第40話♮ 波乱の予感を感じながら二人が戻るのを待っているレストラン





「数時間ぶりだね、神越君」

「ああ、そう考えるとなんか変な感じだな……

 てか、今朝はすまんかったな、あんな時間に呼び出して。

 家に帰って冷静になったら、何かすごい迷惑をかけたような気がしてさ……」


 目の前で楽しそうに笑うポニーの顔を見ていたら、思わずそんな言葉がこぼれてしまう。

 すると、ポニーは頬を膨らませてこちらを上目遣いで睨んで来た。

 まぁ、こいつが睨んでも正直ただただ可愛いだけなんだが……。


「もぉ、すぐそうやった謝る。

 今朝も言ったけど、私はクッ……

 神越君だ私のことを思い出してくれて本当に嬉しかったの。

 だから、別に時間とかそんな気にしなくていいんだよ!」

「まぁ、お前ならそう言うだろうと思ったけどさ……

 俺は自分が深夜のテンションで暴走して、

 お前に迷惑をかけなかったかなって心配になってたんだよ。

 あるだろ? 深夜にノリで書いたポエムを朝起きて見てみたら死にたくなるとか」

「ああ、それは分かるかも。

 私本読むの好きだから、ちょくちょく小説とか書いてみようって思って、

 夜中ノートにつらつら書いてみたりするんだけど、

 朝起きて読み返すと、大抵酷い出来でびりびりに破きたくなることあるもん」

「……ん? “破きたくなることがある”ってことは破いてないってことだよな?

 ってことは、もしかして……お前の部屋を漁れば、

 その恥ずかしい小説を拝めるってことじゃないのか?

 よし、今日はそれを読むことを目標に据えよう。そうしよう」

「や、やめてよ神越君!

 あれを読まれたら、私死んじゃうよ? 恥ずか死しちゃうよ!?」

「ふ……、なら俺に見つからないようにせいぜい頑張って隠すんだな。

 まぁ、今ここで一緒になって、これからお前の家に向かうんだろうから、

 お前にはその危険物を隠す暇はないだろうがな!!」

「うぅ…… 話すんじゃなかったよぉ……」


 相変わらず、テンポよく進んでいく会話。

 今朝の行動を謝罪していたはずが、気が付いたらポニーの恥ずかしいオリジナル小説を読む話になっている。

 本当に俺とこいつの話題の脱線っぷりは大したものだと思う。


「……神越君? その袋は何?」

「ん? ああ、これか?」


 俺は手に持った紙袋から一本のワインを取り出す。


「いや、一応お宅にお邪魔するわけだし、

 手土産の一つも持って行かないとかなって思ってさ。

 ポニーのご両親に二人で飲んでも貰おうとワインを持って来たんだよ」

「そんなの――」

「貰えないよ。だろ?

