第10話∬ そしてとうとう歓声に包まれたレストラン





 さて、國崎さんと大立ち回りをして戻って来た俺は、店長の用意してくれた衣装に着替えた。

 と言っても、この店の女性用の制服なのだが……


「うわぁ…… 瑛。あんた足綺麗ね…… ちょっとうらやましいかも?」

「そ、そう?」

「てか、瑛がミニスカートはいてる姿初めて見たわね。

 いつもはバーテンダーの格好だし……

 店に来るときも私服でパンツルックかロングスカートだし。

 そうかぁ…… そんな秘密兵器を隠してたなんてね」

「いや、隠してたとかじゃないんだけどね…… あはは」


 元々、体毛は薄い方なので、足についても特に処理などはしていない。

 まぁ、足にはいつもの濃い目のデニールのストッキングを装備しているのだが、確かにこうして足を晒すような恰好はこれまでこの店で披露したことはなかったな。

 しかし、まさかこの足を褒められるとは……

 自分自身の隠れた魅力を知って、何だか悲しくなる俺だった。


 この店を舞台にしたドラマの配役のオーディションなので、この店の制服が今回の審査で着る衣装となっているのだそうだ。

 お色気をネタにするようなドラマではないということもあり、スカートの下はスパッツ着用がOKとなっていて助かった。

 俺の制服は店長の配慮でスカートの生地に少し特殊な素材を使っているらしく、ミニスカートではあるもののほとんど捲れることがない鉄壁仕様になっているそうだ。

 逆に言うと、普段の制服はその逆の素材を使用していて、スカートが少しだけ捲れやすくなっているという。

 本当にあの人は、何を考えているのか……

 本部に掛け合って、この店の従業員の制服だけオープン時に改修をかけたのだと自慢げに語っていた。


「……悔しいけど、可愛いわね」

「そう言う満月も可愛いでしょうが……」

「え? あ、うん…… あ、ありがと……」


 そう、こういうところが本当に可愛いのである。

 相手が女の子でも、真っ直ぐに褒められるのが苦手な深山さんのこのツンデレな可愛さは、今の俺にとっては脅威でしかない。


「そろそろよね…… はぁ、テレビとか本当に聞いてない……

 緊張しかしないんだけど……」

「そうだね。まぁ、それは基本的にはみんな一緒なんじゃないかな?」

「うーん…… 多分、本職の二人と、チャンプはそんなことないんじゃない?

 って、そう言えば大丈夫だったの?

 國崎さん変な奴に捕まってたって聞いたけど?」

「ああ、それね。

 なんか、この店のイベントを人質にされてて、

 そいつらに従うしかなくなってたみたい。

 その辺を私が皐月さんに知らせて対応したら、

 あとは國崎さん自身がその腕で全部解決しちゃったし……

 全然とは言わないけど、大丈夫だったよ?」

「ふーん…… なんか本当に漫画とかドラマみたいな話よね?

