第1話∬ もしかしたら有名になるかも知れないレストラン
「先輩、新しいバイトの娘、見つかったんすか?」
「チャバ。この顔見たら、分かるだろ?」
「……いや、なんとなく分かりますけど、
〇クリのCMじゃないんすから……」
「あはは…… やっぱさ、店長のお眼鏡に適う美少女ってのがね……」
「あぁ…… ですよね。
この店の皆さん、超ハイレベルですもんね……
藍澤先輩、八重咲先輩、馬堀先輩、深山先輩…… あと黙っててくれれば店長も」
店長に新規アルバイトを探すように言われて数日が経ったが、全然候補が見つからない。
店の従業員達もそれは気にしていて、こうして俺にそれとなく聞いてくる人も多かった。
ちなみに今話をしているのは、通称チャバでお馴染みの茶畑智紀だ。
俺の一個下の後輩で、学校では面識は皆無だったが、ここで働くうちにこうして雑談する仲になった。
俺より後に店に入ったという意味では、結構フレッシュな人材だ。
さっきのコメントからも分かるかも知れないが、こいつは藍澤さんに気があるようだ。
こいつは隠しているつもりのようだが、気付いていないのは深山と藍澤さんくらいだと思う。
「チャバ、4番のメニュー上がったぞ」
「はい! 了解っす!!」
祇園寺さんからメニューを受け取って駆け出して行くチャバ。
「……まぁ、今日も概ね平和だよな」
そんな後輩の背中を見送って、俺は呑気にそんなことを呟くのだった。
カランカランッ――
店内に響くドアベルの音。
その音にいち早く反応して入口へと駆けつけたのは深山だった。
「いらっしゃいまっ――」
しかし、何故か深山はそこまで言って言葉を詰まらせていた。
……ん?
もしかして、俺が客として現れたのか?
そんなわけあるはずないのだが、あいつが接客をいい加減にこなす相手は基本俺しか思いつかないので、俺は慌てて入り口まで駆けつける。
「どうした、深山? 俺がもう一人来店か?」
「んなわけないでしょ! あんたは一人いれば十分よ!!」
深山は俺のボケに律義にツッコんでから、困ったように俺に来店したお客様を紹介する。
「これって、お客様なのよね?」
「ははは…… なるほど。
お前が戸惑ったのも納得だな……」
さてさて、この面白いお客様にはどう対応をしたものか。
流石にマニュアルにも載っていないからな。
俺は膝を折って、そのお客様と目線を合わせて声をかける。
「いらっしゃいませ、お客様。
ですが、困りましたね……当店は――」
「いや、お客様ってあんたね……相手は犬なのよ?」
「おんっ!!」
まさか、犬のお客様がご来店とは…… 参ったな。
「まぁ、犬だよな……」
俺は顎下を撫でながら首輪を確認する。
そこにはキチンと予防接種の鑑札が付いているので、衛生面は概ね問題ないだろう。
「お客様、残念ながら当店には犬用のメニューのご用意がありません……」
「いや、そう言う問題じゃないでしょうが!!」
どう対応すべきか俺が決めあぐねていると、そこに店長が通りかかった。
「ん? おお、お前ギョウじゃないか?」
「おんっ!!」
店長がその犬にそう声をかけると、犬は嬉しそうに返事をした。
「店長、このお客様とお知合いですか?」
「ん? ああ、知ってるよ。
こいつは房木プロダクションの社長――」
「犬が!?」
「馬鹿者、の飼い犬だよ」
店長の説明の途中でしょうもないボケを挟んだ深山に、店長は呆れながら言葉を返した。
「まぁ、普通の犬ならNGだが、こいつなら問題ないよ」
「そうですね」
「この子の普通の犬じゃないの?」
来店を問題ないと判断する俺と店長に首を傾げる深山。
そこにやって来た藍澤さんが、深山に説明をしてくれた。
「………………この犬種、ラブラドールレトリバーは盲導犬に多いです。
しかも、このハーネス。これも盲導犬がよく見に付けているもの……だから……」
「……本当ですね。
でも、そうしたら飼い主さんはどこに?」
藍澤さんの説明で納得しかけた深山だったが、当然の疑問を口にする。
「おんっ!!」
「って、きゃぁっ!?」
すると、ギョウは深山のスカートの中に顔を突っ込んで尻尾を振る。
「尻尾振るな!! っていうか、そこに顔ツッコむなぁ!!」
「おんおんっ!!」
どうやら深山を気に入ったらしいギョウは、深山にじゃれついて上機嫌の様子だ。
「店長、深山の言う通り、この犬の飼い主はどこですか?」
「ああ、それなら多分……」
そう言いながら店長が店外の生垣を指差すと、そこには生垣に埋もれるように座る老紳士が頭に葉っぱを付けて一服していた。
「お、お客様!? そちらはベンチではありませんよ!!」
窓の外から聞こえるポニーの慌てた声。
「あはは、申し訳ない。
うちの犬がいなくなってしまって…… ご存じないですか?」
