第28話♭ ありえないことの連続で流石にお驚くレストラン interlude ~Last Mail~ ⑥




 唇を離すと、眼前に店長の顔がある。

 その店長が呆けた顔で俺を見つめていた。

 この距離で見つめなんてことがなかったから改めて思うが、この人びっくりするくらい綺麗だから困る。

 姉さんと似ているのはもちろん間違いないのだが、まつ毛は姉さんより長いし、鼻筋も姉さんより通っている。

 姉さんが可愛い系寄りの顔なら、店長はもう圧倒的に綺麗系寄りの顔なのだ。

 真正面から、そんな綺麗な顔に見つめられている状況に耐え切れず、俺は思わず目を閉じてしまう。


『逃がしませんよ、もうあなたは俺のものですからね』


 自分の言葉と行動を思い返して、死にたくなった。

 店長に俺をどう思っているのか聞いて、「愛している」なんて言われてテンションが上がってしまったのだ。

 我ながら、なんてことをしているのだろうと思う。


 穴があったら入りたい状況というのは、きっとこういう状況を言うのだろう。

 気障ったらしく決めておいてこれでは、天国の姉さんに笑われてしまう。


 店長が今どんな顔をしているか見ようと思ってそっと目を開けると、


「――っ!?」


 店長の綺麗な顔が、俺の顔に迫って来ていた。

 そして、軽く唇と唇を合わせるキスをされる。


「君がそう言うのなら、私の全ては未来永劫君に預けよう」

「……絶対、幸せにしますから!!」

「ふふふ……ああ、よろしく頼む」


 恥ずかしさを追い越して、一気に嬉しさがこみ上げてくる。

 店長が俺と共に生きてくれると言ってくれたのだ、嬉しくないわけがない。


「……しかし、『Last mail』で私に君のことを頼んだ旭さんも、

 きっとこんな風になることを望んでいたわけではないだろうからな……

 どんな顔をして墓前に手を合わせたものか」


 そう言って苦笑いを浮かべる店長の言葉を聞いて、俺は違和感を覚えた。


「すいません、店長。

 ちょっと、姉さんから届いた最後のメール見せて貰ってもいいですか?」

「あ、ああ……構わないが、どうかしたのか?」


 俺は不思議そうにする店長からスマホを受け取って、姉さんの送ったメールを見せて貰った。


「……やっぱり……」

「『やっぱり』って、どうしたんだ?」

「いや、さっきの店長の言葉を聞いてもしやと思ったんですけど……

 ほら、見て下さい店長、姉さんのこのメールの文面……

 の文章になってませんか?」

「……確かに、そうだな。

 けど、それがどうかしたのか?」


 どうやら店長には、俺の言わんとすることが伝わっていないようだ。


「俺に届いたメールは文面を見た限り、事故以前に書かれたものだと思います。

 それなら、事故の一瞬で送信したって考えれば、

 乱暴ですけど、このメールを送信することが辛うじて姉さんにも可能です。

 でも、店長のメールは自分の死を前提に書かれた文面だ。

 これは流石に、事故の瞬間に書いて送るって言うのは無理じゃないですか?」


 俺の言葉を聞いて、店長はハッとした顔をする。

 でも、その顔は予想外のことに驚いたという雰囲気ではなかった。

 

「……君は信じてくれないかも知れないが、

 君の姉は『奇跡の担い手』という特別な力を持った存在だったんだ。

 だから、彼女がその力を使って奇跡を起こした……私はそう思っている」


 なるほど。

 店長の言っていたあやしい研究機関が試そうとしていたのは、姉さんの持っていたとされるその力の存在だったわけか。

 その辺のよく分からない能力や理屈については俺の理解を越えているので、この際そういうものがあったと信じるとしても、問題はそこじゃないのだ。

 そんな特別な力を持っていた姉さんが、あの事故で死んでしまったということは、その力は自分の死を書き換えるというようなとんでもない奇跡までは起こせない能力なのだろう。

 つまり、姉さんの、持っていたとされるその能力も『生きている間』しかその力を持たないということになるはずだ。

 なら、姉さんはどうやってのだろうか?


 俺は、その辺を店長に伝えることなく、店長にスマホを返した。

 すると、


「え? ……これは何だ!? 私はこんなメール、知らないぞ!!」


 俺から受け取ったスマホの画面を見つめて、店長は驚きの表情を浮かべて固まっていた。


「どうしたんですか?」


 店長の見つめるスマホの画面をのぞき込むと、そこにはメール画面が表示されていた。


「え?」


 店長が驚いていた理由が分かった。

 俺がついてっき見せて貰ったときには、そこにそんなメールは無かったのは俺も確認していたから。


「店長……そのメール開いてみて貰ってもいいですか?」


 店長が姉さんから受け取った『Last mail』のすぐ上。

 時間にして数分後に届いたことになっているその未読メールの差出人は、一つ前のメールと同じ姉さんだった。


 俺に言われて、店長が震える指でそのメールをタップする。






件名:お疲れ様。

本文:

このメールが読めたってことは、全部上手く行ったってことよね?

そいつの隣にいるのが私じゃないのは悔しいです。

でも、末永くお幸せに。


あとは全部そこにいる奴に任せれば大丈夫です。


どうか、不肖弟をよろしくね皐月さん。







 それは、文面を見ても姉さんからのメールで間違いがないと確信できた。

 でも、そのメールで俺は余計に分からなくなる。


 もしかして姉さんは生きているのか?


