第42話♮ 突然のことに驚く少年を生暖かい目で見守るレストラン





「いやぁ…… マジで美味かった。

 食い過ぎでちょっと胃がもたれてるくらいだよ。

 本当にありがとな、ポニー」

「あはは……

 ちょっと張り切りすぎちゃったかなぁって思ったけど、案の定だったね……」


 食べ過ぎて膨らんだ腹をさすりながら歩く俺にポニーは苦笑いを浮かべる。


「なんかあれだな?」

「ん? なに?」

「なんていうかさ、

 会ったころはさ、ポニーってもっと色々しっかりしてる印象だったけど……

 こうしてみると、やっぱりポニーはマリヲなんだなって思ってさ」

「あはは、なにそれ?」


 何でも知っていて、由芽崎高校が誇る秀才で、スタイル抜群で、気遣いが完璧で……

 それが俺がポニーに抱いていた印象だった。

 でも、大切な家族の為には盲目で、頭はいいけど気持ちがはやって空回りも多くて、大きな胸にコンプレックスがあって、気遣いし過ぎていっぱいいっぱいになっている普通の……とはちょっと違うが、可愛い女の子だった。

 好きになったら一直線で、自分の気持ちを表現するのが下手な不器用な奴……

 記憶の中の親友、マリヲとポニーの印象が、俺の中で今ハッキリと重なった気がしたのだ。


「お前がマリヲって分かって、

 やっぱりお前は俺の最高の親友だって実感したって話だよ」


 俺が空を見上げながらそんなことを言うと、何故かポニーは立ち止まってしまった。


「……ん? どうした?」

「……最高の親友かぁ……って思って……」


 なんだか含みのある言い方をするポニー。

 でも、うつむいていてその表情は分からない。


「ああ。俺はお前の最高の親友であり続けるよ。

 悩みがあったら聞くし、何かあったらどんなことでも手助けしてやる。

 まぁ、金の相談には乗れないけど、

 それ以外ならどんな困難でも一緒に立ち向かってやるよ。

 それこそお前が誰か好きな奴が出来たときは、全力で応援して――」


 すると、ポニーは俺の言葉を遮るように言った。


「それはいい!

 そんな応援は、嬉しくない!!」

「ぽ、ポニー?」


 いつもの優しい声じゃない、鋭い拒絶の声。

 そして、その声が微かに震えていることに俺は気付いた。


「はぁ~…… 本当に、そう言うとこだよ神越君?

 本当に、本当に神越君ってひねくれものだよね?」


 ポニーは泣いていた。

 そして、ものすごく怒っていた。


「相手がお客さんとかなら、

 色んな人の気持ちに敏感に反応して最適なケアを出来るのに……

 それが自分の身近の、しかも自分に好意を向けている人相手だと、

 途端に鈍感になっちゃうんだもん……」


 普段は周囲に気を使って、遠回しな言葉遣いでやんわり伝えるポニーが、ここまではっきりと物申すのは珍しい。

 でも、それはきっと相手が俺だからだろう。


「神越君自身も気付いてないと思うけど、

 神越君は、自分に向けられる好意をわざと意識しないようにしてるよね?

 満月ちゃんも、飛鳥ちゃんも、店長も、

 みんな神越君に真っ直ぐ好意を寄せてたのに……

 全然気付かなかったもんね?」

「……そ、そんなこと――」

「あるよ?

 だって本当は気付いてたでしょ?

 みんなが神越君のこと好きだってこと。

 気付いてたけど、意識したくなかったんだよね?

 自分にとって、みんなが特別な存在にならないように、

 意識的にそう言う考えを排除してたでしょ?」


 俺の胸の奥の核心に、ポニーは深く踏み込んで来た。


「多分それは、もう二度とでしょ?

 もんね?

 神越君は、あの夏の悲劇を乗り越えたって言ってるけど……

 そんなの嘘だよ。

 確かに心の整理は付いたかも知れないけど、

 あの過去の痛みは確かに神越君の心に大きな傷を残してるんだよ……」


 それは、俺自身も意識していなかった心の傷。

 でも、言われてみて心当たりがあった。


「でも、なんておかしいよ!!

 それじゃあ、神越君が幸せになれないじゃん!!

 お姉さん達も、そんなの喜ばないよ!!

 なら、んだよ!!

 自分の気持ちに嘘をつかないでよ!! 私の気持ちを無視しないでよ!!

 !!」


 そう言って、俺に駆け寄って来たポニーは俺の胸倉を掴んで自分の方に引き寄せた。


「私の目を見てよ! そして、もう一度よく考えてよ!!

 私が神越君に向けてるこの感情は、さっき言ってたような友情なのかどうか……

 よく見て、見極めてよ!! 目を逸らさずに、その目でよく見て考えてよ!!

 私のこの気持ちが、本当はどんな感情なのか……」

「それは……」


 俺の目を真っ直ぐ見つめるポニーの目。

 その目に宿る、俺に向けられた真っ直ぐなポニーの感情から、俺は思わず目を逸らしそうになる。

 そんな俺の気持ちを見透かして、ポニーはまた叫ぶように言った。


「逃げないでよ!!

 分からないわけないでしょ?

 神越君は、誰よりも誰かの気持ちを考えて寄り添える優しい人だもん……

 目を逸らしてるだけなんだよ。気付かないふりしてるだけなんだよ。

 だから…… 逃げないでよ、神越君」


 両目から涙をこぼしながら、ポニーは顔をクシャクシャにして俺に叫んだ。


「………………」


 俺の胸に、言いようのない恐怖が湧き上がる。

 目の前のポニーが、いつか消えてしまう恐怖が、胸の奥から湧き上がって来て、思わず彼女のその感情から、目をそむけたくなる。


「………………はぁ~、もうしょうがないなぁ……

 分からないなら、ううん、そうやって逃げようとするなら、

 私にも考えがあるんだよ?

 逃がすと思う? 私が何年、神越君を待ってたと思ってるの?

 私はね、神越君が思ってるような可愛い女の子じゃないんだよ?

 しつこい女なんだよ? だから…… 絶対に逃がさないよ」


 そう言って、俺の胸倉を掴んでいた手にさらに力を加えて、俺を引き寄せた。

 眼前に迫るポニーの顔。

 そして、そのぐしゃぐしゃの顔で、可愛い笑顔を浮かべてこう言った。


「好きだよ、神越君。

 大好き。ううん、愛してる。

 だから、親友なんて、絶対嫌だ。

 私は、神越君の一番大切な人になりたいんだもん」


 そう言って、そのまま、ポニーは俺の唇をその唇で塞ぐのだった。





 続く――。

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