第41話♮ そうして大切な思い出を作る二人を待つレストラン




「あ、そうだ。

 千鶴さん、これつまらないものですけど……」

「あら、ワインなんてどうしたの?」

「いや、先日マスターから貰ったものなんですけど、

 生憎うちは酒を飲める人がいなくて……

 どうせなら飲める方に貰っていただこうと思って持ってきたんです。

 まぁ、手土産というか、賄賂みたいなもんですよ」


 ここで、俺は一つ嘘をつく。

 というのも、本来未成年が酒を買うのは違法なのだ。

 どちらかと言うと、売った店が捌かれてしまうのである。

 ただ、あの店はマスターとの古い付き合いということもあって、俺が買った酒を絶対に飲まないという前提のもと、暗黙の了解で俺にも酒を売ってくれるのだ。

 ただ、これを買ってきたという風に伝えるのは流石にリスキーなので、俺は用意してきた言い訳を千鶴さんに伝えたのだ。


「結構いいワインみたいね。

 流石はマスターさんってことかしら?」

「どんな方にお譲りするかもわからなかったので、

 マスターから飲み口が軽くて度数も高くないものを貰ってきました。

 そこそこいい値段はするみたいなんですけど、

 マスターに聞いた話ではかなり飲みやすいものらしいです」

「ありがとう。うちの人と大事に飲むわね」

「ええ、そうしてください」


 緊張はするものの、何だか自然に話せるのは千鶴さんがポニーに似ているからだろうか?

 千鶴さんは俺から受け取ったワインを持って、一度奥へと引っ込んでいった。


「……なんか、ちょっと神越君、お母さんと仲が良すぎない?」

「そうか? まぁ、確かに思った以上に話しやすくて驚いてるけど……

 それは多分、お前と千鶴さんがそっくりだからだと思うぞ?」

「……確かに、よくいろんな人に似てるって言われるけど……

 なんか釈然としないなぁ…… なんかちょっとデレデレしてない?」


 なんだか少しすねた様子のポニーさん。

 可愛くていらっしゃって、俺としてはにやけそうになってしまう。


「デレデレってなぁ……

 けどまぁ、ポニーがもう少し大人になったらこんな風になるのかって思って、

 ドキドキはしてたけど…… デレデレなんてしてたつもりはないぞ?」

「っ!?

 ほ、ほんとうに、どういうところだよ、神越君?」

「??? どういうところだよ?」


 どうやらこの子は、自分の母親と仲良くする俺にやきもちを妬いているらしい。

 本当に愛い奴である。


「さぁ、それじゃあ、万里子が作ったご馳走が冷めちゃう前に、

 みんなで一緒に食べちゃいましょう!」


 家の奥から戻って来た千鶴さんが、俺とポニーの背中を押して食卓へと案内してくれた。


「……うわぁ……、これ、全部ポニーが作ったのか?」

「う、うん…… えへへ……ちょっと張り切りすぎちゃって……」


 ハンバーグ、ローストビーフ、エビフライ、フライドチキン、オムライス、スパゲッティ、それにお洒落なゼリーで固められたサラダや、ポテトサラダにマカロニサラダもあった。


「いや、本当にこれはパーティーって感じのメニューだな」

「作りすぎたっていう自覚はあるよ。

 それに余ったら持って帰ってくれていいし、

 それでも余る分はお父さんに食べさせればいいから」

「OK。

 全部食べ切る覚悟で挑むとするよ」

「いやいや、無理してもらうために来た貰ったんじゃないからね?

 好きなものを好きなだけ食べて、好きなだけ持って帰って、

 あとは好きなだけ残してくださればいいので」


 テーブル一杯の料理を前に、俺とポニーはそんな会話を繰り広げる。

 そんな俺たち二人を千鶴さんは楽しそうに眺めて笑っていた。


 ご馳走を囲むように食卓に着くなんて、多分小学校の頃に家族で俺や姉さんの誕生パーティーをやって以来だと思う。


「それでは皆さん、いただきましょう!」


 千鶴さんがまるで幼稚園のお昼ご飯のように音頭を取ってくれたので、俺はそれに乗っかる形であいさつをした。


「いただきます!!」

「はい、召し上がれ」


 そんな俺の言葉に、ポニーは嬉しそうに答えてくれた。


 どれも美味しそうなメニューだが、さてなにから食べるか……

 色々迷ったが、まずは野菜類からだろうと思って、俺は渡された取り皿に気になったサラダ類を取って食べてみた。


「うっま!!」


 サラダを口に含んだときに、そんな言葉が勝手にこぼれた。

 いや、サラダなんて野菜を切って、ドレッシングをかけただけだなんていうかも知れないが、そのドレッシングが曲者なのだ。


「このドレッシング、手作りなのか?」

「え? う、うん。

 うちはお洒落なドレッシングなんて買えないからね!」

「あはは、貧乏で苦労を掛けるねぇ、娘よ」

「あはは、それは言わない約束でしょ、お母さん?」


 いつものように軽快に進む会話に、違和感なく千鶴さんが混ざっているのがすごい。

 でも、今はそんなことよりドレッシングだ。


「いや、このドレッシングメッチャ美味いじゃん!

