第5話 暴食 1


「グジュジュ」


 きゃあきゃあという悲鳴を一通り叫び終えた人間たちは、胸のあたりからすうっと紫のエネルギークリスタルを生み出す。

 音もなく、風向きによってではないはずだが、奇妙に揺れ動いたそれは宙に浮いた埃と、軌道は似通っている。


 宙を、風に揺られるような動きでさまよう紫のクリスタル。

 それを長い鉤爪で掴むものがいた。

 

「も……モグラぁ?な、」

「なんでぇ、こんな大きい」


 何も知らずにいた人間たちは突然の襲撃に驚き叫んだ。

 魔物として忌み嫌われることは予想通りであったが、恐怖と合わせ、疑問の表情もあった。

 なぜ襲われるかわからない。

 恐怖のエネルギー目当てに襲いにやってきたとはさすがに予想だにしないのだろう。

 回収し終わった抜け殻とばかりに、ごみのように放るグジュライメ―――無造作に、しかし数メートル吹き飛ばす腕力であった。


「ぐぁあっ」


「見ろよ、ちょろいぜえ---ッ弱いやつが群れているだけなんだからよォォ」


 鉤爪を地面に添え、勢いよく突き立てる。

 残像ができるような速度で彼は地面を掻き、舞う土煙の中、すぐに地下へと進んだ。

 入水ならぬ入地をした勢いのままに、目標に突き進む。

 人間たちは地震か何かかと不審がり、あたりを見回す。

 大地の震動は、獲物となる人間たちの身をすくませる役割も担っていた。


 その能力の性質を知るグジュライメ隊の面々は、わずかにもりあがる地面の直線が可視できた。

 すさまじい採掘移動である---それでも、最高速度ではないように見えたのは、さきほどのクリスタルを手放さないためだろう。


 人間の、まったくの意表をつく。

 爆発のように土埃を上げて突如出現する、大型生物ーーーいや、魔怪獣。

 彼らは突然の怪物の襲撃に叫んだ。


「グギャハハハ―――!」


 土竜型の隊長は大人を軽々と持ち上げ、長い鼻先が人間に触れている。

 動物の舌のようでもあったそれを受け、感触が恐怖を増大させたようだ。

 次いで牙を見せると、食われると思った人間が叫びをさらに大きくした、助けを呼ばなければ。

 恐怖エネルギーが可視化できる結晶となって表れても、

 

「これだけか!まだ出るだろ!グギャハハ----痛ぇか! その方がエネルギーは出るのか?」


 一人で楽しんでいるようだ、隊長は部下である俺には目もくれずにいた。


「あぁあ」


 隣にいる魔怪獣は言った。

 声色だけでおおよその予想はした。獲物を横取りでもされたか何か、そんなところか。

 同じ隊に配属されたばかりなので名前は知らないやつは、しかしあらぬ方向へ顔を向ける。


「人間は腐るほどいるからこっちにいくぜ……お前も、ここ以外をやれよ」


 黙ってそれを見送る。

 びびび、とまた違うものが現れた

 

「おう、あっちの方が多いぞ」


 蝉の魔怪獣が短く叫ぶやいなや、飛んで行った。

 確かにフクルテの言うとおりだった。

 民家が少なく、自然あふれる風景、山や森林に囲まれている---自分たちの故郷とはまた違う光景に、戸惑わないでもなかったが、人間があまり多くないことはわかった。

 木々は感情エネルギーを吐き出しはしない。移動することにする。


 



「こ、これが……!」


 終わってみればあっさりだった。

 人間、宝を手に入れた自分を邪魔するやかましい連中も遠くへ逃げていく---。

 それを追う気も失せるほどの輝きだった。

 紫の光は森林の向こうに見える日の光を受け、複雑な反射をしていた。


 今の故郷では絶対に見つからないであろう量の宝があっさりと自分の手の内におさまり、見とれる時間も長かったかもしれない、仲間から連絡が来たのだ。

 通信である。

 しまったな、怠けていると怒鳴られるだろうか。


「なんだ?」


「今どこだ!はやく、こっちへお前 、こ ボッ」


 何の音かはわからなったが、音声が途切れる。

 ええい、習いもしなかったのか通信機の扱い方を。

 わけのわからん連絡をよこすなと苛立つ俺だったが、向こうは忙しいらしい。



 俺はやれやれと思って、元来た道を戻ったんだ。

 心境としては一足先に任務をクリアしたからできていないやつを手伝ってやろう、というような感覚で、走っていった。

 一定の手柄は立てた。

 気が乗らないままの四足歩行だったが、それにしたって人間が逃げ切れる速度ではない要するに楽勝以外の何物でもなかったのだ。



 なにかうるさい音が聞こえるなと思いながらも到着した。

 人間の悲鳴ではない。

 その時には、それは始まっていた。

 何がなんだかわからないままに俺も体感することに巻き込まれることになった---戦闘だった。


 巨大な何かがうごめいている。

 いやにパステルカラーのオレンジだ。

 それが貫いたのは ケット---同じ隊の同士だった。

 吊り上げられたやつの身体は体液も何もこぼさずちぎられ、すぐに放電、魔力光をはじけさせ爆散した。


 ちぎられた?


