第6話 明日に繋がる協力

 警戒心けいかいしんよりも怒りが先にいてくる。折角せっかくナオを説得できそうなのに、どうしてこのタイミングで邪魔をしてくるんだ。


「さっきの人……?」

「みたいだな。ナオの番号がバレてるんだ、そりゃ俺のもバレてるか」

「出るの?」

「…………」


 なやみどころだった。出たら逆探知されて居場所まで特定されるかもしれない。技術的に可能なのか分からないけれど、危険はおかしたくなかった。


「怖えけど出てみる。考えたら学校までバレてるんだ、住所も直ぐバレる」

「もうバレてるかもしれないしね」


 相手は俺たちの特定という一番難しいところを突破してきている。今更隠れたって意味がないと思った。

 恐る恐る通話に出てスピーカーモードに切り替える。


「もしもし……?」

『突然すみません。こちらは遠藤拓人さんの――』

「自衛隊の工藤さんですよね」

『……佐々木さんと一緒でしたか。メッセージは聴いていただけましたか?』

「はい」


 相手は直ぐに俺たちの状況を理解したようだった。

 留守電の声より少し高揚こうようしている感じが聞き取れる。

 通話に出たことが嬉しかったのだろうか? それとも俺たちが一緒にいることが都合良かったためか。


『では詳細ははぶきます。君たちに人命救助の協力をお願いしたいのです』

「断ります」


 即答してやった。面食らったのか、黙ってしまった相手に少しばかりの優越感を覚えてしまう。


『理由をうかがってもよろしいですか?』

「人殺しはしたくない。ただそれだけです。これはナオも同じ考えです」

『あ、いえ、これは救助であって決して人殺しなん――』

「ゾンビを殺すんでしょ? それが人殺しだって言ってるんですよ」

『……なるほど。はははっ!』

「な、なんで笑うんだ……?」


 脈絡なく笑い始める相手に不安が込み上げてくる。


『すみません、悪気は無かったんです。君が真っ当な人で安心しました。僕たちもゾンビを犠牲ぎせいにしてまで救助しようとは思っていません。彼らも守るべき日本国民ですから』

