第7話∬ 美少女バーテンダーが活躍するレストラン
カランカランッ――
店内に響くドアベルの音。
入り口に一番近いスタッフがお客様の出迎えに出るのが基本だが、たまにどちらが対応するべきかお見合いをしてしまうことがある。
ちょうど今も、入り口近くでその状況になっていた藍澤さんと深山がお互いに顔を見つめ合って硬直していた。
そんな二人を視界に収めて、いち早く動いたのはポニーだった。
「いらっしゃいませ! って、華音⁉
珍しいね、華音がここに来るなんて……」
そんな風に驚くポニーの声に俺も驚かされる。
入り口に入って来たお客様を改めて確認すると、確かに國崎さんだった。
少し恥ずかしそうにしながら、ポニーに苦笑いを浮かべていた。
「減量期間でもないしな。
私だってファミリーレストランくらい来るさ。
別に万里子の邪魔はしないから安心してくれ」
「あはは、邪魔だなんて思わないよ。
むしろ華音が来てくれて嬉しいもん!
ここのご飯もデザートも美味しいし、
バーカウンターのノンアルコールカクテルは評判なんだよ!
是非、色々楽しんでね!!」
気恥ずかしそうな國崎さんに、ポニーは満点の笑顔でそう言うと席へと案内する。
案内されながら、國崎さんはキョロキョロと店内を見渡していた。
「ん? どうしたの華音?
もしかして誰か探してる?」
國崎さんは少し慌てたような顔をしてから、恥ずかしそうにポニーの質問に答えた。
「いや、この前街で知り合った涼宮さんがいないかなと思ってな……
ああ、後はここに隣のクラスの神越も働いていると聞いたし……
その二人がいないかと思ってな」
「ああ、神越君に会ったって話は前に聞いたよ?
なんか危ない人たちに絡まれてるところだったって……
華音が強いのは知ってるけど、女の子なんだから気を付けてね?」
「ああ……」
気のせいだろうか?
國崎さんの口から俺の名前が出た瞬間、ポニーの表情が少しだけ曇ったような気がしたのだが……
「それで?
涼宮さんって、どっちかな?
綺麗な方? 可愛い方?」
「ああ、そうか。
そう言えば従姉が店長をしていると言っていたな……
だとすると、『可愛い方』の涼宮さんだろうか?
瑛さんと言った方が分かりやすかったかも知れないな」
「そっかそっか、瑛ちゃんの方か……
それならさっき話したバーカウンターに行けば会えるけど……
どうする? このままバーカウンターに案内する?
そこでも食事もできるけど……」
「いや、まずは普通に食事をするよ。
テーブル席に案内してくれ。
別に彼女に用があるわけじゃないしな……」
「はぁーい、了解です。
それではこちらになります!」
あんな風にくだけた感じで接客するポニーも珍しい気がする。
それだけ、國崎さんと彼女が親しいということなのだろうが……
「………………?」
さっきからしきりにこちらに視線を送ってくるポニー。
その目が言っている。
『瑛ちゃんとしても会ったとか聞いてないんですけど?
ちょっと後で説明して貰うからね、神越君?』
と言ったところだろうか。
なんと言うか、俺が國崎さんの話題を出してから、少しポニーの俺に対する当たりが強くなった印象を受ける。
大事な親友に、男の俺が近づいたことを怒っているのだろうか。
俺はそんなポニーに、視線で了解の意を伝えて苦笑いを浮かべるのだった。
「……驚いた。
街で会ったときは『可愛い』という言葉がしっくりきていたのに、
ここで見るキミは、『カッコいい』という言葉の方が似合う様だな」
「國崎さん、来てくれたんですね。
どうぞお好きな席におかけください」
俺がそう言って着席を促すと、國崎さんは滑らかな動きでカウンター席に座った。
女性にしては背の高い彼女なので、少し高めに設定されているカウンター席の椅子にもすんなりと座れるのが少しうらやましい。
恐らくは、彼女のモデルのような体形がなせる技なのだろう。
多分俺なんかよりも、彼女の方が足が長いのだ。
慎重についてはいい勝負だが……
「君はここでお酒も出すのか?
もしかして、私よりも年上だったりするのか?」
「あはは…… 残念ながら同い年だと思いますよ?