 何に―――オレンジの巨大な蛇。

 それが二匹、付近の魔怪獣が警戒しつつ囲むなか、高速で動いているのが目についた。

 地をなたで切るような音が鳴り響く。


「ぐ、おお!」


 ふいに地面の跳ねたそれの、横っ腹にぶつかり、地面が足から浮き離れる。

 吹っ飛ばされた、なんて力だ。


「敵か!」


 気に背を預けて座り込み、動かない魔怪獣ジョルコルキィがいた。

 隻脚だった―――死ぬに死ねないらしい。

 俺はこれをやった、否―――今、現在奴を探した。

 襲われたのか?

 まさか---魔怪獣をこの世界で、いったい誰が。



 しかし謎だった。

 仲間を襲っている、こいつは魔怪獣ではないことが---自分自身が魔怪獣であるからわかる。

 姿が似たような魔怪獣は、いるにはいる。

 ただの感覚、勘であるとしか言いようがないが、魔界で出会ったどのタイプとも大きく異なる。

 蛇と見違えたが、それに近いというだけである。

 

 まず、蛇のような鱗がないし肉を集めたような表面は説明しづらい、腫瘍のようでもあった。

 筋肉が、連続しているような。

 動き方も違うような印象を受けた、生き物なのか?


 口を開けば岩をも砕きかねない太い牙が並んでいる。

 この時には、まだ、血の気の多い魔怪獣が味方と喧嘩でもしているのだろうか、という可能性を感じていた。


「くっそぉ、何だよあれは!」


 同士が叫ぶ。


 俺にもなんだかわからない。


「ああ、やっぱりまだいる~」


 高い声だった---幼いといってもいい。

 俺は声の行方を捜す。

 オレンジ色……いやよく見れば肉のような蛇が、しゃべった?


 

 答えは異なっていた。

 縦横無尽に暴れまわる蛇は二匹いて、その中心部に。

 彼女はいた。

 


 蛇のようなものは両方とも、小柄な少女の両腕だった。

 先ほどまでおびえていた大人の人間に比べれば、背はかなり小さい。

 だからこそだろうか、その瞳は力にあふれ大きく見えた。

 ぎらぎらと輝きながら俺たちを見ている。 


 少女の姿は衣というより、ところどころ宝飾されたドレスである。

 人類の衣類など詳しくは知らない魔怪獣たちだが、挑発を。

 獣として、毛が逆立つのを感じた。

 非常に目立つ、見つけてください襲ってくださいと言わんばかりのオレンジである。

 少女と言葉を交わさずとも挑発の意を感じた。


 胸の辺りなど、きらりと光を反射する宝石も見られる。人間の装飾には当然ながら疎い魔怪獣も、他とは毛色の違いを感じた。



 目立つ。

 人目を引くが食指が失せるのを感じた。

 逃げ惑う気がないように見えたのだ。


「なんだァ?ちいさい、」

 

 人間に見えるが。

 

 躍動する筋肉が風船のように丸く膨らんでいく。

 オレンジの蛇は---やはり蛇ではない。

 皮の一枚下で連続して爆発が起きているように、そんな変形をしてから蛇は、こちらに向けて突進、特攻。

 なんだこの形、不定形な……。

 何にも似ていない。




 やはり蛇かどうかわからなかったが---弾性に富んだ肉質だったことだけは見えた。俺の隣を蛇が通り過ぎる---よけることはできたが、もともと狙いは俺ではなかったことに気づく。

 

 衝撃で漏れた声が聞こえ、ねずみ型魔怪獣が掴まれたことに気づく。

 森林の高さと同じくらいまで吊り上げられた同志を見上げる。

 彼は掴まれたのではなく、噛みつかれている---蛇に。


「なんだ、てめえ!」

「人間なのか!」

 

 大木の様な大蛇のような両腕をあやつっている人間に、周囲の魔怪獣は叫びながら、もう一方の蛇を躱す。

 地面に転がるように飛びのかないと、よけきれなかった。

 どこからもそんな情報は来ていないが、生物なのかどうかも疑わしい---人間界にはこういうものもいるのか?

 考える間もなく、



「もちろん人間だよ~~~う~ん人間? なのかなぁ」


 腕の蛇が一体の魔怪獣に追突した。

 追突---そう、巨大ななにかの追突。

 付近の民家にまで届いていたその音は、畑仕事をしていた農夫に、付近で交通事故でも起きたのだろうかと想像させるほどものだった。


「人間の味方で正義の味方だよ~!」


「が  はっ---、離せえええ!!」


 獰猛な蛇は同士を一体、付近の大樹よりも太い首の膂力で空中に持ち上げつつめりめりと牙を食いこませている。

 同じ組織に属する同志は食い込む口を腕で押しつつ、足をばたつかせている。

 まとわりつくような湿った匂いは、口腔から漏れる唾液である。

 くわえ込まれ、逃げられぬまま、天へと突き上げられる。



「名前はぁ~ピュアグラトニー! よろしくねぇ~!魔怪獣たち~?で、いいのかなぁ?」


 少女の口は会話に使用されている。

 蛇の口は―――。


「がっ ああ あああ ああああ! クッソなんだ、こ……」


 ぺきぺきと、骨格にまで達し突き刺さったであろう音が連続して続き、同志は魔力光をまき散らし爆散した。



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