第2話 ハワイアンな奴

晃は病室の時計を眺めながらベッドの中でやたらとソワソワしていた。

10分後には自分を轢いた張本人がこの病室を訪れる予定だったからだ。

本来なら、晃の両親も同席すべきなのだが彼の両親の方はすっかりこういう状況に慣れてしまっていて電話で「今回は忙しいのでパス。」という信じられない発言を晃の耳元に残していた。


「シュッ シュッ。」晃は洗面所の鏡の前でシャードーボクシングの物真似をしている。だが安心して欲しい。彼が加害者を殴ったことは過去21回の事故で一度もない。


この見るに堪えない下手くそなシャドーボクシングも一種の儀礼じみたもので特に意味はない。もちろん当の本人は今回こそは加害者の鼻っ面に一発お見舞いしてやろうと思っているのだが、晃は何をされても最終的には不格好な苦笑いで許してしまう煮え切らない奴なので微笑ましい眼差しで彼を見てあげて欲しい。


トントントンとドアをノックする音と共に晃の心音も跳ね上がる。

(自分は何も悪くない。相手が悪い。)そんな気の弱い被害者お決まりの呪文を心の中で三回唱えて自身を落ち着かせて「どうぞ。」と言った晃の声は案の定裏返っていた。


やや沈黙が流れた後、ドアが少し開いて最初に小麦色の細い腕が晃の目に入る、続いて赤いハイビスカスが差されたストローハットが見えて、あっという間に青いマキシ丈ワンピースに身を包んだハワイアンな女性がその身なりとは不釣り合いな病室に立っていた。


(初めてのタイプだ。)と晃の胸が高鳴る。これまで晃を轢いた人間の中でここまで陽気な装いで病室に訪れる者はいなかった。加害者という人種は大抵暗めの服を好み、今まで一度も面白い物など見たことがないというような神妙な面持ちをしているはずだった。少なくともこの女性が来るまでそれが晃の中での常識だった。

しかしどうだろう。目の前にいるこのハワイアンな女性は微笑みすら浮かべている。

つい三日前に不注意で殺しかけた男にまるで自分の庭の家庭菜園を眺めるような優しい眼差しを向けている。


率直に言って晃はそれを不気味に思ったし、何と声をかければいいのかわからなかった。だから晃はその女の第一声を待つことにした。

「気に入って頂けたかしら?」

「えっ?」晃は目を丸くして聞き返す。

「花瓶に刺さっているハイビスカスよ。気に入ってくれた?」

晃は背の低い台の上に置かれた花瓶に目をやる。病室には不釣り合いな程、真っ赤なハイビスカスが晃のことを不思議そうに眺めていた。


「でも何でハイビスカス?」晃は可哀想なハイビスカスの気持ちを代弁してやった。

ハイビスカスだって何もこんな陰気なアルコール臭い部屋で咲いてたくはないはずだ。

「だって似合わないじゃない。死人とハイビスカスなんて。だからあなたを轢いた時現場に来た救急救命士に頼んだの。このハイビスカスをこの人から離さないでって。どうやらあの救命士は約束を守ってくれたみたいね。」

女はそう言うと晃が寝ているベッドの上にスペースを見つけてそこに座った。


晃は宙を見上げて眉をひそめる。その下にはまるで冷蔵庫の下に忘れ去られてしまったビー玉のような瞳が二つあって、口は壊れたドアのように半開きになっている。

晃が僕らにこの表情を向ける時、彼は大抵こう思っている。

(何この状況?)


「あなたよく事故に遭うの?ここの看護婦に聞いたわ。」

「ええ。まぁこれで22回目ですね。」

「22回ですって?」

女は身を乗り出して晃の頬を両手で掴んだ。女の青い瞳に晃が映る。

「私も22回目なの。人を轢いたの。」













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