第9話∬ 始まるかと思ったらまだ違ったレストラン






「うーん……

 國崎さん、そろそろ来てないとやばいんじゃない?」


 俺がポニーにそう伝えると、ポニーも同じ考えのようだった。


「私、ちょっと連絡してみるね……」


 スマホを取り出して、國崎さんに連絡を入れるポニー。


「だめだ、電源が入ってないか圏外みたい……」


 ポニーから渡されたスマホを耳に当てると、お決まりのアナウンスが聞こえて来た。

 何か特別な事情でもない限りスマホの電源を落とすことは考えにくい。

 まぁ、充電を忘れて電源がオフになってしまったとかの可能性はゼロではないが、彼女のような比較的しっかりした娘がそんなミスをするとは思えない。

 だとすると、圏外にいる可能性が高いが……

 今どきスマホが圏外になるという場所も限られている。

 まぁ、主に地下とかだろうか?


「うーん……

 馬堀先輩、この辺で電波の入らない施設って言うとどこがありますっけ?」

「ええと…… 普通の人が入れる場所ってことだと、

 市役所前の有料地下駐車場とかかなぁ?」


 俺が思い付いたのも同じだった。

 最近は結構デパートの地下施設や地下駐車場なんかも普通に電波が飛んでいるのだ。

 正直、電波が圏外の場所を探す方が難しいかも知れない。


「………………駅から一番遠いカラオケボックス」


 すると、そんな俺とポニーに藍澤さんが話しかけて来た。


「ああ、あのほとんど人が寄り付かないのに、

 全然潰れないカラオケボックスですか?

 藍澤先輩、そこがどうかしたんです?」

「………………あのお店の地下の一部の部屋は今でも電波が入らないんです」

「マジですか?

 そこってもしかして、危ない連中のたまり場だったりします?」

「………………たしか、color’sという不良グループのリーダー、

 サトウコウイチという男性がたまり場に使っているはずです」


 コウイチという名前に聞き覚えがあったのですぐに思い出した。

 確か以前國崎さんが絡まれていた連中のリーダー格の男が『コーイチ君』と呼ばれていた気がする。

 カラフルな頭をした三人組だったっけ……


「もしかして、そのcolor’sという不良グループ、

 お仲間がみんなファンキーな髪色とかしてません?」

「………………構成メンバーはみな、色とりどりの髪色をしているはずです」

「ああ、なるほど……」


 つまりはこういうことだろうか?


「もしかして、以前揉めた不良たちが國崎さんを拉致したとか?」

「えぇっ⁉ 空手日本一の華音ちゃんを⁉」

「仮に、何かを人質に取られたりとかしたらあり得るんじゃないかな?

