第3話 地球に迫る危機がある 3

先遣隊の一員である彼は全力で疾空していた。

 人間のように、地面を走っているわけではない―――力強く、森林を羽ばたいている。

 この地区で活動をしていた、セミの様な姿の魔怪獣である。



魔怪獣フクルテにとっては飛行の方こそが日常。

 透けるように薄い蟲の羽が、森林の隙間からさしこむ光を乱反射させている。

純粋な獣型からはかけ離れた彼だが、おおくの魔怪獣と同じように人間界に侵攻。

本日も任務に従事していた。



 人間界の虫、昆虫、鳥……。

 それら多くの種と比較して、彼のサイズは驚異的である。

 バケモノと呼んでさしつかえない彼の風貌は、人間に効果覿面こうかてきめんだった。



 一瞥しただけで驚愕、恐怖、逃走のコンボである。

 ここまで嫌悪されると気の弱いものならば傷つきそうなものではあったが、彼に限ってはありえない。

 彼や、魔怪獣にはありえない。

 恐怖を最上の感情としてとらえる魔怪獣としては、嬉しい限りだ。


 奴ら、すなわち人間どもを襲うまでもなく、我々が夕暮れ時に姿を見せるだけで、彼ら、彼女らは叫び声をあげて逃げ回った。

 自分たちよりも大きな生き物を、まず見たことがなかったのだろう。

 あくまで奴らの反応からの推測ではあるが。

 


フクルテはフクルテで、この世界の蝉と比べてもあまりに違い過ぎて完全なる別種。

 彼は蝉に対し、何も親近感を抱かないだろう。

 地球上のあらゆる動物に対しても。

 


「奴らを襲って恐怖の感情エネルギーを奪ってこい」―――そんな命令を彼は受けていた。

 別の目的で動いている部隊もあるようだが、組織の主な大勢はフクルテのような者たちだ。

紫のエネルギークリスタルを求め、船内に貯蔵する。


 


 走る背、人間の肌から、紫色の水晶が沸いた。

 あまりにもあっさりと出現時の音もなく、宙に浮かび上がる。

 ふわふわと浮かんでいる感情エネルギーのかけらをつかみ取ったときには拍子抜けしたものだ。

 彼にとっては初めて目にする光景だった---目に入ったときは少なからず、驚いたのだが。

 今も握っている。

 手放すはずもない……あとはこの後どうするかだ、問題はそれだけのはずだった。



 エネルギークリスタルは、奴ら人間には見えないものらしい―――可視化できないとは、我々魔怪獣からすれば、想像もつかないことだった。

 見ようともしないとはどんな心持ちか、ならば重要ではないのだろうか。

 とにもかくにも、手に入れた報酬を細い腕で抱え込む。

 そして飛ぶ。

 飛んでいかなければならない。

通り過ぎる木々が大量に表れては消えていく。

 多少はにぶつかってもかまっていられない、彼には理由があった。


「ちぃ!なんだよ---終わりのはずだった!終わりのはずじゃあ、なかったのかよ!」



 彼は慎重に周囲を見回しつつ、木の裏にぴたりと止まった---自分の羽音が大きいので、通信時は高速移動はできない。


 彼はわずかに下り傾斜の森の中を、可能な限り素早く飛ぼうとしていた。

 空中でふらつく。

 左の羽が負傷で痛んでいた。

 バチバチと、紫色の魔力光が傷口周りから宙に漂っていく。

 いまだひりつく痛みと戦いながら、彼は後方を見る。

 視界内では安全が確保されているとみて、通信機に指をあてた。


「こちら、グジュライメ隊!報告!」


『こちらは第二管制室だ。報告をしろ、報告が遅れている。隊長はどこだ、わかっているか』


「ザ ザ  ---た、隊長---た、隊長不在! 安否不明! 代わりに---はあっ」


 通信に乱れが目立つ。

 管制室側は、何か別の動作をしながらの通信らしいことは感じ取った。



「隊員、フクルテだ!俺が報告をする!」


 急ぎでもあったが、彼は再びジジジと唸り声のような音を立てて飛行した。





 ★★★




 船内第二管制室。


「―――何かあったのか?」

 

