第35話 interlude ~Last Mail~ ⑤


 /。


 目が覚めると、俺は少しだけ幸せな気持ちになっていた。


 姉さんの夢を見た。

 確か、姉さんが出て来た夢だ。


 ふと、自分の唇にそっと指を当てる。

 寝起きでぼーっとした頭が徐々に覚醒して、顔に決空きが集まっている来るのを自覚する。


 まったく、俺はなんて夢を見ているのだ……。

 思い出して、恥ずかしさよりも先に申し訳なさが頭を支配した。

 実の姉とのキスを夢見るなんて、全くどうかしている。

 自分のイカレ具合に、思わず自嘲気味に笑ってしまう。

 そこで、はたと気が付いた。

 笑ったのは、果たしていつぶりだろうか?


 現実は、変わらない。

 俺は、俺のことをまだ許せそうにない。


 でも、


 姉さんは、俺を許してくれた気がした。




 カーテンの隙間から差し込んだ朝日が目に当たって、俺は窓に近付いてカーテンを勢いよく開けてみる。


 シャアッ――


 窓から見えたのは、久々の太陽。

 思えば、もう何日も日の光を浴びていなかったことに気付く。


 どうやら、夜が明けたようだ。

 不思議な感覚だけど、ずっと心の中を覆っていた夜の闇も、その光に照らされて少しだけ晴れたような気がする。


「いい、天気だな」


 窓を開ける。

 吹き込んでくる風は、朝だと言うのにまだ熱気をはらんでいた。

 夏は、まだまだ終わらないらしい。


 見上げると、雲一つない青空が広がっていた。

 何故だろうか、その青さに泣けてくる。


 空はこんなに青いのに、どこまでも続いているのに……。

 俺の大切な家族の人生は、もう続くことはなくなってしまった。


 俺の隣には、誰も居ない。

 俺の家には、誰も居ない。

 俺の家族はもう、どこにもいない。


 それは、どんなに考えても、悲しくて、辛くて、寂しかった。


「姉さん。俺はどうしたらいいんだ?」


 空に聞いたって、誰も答えてくれない。

 でも、誰かに答えて欲しかった。

 正直に白状しよう。

 俺は、このどうしようもない過酷な現実から、誰かに助けて欲しいのだ。

 そんな誰かなど、いる訳などないのに……。


「ん?」


 そう言えば、携帯もずっと放置していたっけ。

 見れば、メッセージアプリに数百件とか言う見たことのない未読通知が表示されている。

 ただ、気になる表示があった。


 それは、今どき使うことも少ないメールアプリの未読表示。

 一件。

 メールなんて珍しいな……そんな風に思って、数百件あるメッセージアプリの未読より、メールアプリを開いた。

 すると……、


「え? 姉さん?」


 そこに表示されていたのは、姉さんからのメールだった。

 メールの取得日時は何故か、ほんの数分前だ。

 そんなことありえない。

 そう思って、俺の心臓が大きな音を果てて拍動する。

 届く筈のないメールが、本当に届いたのだ。


 いや、冷静に考えれば、きっとメールがセンターにあっただけで、たまたまそれが今送られて来ただけなのだろうけど。


 でも、タイミングも何もかも、まるで姉さんが俺の様子を知っていた送って来たかのように思えてならなかった。


 もしかして、やっぱり姉さんは生きているのか?

 そんなありえないことを妄想して、それを自分で否定する。

 姉の死は、俺はこの目で確認している。

 葬儀のときに、棺桶に花を手向けて、火葬された後に、骨を拾ったのだ。

 姉さんは


 つまり、このメールは、姉さんの遺志なのだ。


 そう思ったら、メールを開く指が固まってしまう。

 このメールにもし、姉さんからの恨みの言葉がつづられていたら。

 そんな空想をして俺は震えた。

 でも、もしそうだとしても、俺はそれを受け止める義務がある。

 俺が家族を殺した現実は、どうしたって消えないのだから。


 俺は深い深呼吸をしてから、覚悟を決めてメールを開いた。




 それは、長い長い姉さんの最期の言葉だった。





/。


 件名:長くなっちゃったからメールで送るね。


 本文:


 やっほー、元気か?

