第2話 地球に迫る危機がある 2

 人間。

 喜怒哀楽、様々な感情持つ生物。

魔怪獣たちはそれらの感情エネルギーを求めている。

自らの一族のために、エネルギーを集めに来た。

 そのなかでも特に、人間のおびえる心―――『恐怖』の感情を糧とする。





 ★★★



 いち魔怪獣であるジェーファはこの船内で最も多い四足歩行タイプの魔怪獣であり、言ってしまえば無個性の部類であった。

 そのとがった牙であれ爪であれ、すべてが武器となる。


 まさしく獣といった風貌ではある。

 船内では大型獣がひしめいている。

 また、組織の同志には、まったく違った個性が存在する。


 空を飛ぶか、水の中か。

 味方の中には強烈に目を引く外見を持つ者もいる。

 その派手さ、あるいは醜悪さに引け目を感じる瞬間は、確かにあった。






 寝室に向かい歩いていくうちに雄々しき上官レッベルテウス様だけでなく、多くの先達せんだつは離れていく。

 厳つい規律を重んじる者の目が届かない位置まできた。

 


 ふと見れば、それぞれに力こぶを作る類人猿の連中がいた。

 比べ合っている。

 そのほかの連中も、動きがやかましいという点では同じようなものだったーーー、そういった点ではまさに獣である。

 人間界を前にし、餌を取ったに等しいことも精神的要因だった。



威嚇だけでも、作戦に役立つ。

それだけで片付いていく楽な仕事、と口には出さないものの。

 まあ俺はああいう腕は持っていないのだがな。

 威嚇行為ははたから見ているぶんには、可愛げもある。

 心の底から興味は持てない―――同じ組織ではあるものの、ここまで姿がバラバラとなると、遠い、疎外の感情もある。

 

 まあ捕まえられた人間にとっては恐怖しかないだろうが。 

そう、恐怖を与えることが出来れば、その途中過程がどうなろうが、良いのだ。

例え俺からすれば見飽きた威嚇だろうが、人間さえ怖がれば。



そんなことを考えていると、ばさばさと、やかましい羽根の音がした。


「ジェーファ!」


甲高い声ですぐわかった。俺では絶対に出せない音。ユークスが翼をバサバサとはばたかせながら---ええい、はたくな、お前は。

部屋の掃除でもするつもりかよ---軽く肩をぶつける。


「どうしたァ、お前は変わんないなーシケた表情ツラだぜ」


いよいよ始まった祭りを嬉しく思わないのか―――奴がそう尋ねてきた。

……思ってはいるんだよ、表情に出ないだけだと答えておいた。



 奴は木の枝のような形状の首をしならせ、覗き込んでくる。

 そのまま今までの船内のことを懐かしむように話したりなどした。

 俺はことばを考えるうちに、周囲の声が遠のいていく。




「感情エネルギーの奪取だ……それこそが目的だ」



 魔怪獣はこれからそれを集める。

 先ほど映像で映し出された、紫色に輝くクリスタル。

それらは、もともとは故郷にもあふれていたのだが、欠乏しつつある。

資源の枯渇。

魔怪獣が増えすぎたせいもあるし、他の魔族のせいでもある。

……言い出せばきりがない様々な要因が絡んでいる。

が、解決困難であることは確かだ。


「そーういうのを何とかするために! 俺たちが来ているんだろうが」


 その通りである。遠路はるばる人間界へと。

 本当にそんな話があるのだろうかと、なかばあきらめかけた異空船内に日々であった。

 俺も個人規模で、エネルギーは欠乏しつつあるのだろうか。

ネガティブだ。このトリこうよりは……。



「俺はまだ、そのエネルギーを手にしていない……だからお前のようにはしゃげないんだ……!」


 エネルギーが欠乏しつつあることも、俺の不安の原因だと思い始めた。その時だ---かれの行く手を阻む者がいた。


 ずん、と無機質な廊下を踏み鳴らしている。

 通路天井に影を作るほど迫る巨体であった。


「おいおぉい、ジェーファよォ、随分とビビっているなァ、それがお前のシュミかよ」



 挨拶のように絡んでくる、鼻息の荒い連中だ。

 いろんな連中にぎゃあぎゃあと喚く男。

名前は何だったか思い出せなかった。

 にやにやと笑顔ではあるのだが、その容姿も相まって、愛嬌がなかった。

 言ってやりたい、いろんなことを。


「お前は元気だな、いつも」


「全くもって問題ねぇな。 だいたいよォ。 ニンゲンってえ奴は―――」


 冷たく言ったつもりなのだが、得意げに返してくる。

 いま、奴は『ニンゲン』のアクセントに迷いが見られた。

 それは俺も同様だった―――なにしろ故郷にはいなかったからな。


「―――ニンゲンって奴は、取るに足らない―――これくらいの背丈しかないっていう話じゃあねえか」


 筋骨隆々、体毛が一切ないトカゲの様な男が、すっと腹の前にハンマーのような平手を出した。

 岩片、鉱物の様な四肢は、生まれながらに戦闘力が高いことを示すに足り、まさしく爬虫類の口からのぞいた牙、両端にあるとくに立派な牙などは人間の手のひらほどもあった。

 そのまま手を下に向ける。


「こんぐらいしかねえはずだ!」


 トカゲではあるが体のその太さはサイのような大型動物の印象を持つ。

 人間なら正面に立とうとはしないだろう---。

 その魔怪人はまさに怪物というにふさわしい体格だ。

 そして、この船内では決して珍しくないサイズでもある。

 


