第4話∬ 少年が少女となって働くことになったレストラン
「初めまして、
皐月さんの従妹で、しばらくの間お店をお手伝いすることになりました。
その、どうぞよろしくお願いします」
「は、初めまして。私は
「………………私は
「私は
さて、どうしてこんなことになってしまったのかと言えば、例のオーディションの審査結果がそれぞれの元に届いたからだ。
「少年は他店のバーカウンターの指導員としてしばらく店を離れるからな。
この瑛はその間の代役ってところだ。
いや、まさか従妹のこいつがバーテンダーの経験があるとは思わなかったよ」
店長はそう言って俺のことをみんなに紹介した。
それを何の疑いもなく受け入れる深山は、やはり少々騙されやすすぎて将来が心配になる。
まぁ、この場合バレなくてホッとしているのが本音だけどな。
「………………?」
俺のことをじっと見つめる藍澤さんの視線は、俺にこう語りかけてくる。
『………………前から顔立ちが似ているとは思っていましたが、
まさかここまで店長に似ているとは思いませんでした。
でも、どうしてそんな状況になっているんですか、神越君?』
どうやら、藍澤さんにはバレバレの様だ。
「……事情はなんとなく察してるけど、後で説明してね神越君?」
「……分かってるから、深山にはバラスなよ?」
「……はいはい、了解です。色々大変だねぇ……」
「……その生温かい目やめてくれ、死にたくなるから……」
「……あはは、でも、お世辞じゃなく似合ってるよ。
どこからどう見ても女の子……と言うか、ぶっちぎりの美少女だよ!」
「……ははは、嬉しくねぇよ……」
そして、当然の様にポニーにもバレバレだった。
いや、こうなってくると、もしかして鈍感な深山以外にはみんなにバレているんじゃないかと心配になってくる。
「え、瑛さんっすか…… よろしくっす……」
「ほえぇ~…… 流石は店長の血族だけあってベッピンさんだねぇ……
てか、店長の若い頃って感じ? こりゃ店長、学生時代はモテたんだろうなぁ」
「馬鹿者、私は今でもモテモテだぞ?」
「あはは、確かに!!」
チャバや八重咲さんにバレていないようなので大丈夫だと思っていいものなのか?
その辺の判断が難しい。
しかし、こうなった以上、出来る限りバレないようにする以外にないのだ。
いや、流石に説明が必要だろう。
私、涼宮 瑛こと、
まず、今の俺の恰好はと言えば、俺の元の髪色と同じ色のウィッグを被って、店長が来ているものと同じ女性用の制服を身にまとっているのだ。
胸には店長から借りたブラジャーに詰め物、足には濃い目のデニールのストッキングを装備している状態だ。
顔には店長に施して貰ったメイクがされている。
つまりは、女装しているのだ。
声については、唯一と言っていい特技を使って、今は姉さんの声を再現している。
そして、何故こんなことになっているのかと言えば、例のオーディション結果が届いたからだ。
「店長、突然店長の部屋に俺を連れ去ってどういうつもりですか?」
それは昨日の仕事終わりのことだった。
店長は仕事上がりの俺を有無を言わせないで店長の自宅へとお持ち帰りしたのだ。
「お前にこれを見せる為だよ」
そう言って店長が差し出したのは、例のオーディションの合否の通知だった。
「まぁ見てみろ」
「……嫌な予感しかしないんですけど?」
「いいからいいから」
いわれるままに中身を確認すると、そこには『合格』の文字が並んでいた。
「………………へ?
マジかよ、俺男なのに⁉
っていうか、この写真姉さんの高校時代のものじゃないですか!!」
「良かったな。合格だってよ!」
「いやいや、この場合受かったのは姉さんであって俺じゃないですよ!?」
封筒とその中身を店長の部屋のテーブルに叩き付ける俺に、店長は意味深な笑顔を浮かべる。
「君はそう言うが、実はそうでもないんだよ……
とりあえず、君はしばらくの間何も言わずに私に従って大人しくしていてくれ」
そう言われて数十分、俺は店長にされるがままになった。
店長は化粧道具を取り出して、俺の顔にそれを色々塗りたくっているようだった。
逆らうと後が怖いので、俺はそんな店長に従って静かにしていたのだが……
「ほれ、鏡だ。
これを見ても、君はさっきの言葉を繰り返すのか?」
「……へ? 姉さん⁉ じゃねぇ!! 俺なのか!? え? ま、マジで!?」
鏡の中には、記憶の中と寸分変わらない姉さんがいた。
俺の言葉に合わせて口を動かしている。
違和感というか、気持ち悪さがすごい。
「君は元々旭君によく似ているからな。
こうして化粧を施して、ウィッグをかぶせればあっという間に旭君の完成なのさ」
「ちょ……って、この顔で俺の声だと死ぬほど気持ち悪いな……」
「なら、声も旭君にしたらいいだろう?