 緊急で、呼び出しを受けたレッベルテウス。

 他の魔怪獣と比べてもひときわ巨大な図体をやや縮こまらせ管制室内に入ると、何頭かが顔を上げた。

 兎のような魔怪獣が機器の近くにいた。

 通信を受けたと報がある。


「何か話していたようだが」


「グジュライメ隊からです。あの、今まさに、連絡がついたところです」


「奴か」


 眉を曲げて思案する彼。

 皮の下で動いた眉自体も大腿骨かと見まがうほどのいかつい形相であった。

 そんな彼は件の隊を思い出す。

 あのモグラは個人的には好いていない男だった、協調性に欠けるがある。



 地面にもぐったり、一瞬ではあるが地震を起こすこともできる。

 その能力性質は、人間が見れば超常の力そのものである。

 恐怖のエネルギーを散らし逃げまわることだろう。

 その点は任務には適していた―――人間から奪う、奪いつくす気概がなければいけないことは事実である、



 これから上陸する地球には、土竜もぐらという生き物がいると聞いた。それに近い風貌だ。

 もっとも、全長二メートルに及ぶ種がこの世界にいるかは疑問だが。


 兎が返答する。

 通信に期待できなくなってきたためでもある。


「よくそんな知識をご存じですね」

「……別に知ろうとはしていなかったがな。人間以外にも色々と、いる---それだけだ」


 地球は慣れない。

 魔界にある書物を摘記したのは不安を一つでも消すためだった。

 もっとも、ここに旅立つ直前の暇におこなったそれは、今の時点では何の役に立つかはわからず、今後は上から指示される任務を優先しようとしていた。



 さて、グジュライメだったか。

 あの野郎は個人的にいけ好かん。

生意気だったからな。

個人的な過去を思い返す。



 が、それでも人間を襲うときにためらう腰抜けではなかったはずだ。

 むしろやりすぎるタイプだと踏んでいた。

 ここで、蝉の通信が再開した。


『フクルテだ、応答しろ! 隊長不在につき、俺が連絡を取る!』


 レッべルテウスは、大広間のものよりはいくらか小ぶりな映像を眺めていた。



『---クリスタルは確保した!』


「おぉ」


 報告を聞き、言葉が漏れる―――どうやら任務には成功したらしい。


『これさえ---これさえ届ければッ!成功でぇ、終わるんだ! はあ……!』


 ジジジ、と音が鳴った。

 画面は映してはいるが揺れすぎてほとんど、彼の体の一部をぼやかしているような様子、それが続いた。

 その顔すらもぼやける。

機器の故障を疑うほどだ。

映像よりは音声に重きを置いた方がよさそうである。


目をつぶり音に集中しようとする、管制室の者たち。

彼は前衛基地に向かってすすんでいると思われた。

 だが、それだけにしては何か……何か違和感が。


『同志がせっかく……! 命がけで』


「……」


 管制室に奇妙な静寂が訪れる。

 音は立てずとも、首をひねるものや、互いに顔を見合わせる二頭などがいた。

 どんな顔をすればいいか迷っている様子、牙をだらしなくのぞかせるものもいた―――低く笑いを漏らす。理由もなく。

 困惑と疑問の表情である。

 顔を見合わせたその中の二匹は、それでも、意味がさっぱり分からないという結論に達し、映像の続きを見る作業に戻った。


「フクルテ、何か支障があったなら迎えをやろう、早く話せ、なにが」


上官が声を上げる。

どうしたというのだ。


『まだ……いや、どっちだ!応援を---送ってくれ!いや、送るな!送るのはまずい---俺たちに増援を送るな! いいか今か』


 ぶつ。

 画面が激しくシェイクされ、そして通信が途切れた。


「おい、隊は」


「―――もう連絡が取れません。それが、アレ……? 変です、直らな、い―――? 通信、途切れました!」


 蝉の羽音とはまた違う雑音と、せわしなく明滅する画面のみが残った。

 兎の魔怪獣のオペレーターが操作を続けるが、何も変わらない。

 何をやっている、と猛獣は呻く。


「……っは、初めての、人間界遠征だ。細かい故障も起ころうぞ」


「ふ、ふん。何か慌てていたようだが…まあ通信の故障だ、取り乱しもしよう」


 オペレーターを務める魔怪獣は想像をめぐらす。

 確かに任務の些細な失敗があれば、責められるのを恐れるものは、土壇場ではいるだろう。

とがめられたくない。

突然つながった通信で、切羽詰まった様子だということは、言いたくない、拒まれる何かがあったということだろうか。

 作戦が始まったばかりで、魔怪獣全体の士気を下げないようにとの考えもありそうだ。

 なんにせよ情報が少ない。


「作戦は続けろ……作戦に参加した者はのちに回収する」


 手間をかけさせる、と彼は言う。


「これは、どういう---人間と、争ったということですね、交戦状態に入ったのでしょうか」


「ふん―――奴らは非力だが、」


 戦う、か。


「武器ぐらいは、持つだろう」


 ありえない話ではない。と、そう呟くレッべルテウスだった。


 口を動かしつつ彼は管制室以外に思考を巡らす。

 想いを馳せなければならなかった。

 魔怪獣組織の総統様に、この状況を報告しなければならないのはどうやら自分であるということである。

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