第5話初めてな奴

病室には不思議な緊張感が流れ始めていて、ハイビスカスでさえ場をわきまえて色を抑えているようだった。

晃は何度も回想を繰り返すが脳内に浮かぶ場所は一緒だった。

「千躰交差点。やっぱり僕が轢かれたのは千躰交差点だよ。時越交差点じゃない。」

晃は手をばたつかせながら言った。


女はしばらく晃が混乱しているのを観察した後、呆れた顔で口を開いた。

「ちょっと状況を整理しましょう。あなたは千躰交差点で轢かれた記憶があるのに、実際は何故か時越交差点で轢かれていた。そして私は時越交差点の横断歩道から生えてくるあなたを見た。そして他の21人の被害者と違ってあなたを轢いたことは現実として残った。」


「僕の体は事故の直前に千躰交差点から時越交差点にワープした?」晃の声は濡れた猫のように震えていた。

女は人差し指を顎に置いて少し思案する。

「そうね。今のところはそう考えるのが普通かもしれない。でもあなたも本当に何も知らないみたいね。私ホントは今日楽しみにしてたの。あなたに会えば私の身に起きていることの正体がわかるかもって思ってたから、でもどうやらあなたもこの不可解な謎の被害者みたいね。」


「一体何が起きているんだろう?」晃はほとんど泣き出しそうだったがそれも無理もなかった。自分の身体がまたいつどこかに飛ばされるかもしれないという恐怖は誰にとっても泣くに相応しい恐怖だった。


「わからない。でもあなたはラッキーな方よ。少なくとも理解者が一人ここにいるのだから。こんな壮大で気持ちの悪い謎を一人で抱えていた私の気持ちを少しは理解できた?」


「不安だったろうね。僕は今も不安だけど。」

「私だって今も不安よ。」

女はそう言って晃に覆い被さるとそのまま唇を奪った。晃が状況を飲み込もうと、ない頭を精一杯働かせている間に彼女はワンピースの肩紐をずらして下着姿になっていた。晃はいつもの癖で理性的に対処しようと試みたが急にそれが馬鹿らしくなった。

正常ではない世界で自分だけ正常に振る舞うのは何だか損な気がしたからだ。

「あの僕初めてなんだけど。」という晃の情けない発言は聞き流してやって欲しい。

「22回も轢かれたことはある癖に?」


若気の至りというのは大概の場合、それを起こした張本人よりも周りに迷惑がかかるもので行為に夢中になっている二人は気付かなかったが、病室のドアはその時開いていた。というのも最近夜勤が続いて頭が変になっていたベテランの山崎さんが隣の病室と間違え尿瓶を持って二人の部屋に入ろうとしていたからだ。

山崎さんは二人の行為を見るとそっとドアを閉めて何事もなかったかのように隣で尿瓶の交換を待つ初老の患者のもとに足早に急いだ。








 

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