君ならそんなの朝飯前だろう?」
「ん……えっと…… こんな感じかな?
はぁ~…… それで店長?
あんた本気でこの状態の俺にオーディションを受けさせるつもりですか?」
「そんなの、答えなくても分かっているんだろう?」
それがそのまま答えだった。
「いや、まぁ聞いてくれ。
例のオーディションなんだが、話題作りのつもりで走り出した企画が、
本部と房木の爺さんが思いの外本気でな……
ヒロインの妹役だけにするのは勿体ないからって言いだして、
うちの本社の提供で房木プロの新人女優としてデビューさせる話がでて来てな」
「はぁ……すっかり大事になってるじゃないですか」
「ああ、それでな。今のところ書類審査の結果、
房木プロの幹部たちに気に入られてるのがこの5人なんだよ」
そう言って店長が俺に見せたのは、候補者の写真だった。
「深山に藍澤さん、それにポニーと……確か國崎さんだったか? と……」
「お前だ」
「マジですか?」
「マジだ」
店長の話だと、もちろん今後のオーディションの結果次第ではあるが、順当に行けばこの5人のうちの誰かが、例のヒロインの妹役に抜擢されそうなのだそうだ。
「それで?
それがどうなると俺がこの状態で、
オーディションを受けなきゃならなくなるんです?」
「ドラマ一本なら問題ないが、もし本格的に女優デビューなんてなったら、
当初の目的である人員を補充するどころか、
うちの主力メンバーを一人失うことになるだろうが?」
「まぁ、デビューってなればそうでしょうね……
今の店の混乱を見るに、注目度も相当高そうですし……」
「それは何としても避けたいんだ。
だが、今更走り出した企画を止めることも出来ないし、
変な横やりを入れて本部に睨まれるのも困る……
だから、こうなったら何としてもお前に優勝して貰って、
『実は男でした、ドラマ出演まではいいですがデビューは無理です』って感じで、
お前にぶちまけて貰って、デビュー話をぶち壊してもらうしかないんだよ」
「……いや、もっと他にもやりようはあると思いますけどね……」
しかし、確かに深山達を失うのは痛手だし、あいつら無駄にスペック高いから下手をすればヒロインの妹役を勝ち取りかねない。
それを穏便に阻止しようと思ったら、店長の言う方法が一番いいような気もする。
まぁ、唯一店の関係者じゃない國崎さんに優勝してもらう手もあるが、恐らく店長は……
「この國崎って子は是非うちの店の新人として迎え入れたいからな!!」
ということなのだろう。
「いや、けど本気ですか?
男の俺が、ガチ美少女の深山達を抑えて優勝なんて……」
「馬鹿だな。君以外にそんなことが出来る奴はいないだろう?
間違いなくあいつらにひけを取らない旭さんと同等の容姿に加えて、
君にはその圧倒的な演技力がある。
あとは私が審査員たちの好みを調べて君にそれを伝え、
君がその好みを具現化したん美少女を演じるんだよ。
それなら恐らく、あいつらにも勝てるはずだ!!」
「……それ、マジで言ってるんですか?」
「マジもマジ、大マジだ!!」
あの店長がここまで言うのだ。
恐らくそれなりの勝算があってのことなのだろう。
しかし、俺としては色々大切な何かを失う覚悟を要する状況だ。
店長の命令とはいえ、引き受ける気には到底なれなかった。
「ふ…… 断るつもりの少年に、耳よりな話がある」
「……嫌な予感しかしないんですが、その2なんですけど?」
店長は何かを覚悟した顔で俺の耳元に顔を寄せて来た。
「賞金の半額を搾取するつもりだったが、
君が優勝した場合、賞金は丸々全部君のものにしてやろう」
そもそも半分搾取するつもりでいたことに驚きだが、店長ならそれくらいしただろうな。
そして、それを諦めるという店長の言葉に、俺はその覚悟のほどを感じてしまった。
不覚にも、その覚悟に少し感心してしまったのだ。
まぁ、もう残念なことに、俺はすっかりこの店長の毒に置かされてしまっていたのである。
その結果……
「分かりましたよ。
その代わり、このことは誰にも言わないでくださいね?
