第6話 時間気にする奴
めでたく退院を果たした晃は実家に帰ってもソワソワしていた。まったくこの男はこの星に自分の落ち着く場所なんてないかのように、年中どこにいてもソワソワしている。そういう奴だから奇運な出来事に巻き込まれるのだ。
つまり人が神様とか創造主だとか呼ぶ者が悪戯したくなるタイプの人間なのだ。
晃はスマホを眺めては何度も大きく溜息をつく。病院で入院中に自分を初めて男にしてくれたあの女に電話をかけるかどうかを、晃はもうかれこれ一時間は迷っているのだ。
スマホの連絡帳の中にある草薙 杏(くさなぎ あん)と言う名を晃は見つめる。
そう、それがあの後連絡先を交換して番号と一緒に知った彼女の名前だった。
名前を知る前にやっちゃうなんて、自分も中々悪い男だなと晃は行為のほとんどを女にリードしてもらっていた癖に思う。
よし部屋の時計の針があと五分進んだら草薙 杏に電話するぞと晃は決心する。
時計は人間が生んだ機械の中で最も愚かな発明品である。
時計が発明されてから今まで一体どれだけの人間が晃が今やっているような意味のない先延ばしの犠牲になったのか、時計は人類の時間を盗んでいる。
やるべき事は時間など気にせず、思いついた時にやるべきなのだ。
そう草薙 杏のように。
彼女はその時自宅のキッチンにいた。冷蔵庫の中を見て今日の昼はパスタにしようと思う。
玉ねぎをみじん切りにして、トマト缶のふたを開ける。その時に急に晃のことが気になって彼女はスマホを取る。
片手でフライパンを揺らしながら、もう片方の手で晃に電話をかける。
右耳に当てたスピーカーがらコール音が少し鳴った後、「も、もしもし。」と声量を間違えた馬鹿にでかい晃の声が自身の小さな鼓膜を破壊しようとしたので、彼女は咄嗟にスピーカを耳から離す。
「もしもし。晃君?声少し大きくない?」
「ごめん。中途半端な時間にかけてくるから、びっくりしちゃって・・・」
「中途半端な時間?ごめん今忙しかった?」
「いや。忙しくはないよ。ただあと2分で丁度12時じゃないか。だから変だなって。」
杏は自宅の時計の針を見る。確かに12時2分前だった。そして思う。
(だからどうした。)
「ああ。ごめんね。今度から驚かさないように、きりのいい時間に電話するわ。」
「うん。頼むよ。」
杏は少しムッとして眉間にしわを寄せる。
受話器の向こうでは晃が鼻の下を伸ばしている。
「もしよかったら、今晩時越交差点に行ってみない?二人で行けば何かわかることがあるかも。」
「今晩、あの交差点に?」
「うん。時間は晃君が好きな時間でいいから・・それとも今晩は予定あった?」
「時間はあるけど・・」
「時間はあるけど何?」
「その・・・僕退院してから一度も自分の部屋から外に出ていないんだ。」
「一度も?気持ちはわかるけど、いつかは外に出ないといけないでしょ。」
「あの。君、車持ってたよね。迎えにきてくれない?今晩の7時にえっと住所が・・・」
心優しい彼女は相槌をうちながら、晃の住所をメモに控える。
眉間に10円玉を三枚は挟めるしわを寄せながら・・・
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