魔法少女ピュアグラトニー
時流話説
第一章
第1話 プロローグ 地球に迫る危機がある
黒い天井を見つめていると、吸い込まれるようで心が安らぐ。
光をまるで反射していなかった。
身を起こす―――俺はずいぶん深い眠りについていたらしい。
自室の外から喧騒が聞こえる。
自室の扉は開いたままになっていた。
誰かが先に出ていったのだろう---寝惚けまなこを擦りながら、ユークスの甲高い叫びを思い出した。
昨晩のことを。
ユークスは最近話す機会が増えた同志のうちの一頭―――あるいは一羽。
あいつのような鳥型魔怪獣は、似た者で他の誰かとでも、
そんなことを彼は思う。
だが、部屋が同じになった
ここで内輪もめなどしていても、喜ぶのは人間くらいなものだろう。
肉球で自らの顔を掻いて、体毛や爪を軽く見やる―――やつれてはいないだろうか。
この船に乗ってからは多忙を極めたが、まだだ―――まだ何もない。
手にしたものは乏しい。
これから手に入れなくてはならないのだ---後れを取るわけにもいかない。
まだ始まってもいないのに、やつれている暇も気落ちしている暇もない。
なにも自分の見た目を気にしているわけではない……これからの仕事に、支障をきたしたくはないのだ。
なにしろライバルは多い。
空間に渦巻く気配は濃い―――心なしか、皆いつもより瞳が大きい。力があふれている。
なにせ、目標がすぐ目の前にあるのだ。
実感を持っていた---ついに地球の位置をはっきりと捉えた発表がされたのが数日前のことだった。
彼は徐々に思い出してきた。
この数日間で立て続けに起こったこと、自分たちの希望を。
人間と同盟を組んでいる邪魔もの共さえいなければ、もっと近場からの出撃も可能となるが、そこまではまだ望めない。それでも、道は開けた。
廊下を歩いてゆくと、それぞれに全く違う甲羅、尻尾など揺らす一団と合流する。
歩幅はばらばらであるが特に合わせることもなく、同じ向きに歩いていく。
「よォ」
「いよいよだな、ジェーファ」
声をかけてきた細身の獣らが、いち魔怪獣である俺の名を呼んで、軽くたたいてくる。
その顔の並びを見て昨日はこの連中と大騒ぎしていたのだったということを思い出す。
地球への、部隊本格上陸を祝していた、前祝のようななにか。
床に這わせる前足からも振動が伝わってきた、騒いでいる。
歩き続けるうちに視界が開けた。
おびただしい数の魔怪獣が収まる大広間で、それぞれに息を荒げている。
時折、調子の外れた悲鳴など聞こえていた。
「うるさいぞ、皆の者」
魔力の光がきらめいた。
空間を、身体を、通っていく。
大広間にレッベルテウス様の声が響き渡る。強大な魔力を持つ魔怪獣の上官だ。
黒燐きらめく
低く喉を鳴らす彼の声色は、期待に満ちていた。
「グググ……! しかし、騒ぎたくもなるというもの!我々の求める感情エネルギーがついに見つかったのだから!」
目標は地球。
人間界。
その襲撃、および感情の回収。
異形たちはそれぞれ全く違った種類の鳴き声を上げ、大広間を揺らした。
これから自分たちが手にするもの、その偉勲を想って、確信してのことである。
「グググ! 騒ぎたくなるというものよ……」
良い、良いと獣は息を荒げる。
興奮が収まりきらず、黒煙のような息とともに漏れた様子である。
「グアハハッハ!騒げ、騒げ!まずはこれを見よ―――」
ブゥン。
部屋の壁そのものとでも形容すべき大画面が現れる。
そこに
『レッベルテウス様ァ!』
言葉を話す彼は、当然地球上のどの種類とも違う。
野生動物ではない―――、魔怪獣の一員である。
前足だけ地面から持ち上げ、その身体をせかせかと落ち着きなく、動かしている。
そんな彼にも注目したが、その場に集まったなかには気づいた魔怪獣もいた。
彼の背後に木があり、地面が見え、自然の光景がある、それが自分たちの知らない色合いであることに。
奴は到着している。
間違いなく人間界に―――幻ではなかったという想いに、身が熱くなるのを感じる魔怪獣たち。
雄々しき黒ライオンが低く唸る。
「どうしたァ?」
『そ、それが、なんと申しますか、あのうそのう、とんでもないことが……!』
「んンん~~~?」
『い、任務を始めたところなのですが!』
戸惑いと緊張の表情を浮かべた周囲の獣が見えた、その時。
画面に突然、光源が映る。
紫水晶のような輝きを持つそれ。
その内部にきらめく極小の粒子が生きているように動くのが見える。
『我々の求める『エネルギー』がたんまりと手に入りましたァアアアア―――ッ』
大広間が轟音で揺れる。
すべての魔怪獣の叫びによるものである。
「「オオオオオオオオオオ---ッ!」」
「同志よ……!」
「これは、こんなことが」
「ひ、悲願は」
「達成されたのだ!もう探し回る必要などないのだ!」
「ガハハハハ!騒げ騒げェ―――ッ!侵略の開始だあ―――ッ!」
闇夜のごとき宇宙に浮かぶ巨大戦艦では、いかつい異形たちの宴が続いている。
烈々の気合十分、人が見れば恐怖におびえるであろう、
強靭強力、恐ろしき魔怪獣族カナ・リメーワクの集会である。
★★★
同時刻、この世のどことも知れぬ場所、陽の光を受けた美しい庭園を駆け抜ける者がいた。
者、と表現すべきか、見る人は迷うだろう戸惑うだろう。
ネコのような耳はあるが、頭部が異様に大きく、逆に体格は小さい。
人間界の常識で考えれば異様ですらある。
二頭身の、人間界ならばキーホルダーにでもついていそうな姿かたちをしたマスコットであった。
全力で走っている---とてとて、と石の廊下を駆け、二足歩行だ。
彼はこの国の民であり、魔法協会の一会員でもある。
「国王様!」
彼は扉を壊さないように、しかし大きな音を響かせるようにして、開いた。
危機を伝えるための奔走ではあったが、そのちんまりとした体格ゆえに迫力はない。
奥に目的の人物がいた。
否、人ではないが。
「……悪い知らせです、ついに……ついに。 この時が来ました」
その表情、声色だけで、王―――彼もまた同様、愛らしい風貌の彼。
状況を、何が起こっているのかを、彼もまた、察していた。。
「なんと……!」
老齢に差し掛かった彼はちからなく、よろけるように、
「ついに来たか、この日が……ああ、ああ……!」
沈痛な表情を浮かべた。
そして瞼を苦く閉じる―――これから起こる様々な問題。
その対処を思案し始める。
もっとも、対応はすでに決定していた……案も出されつくしている。
対応する人員も―――魔法協会は動いていた。
力なく吐露する。
「―――良い準備が、できなかった」
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