 確かに今日はお前のお母さんが俺にお礼をしたいって話だし、

 俺が手土産なんて持っていくのは違うかも知れないけどさ、

 大事な友人の家にお邪魔するのにこっちから何も持って行かないってのは、

 俺としてはやっぱり心苦しいんだよ。だからこれは、俺のわがままだ。

 まぁ、言うなれば日本の古き文化だよ。

 『つまらないものですが』ってな。だからポニーは気にすんな」


 俺は予想通りの反応をするポニーの言葉を遮って、正論っぽい言葉を並べてポニーを騙させた。

 実際には筋なんて通ってないのだが、それで俺の意図を汲んでくれたポニーは、小さくため息をついて「はぁ、しかたないなぁ……」と言って笑ってくれた。


「ありがとう。お母さんもお父さんもお酒好きだからきっと喜ぶと思う」

「そいつはよかった……

 それじゃあ、行くか。あんまりゆっくりしてると、

 ポニーが腕によりをかけてくるってくれた飯が冷めちまうからな」

「あはは…… あんまり大したものは作れてないけどね……

 味の方は自信があるから!!」


 そう言って二人でポニーの家に向かって歩き出す。


 ふと、通り過ぎる周囲の男性の視線に気付く。

 前にも思ったが、本当にこいつは人目を引く見た目をしていると思う。

 大きな瞳に整った顔立ち、どうにも守ってあげたくなる小柄な体格、サラサラの綺麗な髪をひとまとめにした長いポニーテール、触れば折れてしまいそうな細い手足。

 それとは正反対に、男性の視線を吸い寄せるたわわな二つのふくらみ。

 こんな子が歩いていれば、健全な男性なら思わず振り向いてしまうだろう。

 そんな周囲の視線を吸い集める、吸引力の変わらないただ一つの掃除機みたいな女の子を連れて歩いているのだ。

 彼女に集まる視線とは別種の視線が、俺の背中にはチクチクと刺さっていた。


「それにしても、本当にうちのお店って可愛い子が多いよねぇ?」

「はいっ!?」


 突然ポニーが振って来た話題が、俺の考えていたことに近くて驚く。

 いや、もしかして、こいつのことだから、俺の表情から何を考えているのか予測して、わざわざそんな話題をふって来たのかも知れない。

 ……って、流石にそんなわけないか。


「突然どうしたんだよ、ポニー?」

「んぅ? ほら、これ」


 そう言ってポニーは、通り過ぎようとしていたコンビニにディスプレイされているポスターを指差す。


「ん? このポスターがどうしたんだよ?」


 確か、少し前にデビューした大人気女性アイドルグループだったか。

 ポニーの言わんとすることがよく分からなくて、思わず首を傾げてしまう俺。


「この子達、すっごい可愛いと思うんだけどね……

 正直な話、満月ちゃんとか飛鳥先輩とかのが可愛いし、

 店長とか八重咲さんの方が綺麗だなぁって……

 そう思うと、うちのお店って店長が自慢するように、

 本当に可愛い子が多いんだなぁって思って……」


 そう言われて、俺もまじまじポスターを眺めてみた。

 数人並ぶ女の子達は確かにアイドルというだけあって可愛い。

 でも、ポニーの言う通り、深山や藍澤さん達の方がレベルが高いと言われれば納得だった。


「なるほど……

 つまり、そんなお店で働いている私も当然可愛い、

 っていう、遠回しな自慢ってことでいいか?」

「ち、ちがうよ!!

 みんなに比べたら私なんて全然だよ!!」


 思った通りの反応が返って来て嬉しい限りだが、俺はそんなポニーに向かって真面目な顔で言い返した。


「いいや。お前も十分可愛いよ。

 あいつらにも、そのポスターのアイドルにも負けてない。

 てか、お前がそんな謙遜したら、周囲の女子どもからどやされるぞ?

 お前はもう少し、自分の容姿に自信を持つべきだ。

 お前も、深山や藍澤さんを見染めた店長の目に留まった、

 ある意味選ばれし美少女の一人なんだからさ」

「え? えぇ!? ど、どうしたの、神越君?

 そ、そそそそんな風に言われたら……照れちゃうよ……」


 俺の言葉に顔を真っ赤にするポニー。

 しかし、嘘を言ったつもりもないし、お世辞を言っているつもりもない。

 ポニーは可愛い。

 俺的な感覚で言えば、多分あの店でもこいつがダントツでNo.1だ。

 ……そんなこと、口が裂けても絶対に言わないが。


「はぁ~…… これまで、その見た目で色々思うところはあったんだろうが、

 俺はお前のそのスタイルも可愛い顔も魅力的だと思うぞ?

 って、何言ってんだろうな、俺は? あはは……」

「っ!?」


 ただ、こいつにももう少し自信をもって欲しかった。

 自分から率先してNo.2になろうとするのが、ポニーの悪い癖だ。

 でも、こいつだって十分No.1になれる実力を持っているのだ。

 これから先、いつかこいつが誰かを好きになったとき、自身を持ってその想いを伝えられるようになって貰うためにも、これから俺がこいつに自分自身の魅力をキチンと教えてやらねばならないだろう。


 俺は自分にそんな謎の使命を課して、ポニーの謎の劣等感を拭うべく真面目にそんな言葉をかけるのだった。


「………………本当に、クッパはズルい……」

「ん? なんか言ったか?」

「なんでもないです!!」


 俺に背を向けて歩き出すポニー。

 ここからポニーの家は五分もかからない距離だ。


「……やばい、だんだん緊張してきた」

「あはは、だからそんな緊張しなくても大丈夫だってば!

 うちのお母さんは、満月ちゃんの家みたいにすごい人じゃないし……

 気軽に、気楽に、構えなくて全然大丈夫だから」

「……緊張しすぎて、

 『お義母さん、娘さんを僕に下さい!』とか口走ってしまいそうだ!!」

「えぇっ!? それは駄目だよ!!

 落ち着いて、神越君!! 深呼吸しよう、深呼吸」

「ははは、もちろん冗談だ。

 緊張は嘘じゃないけどな……」

「もう……神越君は本当に変わらないね」


 そんなバカなやり取りをしている内に、俺とポニーはポニーの家の前までたどり着く。


「それじゃあ、どうぞいらっしゃいませ!

 遠慮なく上がって、上がって!!

