第二章

第10話 狂気 1



 闇色の宇宙に輝いて浮かぶ戦艦。

悪の総本山たる魔怪獣たちの秘密基地と言える船内は、困惑の最中さなかにあった。

同様―――困却こんきゃく

 日が経つにつれ、動揺は伝搬する。


「―――おい、聞いたかよ?」


「オレンジ色で」


「ああ、そうらしいな―――さながら人間界の守護神ってところかよ」


「だから、どこにでも出るんだよ。突然現れて……」


「食われるって、本当にそんなことが……そいつが、つまり巨大だってことか?」


「仲間がその隊にいた。それで……ピュアグラトニーに」


 魔怪獣の仲間内では常識、既にそれは噂になっていた。

 人間界に現れたオレンジ色の少女。

 ピュアグラトニー。



 その少女は名乗りはするが、敵であるということ以外、ろくにわかっていない。

 わかっていないというより、情報が錯綜している傾向にある。

 


 高い戦闘力を持ち、そしてそれだけにとどまらない特殊性。

 出自しゅつじは一切わかっていない。

魔法協会が絡んでいることはわかっているが、だからと言って、故郷にそのような存在はなかった。


 噂は噂を呼び、雪だるま式に増えていく。

その女は魔怪獣より巨大で、掴まれて持ち上げられた、いや一皮むけば怪獣であったなど、どこか尾ひれと言えるものも多数ついていた。

仮に真実の姿を事細かに説明しても、それはそれで馬鹿げた存在に違いがなかった。

 



 脅威に関しては伝わっていた。

 実際に組織に損害ダメージが生じている以上、警戒は、続けなければならない。

自分たちが普段顔を突き合わせている者たちに及ぼされている被害。



 被害が実際に周囲で起きている―――当事者なだけあり、みな沈痛な面持ちである。

作戦を達成できなくなった隊が多い。

もはや流言飛語と笑い受け流すわけにもいかなくなった。

 人間界には脅威がある。

 自分たちに通用する、脅かす、害を成す―――そんな存在が。






 ★★★





 魔怪獣組織、船内の一角。

 キツネのような姿をしている、魔怪獣ループレは。

 聞き耳を立てている―――なお、キツネならば、聴覚に関して非常に優れていることが知られている。

 狩りの際に、草や雪で獲物の姿が見えなくとも位置を正確に把握できるほどだ。


「ドルギー親分」


「オレも聞いている……聞いているさ」


 猟犬は当然、聞き耳を立てていた。

 何やら、我々魔怪獣にとっての敵が現れたらしい。

そして、どうも分が悪い。

それほどの厄介事が現れたし、この様子だと必要以上に恐れている。

 あの隊の中でも武闘派だったポディーデがその少女にやられたという話は、記憶に残った。


「そいつは中々に、厄介だそうだな」


「ドルギー……さん」


 以前、名前の後に親分を付けて呼んだら怒られたことを思い出し。キツネは座りなおして姿勢を正す―――人間のように、ではなく丸まって床につくだけだったが。

 決して猟犬の乱暴さにおびえているわけではない。

 むしろ優しげにも見える、ドルギーの不思議な眼光。

 あまりループレをまっすぐに見つめることはないが。

 ドルギージスは呟く。


「なんてことだ……やられちまって」


 瞳がゆがむドルギージスだが。

 ループレは不審そうにする。


「ドルギーさん、これ、笑ってる場合じゃあないっすよ、味方がやられている。これ、俺たちも関係ありありです」


「そうだな……」


 楽な任務だっていう話だったのに、これじゃあ話が違うよな―――猟犬は呟く。

 困惑する様子のループレ。

 つるんでは行動はするが、すべての感情を理解はできない。


「ドルギーさん……自分は、明日出撃でるんすけど……」


「そうか、頑張れよ」


「イヤ……ほかに何かないっすか」


「……ピュアグラトニーに会ったら、それを話せ、お前が目にした強さ、すべてをだ」


「……?ま、まあそうしますけれど……自分、死にたくないんで」



 ★★★



 そんなドルギージス達をなんとなく見ていた者がいた。

 つい目を引いてしまう、普段から何を考えているのかよくわからない猟犬と―――耳をピンとたてたキツネ型の魔怪人は確かループレといったか。



 いや、俺はドルギージスの取り巻き達とは、会話をしていないだけか。

 話していない、ただ遠目から眺めることが多かった。

 ……まあ、どうでもいいことのはずだが。


「どうだ、フィルハリー」


 彼は声をかけられて振り向く。

 木の枝のような角を伸ばした、牡鹿のような魔怪獣がいた。

 ヘミオーという、知る仲であった。

 俺たちの隊は隊で、心境を一つにしないとな。

 そう励まされる。


「どうもこうもない。続けるしかないだろう」


「……確かに、感情エネルギーも、予定の数にはまだまだ遠いからな」


「……」


 予定の数には遠い。

 魔怪獣組織の集めたエネルギーを貯蔵する一室がある。

 そこの管理役に聞けば詳しい量はわかるだろうが―――聞くまでもないだろう。

 エネルギーが足りない。

 任務は始まったばかりだ。



 魔怪獣たちに伝えられた連絡はいくつかあった。

 組織内のうわさとは違う、上層部からの命令。 

 オレンジ色の少女が敵として現れることがある。


 敵だが、対策を練っている、それまでは警戒、戦いから逃げることも許可されている。

 敵は極めて異質、力押しで何とかできる相手ではないようだ。

 一頭で立ち向かうなどもってのほかである。

 だが、それを真に受けないものも、組織内にはいた。

 目の前の牡鹿は言う。



「もしよ……その『ピュアグラトニー』を仕留めたら、俺は」


 遠い目をしていた。

 しかし、その眼光は燃えていた。


「俺は、隊長になれるかな…?」


「……馬鹿なことを!」


 反射的に否定した。

 だがそのあとの言葉は迷った。

 仮にだが、現状唯一の敵を仕留めれば、レッベルテウス様や総統様も、お喜びになるだろう。

 奴には煮え湯を飲まされている。

 倒さなければ。

 

