第7話 ウィルとファル、それぞれの道へ

 王国に来てからあっという間に5年が経っていた。

晴天、空気が美味しい。

「ウィル!飯できたぞー、早くこい」

木の上に登り景色を眺めていた俺を、まとめ役のアレンが呼ぶ。


 ウィルとファルそして6人の仲間はカムイ王国のスラムの一角、おんぼろアパートで一緒に暮らしていた。みんな孤児で一人一人辛い過去を持っている。皆お互いの過去を理解し支え合う。


「今行く!」

 8人揃っての暖かい飯、どんなに寒くボロボロなところに居ても、俺は幸せに感じた。俺はこいつらを一生大切にする、守んだ。

「ファル!お前肉ばっか食うなよ。」

「しょうがねーだろ久々の肉なんだから、しかも俺がかっぱらってきたんだから別にいいだろ。」

 いつもどこからか食料を取ってくる、鍛錬の一貫だと言って気配を消しながらパンやら肉やらを盗んでくる。

 ファルは活発で強気、縁の下の力持ちってところだ。日頃の鍛錬ではファルを中心に皆で切磋琢磨する日々。


なんて柔らかい日常なんだ。


でもわかる、昔もこんな日常を送っていたんだった。


 俺は自分のそんな気持ちを無視して今の生活を噛みしめていた。俺たちはパーティとしてよくダンジョン探索に行き、死に物狂いで鍛錬をしていた。強くなりたい、強くなって今を守りたい。母さんに言われた通りこの目を証明したい。

 そのうちクエストを受けたり任務に出たり、少しだけ名の出るパーティになり、そこそこやっていけるようになった。俺と兄さんのレベルはCに上がりその他の仲間はレベルDに上がった。

 「くっそ、この眼帯兄弟!次こそ追い抜いてやるー!」

 負けず嫌いなレックスがシークミラーに写っている自分のステイタスを見ながら赤髪を掻き毟った。


こんな生活が後何年続くのだろうか。

だが、ウィルの知らないところでタイムリミットは迫っていた。


 『大剣士様が王国に足を運んでくださった!演説があるみたいだ』

 偶々メインストリートを歩いていた時に聞いた。自分たちの住んでいる所より真反対側にある城、俺はもう一度大剣士とあの姉妹の瞳を見たくなった。復讐はしない、協力もしない、俺たちは違う世界で生きている者、割り切ったわけではないが母の言葉を信じ、怒れる心を封印しているだけだ。


 夕焼けが王国を照らした時、城の前は騒ついていた。皆の英雄大剣士様の登場を心待ちにしているようだった。そして歓声と共に大剣士が現れた。


『カルマン様ー!』

皆の太陽のような存在、英雄のような存在、そしてお前の目の前にいる俺は討伐対象。あの姉妹はいなかった、多分城の中にいるのだろう。大剣士の顔も拝めた事だし帰って飯にでもするか。


背を向け人混みを逆流するように歩いていると、ふと何かを感じ取った。


「兄さんは?」

兄さんを探さなくてはならない、兄さんとあの呪いの言葉を頭の中で想像していしまう。俺は屋根に飛び上がり必死に辺りを見回す。演説広場にもメインストリートにもいない。

(俺たちの家にいるのか?)

ウィルは人目を気にせず屋根伝いで急いで家へ飛び帰る。


10



カウントダウン。


「兄さんは!?」

 いきなり扉を開いて入ってきた俺にアレン達はビクッと驚いた。

「ウィル、もっとゆっくり開けろよ。ファルならダンジョンだ。」

 武器を手入れしている仲間たちがため息を着きながら首を横に振る。


 兄さんは偶に一人でダンジョン探索に行く事がある、パーティに一人でもバカ強い奴がいないとナメられると言って、日々きつい鍛錬を一人でやっている。


「ウィル、俺たち夕食の買い出しに行くけど一緒に行くか?」

 今日の夕食は暖かいシチューにする予定だ。

「いや、兄さんを探してくる。」

 俺は少しホッとしてまた外に出た。ダンジョンから出さなけれないい、俺はなんて単純なんた。



「おいアレン!あっちの肉のほうが安いぞ。」

お金に厳しいグレンがアレンの腕を引っ張った。

「いいよ偶には、俺たちも貧乏生活からほぼ抜け出したんだし。」

 まとめ役のアレンに言葉にグレンはため息をつき、もうどうでもいいとアレンの腕を離した。


 夕日が沈み、都市に煌びやかな明かりが灯された。演説はとっくに終わり、ルークル家一行は城の部屋に戻っている。


そして、

『カンカンカンカンカンカン!』

 緊急事態を知らせる鐘が鳴った、皆足を止め都市に響き渡る音を聞く。鐘の音がなったと同時に多くの兵隊が列を作って都市中を駆け抜けた。


「何かあったんですか?」

 アレンが一人の兵隊を呼び止めて何が起きたのか聞いた。

「君は冒険者か、気をつけたほうがいい。都市にアルテイナの子孫が侵入したらしい。大剣士夫妻が殺された。」

 アレンは持っていたシチューの材料を地面に落とした。転がったじゃがいもは急ぎ足の兵隊達に踏み潰されて行く。

 アレンは知っていた、兄弟の生き様を、そして感じ取っていた、ファルの復讐心を。


「レックス!急いでウィルに知らせろっ、あいつはダンジョンでファルを探している!」

 アレンはレックスの胸ぐらを勢いよく掴み上げ、こみ上げてくるものを有りったけの声にして叫んだ。

「わ、分かった。」



(ダンジョンに兄さんの気配がない・・)