お酒が飲めなくてもカクテルは作れるので……
実はお酒は飲めないっていうバーテンダーも少なくないんです」
「なるほど…… そういうものなのか。
もし良ければ、評判のノンアルコールカクテルと言うのを頂けるかな?」
「喜んで。
國崎さんは甘いもの好きですか?」
「ああ、減量中は決死の覚悟で我慢するくらいだ」
「了解です。では――」
俺はシェイカーに氷を入れて、そこにオレンジジュースとレモンジュースを1:2の割合で注ぎ入れる。
そこにオリゴ糖を5mlほど加えてシェイクする。
オレンジ―ジュースは生絞りのものを使い、本来はガムシロップを使うところをオリゴ糖に変え、本来は入れる香りづけに入れるアンゴスチュラ・ビターズは入れないでおいた國崎さん専用アレンジだ。
「どうぞ、『フロリダ』になります」
「ほう…… こうしてバーカウンターで、
カクテルグラスに入った飲み物を出されると、
本当にお酒を出されている気分になるな……」
「安心して下さい。
お酒は一滴も入ってませんから」
「ああ、そんなことは疑っていないさ…… 頂くよ」
グラスを掲げてバーカウンターの照明にかざして見つめてから、國崎さんはゆっくりとそれを口に運んだ。
なんと言うか、妙に色っぽいその姿に、カウンターにいた他の男性客達も見惚れているのが分かった。
「ふむ、これは美味いな。
すごく高級なミックスジュースだ……
私はカクテル自体が初体験だが、君の腕がいいのはよく分かるよ」
カクテルを飲み干して、そんな風に笑ってくれた國崎さんの言葉は素直に嬉しかった。
「その道具、シェイカーだったかな?
それを振る際に全く正中線が乱れないのも美しかった。
君は何か武の心得があるのかな?」
「武? いえいえ、そんなの全然。
一応余計なお肉が付かないように、
毎日簡単な筋トレくらいはしてますけど――」
「あはは、瑛ちゃんの言う『簡単』はあてにならないからなぁ……
この前来た面倒な客が瑛ちゃんの腕を試そうとして、
難しいカクテルを注文したのに、瑛ちゃんは事も無げにそれを作って、
『確かに手順の難しいレシピですが、キチンと気を付けて作れば問題ないですよ』
なんて言ってのけてたからなぁ……
あのときの客の顔、本当に見ものだったよな!!」
國崎さんの質問に俺が答えていると、近くに座っていた常連客さんが先日あった小さなトラブルの話をして笑った。
「えぇ~…… だって、あのレシピは私が前に働いていたお店では、
結構よく頼まれるメニューだったし、
そんなに難しいとは思ってなかったんですよ」
「いやいや、プースカフェ・スタイルってプロでも結構失敗する技術だって聞くよ?
それをあんな風にいとも簡単にやってのける瑛ちゃんの『簡単』な筋トレって……
実は結構ハードなことやってるんじゃないの?」
「プースカフェ・スタイル?」
常連客さんとのやり取りを聞いて、國崎さんが小首を傾げる。
確かにカクテルの知識のない人には耳なじみのない単語だと思う。
「プースカフェ・スタイルっていうのはですね……
こんな風にしてカクテルを作って提供することを言うんですよ」
俺はグラスにホワイト・カカオ・リキュール、グリーン・ペパーミント・リキュール、生クリームの順にマドラーを使ってゆっくりと注ぎ入れていく。
それぞれ比重の違う液体なので、こうして混ざらないように注意して丁寧に注ぐと、グラスの中で三層に分かれ、中央のみが鮮やかな緑色になるのだ。
「すごいな……
同じ液体を注いでいるのに、全く混ざらないのか……
これは綺麗だな。だが、難しそうに見えるが?」
「いや、瑛ちゃんが事も無げにやってるけど、ものすごく難しいんだよ……」
常連客さんは自分のことのように誇らしげにそう説明する。
俺はそんな説明を聞いて感心している國崎さんの前にグラスを置いた。
「これが誕生当時に提供されていたといわれる、
『グラスホッパー プースカフェ・スタイル』です」
「いや、すごいな。
味だけではなく、見た目でも楽しませるわけか……」
それをキラキラとした目で見つめる國崎さんは可愛らしかった。
「そですね……
でも、実際このスタイルは、ストローで順番に別々の液体を飲む形になるので、
味の方はと言うと正直今一つに感じられるお客様も多かったみたいです。
だから……」
俺はそう説明して、そのグラスの中に出来た三層のカクテルと、氷を入れたシェイカーに戻してシェイクした。
「今はこうして、シェイクして楽しむのが一般的になっていますね」
そして、そうやって作ったカクテルを、俺は先程から話しかけて来ていた常連客さんに差し出す。
「どうぞ、『グラスポッパー』です」
「うぇっ!? 俺は頼んでないけど……」
「あはは、お飲みいただけますよね?」
「……はぁ、もちろん。話題をふったのは俺だしね。頂くよ」
少々強引だったが、俺はそのカクテルを笑顔で常連客さんに押し付ける。
もちろん普段はこんなことはしないが、彼とはかなり仲良くなったのでまぁ特別だ。
「ぷはぁ~…… このチョコミントみたいな味がいいよね?
