第3話∬ 大混乱が待ち受ける週末を震えて待つレストラン
「えっと、店長。悪いんですけど、もう一回言って貰ってもいいですか?」
俺は聞き間違いをしたかも知れない可能性にかけて、店長の言葉を聞き返した。
「だから、うちの店で撮ることになったドラマのヒロインの妹役を決める、
美少女発掘オーディションをうちの店でやることになったって言ったんだが?」
「なるほど……」
しかし、残念なことにどうやら俺の聞き間違いではなかったらしい。
「房木プロダクションとトワイライトガーデングループの協賛で、
この前房木の爺さんが言ってたドラマを撮ることになったんだ。
んで、話題作りのためになんかイベントを打とうって話になってな。
うちの新しい美少女従業員がなかなか見つからないみたいだし、
もうこうなったら大々的に美少女を集めようって思ったわけだ」
「いや、『思ったわけだ』じゃないだろうが!?
何考えてんだよ、あんたは……」
「何って、店の売り上げ増とか、認知度アップとか、
もろもろ込みで考えても結構おいしいアイデアだぞ?
この世で唯一不変の正義『可愛い』は老若男女万人が愛するコンテンツだ。
このSNS時代にバズること間違いなしじゃないか?」
確かに、店長の言う通り話題性は抜群だ。
でも、先程店長の私情も駄々洩れしていたのだ。
『うちの新しい美少女従業員がなかなか見つからないみたいだし、
もうこうなったら大々的に美少女を集めようって思ったわけだ』
俺はその言葉を聞き逃すことが出来なかった。
「そんなもっともらしいこと言って、
要は集まった応募者の中から自分好みの娘を見つけて、
『妹役は駄目だったけど、うちで働けばドラマに出れるぞ』って、
その娘を誑かして、うちの店で働かせるつもりですよね?」
「……あはは、そんなわけあるに決まってるじゃないか!」
「しらばっくれても……
って、あっさりと認めるのな」
どうやら、下心を隠すつもりもないらしい。
「まぁ聞け、少年。
このオーディションはヒロインの妹役を決める名目で開催されるが、
もう一方で魅力的なのが、房木プロとうちの本社共同で出す副賞だ」
「……副賞? なんですか? 熱海旅行とか?」
「あのな…… 商店街の福引じゃないんだぞ?
副賞は賞金だよ。マネーだよ。あのケチな本社が金を出すって言ってるんだ」
「いや、俺の雇用条件とか、諸々考えると、
この会社がケチだって認識、俺にはないんですけど?」
「お前…… うちの会社は社員に厳しいんだよ。
この前のボーナスだった、ここ最近の感染症の混乱の影響で全カットだぞ?
半額とかじゃなくて、全カットって!! 酷くないか?」
「いや、この状況を考えれば妥当ですよね……
それ故の店舗削減だし、その為にこのイベント打ったんでしょうが……」
「……まぁ、そうなんだけどな。
なんだよ少年? ノリが悪いぞ~! 生理か?」
「店長、それセクハラですよ?」
なにやら店長のノリがおかしいところをみると、どうやら相当な額が副賞として提示されているらしいことは想像できた。
「で? 副賞はいくらなんですか?」
「はぁ~…… そんなノリで聞かれても答えてやらんぞ!!
折角の驚きの金額のインパクトが半減するだろ?
聞きたいのなら、もっとテンションを上げろ!!」
「はいはい……」
仕方がないので、店長のノリに付き合うことにする。
周囲の目もそうするように促しているし仕方がない。
「それで、店長!!
その副賞って、一体いくらなんですか!?」
「よしよし、君のその演技力は本当に評価に値するよ。
今回もそんな君に私は大いに期待しているからな!!」
「ん? それってどういう……」
わざとらしくやると文句が出ると思って、本気で演技する俺に店長は何やら不審な言葉を漏らした気がしたが、そんなのお構いなしに店長は話を続ける。
「聞いて驚け!! なんと副賞は300万円だ!!
新車が買えちゃう金額だぞ!!」
「……300万⁉ それは本当にすごい金額ですね……」
ポニーの目の色が変わってしまう金額が店長の口から飛び出して、従業員達も騒然とする。
いや、それはそうだろう。
一体俺達の給料の何カ月分何だろうか。
それだけの金額があれば、俺もしばらく働かないで生きていける額だ。
人によっては、年収とイコールだと思う。
「そんなわけで、我々はガチでその賞金を狙いに行くぞ!!」
「……おいおい、首謀者。
企画を立ち上げた側の人間が何を言ってるんだよ?」
「別にズルをしようって話じゃないさ。
真っ当にオーディションに参加して、正々堂々優勝を狙うだけだからな」
「まぁ、店長が出るって言うなら止めませんけど……
恥をかいても知りませんよ?」
美少女発掘オーディションなのだ。
確かに店長は俺の知る中でも指折りの美人さんだが、美少女というカテゴリーに入るかといわれると少々厳しいだろう。
300万円を狙って、そのオーディションに出ると言うなら俺は止めないが、結果はまぁ、推して知るべしという奴だろう。
「馬鹿者。君は馬鹿か?