 流石は有名人って感じだなぁ……」


 うちの店の制服を着込んで、ストレッチをする國崎さんを見つめてそんな風に話す深山。

 正直、漫画とかドラマみたいなのは、深山も同じだと思う。

 日本指折りの大企業のご令嬢なんて、漫画とかドラマの中でしか耳にしない肩書だ。

 ……まぁ、それについていえば、俺もそうなのだろうな。

 悲劇の交通事故で家族を失った天涯孤独の高校生なんて、ラノベかギャルゲの主人公の様だもんな。


 時計を確認すると、そろそろいい時間になっていた。


「それでは、オーディション参加者の皆さんは、

 ステージ横に控えて下さい。

 あと5分でオーディションが始まります。

 このオーディションは基本的にネットを通じて生中継をされます。

 また、オーディションを特集する情報特番を組んで下さったテレビ局にて、

 中継という形で生放送もされますので、事前にお渡しした資料を参考にして、

 放送倫理に抵触するような発言は控えるようにしてください。

 何かご質問等はございますか?」


 撮影スタッフの女性がそう言って俺達に質疑応答をしてくれる。

 ポニーや藍澤さんが色々確認していたが、まぁ要するに


『問題になる発言や行動をして、番組や放送局、

 このレストランクループの本部や、房木プロに迷惑をかけるな』


 ということのようだ。


 そうこうしている内に、カウントダウンが始まって、参加者である俺達は静かに黙り込む。

 オーディションである、生放送番組でもあるこのイベントが始まろうとする空気感は、人生で初めての経験だった。

 正直に言って、もう二度と経験したくない。

 この会場に来たばかりの頃はそうでもなかったが、これから先の行動で諸々の結果や関係企業のイメージも左右するとか言われたら、やはり緊張しないわけにはいかなかった。


 見ると、深山も藍澤さんもポニーも八重咲さんも緊張の面持ちだった。

 國崎さんや水瀬さん、鬼塚さんもそれは同様だ。

 まぁ、この雰囲気をカメラに収めたいという意図もあるのだろう。

 だから俺は、そのニーズにきちんと応えようと思った。

 なぜなら、今日の俺にとってはと演じることが最重要なのだから。


 近くにあった姿見で表情を確認する。

 微かに引き攣った、それでも必死に笑顔を作る少女がそこにいた。

 多分、最初の顔はこれが正解なのだろう。

 ただ、それでは他の娘達と同じで埋もれてしまう。

 だから、俺は少しだけ自分の感情と表情をアップデートする。

 店長が言っていたことを思い出す。


『審査員が見たいのは、その娘の可能性だ。

 今その瞬間のリアルな君の姿の先に、未来を見ようとしてるんだよ』


 そう、つまりは、このオーディションだけを見ていては駄目なのだ。

 見るべきはその先。

 このオーディションに受かったあとの未来だろう。

 だからきっと、んだ。


 そう考えて、鏡を見つめる。

 するとそこには、緊張と高揚を同居させた笑顔を浮かべるがいた。


 そうだな。

 姉さんはそう言う人だった。

 ピンチをチャンスに、逆境に立ってそれを楽しむような人だった。

 だから俺は、姉さんを演じよう。我が姉を完コピしよう。

 そう決意する。


「それでは、はじまります。

 視界の芸人さんが呼び込んだら、順番にステージに上がって下さい!!」


 スタッフの方の言葉に、その場にいた全員が頷いた。

 とうとう、店長の思い付きで始まったオーディションの幕が切って落とされるのだった。























「さぁ、それでは皆様お待たせしました。

 これより房木プロダクション主催の新人女優オーディションを開始いたします!

 全国から集められた女優を目指す少女達が、

 このレストランを舞台とするドラマの主役の妹の座をかけて争います!!

 予備審査に集まった応募総数はなんと千人を超えています。

 そこから厳正なる書類審査を経て、ここに集められた少女達……

 この中からたった一人のを選び出す……

 そんな熾烈なオーディションが始まります!!

 果たしてどんなドラマが待っているのか……

 それはもう誰にも分かりません!!」


 人気芸人がそんな勿体ぶった口上のあと、ステージ用意された入場門にスポットライトが当たる。


「それでは、選び抜かれた八人の少女達をご紹介しましょう!!

 の座を勝ち取るのは、この中の誰なのか!?

 ここでは仮に『妹達』と呼ばせて頂きましょう!!

 さぁおいで、僕らの『妹達』!!」


 盛大な拍手と音楽が鳴り響き、俺達はスポットライトがまぶしいステージ上に飛び出した。


 観客席となっているフロアの最前列には、審査員である房木プロの幹部達と、このオーディションで選ばれる妹役の姉に当たるドラマの主人公を演じる予定の房木プロの売れっ子女優、戸殿くるみさんが座っていた。

 店長から聞いていた通りのメンバーで安心する。


「では、順番にオーディション参加者を紹介させて頂きましょう。

 まずはエントリーNo.1 深山 満月ちゃんだ。

 舞台となるこのレストランの人気フロアスタッフの彼女は、

 この店のお客さん達からも大人気だということです。

 みんな彼女に罵られたい! 無下にあしらわれたい!!

 隠し切れない優しさを垣間見たい!! この店の名物看板娘――」

「ちょっと、何よそのふざけた紹介はぁ!!」


 恐らくは店長の用意した台本なのだろうが、狙い通りに深山がツッコむことで観客席から大きな笑いと歓声が起きる。

 番組のツカミとしてもいい感じだろう。


「もう、ほんっと最低!! ……あ、そ、その…… よろしくお願いしましゅ」


 頭にのぼった血が下がって、冷静になった深山がいつも通りの雰囲気で頭を下げる。

 いや、本当に店長はよく分かってる。

 きっと深山は色々自己紹介を考えていたのだろうが、それを吹き飛ばしてあいつの素の魅力を存分に引き出しているのだ。

 最後の甘噛みまでが、本当に愛おしい。店長、グッジョブだ。


「実に可愛らしい挨拶、ありがとうございます!」

「可愛いとか言うなぁ!!」


 もう深山はすっかりいつものテンションだ。

 面識のない芸人相手にもあの調子で話せるのがその証拠である。


「さぁ、続けていきましょう。

 次はエントリーNo.2 藍澤 飛鳥ちゃんだ!