夕日が完全に沈み、夜行性モンスターが起きてくる。モンスターの数からして、ファルはいない。ウィルは捜索を諦め部屋に戻ることにした。


 ウィル達の住んでいるスラムからは鐘の音は聞こえない、人々の騒めきも聞こえない。今更兄さんが・・・


ウィルが部屋に入ろうとした時

「!?」

 ドアノブについた血、締め切られていないドア。急いで中に入るとそこには血だらけで眼帯をしていない兄さんの姿。窓の外の明かりに灯され一層恐怖心が強くなる。

「兄さん!おいっ兄さん」

俺は傷だらけの兄さんを引っ張る事を諦め大声で兄さんを呼んだ。

「ウィル・・・喜べ。あの大剣士夫妻を殺った。」

耳を疑った。大剣士を殺した?どうやって、レベルCでは対等に戦えないはずだ。

「キュウル・・を・・使ってレベルを上げた・・・、俺の本来のレベルはBだ・・黙っててごめん。」

 ファルは吐血しながらいった。そうだ、兄さんはいつも俺たちの前でステイタス更新をしない。


「全てはこの日のために・・・」

 ファルは笑顔だった。俺は兄さんが怖かった。やがて仲間が息を荒らしながら部屋に入ってくる。固まっている俺をアレンは押退いてファルにポーションを飲ませた。


 少し回復した兄さん

「ゲホゲホッ、まだだ。あの姉妹を・・」

「いい加減にしろっ!」

 俺は兄さんの胸ぐらを掴み声を荒らげる。俺の中の怒りが目の前の人殺しに向かってとうとう解放された。

「お前は、母さんの言葉を汚した!俺たちは・・俺たちの手で凶悪なんかじゃない事を証明しなければいけないのに!お前は悪だ・・・」

 俺はもう兄さんなんて呼ばなくなった。この目の前の人殺しに殺意が湧いてくる、怒りに震える手で俺は短剣を抜こうとした。

「ウィル、落ち着け」

 冷静を保った声のアレンが俺を抑える。その夜、皆がバラバラになる音を聞いた。


 俺はいつの間にか眠ってしまった、昨日の夜何があったのか頭の整理ができない。朝焼けが屋根の隙間から部屋を刺す。俺はハッと飛び起きた、あいつはいない?姉妹を殺しに行ったのか?俺は咄嗟にあの瞳を思い浮かべてしまっていた。純粋な瞳、正義に真っ直ぐな瞳、あの時皮肉にも見惚れてしまった瞳、俺の道が答えが見つかりそうだった瞳。今も同じ目をしているのだろうか。


あいつを止めなくては!


 俺は外に出て呪力を体に巡らせた。地を蹴り屋根へ上がり城へと向かう、あいつは正義感が強い、正義感が強いが故のこの結末。

 俺はふと足を止め工場区の方に目をやる。遠くでローブのフードを深くかぶった男がこちらを見ている。あたかも弟を待っていたかのように。


「ウィル、俺は後戻りなんてしない、後悔もしていない。むしろ清々しい、奴らの死顔を見れて。大剣士様で俺はレベルAだ。」

 ファルは満足げだ、キュウルの力に呑み込まれている。初めてこんなに解放した、湧き出てくる力、闘争心、殺意、正直酔いしれている。


「あの姉妹は殺させない。」

 俺は込み上げてくる怒りが抑えられない、俺は眼帯をおろし首にぶら下げた。

これ以上兄さんに人殺しをさせたくない、それにあの瞳を濁したくない。


「なぜあの姉妹にこだわる?」

「あの姉妹につくのなら、お前も復讐対象だ、討伐する」

これがあいつの本性なのかもしれない、普段はただの活発な奴を装って、息を潜め時を待っていたのだろう。


『キュウル』


 両者その言葉を口にし衝突する、だが結果は決まっていた。レベルがA以上、俺はあっという間に地面に叩き付けられて動けなくなった。肋骨が数本、腕一本。

「ウィル、お前は甘すぎる。キュウルはやはり俺の様な人間にふさわしい。お前も来い、お前が盾となり俺が攻撃する。最強そのものだ。」


「イカれてやがる。」

俺は声を絞りだした。

「姉妹は泳がせておく。いずれ俺とお前が渡り合えるようになったら、探しに行こう。もう兄弟なんて生温い関係はやめよう。お前も殺る。それに今はを片付ける」

ファルは煙突の方を見て一気に飛んでいった。

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