 國崎さん、そう言うの無視できなさそうだし……」


 俺は軽く体を動かして、軽い準備運動をする。

 足元がスース―するものの問題なく動けそうなことを確認してから、俺は八重咲さんに声をかけた。


「八重咲さん、今日ってバイクで来てます?」

「ん? そうだけど…… どしたの? バイク必要なん?」

「はい。もしかしたらトラブルに巻き込まれてるかも知れない友達を、

 ちょっと迎えに行きたくて……

 そんな距離は無いんですけど、時間が微妙な感じなので……」

「はいよ。

 そんじゃこれがキーだから!」


 そう言ってあっさりと鍵を貸してくれる八重咲さんにお辞儀をして控室を出て行こうとする俺をポニーが呼び止める。


「そのカラオケボックスに行くの?」

「うん。もし何もなければすぐに戻って来るし……

 何かあったら、なんとかするし」

「……気を付けてね。瑛ちゃん」

「……っ、はい。何かあれば連絡するんで……

 よろしくです、馬堀先輩」


 今の俺は『瑛』だということをしっかり俺に認識させてくれる当たりポニーは頼りになる。

 化粧を落としている時間はないので、このまま行くしかない。

 この顔で大きなトラブルを起こせば、オーディションにも支障をきたすだろう。

 だから、出来るだけ穏便にことをかたずけなければならないのだ。


「ふぅ~…… よし、行くか」


 俺は一度深呼吸をしてから控室を出て、店の裏に回る。

 そこにあった八重咲さんのバイクに跨って、キーを回す。


 ブオンッ――


 気合の入ったエンジン音が鳴り響く。


「……?」


 一瞬、房木社長の秘書さんと目が合った気がしたが、この行動が特に問題になるような行動ではないので大丈夫なはずだ。


「っと、つかまるようなことは避けないとは……」


 今の俺の姿は、免許証の写真とは大きく異なる。

 本人であることは間違いないものの、警察に説明したりするのが面倒だ。


「ってことで、安全運転で行きますか……」


 俺はアクセルをふかせて、レストランの駐車場を八重咲さんのバイクで飛び出すのだった。






















 キキッ――


 目的のカラオケボックスの前にバイクを停める。

 どうやら、らしい。

 駐輪場にはバイクや自転車が数多く停まっていた。

 この寂れたカラオケボックスにしては珍しい光景である。


「確か、地下の一部の部屋がそうだったよな……」


 俺はバイクを降りて、店内に入る。


「今日は貸し切りだよ……」


 カウンターで愛想のない店員がこちらも見ずにそう言うので、俺は試しにこう言ってみた。


「コーイチ君に呼ばれて来たんだけど……

 地下のいつもの部屋でいいの?」

「ああ、コーイチ君の…… って、マジかよ……」


 俺の顔を見て、顔を赤くして硬直する店員。

 ……なんとなくその心中を察してしまい複雑な心境になる。


「い、いつもの、一番奥の部屋だよ……」

「そ、ありがと……」


 俺はそのまま地下へ続く階段を下り廊下を進む。

 店員さんの話では一番奥ということだったので、恐らくはあの部屋なのだろう。


 何やら大声で騒ぐ声が部屋の外まで聞こえて来ていた。


「あんたが変に俺達に逆らえば、

 あんたが行こうとしてたあのレストランに俺の仲間を向かわせる。

 そうなったら、店でやろうとしてるイベントとやらは台無しだよな?」


 部屋のドアから中の様子を確認すると、部屋の奥で國崎さんは頭のカラフルな連中に囲まれていた。

 なるほど、うちの店が人質だったわけだ……


 俺は廊下を少しだけ戻り、スマホの電波を確認してアンテナが立つところで店長にこの状況を連絡する。

 別にここに来て貰わなくても、店を守って貰うようにすれば恐らくは問題ないはずだ。

 そして、店長からの『任せておけ』のリアクションを確認してから、俺はその問題の部屋に飛び込んだ。


「こんにちわ。

 コーイチ君に用があって来たんですけど…… 良いですか?」

「何だお前は⁉ って、めっちゃ可愛いなぁ、おい!!」


 こちらを振り返るなり、鼻の下を伸ばすコーイチ君ことサトウコウイチ。


「瑛⁉ どうしてここに⁉」

「スマホが通じなかったので、

 物知りの先輩の助言でここじゃないかって……

 正解で良かったです。

 オーディションまであと30分もないですし行きましょう、國崎さん?」

「ダメだ、私が逆らうと、あの店にこいつらの仲間が!!」

「ご心配なく。

 さっきその人が騒いでいたので、向こうには連絡済みです。

 あっちにも腕の立つ人もいますし、VIPのSPなんかもいるので……

 街の不良程度なら問題ないとの返答は既に頂いております」

「本当か!!」

「チッ…… お前ら!! その女を取り押さえろ!!」


 コーイチ君の号令で俺に襲い掛かろうとする連中の手をすり抜けて、すれ違いざまにその足を引っかけて転ばせる。

 そして、そのまま俺は國崎さんの元まで駆け抜けようとする。


「このアマ!!」


 そんな俺に掴みかかろうとしてこちらを向いたコーイチ君に、國崎さんはすかさず得意の上段回し蹴りを繰り出そうとするのが見えた。

 哀れコーイチ君。

 そう思ったときに、コーイチ君が口の端を吊り上げてズボンのポケットから何かを取り出すのが見えた。

 それが何だか分からなかったが、コーイチ君がそれを使って國崎さんの蹴りを受け止めようとしていると分かった俺は、コーイチ君と國崎さんの間に滑り込む。

 そして、コーイチ君の持つ何かとぶつかる直前に、國崎さんの蹴りをパリーして軌道をずらした。


「っ!?」

「あっぶねぇ!!」


 コーイチ君は彼女の蹴りが外れたものだと判断したらしくそんな声を上げる。

 その手には特殊警棒が握られていた。これで國崎さんの足を受け止めるつもりだったらしい。


「悪いけど、こういう危ないのは没収ね」

「お、おい!! なにするんだよ!? 返せよ!!」


 油断しているコーイチ君の手から、俺はその特殊警棒を奪って飛び退く。


「國崎さん、多分あいつはもう危ないものは持ってないと思うので……

 倒せそうですか?」

「あ、ああ。もちろん。

 それよりも、さっきのは君がやったのか?

 奴がそれで私の足を受けようとしているのが分かったからか?」

「ん? あ、ああ、はい。

 あんなのに蹴りを当てたら、國崎さん足を怪我するんじゃないかと思って……」

「……瑛。君は一体何者なんだ?

 まぁいい。今はここを抜け出すことを考えよう。

 君は外から来たんだったな?