美少女発掘オーディションだって言っただろう?
私は年齢制限外だから参加できないさ」
「それじゃあ、どうやって?」
「言っただろ? 我々はって……
思い出してみろ?
うちの店は房木の爺さんが認めるほどの美少女の巣窟だぞ?」
「……まさか?」
「そう、そのまさかだ!!
心配しなくとも、もうエントリーは済んでいるぞ!!」
「えぇっ⁉」
俺が声を上げるよりも先に悲鳴のような声を上げたのは、我が店の女性陣達だった。
「まさか、私も出るんですか? そのオーディション?」
深山は店長の胸倉を掴んでそう問い質す。
「出るよ。もう応募しちゃったもん」
それに店長は笑顔でそう答えた。
「………………参加辞退を申し出ます」
流石の藍澤さんも店長を睨んでそう言った。
「参加辞退は受け付けておりません」
「………………っ!? そんな……」
そんな藍澤さんにも、店長は理不尽にも笑顔を浮かべて答える。
「……ぐぬぬ、300万円かぁ……」
ポニーに至っては、その金額に大きく心が揺れている様子だった。
「あはは~! みんな頑張ってねぇ!
私はもう美少女って年じゃないからさ!
観客として楽しませてもらうね!!」
楽しそうにそう言って笑う八重咲さんに、店長はにやりと笑う。
「……え? うそ? まさか……」
「そのまさかだ、八雲。
お前ももちろんエントリーしているぞ!!」
「うえぇ~っ!! 店長、おうぼーだ!!」
「そう、応募してやったぞ!!」
避難の声を上げる八重咲さんに、笑顔でダジャレを繰り出す店長だった。
「まぁ、もちろん房木プロの方で書類審査があるからな。
それで落ちたら仕方がないが、うちの綺麗どころ達が落ちるとは思わんさ。
その後の審査については、私がしっかりプロデュースしてやるから安心しろ!!」
「全然安心できないんですけど!!
ってか、そんな横暴がまかり通るわけ……っは⁉」
そこまで言って深山も気付いたらしい。
そう、以前俺が店長に楯突いたときに、店長から明かされた理不尽な現実を。
「しまった!? この店では店長に逆らえないんだった!!」
俺達がこの店で働く際にサインをした雇用契約書には、こんな文言があるのだ。
『店内で行われる業務に関して、店長の命令には何事においても従います』
つまり、美少女発掘オーディションがここで行われる以上、彼女達は店長の命令に従わなくてはいけないのである。
労働局の人! こっちですよぉ!!
その事実に気付いて、深山と藍澤さんはガックリと肩を落とす。
無理もない。
もし俺が女の子で、美少女発掘オーディションなんて出ることになったら、『あの子は自分のことを可愛いと思ってるのね』とか思われそうな気がして恥ずかしくなってしまう。
いや、実際にそう言うオーディションに出る人を馬鹿にするつもりはこれっぽっちもないのだが、俺だったらそう考えて委縮してしまうという話だ。
ポニーに関しては、ご家庭がガチでお金に困ってらっしゃるので、賞金と羞恥心との天秤がいまだにグラグラ触れているご様子だが……
「まぁ、私なんてどうせ書類審査で落ちるっしょ?」
自分のスペックの高さに気付いていない八重咲さんは、そんな呑気なことを言って笑っていた。
「……深山、藍澤さん。心中お察しするよ。
もうこうなったら、書類審査で落ちることを祈ろうぜ?」
俺は落ち込む二人に近付いて、そう言って肩に手を置いた。
「あによ、あんた?
自分は関係ないからって……」
「………………神越君、ズルいです」
そんな俺に不満そうな視線を投げかける二人。
「いや、そんなつもりは……」
「ん? 何言ってるんだ?
そいつもエントリーしてあるぞ?」
「………………ん? いま、なんて?」
そんな二人に弁明しようとした俺の肩に手を置いて、ニンマリと笑う店長の言った言葉が俺には理解できなかった。
「いや、だから。少年、お前もエントリーして置いたぞって言ってんだが?」
「っっっ!? はぁ~っ!?」
しれっと告げられた驚愕の事実に、俺は腹の底から声が出た。
「いやいやいやいや、店長。
アホなこと言わないで下さいよ!!
美少女発掘オーディションでしょうが!!
俺は美少女とか以前に、女の子ですらないんですけどぉ!!」
「大丈夫だ、少年。
君は自分では気づいていないかも知れないが、
中性的というよりは女性よりの顔立ちをしているぞ!!
それに、お得意の声帯模写もあるだろう?
手足も筋肉質じゃないし、ウィッグと化粧をすれば大丈夫だ!!」
「俺に女装してオーディションを受けろと?」
「大丈夫だ。
AK〇49とかでも男の娘はオーディションに合格していたし、
今はそう言う性別に捕らわれない人も大勢芸能界で活躍してるしな!!」
「ちょいちょいちょい!!」
無茶苦茶なことを言いだす店長に、俺が全力で抗議しようとすると、そんな俺にゆらりと近づいてきて、肩に手を置いて言葉をかけてくる奴らがいた。
「だ、大丈夫よ!