 私は、元気。

 って、元気に決まってるか。

 あ、まずさ、置いてってごめん。

 一人残して、ごめん。


 あ、プリン食べて良いよ。

 三つとも。

 メモは気にしないでいいから。


 うん、そんなこと、どうでもいいか。

 本題ね。

 相談について。

 さっきは短い文章を送ったけど、ちょっと真面目に返事するね。


 色々つらいよね。

 頼れるのは自分だけ…そんな風に感じちゃうかも知れないね。

 ごめんね、姉さんはそれに力にはなれないや。


 でも、でもね、

 えっと…

 んー…

 あー…

 うん。


 きっと、つらい事いっぱいあると思う。

 きっと、大変なことばっかりだと思う。

 納得いかないこと、許せないこと、哀しいこと、苦しいこと、一杯あると思う。

 迷うことも、苦しむこともあると思う。


 でもね、

 でもね、


 でもね、私は、いつだって、どこだって、

 どんなになったって、

 例え、万が一、死んじゃっても…


 アンタが困った時、つらい時、泣いちゃう時…


 私が、どこからだって飛んで行って、

 私が、アンタの頭をイイコイイコってなでてあげる。

 私が、どんな敵だって、ぶっ飛ばしてあげる。

 私が、誰よりも、アンタの味方になってあげる。


 どんなに離れても、どんなに遠くに行っても、

 アンタのピンチに颯爽と現れて、助けてあげる。


 どんなに、重い罪をアンタが背負っても、

 私が許してあげる、全部許してあげる。


 だから、頑張って。

 頑張ってって、押し付けみたいで嫌いだけど、

 でも、こんな言葉しか私は知らないから…


 頑張って。

 負けないで。


 泣きたい時は泣けば良いよ。

 私のでっかいおっぱいを貸してあげよう。


 迷った時は迷えばいい。

 私がアンタの道案内をしてあげる。

 時には一緒に悩むのもいいよ。

 アンタとなら、きっとどこだって楽しいから。


 大好きだよ。

 本当に、世界で一番大好き。


 アンタの笑顔が大好き。


 だから負けないで、

 私はいつでも、アンタの味方だから。


 私が味方なら、最強だよ。

 きっと、もう何も怖くない。


 そうでしょ?


 頑張れ、最高のお姉ちゃんがいつだってついててあげるんだからね。







 ごめん、はずい、これ読んだら消して。






 /。


 涙が、


 頬を伝った。


「あああああぁぁぁあぁっぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 声が、溢れた。

 涙も、止まらなかった。


 俺は、許されていいんだろうか?

 俺は、生きていていいんだろうか?