真黒なサングラスをかけたその人は、穏やかな声でポニーにそんな言葉をかけていた。
「いやはや、うちのギョウがご迷惑をおかけしてすみません」
「いえいえ、迷惑なんてかけられていませんよ。
ご安心ください、房木様」
盲導犬であるギョウと共に、バーカウンターにやって来た房木社長。
「おんおんおんっ!!」
「フシャァーーーーッ!!」
その近くでは深山のことを大層気に入ったらしいギョウと、ギョウのことを完全に敵とみなした深山がじゃれ合っていた。
「………………房木プロダクション。
現在多くの売れっ子アイドルや俳優を輩出している大手プロダクション。
最近はアニメ声優や舞台役者なども育成を始め、
芸能関係各社に大きなコネクションを持つと言われています……
うちのCMにもこのプロダクション所属のアイドルユニットを起用していて、
当時撮影に使われた本社直営店で働いていた店長とは顔見知りだそうです」
「あはは…… 説明ありがとうございます、藍澤さん」
お客様が少ないアイドルタイムだということもあり、バーカウンターには従業員が集まって来ていた。
藍澤さんは房木社長の会社について説明してくれたので、俺は一応お礼を言って置く。
ただ、誰もいない中空に向かってそんな説明を始めたもんだから、俺はちょっとだけびっくりした。
「お食事のご注文はございますか?」
「いえ、今はまだ結構です。
必要になったらお声掛けさせて頂きますね」
若干カオスになりつつあるバーカウンターで、キチンと接客をこなすポニーは流石だと思う。
「んで? 房木の爺さん、今日はどの様なご用向きで?」
「店長、言葉遣いにお気を付け下さい……」
「あはは、構わないよ。
私と皐月君の間では、そんなものは気にしなくて大丈夫だ」
あまりに砕けた言葉遣いで話しかける店長を窘めたら、房木さんからフォローが入る。
「だってさ、少年!」
そして、それをいいことに渾身のドヤ顔をする店長。
まぁいいんだけどさ……
「用なんて特にないよ。
私はただ、最近話題の店に足を運んでみたかっただけだからね」
そう言って、俺が出したオリジナルノンアルコールカクテルに口をつける房木社長。
「ふむ、美味しいね。
こんなに本格的なカクテルも楽しめるのもいい……
話題になるのも頷けるな」
「当店はそんなに話題になっているんですか?」
最近はもう、毎日放課後はこの店で働いているので、そんな噂を耳にする機会もなくなっていたのもあり、房木社長の言う評判を知らない俺はそんな質問をする。
すると、房木社長はその見えないはずの目で俺を見つめて笑顔を浮かべた。
「ああ、すごい評判だよ。
うちの娘たちも口々に褒めていたしね……」
「えぇっ!?
そちらに所属するアイドルや俳優さんも当店にいらしていたんですか?」
全く気付かなかった……。
というか、誰も気付かなかったんだな。
気付いていれば、ミーハーな八重咲さんとかサインを求めたりしていただろうし……。
「はい。何人かここに来たと言っていたよ。
みな口を揃えて、『従業員が可愛い』と褒めていたね」
「LitAさんや福留さんは特に気に入って貰ってるみたいで嬉しいよ」
「そんな有名な方が来てたんですか!?」
横から答えた店長の言葉に登場した名前がどちらも有名人過ぎて驚きを隠せない俺。
思わずバーテンダーモードが崩れてしまう。
「………………LitAさん…… 有名アニソンシンガー。
最近はタイアップアニメの影響で爆発的な人気を博していますね。
福留さん…… 福留雅治さんは有名人気俳優です。
ソロシンガーとしての活動もしてらっしゃるイケメン俳優で、
あけすけな発言が多くその容姿と声のせいもあって
下ネタが下ネタに聞こえないことで有名ですね」
「再びの解説、本当にご苦労様です」
すかさず解説を入れてくれる藍澤さん。
ポニーもそうだが、藍澤さんの有する知識量も半端ではない。
「てか、房木の爺さんのとこの方達は、ほとんど一度はうちに来店してるぞ?
もちろん、他の客に混乱を呼ばないように変装してたし、
他の客と距離が近くなるこのバーカウンターには来ないでもらったから、
少年が会う機会がなかっただけじゃないか?」
なるほど。
その辺は有名人故の配慮というやつなのだろう。
しかし、そんな人たちが来ていたとは驚きだった。
「……けどさ、それだけの理由で房木の爺さんがこの店に来るなんてないよな?
他にも理由があるんだろ? 隠さずに行っちゃえよ……」
店長はそう言いながら、房木社長の脇腹を肘でツンツンとつつくようにする。
「ははは、皐月君やめたまえよ……
私が脇が弱いのは知っているだろう?」
「ふっ、目が見えない分、他の感覚が鋭敏だっていうんだろ?
