り投げる。


「があっ!」


 衝撃を受けた人間の悲鳴。


 俺は黙ってそれを見ていた。

 恐怖のエネルギーが出てくるなら何でもいい、という希望。

 組織の共通思想。

 もたついているよりははるかに良い。


 俺は腕力のみでつるし上げる。

 そして首をひねる。


「痛みは恐怖……!」


 鬱血し、呼吸に精一杯になる人間の―――男か。

 人間の性別や容姿は、どうもわかりにくい。

 わかろうとする意志が全くわかない。

 しいて言えば―――


「オイ!若いのが行ったぞ!あっちだ」


「若いのはすぐ恐怖する!」


 

 人間がそれぞれ持つエネルギーの度合いは、個体差があることもそろそろわかってきた。

 エネルギーをその手でかっさらう。

 今宵も順調である。



 人間を牙でつかみ投げる遊びは、思いのほか残念な結果をもたらした。

 恐怖を与えれば与えるほど効率は良いと考えたが。

 成果が薄い。

 痛みを覚えた、あるいは覚え過ぎた人間は恐怖をそれほど増大はさせないようだった。


 気絶する者がいる。

 気絶した場合は恐怖どころか、あらゆる感情を出さなくなった。

 これには萎えてしまう同志たち。


「痛みは恐怖、だと思ったのだが……」 


 感情エネルギーが増えていかない。

 ただいたずらに痛み、痛覚だけを増やしているためだからなのか、はっきりした答えはないが。

 ……痛みあるいは怒りか。

 悲しみか。

 代わりに人間に集まるのは。

 


 だが奇妙なことが起こった。


「なんだ……あれは?」


 フィルハリーは異変に気付く。

 視界の端だった―――魔怪獣が動いていない―――。一体、倒れている。


「オイ」


 目を覚ませと呼びかけた。

 ゲミレミの不細工なツラが見える、動かない。 

 さぼっているわけでもあるまいと思いつつ、近寄っていく。

 奴は無表情だ―――睡眠時のそれに近い。



 足音がして、顔を上げるフィルハリー―――。

 そうだ、タリーと一緒にいたのだ。

 目の前に誰かがいた。

 人間だ。

 ―――様子がおかしい。

 


 この人間……人間だよな?普通の……。

 逃げ出そうという気配もなければ、震えて動けないわけでもない。

 暗いが俺の視覚ならばその様子が見える。

 ただ、普通に立っている、直立不動。

 そして俺を見つめている。

 表情は―――奴の片手が触れていて、よく見えない。



「……」



 電灯の下に歩んで出てきたとき、わずかに驚いた。

 その女は薄く笑っていた。

 やや尾長な衣を身に着けた、先ほどまでの連中とは雰囲気が違う。


「……お前、は……」


「ふふふ……!」


 その女は踏み込んできた。

 勢いはある―――だが!


「っ!」


 敵だ。

 夜道の蛍光灯にきらめいた金属の光、刃物で切り裂かれたことで発覚。

 武器を持っているのか、俺に、俺たちに盾突こうとして?

 

 だがそれで何とかなると持ったか、正気か、お前は。

 すれ違いざまに受けた切り傷。

 ……大きな傷ではない。

 俺は視線を、敵にくぎ付けにする―――臨戦態勢の構えだ。


「なんだ、お前は!」


 同じ隊の魔界獣も、近くに何体かいる。各々が気づいて叫ぶ―――。

 魔怪獣にたてつく人間のような、何かが目の前にいる。

 ピュアグラトニー……?


 フィルハリーはとっさに、現状もっとも危険性が高いものを連想する。

 疑う―――疑って、仮に奴だとするならば。



「注意、すべきは敵の両腕……!」



 視線を移すが、全く普通の人間の腕がぶら下がっているのみである。

 その四肢はむしろ、普通の人間より細い。

 その手が上がる。


 奴はきらめく刃物を持っていた。

 だがその小さなナイフに、俺たちをどうにかする危険性はないだろう。

 どう目を凝らして見ても、魔怪獣の皮を貫くには非力な装備だ。


 しばし、警戒のまま対峙する。

 距離は開いている―――来るなら来い、俺の爪で、牙で、やってやる。



 敵を目視で分析していたフィルハリーが、飛び掛かり組み伏せるタイミングを考え始めた、その時に猛烈な吐き気が襲った。

 ただでさえ暗さ、人工的、複雑な光源がある街。

 その視界がぼやける。



「がっ…なにしやが……た……?」


 呼吸が乱れる。

 正体不明の、身体の異変。

 だが、疑問を口に出してから分かった。

 もしや、といくつか思いを巡らせる。

 魔怪獣は、鼻の利くものが多い―――嗅ぎ慣れない、強い匂いがある。


「武器に塗った麻痺薬だよ。―――もっとも、この世界のどこにも存在しない種類だがね」


 悪い予感は当たっていたようだ。

 だが、一体これは。

 奴は。


「な、何者……の……?」



 喉から声を絞り出すことも限界だった。

 視界が白一色になり、倒れる魔怪獣。


 人工の明かりで、歩く人影がはっきりと照らされた。

 染みひとつない肌も、幽霊のように浮かび上がる。


 瞳に強い輝きを湛えた、青い服の少女だった。

 平らな額が街灯を受けている。

 空の青というよりも、コバルトブルー。

 ペンキで塗りたくったような、およそ自然界には存在しないカラーリングである。

 

 精一杯にやっている、と主張するような声で呟く。

 彼女は。


「はっ。何ってそんなもの……魔法少女だよ」

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