第3話 おかしな事を言う奴
「22回轢かれている僕が言うのもおかしいけど、22回も人を轢くってやばくないですか?普通そんなに事故を起こしたら免停にならないですか?」と間の抜けた顔の晃が真面目なことを言う。
「違うの。現実で人を轢いたのはあなたが初めて。私ももう何が何だか。」
女の手に力が入る。そのせいで晃の顔は潰れてタコのようになる。
晃の顔は今シリアスな話をするのに向いてはなかったが、女はお構いなしに続ける。
「私が最初に轢いた人はね。スーツを着たサラリーマンの男性よ。」
女は自分が最初に殺しかけた人間のことをまるで自分のバージンを奪った男の話をするように語り始める。
「その時もあなたを轢いてしまったあの交差点で、私は右折するタイミングを伺ってたの。直進する車の合間を縫って横断歩道に誰もいないのを確認して右折したはずだったの。でもね。そこにいないはずの、そのサラリーマンが突然横断歩道の白線の隙間からニョキニョキと生えてきたのよ。それでね。私避けきれなかった。だってそうでしょ?教習所でも地面から人が生えてくるかもしれないから気をつけましょう、なんて教わらないでしょ?」
「にょっといいかな?」
「えっ?」女は少しイラっとした様子で聞き返す。
晃は女の手をそっと外して「ちょっといいかな?」と言い直す。
女はようやく自分が晃の口を塞いでいたことに気付いて申し訳なさそうに、
「ごめんなさい。」と小さく謝った。
「さっき現実で人を轢いたのは僕が初めてって言ったよね。このサラリーマンを轢いた話は夢か何かなの?」
「現実ではなかったわ。でも決して夢なんかでもないわよ。確かに私はその男を轢いたの。それを確かな感触として経験したの。私はその時あまりのことで呆然としちゃっていて、運転席から道路の真ん中で血まみれで転がるその可哀想なサラリーマンををただ眺めてたの。ふっと我に返って助けなきゃと思って車の外に出たら・・・」
「外に出たら?」
「いつも私が行くカフェがあるのだけど、そこのトイレ少し変わっててね。トイレの壁が水槽になってるのよ。」
「それは今の話と関係あるの?」
晃は呆れた声で訊ねる。
「ええ大いに関係あるわよ。だって車の外に出たはずの私はそのトイレにいたの。車はいつも停めるコインパーキングに傷一つなく停まっていたわ。」
晃は宙を見上げて眉をひそめる。その下には冷蔵庫の下に忘れ去られたビー玉のような瞳が二つあって、唇は壊れたドアのように半開きになっている。
もうお気づきかもしれないが、晃が私たちにこんな顔を向けるときは大抵こう思っている。
(何この状況?)
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