 お母さんも中で待ってると思うし」

「あ、ああ……

 その、お、おじゃましまぁーす!!」


 ポニーに案内されるまま、ポニーの家に上がらせてもらう。

 俺としては二度目の訪問だが、あのときはポニー以外誰もいなかった。

 しかし、今日はお母さんがいらっしゃるということなので、ポニーにも言ったが緊張しない訳がなかった。


「いらっしゃい!! あなたが万里子を助けてくれた神越君ね!!」


 俺の姿を見つけて、満面の笑みでそう言ったのは、ポニーによく似た綺麗な女性だった。


「………………えっと、ポニーのお姉さんですか?」

「あっはっはっ!! お世辞が上手だね、神越君は!!

 私はこの子の母親だよ? 馬堀千鶴です。よろしくね、神越君」


 千鶴さんの言葉を聞いて、俺は思わず言葉を失った。

 ぱっと見、20代にしか見えないこの女性が、まさかポニーのお母さんだとは……

 まぁ、本当によく似ているので、ポニーの血縁者だというのは分かるが……

 てっきりお姉さんだとばかり思ってしまった。

 それくらい若く見えたのだ。


 すると、千鶴さんは俺の目の前で、ちょこんと正座をしたと思ったら、流れるような綺麗な動作で俺に向かって土下座をした。


「この度はうちの旦那のせいで、あなたには大変なご迷惑をおかけして……

 万里子には小学校以来浮いた話がまるでなかったから、

 折角の機会だし、玉の輿に乗るのも悪くないかと思ってたんだけど……

 この子に色々話を聞いてね。あなたにはキチンとお礼を言いたくて、

 わざわざこうして来て貰ったんです。本当に、ありがとうございました」


 あまりにも綺麗な土下座に見惚れてしまいそうになるが、俺はそんな千鶴さんに対して、同じく土下座をして返答した。


「そんな、気にしないでください。

 確かに俺は彼女を助けることに一役買ったかも知れませんが、

 全ては俺が勝手に申し出てやったことです。

 俺が、困っている彼女を助けたいと思ってやったことです。

 だから、そんな風にお礼を頂く必要はありません。

 ……ですが、そうして下さったお気持ちは受け取らせて頂きます。

 だから、もう頭をあげて下さい。俺はそんなこと気にしませんから」


 そして、俺が上目遣いで千鶴さんをみると、既に身体を起こしていた千鶴さんは俺の顔を覗き込んでこういった。


「うん、やっぱりいい男に育ったね、『クッパ』くん?」

「へ? ……お母さん、覚えてたの!?」


 俺よりも先に、ポニーが驚きの声を上げる。


「あはは、もちろん。

 うちの娘に初めて出来た彼氏だもんね?」

「か、彼氏じゃないから!! 親友だから!!」

「まぁ、最初顔を見たときもしかしてって思ったから、

 確かめる意味でも、こっちが土下座してお礼を言ったんだよ。

 聞いてた通りの子なら、きっと神越君も土下座するんじゃないかとおもってね。

 そしたら案の定……で、この上目遣いを見て確信したの。

 あのときの可愛い男の子と同じ、真っ直ぐで誠実な目。

 ああ、この子はあのときの『クッパ』くんだなって……」


 そんな馬堀親子のやり取りを聞いて理解する。

 なるほど。ポニーの頭の切れは母親譲りのようだった。


「クッパ君。本当にありがとう。

 これからもうちの娘をよろしくね!」

「ちょ、ちょっとお母さん!!」


 ポニーの言葉などまるで無視して、俺の肩に手を添え笑う千鶴さん。


「ちなみに、私はあなた達の交際認めるから、

 好きにいちゃついてくれていいわよ。

 ……あ、ただ、結婚するまでは避妊はしっかりしなさいね?」

「うぃっ!? ち、千鶴さん!?」


 そして、俺の耳元で俺にしか聞こえないくらいの小声でそんな子を言って笑う千鶴さん。

 思わず顔を真っ赤にしてのけぞる俺に、ポニーが服の袖を引っ張るように聞いてきた。


「神越君!? いま、お母さんに何言われたんですか!?」

「な、なにも言われてないぞ?

 お前によく似た綺麗な顔が近くに来て、思わずドキッとしてしまっただけだ」

「それはそれで、娘としては複雑な心境なんですけど!!」


 どうやら、今日の馬堀家の昼食会はただでは済まなそうだった。

 俺はそんな波乱の予感を感じながら、俺の方を見て楽しそうに笑う千鶴さんの顔を見て、肩をすくめるのだった。




 続く――。

 

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