第7話 引き金
近くで見ると相手が若い女性だと分かった。百七十センチの俺より身長が少し高く、長めの髪を後ろで一本に縛ったポニーテールヘア。それに白めの肌が口紅の朱色を引き立てている。
分かったのはそれくらいだけだけ。表情は固まっているしサングラスをしているせいもあって相手が何を考えているのか察することもできやしない。
いや、まだ分かることがあった。迷彩柄の服に全身を包んでいるのに隠しきれない
「待たせてごめんなさい。離陸寸前に機体に不具合が見つかってね」
「お構いなく……」
「それよりも」
「――ッ!?」
女性が
「目を見せて。後ろの貴方も見せてもらえる?」
「へっ!?」
捕まったナオが俺と同様に顔を
これが大人の女性の色気というものなのか、女性の横顔を見つめながら初めての経験に
「ありがとう。それじゃあ行きましょう。悪いけど時間がないの」
「行くって何処にですか?」
「聞こえなかったかしら。時間がないのよ。質問なら移動しながらにして」
「は、はあ……分かりました……」
俺の問は秒で切り捨てられた。その有無を言わせぬ言動に反論する口も動かない。
渋々ついて行こうとする俺の背中をナオが小突いてくる。ちゃんとしろと言いたいのかもしれないが、ナオとは違った強引さで俺にはどうすることも出来なかった。
「ベルトをつけるからジッとして。狭いけど我慢してちょうだい」
ペリコプターに乗せられると慣れた手付きで俺たちの体を固定していく。
機内は言葉通りに
そこでふと気付いたのだが、操縦席に見知らぬ人が乗っていた。機外の景色を興味深そうに眺めているナオの脇腹を小突いて目線で合図を送る。
ヘルメットを被っているし正面を見つめたまま動かないせいで顔はよく見えないけど、男性なのは間違いない。
「貴方が工藤さんですか?」
「…………」
返事は無い。それどころか一切の反応すら感じない。置物みたいにピクリともせずに操縦席に座ったままだ。
「工藤一佐は基地で待っているわ。彼はただのパイロット」
代わりに返事をしたのは目の前の座席に座る女性だった。
だけどそれはおかしい、あまりにも不可解だ。
「あれ? アタシたちみたいなゾンビって二人しかいないんでしょ?」
俺が思ったことをナオが口にした。
そうなのだ、工藤という男は二人しかいないと確かに言っていた。だったら操縦席に座っている男は何者なんだ。
「彼は普通のゾンビよ」
「はいぃ!?」
「ちょっと待ってください! ゾンビって操縦できるんですか!?」
「大丈夫。操縦にかけてはプロフェッショナルだから」
「いやプロって言われても答えになってないですよ!」
納得できる答えじゃなかった。車の運転すら規制されているというのに、愚鈍なゾンビにペリコプターを操縦できるとは思えない。
「ア、アタシは嫌よ! 降りるから!」
「俺も降り――」
「降ろすとでも思っているのか?」
前部座席から伸ばされた女性の腕、それが握っている物を見て外そうとしたベルトの手が止まる。
女性は拳銃を握っていた。そして銃口はナオの顔面に定められている。ゲームでは何度も見た形でも実際に目にしたのはこれが初めてだった。
「黙って座っていろ。――貴様はさっさと飛ばせッ!!」
銃を向けられては抵抗なんて出来るわけもなかった。泣きそうな顔をしているナオと向かい合って天井を呆然と見上げる。
プロペラが回転し始めることで平和な日常が遠ざかっていくのを感じる。最初から撃つ気はなかったのか、女性の腕は既に引かれていた。
ホッとしたのも束の間、まったく別方向からの衝撃に目を丸くする。
「な、なななんだよあの動き!?」
眼の前ではパイロットが慌ただしく手元の機器を操作していた。それはゾンビのものじゃない、人間のような速さと滑らかさ。
もう何が何だか分からなかった。プロフェッショナルだと言ってたけど、ゾンビは経験を積んでいるとここまで人間の速度に追いつけるのか?
それから危なげなく上昇するヘリコプターは俺と魂が抜け落ちたような顔をしているナオを乗せて何処とも知らぬ目的地へ向かって飛行していった。
時間にして一時間も経っていないだろうけど、俺たちの住んでいる県は平気で抜け出しただろう頃にヘリコプターが減速を初めた。
眼下に広がる建物に見覚えはない。何処かの基地なんだろう、広大な平野には滑走路らしきものがあり、民家らしいものは周囲に見えない。
「急いで降りろ。何も喋らず私の後に着いてこい」
着陸して最初に聞いた言葉はそんなものだった。
銃を抜いてからというもの女性の性格が
だけど抵抗も出来ないから俺たちは黙ってついていくしかない。
「ねえ、あれって戦闘機?」
「輸送機だ。武装もあるが弾薬は積んでいない」
「へぇ~……」
格納庫らしき建物から見えた機体に興味を示すナオに女性は律儀にも返事をした。
「あれで人命救助するんですか?」
「誰が喋って良いと言った?」
「何で俺だけ!?」
安心して質問したら露骨に嫌悪感を
ナオもナオでさっきまで顔面蒼白だったくせに平然と会話をしているし、マイペースというか何というかだ。
「入れ」
一際大きな三階建の建物に案内され、質素で無機質な内装の建物内にあった一室へと迎えられた。中は廊下と対して代わり映えしない。プラスチック製の長机と椅子が部屋中に敷き詰められた会議室のような部屋だった。
その壁側、教室でいう教卓の位置に座っているサングラスをかけた男が一人。
「やあ、いらっしゃい。松陽基地へようこそ!」
女性と同じ格好をした男が嬉しそうに両手を広げ俺たちを歓迎する。
忘れようのない声、俺たちに連絡してきた工藤と名乗る男性の声だった。
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