 なおも長々と続く、演説というかそんな調子。

 頼んでもいないのに故郷の田舎での武勇伝、自慢話を語り始めた。

 夢見がちな目をしている。

 ジェーファはそれを見て短く笑った後で、


「くははッ……、気を抜くなよ、お前もお前で、これからだ。 地球に訪れるのは初めてなんだろう?」


「なんだとぉ!」


 ピリついた空気が二匹の間に生まれたが、それは数秒のうちに消えていく。

 周囲の喧騒、場の雰囲気は侵略の喜びの方が多かったようだ。

 喧嘩の予感も大した動揺は与えない―――皆、任務に想いを焦がす。

 戦って人間から奪うという気概に燃えていた。


「ふん、まあいい---俺は初めて? ハハァ! だがな、今はグジュライメさんが向こうに向かっているッ!」


 何を隠そう、と言われたがピンとこないジェーファであった。

 どなただったか。

 今現在船内にいるいないにかかわらず、千体では足りない魔怪獣達の軍勢。

 顔を見かけたこともない同士も、なかにはいるだろう。

 それからも歩いて立ち去ろうとしつつ、話は聞こえてくる。

 どうもそのグジュライメという個は、この図体でかい野郎にとって先輩のような間柄なのだなと当たりを付けた。

 

 自慢話がパターンを変えて畳みかけてくるというわけだ。

 愉快なことだ。

 人間界にも、懸命に探せばこういう連中は見つかるのだろうか、などというのはジェーファの思考のあらぬところから沸いた妄想である。

 そんなことを考えた自分におかしくて吹き出しそうになるのだった。



 反応が鈍いことを察して、


「俺みたいにただパワーがスゲエってわけじゃないんだよ!いいか?地面を使うんだ、その下を高速で動けるんだよ!」


 そんなことを怒鳴る。

ふうむ、確かにとそれには一考した彼であった。

我々は強靭であるだけでなく生態がワンパターンでもない。

多彩だ。

爪が裏表逆向きに向いている、その姿は確かに印象に残っていた。




★★★




「……フン」


 猟犬のような者が鼻を鳴らした。

 二人の様子をうかがっていたらしい。

 もっとも、その二人を囲む騒がしい連中もいるのだが―――。


 彼は壁際に背を預け、目を閉じる。

 ジェーファたちの会話というか小競り合いというか―――を眺めてはいたものの、感情を強く揺さぶるには足りなかった。

 

 

 グジュライメ―――ゆるりと首を回すジェーファは知らない様子だが、土竜もぐらのような魔怪獣だったと、彼は知っている。

 猟犬が、それだけを思い出す。

 瞼の裏に映し浮かべた。


 異形ひしめく伏魔殿、姿かたちが同じものは少ない。

 なかでも固有の能力が派手なものには、確かに興味をそそられる―――。

 巨大な魔怪獣であるというだけでなく、移動方法まで想像の外になると、人間も恐怖に恐れおののくだろう。

 それで恐怖の感情エネルギーは奪えるはずだ―――グジュライメを目にしたその時点で。



 猟犬は。

 あるいは狼か---怪物といって相違ない彼らの中でも、異質な一体であった。

 可愛げのない、陰鬱な奴だ、と思っていたのは、通りかかった者達が感じた情。

 荒っぽくも大まかでもないが、親しく笑い合わない---そんな不気味さを持っていた。


 トカゲの男と比較するまでもなく、誰に対しても粘着しない傾向。

 群れようとしない獣。

 ねとりとした視線を持つ。

 組織内では、不気味と不愉快の両方の扱いを受けていた。


「ドルギージスさん! 人間なんて楽勝っスよね!」


「……」


 それでも集まるものは集まるらしく、動き方の幼いキツネのような魔怪獣が顔を出した。

 面倒というか、不機嫌になるドルギージス。

 思考を中断されるのは気に食わん。


「あれ、どこに行くんスか!ドル……親分おやぶん!」


「……親分は、やめろ」


「ハイっス!」


 数匹、ドルギージスに勝手についてくる取り巻きが影のようについてくる。

 そのいずれもが、体格だけとってみれば人間になど、負ける余地がない劣る余地がない。


 自慢げな男の声が遠のいていく。

 小競り合いの様なものから離れていく。

 いよいよこれからだという使命感があった。

 使命感に燃えるべき、そうしなければいけないはずなのに---。

 何かが足りず、欠落しているような気がした。

 感情が強くならない。

 大して広くもない船内にいすぎて、気が滅入ったか。



「ああっ!見てください! レッベルテウス様だ……」


 間の抜けたキツネ顔がぼやく。

 視界の先で、数人で言葉を交わしている

 珍しい表情をしているな、とだけ思った。

 ―――遠くで、上官が数人、廊下を駆けていった。

 いつの間にかドタドタと、あわただしく駆け抜けるものが増えたようだった。



「―――なんだと?それで今、どうなっている?」


「……とにかく、管制室に来てくださいっ」

 

 レッベルテウスは呼び出されたらしい―――猟犬はただそれを見つめていた。

 この任務に参加すれば変わるはずだ、魔怪獣にとって自分たちにとって。

 いろんなものが……変わる、改善される。

 そう思おうとした。

 だが揺れなかった。

 心が、感情が。

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