 うちのレストランでも出してみたらいいんじゃないか?」

「いやいや、そんな大したものじゃないよ。

 誰のご家庭にもある材料で作ってるし……」

「いやいやいや、これは金取って言いレベルだって!

 てか、サラダでこれかよ……

 ポニー、お前本当に何でもできるんだな。感心するぜ」


 ポテトサラダもマカロニサラダも、ただマヨネーズで和えるだけじゃなく、隠し味に味噌や醤油なんかが入っているのだ。

 マヨネーズ味一辺倒にしない辺りが小憎たらしい。

 いや、褒めているのだが。

 例のお洒落なゼリーで固められたサラダはテリーヌと言うのだそうだ。

 それもまた絶品だった。


「あら、本当に美味しいわね……

 普段のご飯もこれくらい気合が入ってると嬉しいんだけどなぁ……」

「そんな毎日こんな気合入れて料理なんて出来ないよ……

 でも、また今度作ってあげるね、お母さん」

「なら今度はロールキャベツ入りのクリームシチューだ食べたいわ」

「はいはい、分かりましたよぉ~

 神越君、まだまだあるから、遠慮せずにどんどん食べてね?

 もちろん、無理のない範囲で」


 千鶴さんとやり取りをしながら、ポニーは俺にハンバーグなどの肉料理を取り分けてくれた。

 当然ながら、そのどれもが美味しかった。

 いや、もちろん祇園寺さんの料理と比べれば、味は劣るのかも知れない。

 でも、ポニーは恐らく、全力で俺の味覚に寄せて料理を作っているのだろう。

 俺の好みの話で言えば、ポニーの料理は祇園寺さんの料理に全然引けを取っていなかった。


「いや、どれもマジで美味いよポニー。

 お前は本当に、いいお嫁さんになると思うぜ?

 マジで旦那さんになる人がうらやましいよ!!」

「んな、何言ってるのよ、神越君!!

 そんなお世辞言っても、ここにあるご飯しか出てこないよ?」

「お世辞じゃねぇって!

 本気で言ってるんだよ」


 あまりの美味しさに、俺は箸を止められなかった。

 勢いだけで言えば、ここに出ている料理を全部食べれそうなペースで俺はポニーの手料理を食べていった。


「はいはい、お熱いことで……」

「もう、お母さんもからかわないで!!」


 俺の言葉や、千鶴さんからのちゃちゃもあって、ポニーは忙しそうだったが、それ以上に楽しそうだった。


















「ごちそうさまでした。

 いやぁ、マジで食ったわ……

 こりゃ今日は夕飯いらないな……」

「あはは、お粗末様でした……

 一応胃薬持ってこようか?」

「いや、大丈夫だ。気遣いさんきゅうな」


 結局、そこに並んだ料理の半分も食べれなかったが、それでも俺が食べ過ぎなくらいに食べれたのは、本当にポニーの料理が美味かったからだ。


「あとでタッパーに詰めて持たせてあげるね?

 っていうか、持って帰って下さい。お願いします」


 テーブルに残ったメニューをいくつかの皿に集めながら、ポニーは苦笑いを浮かべる、


「ああ、もちろん頂いていくよ」


 そんなポニーの頼みを、俺は二つ返事で受け入れる。

 日持ちするものも多そうなので、しばらくはこいつらのお世話になるとしよう。


「けど、本当にありがとうなポニー。

 こんなに沢山、作るの相当大変だっただろ?」


 俺がそう言うと、ポニーは渾身のドヤ顔でこちらを向く。


「あはは、どこかの誰かさんが早い時間から声をかけてくれたからね!

 時間があった分一杯作っちゃったんだ。

 うちもしばらくはこれを少しづつ消費していくことになるかなぁ……」

「いや、それはもう、本当に悪かったって反省してるよ……」


 俺とポニーのやり取りを笑顔で見つめる千鶴さんが、今朝のことをどこまで知っているのかは分からない。

 変につついて妙な展開になるのは困るので、俺はそこには触れずにポニーに頭を下げた。


「あ、そうだ。

 神越君、まだお腹に余裕はある?」


 何かを思い出したかのように両手を打ち合わせるポニー。

 正直俺の胃袋はもうパンパンだったが、ここでそれを打ち明けるのは野暮だと思って俺は少しだけ強がった。


「んまぁ、あと少しなら?」

「良かったぁ~!!

 実はデザートを用意しているのです!!」


 そう言ってポニーが冷蔵庫から出して来たのは、これまた美味しそうな手作りプリンだった。


「お前、本当にすごいな!!