 その見た目はここに並んだ誰よりも『妹』という単語に相応しい愛らしさだが、

 驚くなかれ、これでも彼女は高校三年生!!

 そのギャップにやられてしまった自称お兄さん、お姉さんが大勢いるらしい。

 そして彼女も満月ちゃんや八雲ちゃんと同じこの店のフロアスタッフだそうだ。

 この店、従業員のレベルが高すぎる!!

 幼い容姿とは裏腹な落ち着き払った彼女の声は天使のようだと言われているぞ!!」

「………………そういう紹介はやめてください。

 は、恥ずかしいので……

 その、藍澤飛鳥です。よろしくお願いします」

「It’s So CUTE!!」


 藍澤さんの言葉に客席からは歓声が上がる。

 いや、分かる。

 藍澤さんの声は、もう本当に癒しの権化だ。

 女子からの『かわいいー』という声が多かったのも納得の、藍澤さんの天使の声は確実に客席と、この放送を見ている多くのお兄ちゃんお姉ちゃんに刺さったことだろう。


「さぁ、続けていきましょう。

 お次はエントリーNo.3 國崎 華音ちゃんだ!

 彼女はこの店の従業員ではありません。

 そう、このオーディションはこのお店の美少女コンテストではないんです!!

 けれど、彼女のことを知っている人はいるかも知れません。

 なんと言っても空手界のホープですからね!!

 昨年のインターハイの王者、名実ともに日本最強の女子高生!!

 『蹴撃の戦姫』の名で知られている戦う美少女のお出ましだ!!」

「……その、あまりその名で呼ばないでください。

 は、恥ずかしいので……

 あ、それと、戸殿さん。私、戸殿さんのデビューからのファンで……

 このオーディションも戸殿さんに会えるかもと思って応募しました。

 あとでサインください!」

「へ? あ、はい!! ありがとうございます!!

 頑張て下さいね!!」

「おいおいおい、そんな理由で応募してこの最終審査まで残るとか……

 流石は日本チャンプ! 頂点の景色には慣れているというのことなのか!?」

「そ、そんなことはありません!!」


 芸人さんも乗って来たようだ。

 國崎さんに関しては、どうやら天然さんだということが窺い知れる可愛らしい挨拶を披露してくれた。

 まさか、このタイミングでサインを求めるとは……

 客席も大いに受けているし、戸殿さんも突然の告白に戸惑ってくれて可愛い絵が撮れたのはありがたいだろう。

 ……っていうか、俺はさっきからどの立場でこの状況を見ているのだろうか。

 まぁ、、そんなことを考えそうだという感覚なのだが。


「さて、次はエントリーNo.4 馬堀 万里子ちゃんだ。

 彼女もまたこの店トワイライトガーデンのフロアスタッフだそうだ。

 その特徴的な髪型から『ポニーちゃん』の愛称で老若男女に愛される人気者!

 抜群のスタイル、複数の言語を操る頭脳、優れた運動神経を有する完璧女子。

 彼女の笑顔に魅了されてこの店の常連になった男性客も少なくないそうだ!

 いつもは一歩引いて控えめな態度の彼女も今日は全力で優勝を狙っているぞ!!」

「それはもう、生活が懸かってますから!!」

「そ、それは大変だね…… が、頑張って!!」


 台本通りのコメントに対するポニーの必死なリアクションに、客席からは大きな笑い声が上がる。

 芸人さんもポニーのガチのトーンの言葉に、思わず言葉を詰まらせていた。


 しかし、どうやらポニーも本気の様子だ。

 実はうちの店の中でもNo.1のスペックを誇るポニーが本気となると、間違いなく強敵になる。

 俺は自分の発言で起こった大爆笑が理解できずに首を傾げるポニーの姿を眺めながら、苦笑いを浮かべて頬をかいた。


「さぁ、まだまだ行くぞ!! 次は――」


 店内はどんどん熱気に包まれて行く。

 参加者を見つめる審査員たちも、頷いたり耳打ちをし合ったり忙しそうだ。


 そんな中、冷静にその見えない目で俺達を見つめる房木さん。

 その視線を感じた気がして、俺は思わずその顔を見つめてしまう。


 すると、俺に向かってほほ笑む房木さん。

 その意図が分からず、俺は一瞬不安になるのだった。


 いや、まさかバレてないよな?





 続く――。

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