 ここから出口までに連中の仲間はいたか?」


 俺は部屋を見渡して確認する。

 外にあった乗り物の数と、この大部屋にいる人数を照らし合わせてみたところ、全ての乗り物に二人乗りして来たとしても余りある人数がいることが分かる。

 ここに来るまでの部屋には誰もいないのを確認しているし……


「受付のやつが監視カメラでこの部屋の状況を確認して、

 仲間を呼ばない限りは、今ここに居る連中をどうにかすれば何とかなるかと」

「そうか…… なら、すぐにここを出るとしよう。

 この人数なら、相手が銃でも持っていない限り遅れをとることはないからな!」

「わーお! 頼りになるぅ~!」


 言うが早いか、國崎さんはその一呼吸で近場に立つ数人を地面に沈めていた。

 掌底や裏拳、膝蹴りや上段蹴りで一撃のもとに次々とカラフルな頭の不良達を沈めていく國崎さんは、まるで漫画のキャラクターの様だった。


 ものの数秒の間に、室内にいた不良達はコーイチ君以外全員昏倒していた。


「お、おまえら!! 女相手に情けないぞ!!」


 そう言いながら後ずさっていくコーイチ君。


「逃がすわけがないだろう?」


 そんなコーイチ君に、國崎さんは一気に間合いを詰めて肉薄すると、顎下を掌底で打ち抜いてから、その側頭部に先程不発に終わった上段回し蹴り叩き込んだ。


 パキィィッンッッ――


 およそ蹴りで聞くことがないような音が聞こえて、吹き飛んだコーイチ君が白目をむいて地面に崩れ落ちる。


 相変わらず鮮やかな上段回し蹴りだが、自分では絶対に食らいたくないと思う切れ味だった。


「よし、瑛。君が言うように連中の仲間が来てしまう前にここから逃げるとしよう」

「え? あ、はい!」


 そう言って、俺の手を取って駆け出す國崎さんは、少女漫画のヒーローの様だった。

 俺が本当の女の子だったら好きになってしまいそうなカッコよさだ。


 階段を駆け上がり、カウンターの横を駆け抜ける。

 そのときに、受付に居た店員が誰かに電話をしている声が聞こえた。


「とにかくすぐに店に来てくれ!!

 コーイチ君が例の女にやられちまったんだよ!!」


 どうも反省の色が見えないが、今は連中にかまけている時間は無い。

 オーディション開始まであまり時間がないのだ。


 俺は倒れていた一人からこっそり奪ったスマホをポケットにねじ込んで、店の外に停めておいたバイクを指差す。


「國崎さん、あれに乗って急いでお店に行きましょう!

 私が運転するんで、後ろに乗って下さい!」


 持って来ておいたヘルメットを國崎さんに投げ渡して、俺はバイクに跨る。


 ブオンッ――


 再び気合の入ったエンジン音が鳴り響く。


「すまない、世話になる!」


 俺の後ろに飛び乗って、俺の腰にしっかりとつかまるようにする國崎さん。

 ふわりと甘い香りがしてきて、俺は思わずドキリとする。


「この恩は後で必ず返そう」

「あはは、そんなの良いですから。

 飛ばすんで振り落とされないようにつかまっててくださいね!」


 ここまで、ずっと姉さんの声で喋れている自分に拍手を送りたい気分だ。


 俺はアクセルを吹かせて、バイクを走らせ店に向かって急ぐのだった。























 キキッ――


 店の前に着くと、そこには店長が待っていた。


「店長、大丈夫でしたか?」


 俺がそう確認すると、店長は笑顔で親指を立てる。


「何かよく分からんカラフルな頭の連中が来たが、

 私と房木の爺さんのSPで追い返したよ。

 大丈夫だ、何の問題もない」

「良かったぁ……」


 店長の言葉を聞いてホッと胸を撫でおろす俺の横で、國崎さんはヘルメットを外して深々と頭を下げた。


「すみません。

 私のせいで、ご迷惑をおかけして……」


 すると店長は小首を傾げてこう答えた。


「はて?

 迷惑なんてかけられたかな?

 けが人も被害も出ていないんだ。

 そんなの何もなかったのと変わらないよな?」


 店長はそう言って、近くに立っていた房木社長のSPの方を見る。

 すると、そのSPの方もにっこりと笑顔を浮かべて頷くのだった。


「と、いうわけだから気にするな。

 さぁ、二人とも。オーディション開始までそう時間もない。

 身支度を整えて参加の準備をしてくれ!」


 そう言ってウインクをする店長に、國崎さんは再び頭を下げる。


「お心遣い感謝します!!」


 そして、俺の方を向いて一度頷くと、國崎さんは俺の手を引いてレストランの店内へと飛び込むのだった。


「あ、参加者控室はこっちですよ」

「おっと、すまない。ありがとう……」


 店に入ってすぐ、手を引く役割は入れ替わってしまったが……







 続く――。

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