第2話∬ 新しいメンバーの予感にドキドキするレストラン
「はぁ…… もういっそナンパとかしてみるか?」
俺は飲み終わったペットボトルをゴミ箱に放り込んで、思わずそんな言葉が口からついて出た。
それと言うのも、店長から命じられた新規従業員の発掘が難航しているからだ。
何よりも『店長のお眼鏡に適う美少女』というのが難しい。
つまりは、深山、藍澤さん、八重咲さん、ポニーに匹敵する逸材を探さなければならないのだ。
うちの店の現従業員は、先日来店した芸能プロダクションの方々が認める美少女の巣窟だ。
そこに加入しても遜色ないレベルの美少女なんて早々見つかるわけもない。
「学校の綺麗どころは、もう軒並み断られたしなぁ……
あとは面識0の子達を当たるしかないけど……
はぁ~…… 既にろくでもない噂も立ち始めてるしな」
学校の綺麗どころに立て続けに声をかけていれば、良くない噂も立つというものだ。
『あの神越が、今度は学校の綺麗どころに片っ端からアタックして玉砕している』
なんて噂されているらしい。
間違っているようで、ある意味ほとんど正解なので訂正するのも面倒な状況だ。
おかげでスカウトの後半戦は、まず『気持ちは嬉しいけど』とガチで振られるところから始まったので、メンタルダメージが大きかった。
「……っと、そうだ。
予約して取りに行けてなかった本を取りに行っとくか。
『5分で読める胸キュンなラストの物語』
JUMPjBOOKSから発売してる短編小説アンソロジーだけど、
花井先生も短編を一本寄稿してるって言うから読んでみたかったんだよな」
ふと思い出して俺は本屋に向かうべく移動を開始する。
ここから本屋に向かうならちょいと狭いが裏道を抜けた方が早い。
ただ、この道は人通りが全くと言っていい程ないので、稀にトラブルに遭遇することがあるので注意が必要だったりするのだ。
「てめぇ! いてぇじゃねぇか!!」
「そっちが私の手を無理やり引っ張ったんだろう?」
「うっせぇ!! 良いから黙って俺達についてくりゃいいんだよ!!」
ほら、この通りである。
漢同士の熱い戦い(男同士の喧嘩案件)なら俺はスルーするのだが、どうやら女性も絡んでいる様だ。
声のした方を覗き込んでみると、俺の学校の制服を着た女子が少々ファンキーな髪色の男性達に囲まれていた。
『男の子は女の子のことを守るもの』というのは俺の亡き姉の教えだが、それがなくても、流石にこの状況は捨て置けない。
俺は、深いため息をついてから、覚悟を決めて裏道から更に奥まった路地に入っていった。
「こらこら、そこの青少年達。
聞いた限り、女の子を無理やりこんな人気のないところに連れ込んだみたいだし、
これ以上は完全に事案だからそこまでにしておこうぜ?」
もちろん、俺は腕に自信なんてない。
運動神経にはそこそこの自信があるが、殴り合いみたいなことは正直に言えば苦手な部類だ。
まぁ、一応、姉さんから護身術的なものは教わっているが……
そんなわけで、出来れば荒事にはしたくなかったのだ。
だが……
「あぁっ!? うせぇな!! 見てんじゃねぇよ!! あっち行けや!!」
「ぶっ殺されてえのか!? おぉ?」
俺としてはおおらかに声をかけたつもりだったのだが、ファンキーな男性達は敵意丸出しでこちらを睨んで来た。
まぁ、自分達が悪さをしている自覚があるのだろう。
だから、発覚した時点で外敵を認識して排除を考えているのだと思う。
だったらあんな大きな声出さなきゃいいのに…… とは思うが、そう言う理屈は多分彼らには通用しないだろう。
真っ赤な髪の長身の男は、ポケットから文鎮を取り出す。
一瞬、刃物かと思って身構えたが、そこは流石に弁えているらしい。
緑色の短髪の小柄な男は、そこに落ちていた木の棒を手に持ってこちらを睨む。
そして、紫色の挑発のガタイの良い男は、堅そうな拳を握り込んでファイティングポーズをとってこちらを睨んで来た。
皆さんやる気満々だ。
「一応聞くけど、その子が君たちに何かしたの?」
「はぁ? この女がコーイチ君が声かけてやったのに、
調子乗って無視しやがるから大人の話はちゃんと聞くべきだって、
俺たちが教えてやってたんだよ!!」
「……なるほど。
つまり、ナンパしたけど断られたから、
無理やりここに連れ込んだってことか……
これはまぁ、ギルティだね……」
「うっせぇ!! お前には関係ねぇだろが?
