第4話 地球に迫る危機がある 4

「レッべルテウス様、あのう……」



 長い耳をぴこぴこ揺らし、か細い声を響かせるのはうさぎの魔怪獣だった。

 人間を襲うことを目的とした組織、魔怪獣組織カナ・リメーワク。

 


この管制室内には面子めんつの中ではひときわ可愛らしさを持つ部類ではあるものの、人間が自分と同身長の兎に出会ってしまえば、卒倒も辞さないだろう。

 ―――怪物、異形であることには間違いない。



 ただの砂嵐状態となった大画面。

それをぷつりと切った今、管制室は小さな声もつややかに響く。

些細な声も拾うことが可能だった。

 だからこそだろうか、皆、声は一つも上げずに周囲の魔怪獣同志で顔を見合わせることが続いた。

 何がどうしたのか。


「増援を送るな、と聞こえたような気がするのですが………それは」


 私の聞き違いでしょうか、と控えめに進言する。

 場の多くの魔怪獣と同様に、上官もまた、あの懸命な叫びに混乱していた。

---雄々しきたてがみを揺らすのは心境からくるもの、現在も思考の最中のレッべルテウス。



 兎に意見を求められたその瞬間には、幹部間での報告のことについて、順序を組み立てていた彼であった。

どんな形であれ、戦果、紫の感情エネルギー回収報告は、自分がしなければならない。



管制室内の機器に絡んでいる鉄索てっさくを無感情に眺めつつ、今回の件を感情整理。

いや、理性によって整理しなければなるまい―――。

 総統に対しても報告責務がある。

 鉄の掟。

人間界侵攻、恐怖エネルギー歌集は一族の総意で、譲ることのできない鉄則だ。





 また、侵攻が本格化すれば、今後連絡を取らねばいけない者は増える手はずだった。

何をどうすればいい。

先はいい、今、ここで……。

 考えることのジャマだ、余計なことを口走るな、と不機嫌さを露わにした表情である。



「さあな……増援を……送るほどのことでもない、心配するなということなのかもしれん」


 通信が途切れたのは人間に何らかの武器で反撃を受けたから。

 もちろん、停滞ということはないだろう、わずかな反撃だ---その後始末しただろう。

 人間の、そういった反撃してくる個体に対してはそれくらいのことはするだろう、少なくともあそこの隊---グジュライメは好戦的、加減をしない性格だ。


 

 通信の部下―――フクルテにも、その気はあったのだろうか?

 上の悪い点、短所を引き継いでいるパターンはうんざりする。

 だが、ありがちでもある。

 


 様々な思いが巡る。

 この後にしなければならない対応について考えはするものの、レッベルテウスは隊を襲った、何らかの―――。


「奴の、グジュライメ隊に……何があったか……」


 その出来事?事態?よりも、別の可能性を持っていた。

 土竜もぐらへの疑いを払しょくできずにいた。



 加減をしない以前に、勝手な性格でもあった。

 奴のせいで、この日まで快勝を想定していた総統の機嫌を損ねてはならない---たまったものではない。

 人間界への侵攻計画は、まだ始まったばかりだというのに。

 少なくとも、出鼻は挫かれたくない。

 グジュライメ、あの隊長……余計な問題を持ち込んでくれる。



「隊長が隊員を置き去りにした可能性が、ある……あれの隊長は口だけの男だ。いいかげんなことも散々、わめいていたな」



 まさかこんな重要な時にまで混乱を招くとはな、と続けた。

 すべてを奴のせいにしておけば総統の機嫌はそこなわれない---一頭いっとうだけの脱法というか、不手際というか。

 その気持ちが漏れた。

 そうして、他の者の士気も落ちないと付け足した。

 内心に、付け足した。


「グジュライメめ……」


 それとも連絡をよこしたフクルテか。

 何が、どちらがおかしい?

