第6話∬ どんどん後戻りが出来なくなりつつある少年を心配するレストラン
「ねぇねぇ、君さ今一人なの? 誰かと待ち合わせ?」
「……はぁ~…… そう言うの間に合ってますんで……」
これで通算十人目のナンパ男にうんざり返答する俺。
例の國崎さんを探すために、前に出会った駅前周辺を歩き回っていたらこの有様だ。
まぁ、ずっとこの辺りをふらついているので、そう言う輩にとっては格好の獲物なのかも知れない。
何をするでもなく、誰かを待つでもなく、ただひたすらキョロキョロと周囲を見渡しながら歩き回っているのだ。
確かに、『声をかけて下さい』と言っているようにも見えるかも知れない。
この見た目はほとんど若き日の姉さんなので、姉さんがあの頃どれだけ鬱陶しい連中に絡まれて来たのか分かってしまって、在りし日の姉を思わずにはいられなかった。
「えぇ? そう言うのってどういうのさ?
俺は困ってるみたいに見える君に手を貸そうと思っただけで……」
「で、その見返りに私と何かを期待してるんですよね?
もしくは、人通りの少ない裏路地とか、カラオケボックスとかの個室とか?
そう言うところに連れ込もうとか思ってるんじゃないですか?
そういう輩には、もうさっきから何人からも声をおかけ頂いているので……
もう本当に間に合ってるんです。
率直に言って迷惑なので、ご退場いただけませんか?」
さっきはこの手の輩を刺激するのが良くないと思って、適当にはぐらかして見たのだが、結果は効果がなく無理やり俺の手を引いてどこかに取れて行こうとされた。
人気のないところまで連れて行かれたところで、この見た目で油断した男の急所を攻撃して逃げて来たのだが……
今度はもう、真正面からお断りしてみることにした。
「はぁっ⁉ こっちは困ってる君に善意で声をかけてあげたのに……
ちょっと自分が可愛いからって調子乗ってんじゃねぇの?
あんま調子乗ってると、痛い目見て貰うことになるけど、いいのかなぁ?」
すると、十代目ナンパ男(仮)は偉く不機嫌になって俺に向かって凄んで来た。
普通の女の子であれば、こんな睨みでも少しは怖がるのかも知れないが、この程度のメンチなら正直深山の方が迫力がある。
「そう言うのって、
言ってもやっても後々そちらが不利になると思うんですけど……
なんて言っても無駄なんでしょうね」
仕方がないので、実力行使に移ろうかと思ったときだった。
俺に向かって伸ばされた十代目ナンパ男の手を、一瞬のうちに捻り上げる別の手が俺の後ろから伸びて来たのだ。
「いてっ! いてててててっ⁉」
たまらず悲鳴を上げる十代目ナンパ男。
「そうやって女性を暴力でどうにかしようとするのは辞めないか。
力で劣る女性相手を腕力を振りかざして支配しようとするとは……
これだから脆弱者は……」
「ひ、ひぃっ⁉ す、すみませんでした!!」
情けない声を上げて逃げていく十代目ナンパ男。
その背中を見送って振り返ると、そこに居たのは俺の探していた人物だった。
「大丈夫ですか、お嬢さん?」
「へ? あ、はい!」
俺に向かって優しい笑顔で話しかけて来たのは、あの日裏路地で出会った綺麗な少女。
ポニーのクラスの高校生空手チャンプの國崎さんだった。
「お嬢さんのような可愛い子が一人でフラフラしていると、
ああいう輩に目を付けられてしまう。
彼氏とか友達とかを連れて歩くことを薦めるよ」
なんと言うか、可愛いよりはカッコいいが似合う娘だなと思った。
普通の女の子なら、もしかすると彼女のことを好きになってしまうのかも知れない。
こういうピンチに、こんな風にスマートに対応できる奴は男でもそうそういないからな……
「ありがとうございます。
えっと、國崎さん……ですよね?」
「ん? もしかして、初めましてじゃないのかな?
……いや、君のような子の顔を忘れることはないと思うんだが……」
少し驚いたような表情で俺の顔をまじまじと眺めてから、國崎さんは不思議そうに首を傾げる。
「あはは、初めましてで合ってます。
実は、今お手伝いをしているお店で一緒に働いている子から、
國崎さんの話を聞いていたのでもしかしたらと思って……
馬堀さんっていう子なんですけど……」
「なるほど、万里子の知り合いだったのか……
あの子から何を聞いていたのか知らないが、
よく私だそうだと分かったものだな……」
「話を聞いたのもそうですけど、
馬堀さんから写真も見せて貰ってたので。
『華音は可愛くて強くてかっこいいんだよ!』って話してました」
「はぁ…… あの子はまたそうやってすぐ私を持ち上げるんだから……」
実際には、ポニーはそんなことは言っていな。
俺の中でポニーの言いそうな言葉をチョイスしただけだ。
だが、どうやらそれで國崎さんは信じてくれたらしい。
今度ポニーに口裏を合わせて貰うように頼んでおかないとな……
「それで?
私に用があったのか?
あの店の手伝いをしているということは……
もしかして、例のオーディションのことかな?」
流石、その道を究めた一流の選手だけあって、頭の回転も速いようだ。
俺の立場を察して、すぐにその要件に思い至る辺りは流石としか言いようがない。
「は、はい……
どうして、國崎さんみたいな方が、
あんなオーディションに応募したのかなって……」
すると、國崎さんは少し言いにくそうに苦笑いを浮かべてからこういった。
「恥ずかしながら私は、
例のドラマのヒロインを演じる予定の女優さんのデビューからのファンなんだ。
もちろん自分が受かるなんて思っていなかったが、
もしも、審査が進めばもしかしたらお会いできるかも知れないと思ってな……
私があのオーディションに応募したのは、そんな不純な動機だよ」
照れ臭そうに言う國崎さんは、とても可愛く見えた。
そして、そんな國崎さんに俺は言葉を返す。
「不純な動機なんてことは無いんじゃないですか?