女の前だからってカッコつけやがって!!
俺達にたてついたことを後悔するんだな!!」
「いや、たてついたりした覚えはないんだけど……
まぁ、その子を開放する気もなさそうだし、
これからたてつく予定だからその辺はまあいいや」
俺はとりあえず、彼らをうまくやり過ごして、彼らの向こうにいる女の子を連れて逃げ出す為の算段を立てる。
幸い狭い路地なので、棒を持った緑の彼はそれを振り上げて振り下ろす事しか出来ないはずだ。
なら、彼の攻撃に関しては回避することは難しくないだろう。
問題は文鎮を持った赤髪の彼と、拳を構えた紫髪の彼の回避だ。
文鎮で突くというのはあまり想像できないので、恐らくはそれを振り回して凪ぐ攻撃が主体だろう。
リーチもないし、よく見ていれば回避もなんとか出来そうだ。
ただ、紫髪の彼は構えから見てボクシングを齧っているように見える。
だとすると、目下最大の障壁はあの紫髪の彼ということになりそうだった。
「やっちまうぞ!!」
紫髪がそう掛け声を上げると、三人が同時に俺に向かって襲い掛かって来た。
予想通り棒を振り上げる緑髪の彼が振り下ろす大振りの一撃を最小の動きで躱して、俺はその棒を踏みつけてへし折る。
「なにぃっ!?」
すぐに横から文鎮を振り回してくる赤髪の攻撃を身体を反らせてなんとか回避。
「くそっ!! ちょこまかと!!」
俺に文鎮を当てようと必死になるあまりおろそかになっている足元を、柔道の出足払いの要領で払ってバランスを崩させる。
「おわぁっ!?」
「へっ、食らいやがれ!!」
そこに赤髪の彼の資格から、右ストレートを放ってきた紫髪の拳を、申し訳ないがバランスを崩した赤髪の彼の背中を盾にして凌ぐことにする。
「なんだと!?」
「ぐあぁっ!! いってぇ……」
そして、そのまま受け流すようにして赤髪の彼ごと紫髪の彼も足をかけて俺の後方に転ばせる。
「おわぁっ!? お前何やってんだ!!」
「すいませんコーイチ君!!」
その隙に、俺は連中に囲まれていた女の子の元へと駆けつけるのだった。
「大丈夫? 連中が倒れてるうちに逃げ――」
「死ねやぁ!!」
「しまっ――」
俺が女の子にそう声をかけたとき、いち早く復帰した緑髪の彼が棒を振り上げて俺に背後から襲ってきた。
直後。
ガスンッ――
ものすごい打撃音と共に緑髪が後ろに吹き飛び、まるでボーリングの要領で残りの二人も飛んで来た緑髪にぶつかって吹き飛んだのだ。
「……へ?」
驚き振り返る俺の目の前には、右足を振り上げた反動で見えてしまった水色の縞模様があった。
「大丈夫ですか?」
「え? あ、うん……」
俺の方を振り返り、こちらを心配そうにのぞき込んだのは、何を隠そう男たちに囲まれていた女の子その人だった。
長い綺麗な髪に切れ長の目、切れ味のいい日本刀を思わせる凛としたその顔つきはうちの店にはないタイプの美しさを感じ思わず見惚れそうになる。
その顔を見て俺は思い出した。
「君は確か、空手部でインターハイ優勝した?」
「……はい。そう言うあなたもその制服、同じ由芽崎高校の生徒さんでしたか」
名前までは憶えていないが、彼女はわが校でも指折りの有名人だ。
というか、インターハイ優勝者なので、わが校どころか空手界では知らない人はいないだろうし、駅前や学校にも垂れ幕が貼られているくらいなので、由芽崎でも彼女を知らない人はいないかも知れない。
更に言うなら、校内でも有数の美少女としても知られていたはずだ。
……っていうか、何で俺は彼女の名前を知らないのだろう。
まぁ、基本的に自分に関係のない物事に関する物忘れが激しすぎるだけなのだが……
「もしかして俺、余計なことしちゃったかな?」
「いいえ、三人に囲まれて難儀していたところだったので……
ああして助けに入ってくれて助かりました」
間違いなく俺なんて必要なかったと思って頭を下げた俺に、その子はそう言って笑顔を浮かべてくれた。
「そっか、それなら良かった。
そっちこそ大丈夫? 怪我とかしてない?」
「はい。それより、その身のこなしは――」
「っと、危なっ!!」
彼女が何か俺に話しかけていた気がしたが、俺の身体はそれを遮るように勝手に動いていた。
自分でもよく気付けたと思うが、彼女に蹴散らされたはずの赤髪が最後の力を振り絞って彼女の背中に向かって文鎮を投げたのが見えたのだ。
俺は咄嗟にその文鎮を先ほど見た彼女のハイキックを真似て蹴り上げて防いだ。
カランカランッ――
まるでうちの店のドアベルみたいな音を立てて地面に転がる文鎮。
文鎮ストライク(俺命名)の不発を見届けて、ガックリと突っ伏す赤髪。
「………………っ、あなたは一体……」
「へ?」
そして、先程の彼女のように足を振り上げた状態の俺に、何故か驚愕する彼女。
「あっと、ヤバ…… いつの間にかスマホを落としてたのか」
驚く彼女も気になったが、俺は視界の端に地面に落ちている自分のスマホを見つけて慌てて拾い上げた。
どうやらいつの間にか落としていたスマホを拾い上げ、画面や本体に傷がないことを確認する俺。
そんな俺を彼女は信じられないものを見るような目で見つめて来た。
「えっと…… どうしたのかな?