 プリンまで作れるのかよ?」

「ふっふーん! これぞ乙女のたしなみだよ!!」


 ケーキとかが出て来ていたら正直しんどかったが、プリンなら大丈夫だ。

 もしかすると、その辺もポニーは計算付くなのかも知れないが。


 俺は出て来たプリンをスプーンですくって口に運ぶ。

 すると、ほのかな甘みが口いっぱいに広がった。


「……うっま!」

「よっし!! 神越君の『うっま』頂きました!!」


 なんと言うか、パーティーのテンションというやつなのだろうか?

 俺もポニーも、何だか妙にテンションが高くなっていた。

 いや、これはもしかすると、ポニーの料理の効果なのかも知れない。

 うまいものを食べると、自然とテンションって上がるからな。


 とにかく、ポニーの手作りプリンも言うまでもなく絶品だった。

 千鶴さんに至っては、「これ美味しいわね」と言って二回もおかわりをしていたほどだ。

 ってか、二回のおかわりに耐えれるだけ作ってるって……

 ポニーが用意周到なのか、それとも単純に作りすぎてしまったのか……

 多分、これに関しては後者なんだろうな。


「それじゃあ、食後のコーヒーか紅茶を出そうと思うけど、

 神越君はどっちがいい?」

「それじゃあ、紅茶で」

「あはは、そう言うと思った。

 神越君の家、昔から紅茶派だったもんね。

 私もお姉さんから色々紅茶のこと教わったもんなぁ……」

「お前、ホントよく覚えてるよな?

 俺が如何にダメダメだったかって話だよ……」


 普通なら、俺に気を使って俺の家族の話はしないのだろうが、そこを気にせず話してくれたことが嬉しかった。

 俺の家族のことを、俺以外に覚えていてくれる人がいることも嬉しかったのだ。

 だから、思わず笑顔になってしまっていた。


「はい、どうぞ」

「おう、ありがとな」


 ポニーが入れてくれた紅茶を一口飲んで、俺は胸が締め付けられた。


「あ……この味……」

「どう? 美味しい?

 昔、神越君のお姉さんに教わった淹れ方で淹れてみたんだけど……」


 俺の顔を覗き込むようにそう言ったポニーの言葉を聞いて合点がいった。

 だってその紅茶は、昔良く姉さんが俺に入れてくれた紅茶の味そのものだったから。


「……うまいよ、ポニー。

 お前は本当に、何でも知ってるんだな?」

「ふふふ、何でもじゃないよ。知ってることだけだよ」


 俺は、そのポニーの淹れてくれた懐かしい味のする紅茶を、ゆっくりと味わって飲むのだった。
























 そんなこんなで、あっという間に時間は過ぎた。

 気が付けばもう三時を回っていた。

 あまり長居しても悪いと思っていたのだが、千鶴さんもポニーもゆっくりして行って欲しいというので、長々とお邪魔してしまったのだ。


 テーブルの食器を片付けて、ひと段落したポニーが食卓に戻って来たのを見計らって、俺はポケットからあるものを取り出した。


「料理美味かった。本当にサンキュウな。

 それでさ、ポニーはいらないっていうかも知れないけど、

 お前のことずっと忘れてたことへのお詫びをキチンとしたいと思ってさ……

 何かプレゼントしようと思って考えたんだけど……」

「えぇっ!? そんなのいいのに……」


 俺がそう切り出すと、ポニーは予想通りのリアクションをする。

 でも、俺はそれを遮るように言葉を続けた。


「何をあげようか迷ったんだけどさ。

 『何か身につけるものがいいんじゃない?』って

 昔、姉さんに言われたの思い出したんだ。

 だから……」

「っっ!?」


 俺はポケットから出した包みをポニーに差し出す。

 すると、ポニーは少し涙ぐみながら、その包みを受け取ってくれた。


「開けてみてくれ、ポニー」

「う、うん……」


 大きくはない包みを開けて、中身を取り出すポニー。


「これ……髪留め?」

「ああ、お前のその髪型に似合うものがいいと思ってさ……

 店員さんにも相談に乗って貰って選んだんだ」


 赤いリボンのチャームの付いた髪留めを、ポニーはそのまま自分の髪に付けて見せてくれた。


「に、似合うかな? どう、神越君?」


 涙目でそう聞いてきたポニーに、俺は笑顔でこう答える。


「大丈夫、よく似合ってるぜ、ポニー!」


 その言葉に、ポニーは嬉しそうに笑ってくれた。


「ありがとう、神越君。

 素敵なプレゼント、本当に嬉しいよ!!」


 引っ越しの日の贈り物は、別れの贈り物になってしまったが、今日の贈り物はそうじゃない。

 だから、俺は万感の思いを込めてポニーに伝えた。


「これからもよろしくな、ポニー……

 いや、マリヲ!」

「うん、よろしくね、クッパ!!」


 涙を流しながら笑ったポニーの顔を、俺は生涯きっと忘れないだろう。





 続く――。

 


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