 ずっと、誰かに許して欲しかった。

 だって、俺がきっかけだったんだ。

 他に恨むべきやつがいた。

 でも、そいつは死んでたり、生きていないのと同じだった。


 どこかの誰かを恨まないで、こんな絶望を受け止められなかったから。

 でも、結局どこにもそんな相手なんていなかった。


 俺はただ、生き残ってしまった自分と、きっかけを作ってしまった自分を恨むしかなかったんだ。

 いや、そうして自分を責めていないと、寂しさでどうにかなってしまいそうだったのだ。


 でも、本当は誰も恨みたくなんてなかった。

 俺のせいだなんて、思いたくなかった。

 そんなの辛すぎるから。

 そんなの苦しすぎるから。


 姉さんはそんな俺に、『許す』と言ってくれた。

 泣けばいい、迷えばいいと言ってくれた。


 俺は自分でも恥ずかしいぐらいに、声を上げて泣いていた。

 この数日間、俺は泣いてばかりだった。


 でも、この涙は、これまでの涙とは違うのだ。

 この涙は、俺の中の罪とか、恨みとか、そういうものを全部洗い流してくれる涙なのだ。


 ふと、姉さんのぬくもりを感じた気がした。

 もちろん、それは気のせいだ。

 それは分かってる。


 でも、それが姉さんの胸のぬくもりだと思って、俺は泣き尽くすことを決めた。


 泣こう。

 泣いて泣いて、泣きはらそう。

 そして、全部洗い流そう。


 恨みも、罪も、悲しみも。

 何もかも、洗い流そう。


 そして、明日からは笑おう。


 姉さんが好きだと言ってくれた、笑顔でいよう。


 きっと、誰も悪くないのだ。

 悪かったのはそう、運がわるかったのだ。


 そう思うことにしよう。


 誰かを恨んでいたら、俺は笑えない。

 笑顔ではいられない。

 罪を背負っていたら、俺はきっと笑うことなんてできない。


 だから、恨まない。気に病まない。


 俺は姉さんが好きだといった、笑顔を貫こう。


 それがきっと、俺に出来る唯一の罪滅ぼしだから。



 そして、願わくば……


 いつか、大切な誰かと出会ったときに、その誰かの笑顔を守れるように、俺は強くなろう。

 俺の自慢の姉さんより、強い男になろう。

 誰よりも、強くあろう。

 そう誓った。



 


  





 /。



「あら、驚いた」


 私は本当に驚いた。

 これは、どういうことなのだろうか?


「神様の小粋な演出?」


 私は神様に再び感謝した。


 目の前には、笑いながら泣くと言う、高難度の芸当を披露する弟。

 膝をおって、ただ、携帯を抱きしめて…


 私の声は届いただろうか?


 私はあの子の絶望を、少しでも軽く出来たのだろうか?


 私は、許して貰えただろうか?


 あの子を泣かせたこと、あの子を苦しめたこと。





 様々な思いがわきあがるが、それは全て、もう遅いこと。

 死んで分かったことがある。

 生きている、それだけでも、それは、かけがえのない宝物なのだ。

 明日があること、それは本当に奇跡的なことなんだ。

 私は、もう、その明日を迎えない。

 私は、もう、アイツの思い出の中で、永遠に明日を迎えない。

 だから、許すも許されるもない。



 そうか。



 私は、あの子に大事なことを言ってないんだ。

 それを言うために、此処に来た。


 そんな気がする。



 聞こえるわけがない。

 届くはずもない。


 でも、伝えないと、きっとアイツも前に進めない。


 だから…






 私は、そっとアイツを抱きしめた。






 /。


 また、姉さんのぬくもりを感じた。

 気のせいなんかじゃない。

 そんな確証のない、確信。


 俺は、いや、俺『も』。


 姉さんに告げてない言葉があった。


 伝えたい言葉はたくさんあるけれど、

 今一番ふさわしい言葉を、選ぼうと思う。


 じんわりと広がる、姉さんのぬくもり。


 いる訳がないし、届くわけがないけれど…


 この言葉を伝えないと、きっと、俺は前に進めないから…


 そっと、ささやくように、でも、はっきりと――



「姉さん。ありがとう。

 俺、頑張るよ。負けないよ」




/。



 涙が、溢れた。


 ああ、神様、三度感謝します。

 本当に、ありがとうございます。


 届くはずがなかった。

 もう、届くはずがなかった。


 でも、私の想いは、

 私の言葉は、


 ちゃんと届いたんだ。

 ちゃんと、アイツに届いたんだ…

 それが分かった。

 それが、知りたかった…


 ああ、神様。

 ああ、神様…


 正直、何で私を殺したんだって、文句はあります。

 だから、そっち行ったら覚えてろ。


 でも、今は、最大級の、感謝を……



 そして、私は本当に最期の言葉を弟に告げた。


「さようなら、私の大好きなひろ

 私の分も、幸せに……

 な、ならなかったら、許さないからね!!」



 




 /。


 それは、空耳だったのか?

 はたまた、俺の空想だったのか…


 やけにはっきりと、しかし、おぼろげに聞こえたのは、元気な姉さんの声。


 メールといい、この声といい、恐らく涙といい。

 不思議のバーゲンセールだ。

 でももう、驚かない。


「おう、まかせろ! 姉さんが悔しがるほど、幸せになってやる!!

 だから、姉さん。さよならだ。

 あばよ、姉貴!! なんつって……」


 もう、どうにでもなれと、

 開け放った窓から、空に向かって

 大声で叫んだ、午前5時。









 近所のみなさん。

 ごめんなさい。











 

 The boy swears it at the last mail.


 "I never forget the smile."


 "I aim at wonderful tomorrow."


 "And, the promise is never forgotten."


 And, the boy meets the girl. It was like the fate...


 to be continues to "Tune the Restaurant."


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る