 とにもかくにも管制室に広がる困惑は奴の隊の仕業、奴がやったこと。

 おまけにそれだけでなく、良いのか悪いのかもよくわからない連絡を部下にさせるとは。

 


奴のねじれた爪と、そこだけ色素の抜けたような長鼻を思い出すと腹が立つ。

 一番の理由はわからない、少なくとも外見ではないが、自分にとって目につく奴、鼻につく奴というのはいるものだった。

 


 とはいえその考え方はいくら何でも……。

 そう安易さを感じ、ひとり自分で恥じた。

 レッベルテウスの中で不機嫌不愉快が強まり、少し黙った後、彼は管制室を出ていく。


「何か、また連絡があったら、あるかもしれない……その時はすぐに呼べ……!」

 

 室内は途方に暮れるが、わざわざ上官に反論する者はいなかった。

 反論せず、正論も知らなかった。正しい状況は誰もわからないのだ。

 ただ、何かがあったとしか。

 報告が上がり始めるほかの隊に、問題はないとみて、指示に追われる。

 魔怪獣組織の作戦は続いていた。

 

 隊についてはともかくとして、グジュライメ個人、否、個獣にたいして強く味方するような者はいなかった。

 そのため、その後の流れも一応はこうしなければ、といった具合である。

 管制室の面々で大まかな手続きは決まった。


通信の障害くらいはは起こりうる……この世界を知らぬ我らにはまだわからない。

確かに、不具合の様なものはあったのだろう。



「今回の件はまたあとで調べるとしよう---場所は?」






 ★★★




繊維組織がちぎれるような音が、ばちばちと響いていた。

 大樹が倒れていく。

 森林に生き物の気配はなかった。

 めきめきと、綱を引きちぎるような木の皮の悲鳴だけが鳴り続けて、少し遅れ、大地への衝突音。

 森林に地鳴りが続く。

 土埃が薄く舞っていく。


「さっきので最後だった~?」


間延びした、舌が絡まっているようなしゃべり方が硝煙の様な土埃をかき消す。

森林に響いていく。

靄がかったた視界から現れた者がいた。



 オレンジ色のブーツが、ぱきり、と枝を踏んだ。

靴ひもは存在せず、小さな宝石が足の甲の部分に埋め込まれてある---土や木の皮の色で埋め尽くされている森林では、異様に目立つファンシーなデザインであった。

誰が見ても目を引く輝きだろう。

身を固めた鉄騎ならばむしろ、この薄暗い自然ではふさわしいと言える。



 もっとも、人目に付くような場所からはかなり離れている。

 いま彼女らを見ているのは、せいぜいこの地域に住む鳥ぐらいなものだろう。


「触ってもいいやつなんだよね~? これぇ、減ったりしないの~?」


 トントンと、おっかなびっくりクリスタルをつつくのはチリひとつついていないグローブの指先。


「大丈夫だよ」


 答えた相方は倒木の上に降り立った。

 くるり、月に降り立った宇宙飛行士のような、柔らかな着地をして---二頭身の体躯で背筋をピンと伸ばす。

 

 両耳はぴこん、犬のそれのように動く。

 頭部は異様に大きく、手足は妙に短い。

 人間界出身ではない彼はエネルギークリスタルをじっと見つめる、検分する。


「結構大きいね、返しに行こう―――られた人間ヒトのもとへ」


「うん。 でもさぁ。 確かに綺麗だねぇ~エネルギークリスタルぅ……だから欲しがるんだね~、さっきの」


逃げ惑う人間から生まれ出でた、その不思議な宝玉に興味を持つ。

輝きの根源が人間の感情であるとは、信じられない思いの彼女だった。


「もしかして、それ欲しいのかな?」


「う~~~ん? そうじゃあないけどね~」


 紫色の輝きの中に、水色や、黄色や、よくみれば光の反射で万華鏡のような風情がある。

 時間が経つにつれ表情を変化させるそれを、面白がるような声だった。

つぶらな瞳でそれを眺め。

言葉を忘れる彼女に、彼は言う。


「ここからが本番だよ、魔怪獣はとても数が多いからね」


「そっかあ、じゃあこれから頑張らなきゃ~!」


 間延びした、舌がのろく絡まっているようなしゃべり方。

 十代前半とおぼしき、少女の声色だった。





 ★★★




「グジュライメ隊が攻めた場所はどこだ?」


「ええと、大きな地区ではなくてですね---少々お待ちを」


 機器を操作しつつ、管制室にいくつかの声が響いた。


「画面を動かして、そっち、そう---小さな島国です。その地域のニンゲンからからは『日本』と呼ばれている場所ですよ」



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