き、きっと似合うわ!! あんたなら!!」
「深山!! お前、笑ってるの分かってんだからな!!
てか、女のお前が出るのとはわけが違うんだぞ!!」
「………………大丈夫。
店長の言う通り、あなたなら優勝も狙える」
「藍澤さん!? それ本気で言ってます!?」
二人とも俺の肩をしっかりと掴んで、笑顔なのに全く笑顔に見えない表情で俺を見つめていた。
「先輩! 俺、微力ながらお手伝いするっすよ!!」
「てめぇっ、チャバ!! お前自分は関係ないからって!!」
「あはははははははははっ!!
少年、君も出るの!? 何それ!? 最高に面白いじゃん!!
私も応援するよ!! お化粧とか色々手伝ってあげんね!!
あははははははははははっ!!」
こういう時に限って、素晴らしいチームワークを発揮する従業員達だった。
まぁ、実際俺のエントリーは、こうして本命の深山達に自分達のエントリーに対する不満を誤魔化す為のネタ的なものであることはなんとなく俺には分かっていたが……
それでも、とんでもないことになってしまったことには変わりがなかった。
姉さん。
俺は男の尊厳を失いそうな気がするよ。
そんなことを天に向かって思っていたら、
『あはは、大丈夫。あんたにはもともとそんなものなかったから』
という声が聞こえて来た気がした。
あはは、流石は我が姉。分かってらっしゃる。
さて、店長が言うには、そのオーディションが行われるのはしばらく先だということなので、それまでの間はエントリーした俺達は書類審査の結果待ちらしい。
俺、深山、藍澤さん、八重咲さんは、その書類審査で自分が落ちることを祈る日々がしばらく続きそうだった。
「うーん…… 300万円は欲しいけど、美少女発掘オーディションははぁ……」
最後まで悩んでいそうなポニーは、もういっそオーディションを受けて優勝してしまえばいいと思う俺だった。
カランカランッ――
ドアベルが響き渡る店内は、大混乱の様相だった。
「いらっしゃいませ!
本日はドリンクバーはお断りさせて頂いております。ご了承ください。
そちらの整理券をお取りになって、そちらの待合席でお待ちください!」
ポニーがそう言ってお客様を急遽用意した『待合席』に案内する。
「3番テーブル空きました!
ポニー先輩!! お客様をご案内頂けるっす!!」
「ありがとう、チャバ君!
それでは、オオツカ様! 4名様でお待ちのオオツカ様!
お席までご案内させて頂きます!」
カランカランッ――
「いらっしゃいませ!」
ひっきりなしに鳴るドアベル。
何を隠そう、店外にも行列が出来ているのだ。
もう、信じられないほどの大盛況っぷりに、従業員達は嬉しい悲鳴を上げていた。
「少年、明日からは天気がいい日は野外席を設けよう」
「そうですね……
それがいいかも知れないです。
流石に、お客様を捌ききれませんし……
ってか、店長も働いてください」
「えぇー……
私、店長なんですけどぉ~……」
「だからですよ!!」
普段はダラダラしている店長も、流石に文句を言いながらもホールを駆け回ってくれた。
説明は不要かも知れないが一応しておくと、例のオーディション企画がとうとう周知されたのだ。
房木プロの方でも大々的に発表され、ご厚意なのだろうがこの店の宣伝もしてくれたのが大きいだろう。
ドラマの舞台になる店に行ってみようというお客様が一気に押し寄せてこの状況だ。
中には、『可愛いと評判の店員さんを見たくて』というお客さんも少なくないらしい。
とにかく、連日の大入り満員状態が昨日から続いている。
そして、明日以降も同様の状況が予想されていた。
「明日は、朝の情報番組の取材も来るらしいぞ?」
「……マジですが?
売上的な意味では嬉しい限りっすけど、流石に回らなくないですか?
スタッフが足りないですよ……」
「本部にも綺麗どころをお願いしているんだが、
中々私のお眼鏡に適う娘が来なくてな……」
「うおぉーい!! もうそこは諦めろよ!!」
そんなこんなで大混乱の店内。
バーカウンターも以前の深山家でのパーティーの再来というくらいに大賑わいだ。
「っていうか、本当にすみませんね。
研修で来てくれてるのに、この戦場に巻き込んじゃって……」
「あはは、大丈夫ですヨ!
ある意味で、いい勉強になってマスから!!」
俺は研修で他店から来てくれている、バーテンダースタッフのレベッカさんに頭を下げる。
すると、レベッカさんはそう言って楽しそうに笑ってくれた。
本来なら、彼女の紹介をキチンとしたいところだが、それはもうこの波を捌ききってからだろう。
とにかく、それから閉店時間までの数時間、俺達従業員はこの地獄のような状況を何とか必死に捌き続けるのだった。
続く――。
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