第14話
「まあいい。この話は帰ってからにするぞ」
青龍の符を男に張り、風狼斎は立ち上がった。
命じられるより先に鉄蛇で拘束し、先ほどの男と纏めて勾陣で隔離すると、風狼斎は満足げに頷いた。ようやく主の意に沿えたらしいことに、ひとまず安堵する。
(……この様子では、まだ宵闇が潜んでいると考えるべきだな……)
奥羽の宵闇は百を越えていたはずだ。どれだけの班が出撃していたのかは不明だが、主力の上位三班までは確実に出ていたはず。功刀のような例外を別にして、ほぼ全員が術に堕ちたならば、まだ霊域の中で「妖獣」を探して彷徨っている者がいてもおかしくない。
「真打が出てきた時に乱入してこられたら厄介だな。巻き込まなければいいが……」
風狼斎は勾陣が閉じた空間を眺め、何やら考え込んでいる。あの様子では、「宵闇もろともに倒す」という発想は微塵もないのだろう。
(……以前より思っていたが……、寛容な御方だ……)
天狼の当主ならば、邪魔になりかねない要因は徹底的に潰しておくだろう。護衛部隊では、圭吾のやり方すら手ぬるいほどだ。
だが、風狼斎に同じ真似をしてほしいかというと、答えは否だ。
矛盾している自覚はあるが、風狼斎には甘いやり方のまま進んでほしい。
(……しかし、御身に危険を及ぼしかねん要因を放置するわけにもいかん……。いっそのこと、乱入される前に……)
不意に閃いた。
これが、天啓というものなのかもしれない。
――この手で、潰しておけば良いのではないか……?
ただでさえ不可解な妖変だ。
妖獣を探しながら土地勘のない森の中に散っている宵闇全員を探し出し、無力化するのは不可能に近い。
乱入の危険を残しての戦いは避けられないだろう。
ならば、別行動を取り、自分が宵闇を無力化して回れば――、
(霊薬を届けに行ったと思い込んでおられたならば、いくら班長でも俺の動きを追ったりはなさらんはず……。後は、どう無力化するかだが……)
風狼斎のような強烈な霊符の力を持つならばともかく、宵闇を長時間黙らせるのは難しい。彼らの治癒能力と術への耐性は侮れず、圭吾が青龍を使ったところで数時間もすれば目を覚まして勾陣を破る者が出てくるだろう。
そうなれば、後は器を瀕死の状態にまで追い込むか、天狗道に送るかの二択だ。
(不可解な点はまだある。妖変の場だというのに、霊獣が全く姿を見せていない……。この付近には隠れ里があったはずでは……)
霊獣が妖獣となって引き起こす異変の総称が妖変だ。
旅人や土地の守護者でもない限り、霊獣は隠れ里で暮らしていて、妖獣化も大半は里の中で起きる。
妖変の現場は、負傷者や避難できない霊獣達で大混乱に陥っているのが常だ。こんな、逃げる者はおろか、倒れている者もいないどころか、隠れ里の気配すらないのは珍しい。
旅の霊獣が妖獣化したのか、あるいは隠れ里はもう妖獣に――、
(潰されているかもしれん……。班長がご覧になるべきではないな……)
妖獣が里の者を喰らうほど自我を失っていた場合、目を覆いたくなるような惨状となる。
そんな悲惨な光景を主の視界に入れ、心痛を招くのは護衛として三流だ。
今回に限っては、里の霊獣全員が幻術にかかり、待ち構えている可能性もある。
どちらにせよ、先に始末しなければならないだろう。
(忙しくなる……)
残りの宵闇を片付け、霊獣の里の後始末をする――、大仕事だ。
風狼斎よりも先に、更に気づかれないようにやるとなれば、難易度は跳ね上がる。
「圭。命令までするつもりはないが、味方に霊刃を撃つ時はできるだけ加減してやれ。お前の身が危ない時はしかたねェが、胸から上はできるだけ外せ。いいな?」
「心得ました。では、これより霊薬を届けに参ります」
――急所を狙わずとも、始末する方法などいくらでもある……
教育係から叩き込まれた、事故に見せかけて一撃で息の根を止める術を記憶から引っ張り出しながら踵を返した。
(まずは離れた場所で挑発してみるとするか……)
出てきたところを鉄蛇で一網打尽にして葬ればいいだろう。
死体は証拠が残らないように玉響にでも――、
「……ちょっと待て、奎……」
背中にかかった声に思考を中断し、立ち止まった。
「……お前……、なにか、ドス黒いことを考えてないか……?」
――何故、わかった!?
内心の動揺を抑え、霊気を必死に宥める。
この青年は風狼斎だ。読心術が使えようが、ありえないことではない。
それに、今の言い方では、頭の中が見えているわけではないはず――!
「まさか。自分が班長の御身を危険に晒すとでも……、お考えですか?」
「そこは疑ってねェ。少々激しすぎる気がするが、お前の『主』への忠誠心は本物だと思うしな……」
風狼斎は言葉を選ぶように唸った。
「さっきからお前の霊気に不穏なものが滲み出てるんだが……。うまく言えねェが、闇討ちとか暗殺とかの計画練ってるヤツが出してる気配とよく似ててだな……」
平静を装い、鼓動と霊気を宥め続ける。
(……そういえば、伝承によく出てくる……。「風狼斎閣下には暗殺計画は全て筒抜け」、と……)
所詮は伝承だ。臣下や護衛が事前に防いでいるのだろうと思っていたのに。この部分は本当だったらしい。
「奥羽に気に食わねェ奴でもいるのか? この機会に消そうとか、物騒なこと考えてねェよな……?」
「気のせいでしょう。自分が考えていることなどと、班長の御身と風狼斎としての品位をお守りすることくらいです」
その方法が護衛部隊のやり方だと、この御方曰く「ドス黒く」なるだけだ。
風狼斎の言葉を借りるならば、「文化」の違いだろう。
「ご安心ください。班長の御手を煩わせはしません。では」
さっさと逃げようとすると、今度は強い力で肩を掴まれた。
「やっぱりおかしいぞ、お前……! いつもの天狼節はどうした!?」
「妖変の折くらい、貴方に従います。副長なのですから」
「……ちょっと、こっち向け」
肩越しに振り返ると、碧の眼が真っ直ぐに見つめた。
凄まじい威圧感に背中を大量の汗が伝う。
――逸らすな……、逸らせば、間違いなく見抜かれる……!
根拠などないが、確信できた。
眼光に怯む気持ちを奮い立たせ、視線を受け止める。
何かを読み取ったのか、風狼斎は悟ったような顔で手を離した。
「…………霊薬は後でいい。先に妖変を鎮めるぞ……」
「戦場への供をお許しいただけるということですか!?」
体ごと振り向き、念を押す。
練っていた計画が頭の外へと抜けていったが、どうでもよかった。
「その解釈でいい。その代わり、今日は単独行動は禁止だ。妖変が終わるまで、オレの目の届くところにいろ。いいな?」
「は! 必ずや、御身をお守りいたしましょう!」
敬礼すると、風狼斎は長い安堵の息を吐いた。
「……帰ったら、護衛部隊の話を聞かせてくれ。早いうちに、お前達と常識について語り合わないといけねェな……」
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