第13話 母を説得する奴

「はぁ?オーストラリアに行くだって?」

晃の母、美智子は人参を切っていたその手を止めて晃をキッと睨みつける。

晃の予想通り、美智子を説得するのは骨が折れそうだった。


「あんた大学はどうするの?オーストラリアに行けるなら、大学に行けるでしょ。」

美智子の言うことは正しかった。退院してから、大事を取ることを理由に晃は一度も大学に行っていない。


「オーストラリア旅行が終わったら大学に行くよ。」

恐る恐る晃が言う。

それを蹴散らすように美智子が、

「まず大学に行って春休みにでも旅行に行けばいいでしょう!!」と怒鳴る。


「なるべく早い方がいいんだよ。」晃が今度は耳を両手で抑えながら恐る恐る言う。


美智子の細くなった目が晃の目を見据える。

「ちょっと待ちなよ。ビビりのあんたが一人で海外に行きたいなんておかしいね。誰と行くつもりだい?」


「友達だよ。大学の。」


「とりあえずその子を連れてきな。話はその後だ。」



しばらくして晃が連れて来た「大学の友達。」を見て美智子は口をあんぐり開けていた。


いつもの見慣れた冴えない息子の横に、芸能人だと聞いても驚かない程の美女が自宅の玄関に立っている。

晃が女の子を連れてくるとは思わなかった。どうせ何度かこの家に来たことのある、むさ苦しい男友達を連れてくるものだと美智子は思っていた

まさか女の子だとは、それもこんな美人だとは、美智子の胸の中で驚きと喜びが入り混じる。

美智子はずっと、晃はきっと女性とは無縁の人生を送るものだと思っていた。

杏の出現が神様の悪戯だったとしても嬉しかった。

何故ならようやく自分の息子が母親以外の女性の愛に触れる機会を手にいれたからだ。

母親では絶対に与えられないものを今息子は手に入れたのだ、そう思うと胸に込み上げてくるものがあった。


「はじめまして。草薙 杏です。」

杏は丁寧に頭を下げて美智子に挨拶をする。

顔を上げた時、彼女は美智子の母の目に涙が溜まっていることに気が付く。


「あの、」杏が何かを言いかけたのを遮って晃は、


「お願いします。彼女と一緒に旅行に行かせて下さい。」とプロポーズのようなテンションで叫ぶ。


杏が戸惑っていると美智子は涙を流しながら、

「行きなさい。今すぐ行ってきなさい。」と叫ぶ。


「お母さんありがとう。」気付けば晃も泣いていた。


感動に乗り遅れた杏は、自分を乗せずに去ってしまった電車を見送るように、ものすごい速度で先を行く二人の感情をただ茫然と眺めながら、

(お、おかしな親子・・・)と思っていた。

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馬鹿げた仮想世界に振り回される君へ @Yuyakt

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