第5話 答えのない問い

「それ、でるの……か?」

「絶対嫌よ!! 居場所がバレて捕まるかもしれないでしょ!!」

「確かにあり得るよな……」


 判断は正しいと思う。と言うより、この状況で通話を取るほうがどうかしている。

 ナオは持っているのすら嫌になったのか、スマートフォンを地面に置いて体育座りで丸くなってしまった。

 鳴り続くヴァイブレーションと電話番号の映る画面をみながら、一秒でも早く切ってくれと祈る。

 一方的に通話を切れば側にいる事に気付かれてしまう。それは相手も理解しているのか、着信画面は中々消えることはない。

 それもついに切れた。いや、自動的に切られたのか。本当に長い着信が終わり、ホッと安堵あんどしたのもつかの間、画面が切り替わる。


留守電るすでんにメッセージいれてるぞ……」

「何でよぉ……アタシはこの世にいないわよぉ……」


 留守電の録音画面が延々と続く。スピーカー状態じゃなかったのと、風が少し出てきた影響で内容はまったく聞き取れない。

 それは良かったのか悪かったのか、今の俺には判断できるわけもなかった。

 ようやく録音が終わり通常画面に切り替わる。それでも見逃せない留守電ありという不穏なメッセージ。


「る、留守電なら逆探知とか出来ねえよな? 聞くだけ聞いとくか?」

「タクトがやってよ……アタシ聞きたくない……」

「一応スピーカーにしとくぞ……」


 聞くべきじゃないと思う気持ちが八割、残りの二割は好奇心こうきしんからくる純粋じゅんすいな興味。

 ふるえる指先を懸命けんめいに制御しながら、メッセージをタッチしてスピーカーモードに切り替える。


『突然の連絡すみません。佐々木ナオさんの番号で――』

「うおわっ!?」


 留守電ありの音声が流れた後に聞こえてきた声におどろき、思わずスマートフォンを手から離してしまった。

 再び地面に横たわったスマートフォンから聞こえたのはまぎれもなく日本語。日本にゾンビがあふれ返って以降、久しく聞いていなかったナオ以外の生の日本語だった。


「人間……なの?」

「予想はしてたけどこれは……やっぱり、まだ生き残ってる人がいるのか?」


 俺たちを狙う者がいるとしたら人間しかいないと想像はしていた。


「ねえ、続き聞きましょうよ」

「悪い、落とした時に止めちまった。もう一回再生する」


 あわてて拾い上げて再度メッセージを再生させる。

 それにしても不思議だ。日本語を聞いただけで、自分でも驚くくらいに興奮している。

 相手が誰であろうと仲間意識を覚えてしまう。それだけ今の世界で俺たちは孤独な存在なんだ。

 再生される留守電のメッセージを今度は一言一句逃さないよう耳をそばだてる。


『僕の名前は工藤雅士くどうまさし。自衛隊に所属する者です』

「自衛隊? 思ってたより普通ね」

「安心させるための嘘かもしれねえぞ」


 相手は自衛隊を名乗る男だった。自身を僕と呼ぶのと、声質の高さが相まって若い男を想像してしまう。


『警戒する気持ちがあると思います。でもどうか最後まで聞いてください。あ、番号は君の担任の先生に教えてもらいました』

「担任って……ヨシオちゃああん!! なんでバラしちゃってんのよ!」

「いや、そこは学校が特定されてることを気にしろって……」


 方法は分からないけれど学校がバレている。やはりこの工藤とかいう自称自衛隊の男は信用しちゃマズいかもしれない。


『時間も無いので伝えるべきことだけ伝えます。まず、僕は君と同じ人間と変わらないゾンビです』

「俺たちと同じって本当かよ?」

「分からないけど、アタシたちのことは知ってるみたいね」

「信じられねえけど、もしそうならナオの体は俺のせいじゃないのか?」


 確定とは言えないけれど、俺たちと同じ状態の者が他にもいるってことは、そういう考えもできると思う。


『正直、僕たちにも詳しくは分かっていません。ただ、君よりは君の体のことを知っているし、力にもなれる。まあそれは一先ひとまず置いておいて、君に一つ頼み事があります』