俺、なんか変なことした?」
恐る恐るそう質問すると、彼女は俺に向かっておずおずと質問を返して来た。
「先程も聞きかけましたが、その身のこなしは一体どこで身に付けたのですか?」
その身のこなしと言うのが、どの身のこなしのことなのかが不明だったが、彼女の前で披露した俺の行動は全て誰かに習ったものではないので返答に困る。
ただ、何も答えないのも失礼なので、俺は必死に考えて言葉をひねり出した。
「えっと…… 特に誰かに習ったとかはないから、我流っていうのが一番近いかも?
あ、でも、昔姉さんに護身術は習ったか…… そんな感じだけど」
「……ということは天賦の才!? これほどの逸材がうちの高校にいたとは……」
「おーい、もしもーし?」
俺の返答を聞いて、何やらブツブツといいながら考え込んでしまう女の子。
手に持ったスマホの時間を見ると、そろそろ出勤時間が近づいていた。
「っと、ごめん。
そろそろバイトの時間だから、俺行かないと……
もし、なんか困ったこととかあったら、
トワイライトガーデンってとこで俺働いてるから、そこに来てね!
それじゃ!!」
本屋にも寄りたかったし、その場を離れようとした俺だったが、流石に蹴散らされたままの三人組が起き上がってまた彼女を襲わないとも限らない。
俺はこの前店の整理の際に余った結束バンドを店長に渡されたのを思い出し、カバンからそれを取り出して、三人の親指をそれでしっかりと結びつけることにする。
「よっし、これでまぁ大丈夫だろ」
そして今度こそ、その三人と女の子を残して、俺はその場を離れるのだった。
「……彼は確か、神越だったか?」
最後に女の子が呟いていた言葉は、俺の耳には届いていなかった。
「はっ!? どうして俺はあのとき、あの子を勧誘しなかったんだ!?」
店についたタイミングで、俺はそれに気付いて肩を落とす。
「どうしたの、神越君?」
「ん? ああ、ポニーか。
いやさ、うちの学校の女子空手部で、インターハイ優勝した子いたじゃん?
さっき街であの子と会ってさ……
何で俺は、彼女をスカウトしなかったのかって後悔してたんだよ」
「えぇっ⁉ 神越君、
先程の己の失態をポニーに相談すると、まさかの知り合いだったようだ。
「かのん? って誰だ?」
「……はぁ~……、神越君、そう言うところだよ?
國崎華音ちゃん。私と満月ちゃんと同じクラスで、空手部のエース。
神越君も知っての通り、インターハイ優勝経験者。
まぁ簡単に言えば、日本最強の女子高生、それが華音だよ」
「マジか…… あの子、隣のクラスだったのか?」
灯台下暗しというか、世間は狭いというか……
「それで? 神越君は華音とどこで会ったの?」
「え? いや……実は――」
國崎さんと出会った経緯を説明すると、ポニーは盛大に溜息をついた。
「はぁ~…… 華音は基本的に家の道場と、
学校の教室と格技場しか行かないから、
神越君との遭遇の可能性は極めて低いと思ってたけど……
まぁ、神越君だもんなぁ……」
何やら意味ありげな言葉を呟いて、やれやれと肩をすくめるポニー。
「けど、華音はここでは働かないと思うよ?
お家が道場で、お父さんがバイトとかそう言うのに厳しいから」
「そうなのか……
まぁ、俺も國崎さん? と仲良くなった訳じゃないから、
スカウトなんて出来ないと思うけどな」
「うーん、私はそんなことないと思うけどねぇ……」
なんだか、妙に突っかかってくるポニーだった。
続く――。
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