それと、全力でフォローして貰いますよ?」
「ああ、もちろんだ。
私が君を最強の美少女にプロデュースしてみせる!!」
「ははは、頼りになるような、そもそも頼りにすることが間違っているような……」
俺はこの無茶苦茶な申し出を引き受けてしまったのだった。
そして、現在に至る。
当日だけ美少女を演じるのは、ボロが出てしまう可能性があまりに高いという店長の話に従って、俺はしばらく店長の従妹の瑛として、店で働きながら慣らし運転をすることになったのだった。
今、冷静になって振り返ると、自分がどれだけ愚かな決断をしたのかということに気付いて、死にたい気持ちになっている。
しかし、最早後には引けないのだ。
こうなったら、俺は何としても、例の美少女発掘オーディションで優勝をして、この店の従業員を守らなければならないのだ。
いや、守るという言葉があっているかは分からないが。
「はぁ~……」
「どうしたの、瑛さん?
もしかして、瑛さんも重い方? あれだったらお薬持ってるからあげようか?」
「え? あ、いや…… 別に大丈夫!!
ちょっと皐月さんの無茶ぶりのこと思い出して……」
「ああ、あはは…… しばらく店長の家で一緒に住んでるんだっけ?
あの人、家でもあんな感じなの?」
「あー、うん。
だいたいあんな感じ。
ああ、いや、もう少しダラダラ度合いは強いけど……」
「そっかぁ…… あれ以上ってなると大変そうだね……」
俺をすっかり女の子だと思い込んでいる深山が、きわどい話題をふって来るので俺は慌てて誤魔化した。
しかし、あれだ。
深山が俺以外には優しいのは知っていたが、こうして別人として深山と相対すると、その現実を痛感させられる。
本当にこいつは、俺にだけああなのだな。
「はぁ~……」
「深山さんこそ、どうしたの?
もしかして体調悪いとか?」
「満月」
「へ?」
「『深山さん』なんてよそよそしい呼び方しないでよ。
私のことは満月って呼んで? ね? 瑛さん」
「あはは、なら、私のことも『瑛さん』じゃなくて、瑛って呼んでね満月?」
「うん! よろしくね、瑛!!」
なんと言うか、こういう深山も新鮮だな。
というか、普通に可愛いな。
俺はこいつに勝たなければならないのか……
「それで、さっきは溜息をついてたけど大丈夫?」
「ああ、うん。大丈夫大丈夫。
あいつは今頃どうしてるのかなぁ……って思っただけ」
「……あいつって、他店に行ってるっていう……神越くん、だっけ?」
「そ…… この店の常連だったんだけど、
色々あってこの店で働くことになって……
いつの間にか、この店の中心人物になっちゃったムカつく奴」
「そ、そうなんだ?」
「ほんと……ムカつくくらいカッコいいんだよね……
はぁ~…… あ、これはあいつには内緒ね?」
そのあいつは今目の前にいる俺なのだが……
それを明かすわけにはいかないので、俺はあいまいな笑顔を浮かべて答えるしかなかった。
「も、もちろん……」
「って、あいつの代打が瑛だから、
瑛があいつに会うことはないのかな?」
「そ、そうかも……
このお店、少し熱いね?
いや、あれかな。この制服が少しきついのかも?」
「えぇっ⁉ 大丈夫?」
「う、うん。
明日はもう少し大きいサイズが無いか皐月さんに聞いてみる」
「そうした方がいいよ!
あ、バーにお客さんみたい。
それじゃあ瑛、あいつの代打は結構しんどいと思うけど頑張ってね!!」
「うん、ありがとう、満月!!」
俺の背中をポンと優しくたたいてフロアに戻って行く深山。
俺はその背中を見送って、バーカウンターに戻るのだった。
「ふふふ、神越君。顔赤いよ?」
「うっさい、ポニーのくせに生意気だぞ?」
「あはは、その顔と声で言われると、
なんかちょっと可愛すぎてむず痒くなるね?」
思わず顔が赤くなってしまいそうになるのを、俺は必死に誤魔化す。
そして、しっかりとポニーにからかわれる俺だった。
続く――。
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