 頼み事という言葉につばを飲み込む。この頼みというものが話の核心だと感じた。

 ナオも同じ考えを持ったのだろう、さっきより表情が固くなっている。


『僕と一緒に人命救助を行って欲しい。まだ逃げ続けている人たちを救うために君の力、ゾンビにおそわれない力が必要なんです。怪しい話なのは重々承知していますけれど、どうか連絡をください。また後でかけます』


 そこでメッセージは終わった。

 単純な話だったのに、まるで想像していなかった内容で頭の整理が追いつかない。


「人命救助? 俺たちがか? 怪しいにも程があるぞ」

「でも納得できる話ではあったわね」

「おい待て、信用してねえよな? そりゃ自衛隊で救助は違和感ないぞ。だけど、そんなの自分たちでやれって話だろ?」


 仮に生き延びている人間がいるとしたら残酷ざんこくな考えだと思う。けれどうそだった場合のリスクが大きすぎる。安易に決断していいことじゃない。


「ゾンビに襲われない者って言ってたでしょ」

「頼れるのが俺たちだけかもしれない。でも危険すぎる」


 一般人に協力を求めているくらいだ人手が足りないんだろう。現に実家に帰ってくるまでにも、帰ってきてからも俺たちみたいなゾンビは見たことがない。

 けれど全ては事実だったらの話であって、しかも俺たちが協力する義理は無い。こんな話は無視を決め込むのが懸命だ。


「タクトは反対なの? 困ってる人がいるのよ?」

「何度も言うが危険すぎる。そもそも助けてどうなる? 逃げるよりゾンビになったほうが幸せだろ」

「……それ本気で言ってる?」

「本気も本気。下手な正義感なんて出すなって」


 俺たちは逃げ続ける辛さと怖さを知っている。そしてゾンビなってからのことも。ゾンビだって人間と変わらないって知っているんだ。

 人間の頃には分からなかったけど、もし知っていたなら、ゾンビになってしまったほうが平和な生活をおくれると断言できる。

 ナオにはそれが分からないのか。昔から困った人を見過ごせない性格なのは知っているけれど、それにも限度ってものがある。

 今にも感情を爆発させそうな眼光でにらみつけてくる幼馴染に屈しまいと睨み返す。


「正義感? あの辛い日々を知ってるくせによく言えるわね!!」

「知ってるから言ってんだ!」

「知ってても普通は助けるでしょ!!」

「じゃあ何か? ナオはゾンビを皆殺しにして人間を救いたいってか!!」

「――ッ!」


 その一言が決め手になった。反論できなくなったナオの怒気をはらむ表情は変わらない。けれど唇の動きは止まった。


「そういう事なんだよ。自衛隊で、人間を救助するってのはな……」


 ゾンビに追われる人間を救うにはゾンビを殺すしか無い。自衛隊なら重火器で一掃とかするんだろう。

 だけどゾンビは見た目が違うだけで人間と変わらない。どのゾンビにも家族がいて、恋人がいて、必ず待っている人がいるはずなんだ。


「俺たちがゾンビを殺したら殺人と変わらないだろ」

「でも、でもさ……辛いでしょ……助けて欲しいでしょ……」


 ナオだって馬鹿じゃない、頭では理解している。

 ただ今は感情的になりすぎて判断に迷っているだけなんだ。


「分かってくれよ。どうせ人間は生きられない。だけどゾンビになれ――」


 なだめるように語りかけていた時、ポケットに仕舞しまっていたスマートフォンが激しく震えだして言葉に詰まった。

 取り出して確認すれば、登録していない番号からの着信。それは、さっきまでナオのスマートフォンに通話をかけてきた番号に他ならなかった。

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