そんなのもちろん知っての上だよ」
なんと言うか、祖父と戯れる孫のような姿の店長に、俺は不覚にもほっこりした。
「こら、ギョウ! 待ちなさいよ!!」
「おんおんっ!!」
窓の外では深山がギョウと追いかけっこをしているのが見える。
「……深山先輩。仕事中なのに店の外で遊んでますね」
その様子を見つけたチャバが、呆れたような声を出す。
「チャバ君、安心して。
あれは店長命令でお客様をもてなしてるだけだから」
そこにポニーが優しくフォローを入れていた。
「うん、いいお店だ。
料理も絶品だし、従業員の方達の対応も素晴らしい」
料理とカクテルを楽しんでから、房木社長はそう言って俺に笑顔を向ける。
「どうやら、この店の中心は君のようだね?」
「いえ、この店は店長……皐月さんを中心にまとまっています。
私はその補佐をしているだけですよ」
「ふむ、そうなのか……
しかし、本当にいい店だ。うちの子達の話していた通りだ……
すまないが、皐月君を呼んでくれないか?
あと、ギョウもね……」
「かしこまりました。
少々お待ちくださいませ」
恐らく、やっと本題に入るのだろう。
そして、その話を終えたら混雑し始めたこの店を後にするつもりでギョウを呼びものしたのだと思う。
「おんおんっ!!」
「あはは! やるじゃないギョウ!!
それならこれはキャッチできるかしら?」
窓の外を見ると、深山がギョウとフリスビーで遊んでいた。
実に楽しそうな光景だが、そろそろ二人とも仕事を思い出して欲しいところだ。
俺はポニーにギョウを、藍澤さんに店長を呼び出して欲しいと頼んで、房木社長に恐らく最後になるノンアルコールカクテルを出した。
「ありがとう……
君は本当に素晴らしい腕を持っているね」
「お褒めに預かり光栄です。
よろしければまた、こちらにお顔を見せて下さい」
「ああ、そうしよう。
私もすっかり、この店を気に入ってしまったからね」
そんなやり取りをしていると、バーカウンターに店長がやって来た。
「よう、爺さん。
やっと本当の理由を話す気になったみたいだな?」
「ふふふ、ああ。そろそろお暇しようと思うしね」
そう言って、俺の出したカクテルを飲み干した房木社長は、意味ありげに口の端を吊り上げて店長に言った。
「実は、この店を舞台にしたドラマを撮らせて貰いたいと思っているんだよ」
「ほう…… ロケ地に使いたいってこと?」
「いや、文字通りこの店を舞台にしたドラマを撮りたいんだ」
「……なーる。ロケ地とエキストラとしてこの店を使いたいって話か」
なんだか、俺の目の前でとんでもない話が展開されているような気がする。
「それって、もしかしなくても、
私達がそのドラマにエキストラとして出演するって話ですか?」
「ああ。
何だったら、エキストラではなく、台詞もある役者として参加してくれてもいい。
この店の皆さんなら、きっと素晴らしいものが撮れると思うんだよ」
「いやいや、流石にそれは……」
「ふむ、いいぞ。
ただ、上には爺さんがちゃんと交渉しろよ?
私は最近いろいろやりすぎて上から目を付けられてるからな……
私からその話を切り出したんじゃ、多分上はOKを出さないと思うし」
「その辺りは任されよう。
皐月君は、従業員の皆さんの了承を――」
「それなら問題ない。
この店では私が絶対だからな。誰も断らないさ」
「そうか…… それはよかった。
では、上との交渉がまとまり次第、またここに来させてもらうよ。
バーテンダーの君も、今日は本当にありがとう。
このバーカウンターは是非使いたいのんだ。
君にもバーテンダーとして出演して欲しい。
是非前向きに考えておいてくれたまえ」
「はい。店長が『やれ』というと思うので、
覚悟だけは決めておこうかと思います」
とんでもないことが目の前で決まってしまって内心は大混乱の俺だったが、そこはプロとしてその動揺を必死に押し殺して平静を装った。
「おんおんっ!!」
「はぁ…… はぁ…… 本当に元気な犬よね。
さぁ、ギョウ。ご主人様がお帰りになるらしいから、
キチンと出口まで案内してあげなさいよね?」
「おんっ!!」
そこに、すっかり意気投合したらしい一人と一匹のコンビがやって来る。
「お嬢さんも、ギョウの気分転換に付き合ってくれてありがとう」
「いえいえ、そちらの方も大事なお客様ですから。
楽しんで頂けたのなら本望です。
……ギョウ、また遊びに来なさいよね。
今度は美味しいドッグフードを用意して置くから」
「おんっ!!」
深山の言葉が伝わったのか、ギョウは嬉しそうに返事をする。
そして、遊びまわっていたときとはうって変わって、健気に房木社長を介助しながら、ギョウはレジカウンターまで房木社長を案内するのだった。
レジで房木社長の対応をするポニーの姿を眺めながら、俺は店長に疑問を投げかける。
「ドラマの件…… 本気なんですか?」
「もちろん本気だ。
うちの売り上げを伸ばすのにうってつけの話だしな。
それに、ドラマの舞台になった聖地なら、そう簡単に潰せないだろう?」
「あはは…… 流石は店長ですね……」
房木社長が本社のお偉いさん達とどんな交渉をするのかは分からない。
だが、どうやら俺達は高い確率で、房木プロダクション肝煎りのドラマに参加することになりそうだった。
はてさて、どうなることやら。
もうここから先は、神のみぞ知る。というやつだった。
続く――。
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