結構苦手な人もいるみたいだけど、俺は好きだよ。
本当に瑛ちゃんは良い腕してるよ」
常連客さんの言葉に反応する國崎さん。
「それはチョコミントみたいな味なのか……
ちょっと気になるな…… しかし、あれはお酒なのだろう?」
「もし良かったら、微妙に違うかも知れないですけど、
ノンアルコールで味を再現した『フェイク・カクテル』を出しましょうか?」
どうやら『グラスホッパー』に興味津々の國崎さんに、俺は以前マスターに協力して貰って作った『フェイク・カクテル』を作ってあげることにした。
味が再現できているかどうかをチェックしてもらうために、わざわざ先程『グラスホッパー』を飲んでくれた常連客さんの分も用意する。
「どうぞ、『フェイク・グラスホッパー』です」
「へぇ~…… 見た目はもう同じものにしか見えないけど……
お酒の香りはしないね……」
早速そのグラスに口をつける常連客さん。
「うわっ!? 本当にグラスホッパーの味がする!!
でも、全くアルコールは感じないね!!
って、入ってないんだから当たり前か……」
そんな常連客さんのリアクションを受けて、國崎さんもそれに口をつける。
「なるほど…… 確かにチョコミントアイスのような口当たりだ……
こんな味のお酒なら、何杯も飲んでしまいそうだな……」
「お酒が飲めるようになったら、
そのときは本物の『グラスホッパー』を飲んでみて下さい。
きっと美味しいですよ」
「あはは、そのときはまた君にお願いしようかな?」
「はい、そのとき私がまだこの辺りの店で働いていれば是非……」
國崎さんが嬉しいことを言ってくれたのだが、俺はそう言ってお茶を濁す。
「ああ、そうか。
確か君は従姉の手伝いでこの店にいるんだったな……
けど、もし君がこの街ではないどこかの店でこうして働いているなら、
私はその店にお邪魔してこのカクテルをお願いするよ」
「それは光栄ですね。
是非そうしてください。
そのときをお待ちしてますよ」
それから、國崎さんは『フェイク・カクテル』を何杯か楽しんでくれた。
その都度、色々な言葉で褒めてくれるので、何だかだんだん気恥ずかしくなってしまう俺だった。
「ねぇ華音、そろそろ時間大丈夫?
華音のお父さん、門限とか厳しいんじゃなかったっけ?」
不意に、そう言って國崎さんの肩を叩いたのはポニーだった。
「む…… そうだな。
そろそろお暇しないといけない時間だ……
瑛さん、今日はとても美味しかった。本当にありがとう」
そう言って席を立つ國崎さん。
大人びて見えるので、バーカウンターがよく似合っていて絵になっていた。
「あっと、そうだ……
聞いたぞ? 万里子も例のオーディションの本選に進んだらしいな?」
「え? 私もってことは、
まさか華音も応募してたの? え? しかも本選にすすんだの!?」
思い出したようにポニーに声をかけた國崎さんの言葉に、ポニーは驚きの声を上げた。
「ああ、そこにいる瑛も通過したそうだ……
私はあのドラマのヒロイン役の女優さんを一目見たいという、
かなり不純な動機での応募だが、本選に進んだ以上は頑張るつもりだ。
万里子もどんな理由で参加したのかは知らないが、
本選では正々堂々勝負しよう!」
「あはは…… なるほどね。
だからかぁ…… なんか色々納得」
どうやらその話を聞いてポニーは俺が瑛として國崎さんに会った理由を察したらしい。
俺の方を見て、『色々大変だね』という様なニュアンスの視線を投げかけて来た。
「うちの店だと、瑛ちゃんの他に、満月ちゃんと飛鳥先輩、
それに八重咲さんなんかも参加するはずだから、
この店の綺麗どころはほとんど駆り出されてる感じかな?」
「なんと、深山のご令嬢や、演劇部副部長も参加しているのか……
まぁ、二人とも学校でも評判の美女だからな…… 納得だ」
店のスタッフばかりが本選に進んでいることに対して八百長を疑われないのは、うちのスタッフ達のレベルが高すぎるが故だろう。
ここ最近の触れ合いを通して國崎さんも非常に可愛い方だと分かったので、やはりこのオーディションは一筋縄にはいかなそうな雰囲気だった。
いや、そもそも、性別という根本的な適性がない俺がそのオーディションを勝ち進めるわけがないのだが……
世の中は『ボーダーレス』を推し進めているし、所謂『男の娘』が美少女発掘オーディションを優勝しても問題はないはずだ。
……問題はやっぱりありそうな気もするが、何度も言うように俺はもう後には引けないからな。
こうなったらもう、頑張る他の選択肢はないのである。
……ないんだろうなぁ。
続く――。
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