 そんな風に考えそうになるが、そのメールが届いたのは、俺や店長が『Last mail』を受け取って数分後。

 やはり姉さんが生きているとは考えにくい。

 でも、この文面は明らかに、俺と店長の今を知っているかのようだった。


 例えば、姉さんが未来を予知する能力を持っていたとかなら説明がつきそうな気もするが、だとすればあの事故を避けただろうし、もっと別に使いようがあったようにも思う。


 しかし、店長に届いたメールも、今見つけたもう一通のメールも、明らかに姉さんの死後の世界の出来事を反映した内容になっている。

 つまり、信じがたいことだが、このメール達は、姉さんが死後に書いたものであるということだ。

 正直、もう訳が分からない。


 けれど、ふと、姉さんのメールの文面を見て俺はあることに気付いた。


『あとは全部そこにいる奴に任せれば大丈夫です』


 この文章の意味することを考えて、俺はありえない可能性を考え付いた。


 店長は姉さんのメールに救われたと言っていた。

 姉さんの死後に描かれたと思われる、そのメールに。


 もしかして、それら全てを俺がどうにかするとあの文面は言っているのか?

 いや、まさか……


 そう考えていたら――


「あれ?」


 いつの間にか俺は、いつか見た真っ白な世界に立っていた。
















 目の前にいたはずの店長は忽然と姿を消していて、

 俺は白い世界に一人だった。


「………いつだったか、こんな事があった気がするな」


 あれは確か、姉さんからの最期のメールを受け取ったときだったか?


「……ってことは、探してみる価値はあるのかも知れないな」


 俺は、その真っ白な世界のどこかにいるかも知れない人を探して、あてもなく歩いてみることにした。




















 白い世界。

 まぁ、白いだけで、その世界は俺の良く知る世界と変わらない。

 空も雲も木も、壁も道も家も……

 全てあるけど、白塗りなだけ。

 俺は試しに転がっている石を拾ってみた。

 それは確かに石の筈なのに、確かな存在として認識するのが難しかった。


 この世界を俺は知っていた。


 悲しみに押し潰されそうになったあの日、俺はここで姉さんと会った。

 ……気がする。


 だから、同じ様に、姉さんと会えるような気がしていた。


「見つけた」


 そして、想像していた通り、その世界の片隅に、俺は姉さんを見つけたのだった。



















/。



「見つけた」


 その声に、私は顔を跳ね上げた。

 それはもう、二度と聞けない筈の声だったから。


「あ……あぁ………」


 何を喋ればいいのか。

 言葉は交わせなかった。

 出来たのは奇跡に縋ることだけだった。


「何泣いてんだよ……」


 片目をつぶって、少し目を反らしながら、

 差し出される手は本当に昔から変わらなくて、


「うっさい、馬鹿……」


 その姿にまた涙が溢れた。


 目の前のそいつは、『さっきまで』の痩せっぽちではなくて、

 逞しくて、前よりもっとカッコ良く見えた……気がした。


 私がそいつの手をとると、力強く引き起こされて、私は少しだけよろける。


「よっと」

「わわっ!?

 馬鹿、痛いじゃんか!!」

「うん、ごめん」


 私が縋り付いているのに、顔色一つ変えない。

 それだけの事で、何となく解ってしまえる自分に感心する。


 これは夢じゃ無いけれど、これが本当に最期なのだ。

 理屈じゃなく、頭じゃなく、心が確信した。


 自然と、涙は流れなかった。



















「馬鹿、痛いじゃんか!!」

「うん、ごめん」


 あまりに姉さんらしくて、鼻の奥がつんとした。


 そして、面白いことにも気が付いた。


 その仕種を見て、『店長の面影』を姉さんに見た。

 今の俺にとってのプライオリティが解って、少し複雑な気分だった。

 俺にとって、姉さんはもう『過去』だった。

 それは当たり前の事だというのに、その事実が少しだけ、寂しくもあった。


「……………」


 ふと、姉さんの視線の色が変わった。

 流石我が自慢の姉。

 この邂逅の意味を、本能的に悟ったようだ。


 そうだ、忘れるな。

 俺の目的を。


 姉さんとの再会を望んだ覚えは無い。

 いや、そう言ったら嘘になるな。

 いつでも望んでいた。

 まだ話したい事は沢山あった。

 伝えたい言葉が山ほどあった。

 でも、全ては『過去』だ、『今じゃ無い』。

 姉さんはもう、俺にとっては思い出だ。


 だから、俺は今一度気持ちを引き締める。


 その時思い浮かんだのは、


『なんだ? しっかりしろよ、馬鹿者』


 他でもない、店長の顔だった。


 さぁ、俺は俺のために、俺の目的を果たすとしよう。


 もしかしたら他にやりようがあるのかも知れない。

 目の前の大切だった人を救うことも出来るかも知れない。


 でも、俺は……


「姉さん、俺は俺のためにこうして姉さんに会いに来た」


 辛かった過去も含めて積み上げた、『今』が何より大切だから。


「うん、何となくだけど解るよ」


 そう言った姉さんの顔は、驚くほど綺麗で、


「だから、ごめ――」

「謝るなよ、馬鹿」


 悲しいくらいに『姉さん』だった。




 続く――。

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