「え? 助けられるの?」

だまされんな。そんなの無理に決まってる」


 可能性が見えたことでナオが横から割り込んできた。


『出来ます。その為に君たちの協力が必要不可欠なんです』

「本当!? 行く行く、アタシは行くわ!」

「だから落ち着け! うそに決まってる。都合が良すぎだろっての!」

『信じてもらうしかないですが、嘘は言っていませんよ』

「ほら、こう言ってるわよ?」

「お前なあ……」


 ナオはもう行く気満々だ。こうなったら俺が何を言っても聞き入れてくれない。

 だけどこんな甘言かんげんを信用しちゃいけない。


「一つだけ質問してもいいですか?」

『僕に答えられるなら何でも』


 何でもだと? だったら答えてもらおう。その自衛隊ぶった化けの皮をはがしてやる。


「どうして助けに来なかった」

『…………』

「両親がおそわれた時、仲間が襲われた時、俺たちが襲われた時、どうして助けてくれなかったんだ!! 俺たちだって助けてほしかったんだぞ!!」

「タクト……」

「自衛隊は何してた? 警察は? 誰も何もしてくれなかっただろうが!! ……あんたに分かるのか? 襲われた両親の腕を掴むナオを引きがす気持ちがよ!!」


 救助が来ればあんな思いはしなくて済んだ。血溜まりに横たわるナオを見下ろすことも無かったんだ。


『僕に君たちの気持ちは分かりません。だから事実だけを伝えます』

「事実だあ?」

『救助が開始されたのは約一ヶ月前から。それまでは自衛隊という組織が機能していませんでした』

「……今までに何人救ったんだよ」

『二十六人。僕たちは二人しかいないので救助できただけ奇跡的なんです』


 まさか五十人すらいないのか。あまりに少ない、想像よりずっと少なかった。それだけに現実的というか納得しそうになる。

 だけど二人って少なすぎる。俺たちを入れても四人しかいないじゃないか。


「それじゃ俺たちが加わっても変わらないだろ。だったら全員ゾンビになったほうが幸せだ」

『それは出来ません。人間に戻すためにも生存者が必要なんです』

「戻すだって? ゾンビから人間に戻れるのか?」

『極秘事項なので説明はできませんが、唯一の可能性だと思ってください』

「嘘くせえ」

『協力してくれるなら全て話します。ただ、れれば混乱が起こりますので』


 あくまでも協力しないと駄目ってことか。

 治せるのなら治したい。両親の顔を思い浮かべながら俺はそう思った。


「……決めたわ。やっぱりアタシは行くから。ママとパパを治せるなら行く」

「待てって。解剖かいぼうコースでもいいのかよ」

『そんなことはしませんよ。君たちが居ないと日本が滅びますから。採血くらいはすると思いますけどね』

「アンタの話は信用できねえ」

「だったらタクトは残ればいいじゃない!」

「何でキレてんだよ……」


 確かに俺だって気持ちが参加するほうにかたむきかけている。昔に戻りたいって思いが強くあるんだ。

 決断できずにいるとナオが勝手に話を進め始める。


「で、何処に行けば良いの?」

『佐々木君だけですか? 遠藤君にも参加して欲しいのですが』

「駄目よタクトはヘタレだから。あれこれ言って本当はビビってるだけ」

「…………ああもう! 分かったよ、俺も行くよ!」

「別に来なくていいのに」

「お前だけじゃどうせ被害を拡大させるのがオチだ!」


 もう話が嘘か真かなんてどうだっていい。そもそも、ナオが行くって決めた時点で俺に行かないって選択肢は無かったんだ。


『ご協力に感謝します。直ぐに迎えを送りますが……今は学校の側にいますか?』

「学校は遠いけど、同じ町にいるわ」

『でしたら○○総合運動公園で待っていてください。一時間ほどで着くと思います』

「あんな場所で? まあ問題はねえか」

『それでは急ぎ準備に取り掛かるので失礼します』


 そう言って通話が切られる。切れる直前に椅子から立ち上がる音が聞こえたので、本当に急いで準備に取り掛かるようだ。


「引き受けちまったぞ……」

「なによ、やっぱりビビってんじゃないの」

「こんなのビビるのが普通だろって。ナオが楽観しすぎなんだよ」


 通話が終わると後悔の念が押し寄せてくる。

 冷静になろうと思っていたのに最後は勢い任せで決めてしまった。


「行かなければ良いじゃないの」

「行くよ。行かなかったら後が怖いしな。にしても一時間後に運動公園か」

「こっから歩いて四十分くらい? 帰って準備する余裕はなさそうね」

「仕方がねえ、もう行っとこう」


 どうして総合運動公園が待ち合わせ場所なのだろうか。部活で何度も利用したことはあるけど、あそこは町の外れにある広いだけの場所だ。


「車で来んのかな?」

「きっとそうでしょ。ゾンビは運転が規制されてるけど、あの人なら平気だろうし」

「だよな」


 運転規制がかけられたのは三週間前くらいだったか。俺たちが実家に戻ってきて少し経ったくらいにテレビを通して伝えられた。

 まあ、ゾンビが運転なんてしたら事故が多発するに決まっているから当然といえば当然だった。

 それにしてもあの時は驚いたもんだ。家につく頃にはガス水道電気は復旧してインターネットまで使えるようになっていたんだからな。

 きっと意識を取り戻したゾンビたちが一生懸命にインフラの整備を行ったのだろう。


「生存者って何人くらいいるんだろうなあ」

「さあねえ。どうして?」

「ゾンビの映ったテレビみてどう思ってるのかなってさ」

「考えたこともなかったわ。う~ん……意思の疎通そつうが出来るって思うんじゃない?」

「でも襲ってくるんだろ? 想像するとヤバいな」


 俺たちが逃げている時は、とっくに電気が止まっていたから、テレビを見る機会なんてなかった。今も逃げ続けている人たちは一体何を感じているのだろう。

 総合運動公園に向かう途中、ずっと考えていたけど答えらしいものが思いつかず、何事もなく到着した俺たちはだだっ広い駐車場で立ち尽くす。


「久しぶりに来たけど、ひどいわねここ」

「誰も取りに来てないっぽいな」


 日本人ならきっちり駐車させるはずなのに車は乱雑に停められ、当時の混乱具合をそのまま保存しているようだった。

 一体何人の人たちがここに避難してきたのか、至るところに放置されているテントを見て考えても答えなんて分からない。


「やっぱり現実だったんだって実感するわ」

「俺ら二人だけだと忘れそうになるな」


 それから雑草だらけの花壇かだんの縁に腰を下ろして時間を潰す。

 しかし、待てど暮らせど誰かが現れることもなく、予定の一時間が二十分以上過ぎた。


「遅えなあ」

「遅いわねえ」

「ちょっと道路見てく……る?」


 立ち上がってり固まった体を解そうと腰をひねった時だった。山脈に浮かぶ黒点と耳慣れない音に硬直する。

 黒点は驚くような速度で接近し、その全貌ぜんぼうを明らかにしていく。


「おいおいおいおい! マジかよ!?」

「あれってヘリコプター?」

「車じゃなくてヘリに乗ってきたのか!」


 小型のヘリコプターが俺たちの頭上を飛び越える。着陸場所を確認しているらしく、公園の外周をぐるりと旋回せんかいすると競技用のトラック付近に下降し始めた。


「行ってみましょ!」

「待てって!」


 駆け出したナオを慌てて追いかける。好奇心旺盛こうきしんおうせいなのは結構だが迂闊うかつすぎるだろ。

 トラックに着くとヘリコプターが丁度着陸したところだった。

 プロペラの回転と轟音が静まり、機内から一人降りてくるのが見えた。姿形から察するに女性のようだ。

 近付いてくる女性に対してナオがサッと俺の背中に回る。


「お前なあ、勝手に突っ走ったくせに隠れるなよ……」

「だって怖いじゃないの! 死ぬ時はタクトからやられてよね」

「そん時はお前を犠牲にして逃げるから安心しろ」


 普段の馬鹿話をしていても自分が緊張していると分かる。足が全く動く気がしない、俺たちは安全なのか、それとも危険なのかが判断できない。

 逃げる選択肢すら取れなかった俺は目の前に来た女性と向かい合った。


「遠藤拓人さんと佐々木ナオさんは貴方たちで合っているかしら?」


 その問に俺たちは黙ってうなずきを返す。

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