 それが可能なのか?何十という同志が、すでに奴の手にかかっているか―――。


「わかっているのか、知っているのか」


「知ってるけどよ」


「ピュアグラトニーは強いらしい。様々な情報が交錯しているが、無理だお前には」


「わかんねえだろう!なんとかするんだよ、舐めてかかっただけだって、今までにやられた連中は」


「……!か、勝手にしろ!」


 その後、ヘミオーは出撃した。

 陽が明けて、暮れても、奴はまだ帰ってこなかった。




 ★★★


 暗闇。

 総統の前に伏せるのは雄々しきライオン、レッベルテウス。

 そのたてがみも今は、いささか縮まっているように見える―――百獣の王であろうと、目の前にいるのは獣というよりは怪物であった。

 そう感じている。

 闇の中で総統は口を開く。


「我々に歯向かうものがいる、という話だが―――」


 大広間でおどろおどろしく反響する、総統の声。

 レッベルテウスはグジュライメ隊の件を含め、話し終えたところだ。

 

「苦戦して、これ以上は進めないと申すか?」


「……!総統様、そのようなことは、ございません!」


「では倒せ。倒せる同志はいないのか?この船内にそのような強き意思は一つもないか?策も―――弄するのだ、『ピュアグラトニー』という敵に後れを取るな。所詮は少ない、少ないどころか一匹の人間にひるんでいるのか?」


「いえ!」


 「レッベルテウス。貴様のやることはそれだけか。伏せていればいいというわけでもあるまい、侵略だ!そのためにお前は来た。―――け!」


「……承知いたしました!」


 レッベルテウスは出口へと歩みを進める。

 


 こうなれば私が自ら出撃するか……?

 自分が目にして情報を集める。

 いや、有効策はまだ選択肢がある―――。

 

 たった一体の敵に、わずかにかき乱されただけに過ぎない。

 その乱れは我々にとって、ほんの一瞬の厄介事だ。




 ★★★




 闇夜の空を降りてきた、監査艇様な船のハッチが開き、フィルハリー達が町を跳ぶ。

 本部である巨大戦艦から分かれた部隊だ。

 高い建造物が立ち並ぶ中を、いくつもの異形たちが駆ける。

 ビルの頂点に赤い点滅がゆっくり瞬くなかで、山猫、いたち、いくつかのシルエットが明らかになる。

 今日も今日とて、人間が歩く夜道へ、魔怪獣たちの出撃だ。



 フィルハリーは月夜を背に高く飛行している。

 タスマニアデビル、という生き物がいる。

 人間界のそれは、小型の熊のような姿をしている。

 夜行性であり攻撃的だ。

 長針をたくさん生やしたようなような髭を持つ。



 魔怪獣たちの人間界侵攻は、決して止まりはしなかった。

 当然のごとく、ピュアグラトニー出現によって組織内に波紋は広がったが、

 たった一人の少女にかき乱されて終わる組織でもない。


 「隊員の孤立を禁じ、オレンジ色の少女が出現した際には無暗な交戦をしない 

 ……か」

 

 みているだけ、かよ。

 フィルハリーは歯噛みする。


 「なあフィルハリー、かな……?」


 山猫の様な魔怪獣が、尋常ならざる跳躍の最中、言った。

 風を切る音で、やや聞き取りづらかったが、フィルハリーは意図を察した。


「ピュアグラトニーが、か……」


「……」


「警戒しても、できることなどこれ以上ないだろう……そもそも、警戒するほどのことでもない」


 今現在、戦艦内にいる魔怪獣だけで千を超える。

 それを踏まえたうえでの確信だ。

 まだ、少なくとも数においては完全なる優位。 

 

「敵は一人だ」


「だけど、なあ」


 そんな話を繰り返していた。

 無論、何とか策を思いつこうとはしている。

 フィルハリー自身は敵を目撃したことはなかったので、完全なる危機感とはなっていない。

 

 仕留めたいという心境もあった。

 仕留めなければならないという焦りも。

 仮にだが、俺以外の誰か、が、ピュアグラトニーを倒したら俺は置いていかれる。

 その可能性がよぎる。

 ……まずありえないとは思うが。


 だがピュアグラトニーにもまだ、なにか弱点のようなものはあるのではないか。

 組織の誰かが一頭でも。それを使い、狙って何とか対応をすれば有り得なくも―――。

 ピュアグラトニーの討伐。

 そもそも、本来ならばそうなるはずなのだ。

 人間界で我々が人間側に後れを取ることなど考えられなかった。



 彼だけでなく、魔怪獣の多くは血気立っていた。

 まだだ、まだ―――負けていない。

 可能性はある。

 強力、不可解な敵がいるとしても、我々はまだ、闘争の意思が消えていない。


「まだ始まったばかりだ……!」 


 奴を倒して感情エネルギーを手に入れる。


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