憧れの人に会ってみたいって思うのは、
きっと誰だって同じですよ」
俺の言葉を聞いて、國崎さんは少しだけホッとしたような顔をする。
「まぁ、それともう一つ。
以前この辺で出会った少年が、
『自分はその店にいる』と言っていてな。
そのオーディションがその店でやるのなら、
あの少年にも再会できるかも知れないと思ったんだよ」
「……へ?
どうして、その少年に再会したいって思ったんですか?」
不意に、國崎さんの口から俺の話が出て来たので、慌ててそんなことを聞いてみた。
いや、そんな風に彼女から再会を望まれるようなことをした覚えがなかったからだ。
「ふむ……
こんなことを君に言っても仕方がないんだが、
実はあのとき、私はその少年に助けられたんだ。
そのときの彼の体捌き…… 身体の動きが気になってな……
是非、もう一度会って、その資質を見極めたいと思ったんだ」
「へ、へぇ……
私も今その店で働いていますけど、
そんな凄い動きをする人はいなかったと思いますけど……」
日本一の彼女のお眼鏡に適うようなことをした覚えはないが、どうやら俺は彼女に興味を持たれていたようだと分かり、どうにも複雑な気持ちになった。
「いや、特別彼の動きが卓越しているとかそう言う訳ではないんだ。
ただ、これから開花する才能の片鱗を見た気がするというか……
そんな感じなんだが…… いや、こんな話は君にしても意味がないな。
悪いが忘れてくれ……」
俺に向かってそう言って、恥ずかしそうに鼻の頭を掻く國崎さん。
「えーと、君は……」
「あ、すみません。
自己紹介もしていませんでしたね。
私は涼宮瑛って言います。よろしくお願いします」
「ああ。よろしくな、涼宮さん。
知っているかも知れないが、私は國崎華音だ。よろしく頼む。
一応、例のオーディションは書類審査を通過したから、
今後君の働く店でお世話になることもあるだろうからな」
「あはは、そうですね。
実は私もそのオーディションに従姉に無理やり応募されて、
書類審査を通過したんです。
きっと、またお会いすることになると思いますので、
そのときはよろしくお願いします」
俺がそんな風に話すと、國崎さんは嬉しそうな顔をして俺に話しかけて来た。
「本当か!?
いや、実は、オーディションの書類審査に通過するなんて
思っていなかったから、私も心細かったんだ……
まさか、同じく審査を通った人に会えるなんて!!」
そんな風に喜ぶ國崎さんは、恐らく自身の魅力を理解していないのだろう。
空手の日本チャンプだということも凄いことではあるが、彼女の場合それに加えてこの美しい容姿と整ったスタイルだ。
日本チャンプを差し引いても、十二分に魅力的な美少女なのだから、美少女発掘オーディションで引っかからないわけがないのだ。
「そうなんですか?
確か馬堀さんもそのオーディションの書類審査を通過していたはずなので、
私だけじゃなくて、彼女ともこの先の審査で会えると思いますけど……」
「っ!?
なんと、万里子もあのオーディションに応募していたのか!?
あの子なら書類審査を通過するのも頷けるが、
そもそもああいうオーディションに応募するような子ではないと思っていたが」
「ああ、それは多分私と同じだと思います。
私の従姉はあの店の店長なので……」
「なるほど……
よく分からないが、万里子も同じオーディションに参加しているというのは
私としては心強いな……」
ポニーが一緒と聞いて、ものすごく安心した表情を浮かべる國崎さん。
どうやら、ポニーに対して絶対的な信頼をおいているらしい。
それが分かって、何だか嬉しくなってしまう俺だった。
「馬堀さんとは仲がいいんですね?」
「ああ、あの子が色々良くしてくれているんだ。
私は知っての通り空手ばかりの女だからな……
あの子のお陰で色々助かっているよ」
「馬堀さん、面倒見がすごくいいですもんね。
私も職場でいつも助けられてますし……」
「ああ! 万里子はすごいんだ!!
私の自慢の友人だ!!」
ポニーの凄さは俺も良く知っているので、そこからしばらくは二人でポニーの凄いところを褒め合う謎の雑談が繰り広げられたのだった。
「ふむ、君とは気が合いそうだ。
もし良ければ連絡先を交換しないか?」
こちらとしても願ってもない提案を貰い、すぐにスマホを取り出して俺はフリーズする。
いや、だってこれ、俺のスマホじゃん。
「あ、ちょっと待ってくださいね……」
色々なことを考えた結果、俺はアイコンや表示名を変更してから、メッセージアプリのIDを交換することにした。
後々色々面倒なことになりそうなので、すぐに店長に相談して『瑛用のスマホ』を用意することを検討しよう。
「よし、それじゃあまた連絡する。
私はそろそろ家に帰らないと…… 父上が五月蠅いのでな」
「はい、ではまた!」
「ああ、またな。涼宮さん」
そう言って手を振って去って行く國崎さんの背中を見送って、俺は溜息をつく。
「……なんていうか、どんどん深みにはまってないか、俺?」
嫌な予感しかしないが、もうこうなった以上突き進むしかない。
俺が店長に連絡してスマホの件を相談すると、店長は二つ返事で「用意する」と言ってくれるのだった。
これで、スマホの二台持ちという、仕事が出来る商社マンみたいな装備を手に入れた俺だった。
取り間違えとかにマジで気をつけないとな……
続く――。
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