第14話 とうとう来る時が来たレストラン
カランカランッ――
もう正直、家の呼び鈴よりも聞き慣れたドアベルの音を聞きながら、俺はいつものようにトワイライトガーデンの入り口を潜り抜ける。
「あんた、金欠でバイト漬けだったんでしょ?」
「とうとう、『いらっしゃいませ』すら言われなくなった!?」
「うっさい! 飛鳥から聞いたわよ? 飛鳥の家の近くのバーでバイトしてたって……本当なの?」
入店して早々、深山に捕まって絡まれる。
いつものことではあるのだが、なんと言うか、少しだけいつもと様子が違うようにも感じられた。
「ああ、飛鳥さんの――」
「……飛鳥さん?」
ついついこの前のやり取りのまま、藍澤さんを下の名前で呼んだら、深山が一瞬見たこともような怖い顔をして俺を睨んだ。
俺は慌てて、その言葉を訂正して誤魔化す。
「あ、あはは……藍澤さんの言った通り、俺はその店でバイトしてたよ。んで、無事にある程度稼げたから、またこうしてこの店に――」
「あんたアホなの? せっかく稼いだ生活費を、ファミレスの外食につぎ込むなんて……もっと節約すれば、バイトだって減らせるはずでしょ?」
「……言ってることはもっともだが、ほぼ毎日この店で働いてるお前に言われてもなぁ……」
「うるさいっ!! この店に通うためにバイトを増やして来れなくなってるって、バカじゃない。それなら、もっといい方法があるでしょうが!!」
「……もっといい方法?」
俺は深山の言わんとすることが分からずに、思わず首を傾げてしまう。
「…………はぁ~、あんであんたって、こういうときに限って察しが悪いのよ。普段はムカつくくらい察しが良いのに……わざとやってるんじゃないでしょうね?」
「いや、何のことだかさっぱりだ。“もっといい方法”って何なんだよ?」
そういう俺の顔を、『はぁ? こいつ本当に馬鹿じゃん』みたいな顔で見つめる深山。
「はぁ? こいつ本当に馬鹿じゃん」
っていうか、想像通りの台詞をその直後にかけられた。
藍澤さんのお陰で、最近表情から相手の思考を読み取るのが上手くなったのかも知れない。
……まぁ、深山が特別顔に出やすいというのもあるのだろうけど。
「いいわ、それを知りたければ、あんたはこのまま私についてこっちに来なさい」
「……いや、意味が分からんのだが?」
「いいから、私について来い!!」
「あ、はい……承知いたしました」
深山の勢いに押されて、ズンズンと歩いていく深山の背中について歩いた。
するとそのまま深山は、俺をバックルームへと連れて行く。
「おいおい、こっから先は、客の俺は入っちゃダメだろう!?」
「客ならね……いいから来なさいよ」
「はぁ???」
最早意味不明だった。
店の奥の扉を開くと、深山は俺に中に入るように顎で示した。
深山は首を傾げる俺の背中を押すようにして部屋の中に押し込むと、「それじゃあ、ごゆっくり!」とつっけんどんに行って、その扉を閉めてしまう。
ガチャリと音が鳴って、その扉の鍵が外から閉められてしまったことに気付いた俺は、ドアノブをガチャガチャ回して外にいるはずの深山に呼び掛けた。
「おい! バカ!! 鍵を開けろ!!」
「良いから、あんたはそこでその人と話をしなさいってば!!」
「何がどうなってるのか説明しろよ!! ……って、その人?」
扉の向こうに去っていく深山の足音を聞きながら、俺は背後を振り返った。
「やあ、待ってたよ少年。久しぶりだね……」
内装を見る限り事務室のようだ。
その部屋で俺のことを待っていたのは、この店の店長だった。
「店長? 待ってたって、一体……」
「まぁ、良いからそこに座りなよ。それで、少し私と話をしよう」
「いや、何がどうなってるのか……深山は何も説明してくれないし……」
「あっはっはっ! いいからいいから、満月も言ってたろ? とにかく、私と少し話をしよう。そうすれば全部わかるからさ……」
どうやら、この人も俺に説明する気はないらしい。
まぁ、深山と店長は、この店て人の話を聞かないランキングで堂々のワンツーフィニッシュを決めているメンバーだろうから、もうこうなるとこの状況を理解することは諦めるしかないだろう。
「分かりましたよ……それで、何を話せばいいんですか?」
俺は観念して、店長の進める通りに椅子に座ると、店長にそう質問した。
「そうだな、まずは君が生活費を自分で稼がなければならない事情から聞かせてもらおうか?」
「……多分これ、拒否権はないんですよね?」
「ああ、私の質問に全て正直に答えないと、後ろの扉は開かないからな……」
『○○をしないと出れない部屋』かよ……
差し詰めこの部屋は、『店長の質問に全て正直に答えないと出れない部屋』と言うわけだ。
「全部話すとなると、聞いていて微妙な気分になること請け合いの事情ですよ?」
「構わん、良いから話せ」
「はぁ~……、分かりましたよ。話せばいいんでしょ、話せば……」
さて、話は去年の夏に遡ることになる。
ことの始まりは、その夏のある日の商店街での出来事だった……。
俺が溜めた小遣いでずっと欲しかった漫画を全館買いしたときに、商店街の福引で旅行券を引き当てたのだ。
ご家族全員をご招待。
俺がそれを家族に伝えると、普段仕事に追われてた父も、呑気な母も、騒ぐのが好きな姉も、それを大いに喜んだのだった。
ただ、そんな陽気な家族のことを、少し斜めから見ていた俺は、『家族旅行』というフレーズがどうにもむず痒くて、乗り気にはなれなかった。
だから、家族が予定を合わせて、旅行の計画を組んだ後で、その日程に丸被りの合宿の予定を、さもそのとき気付いたかのように明かしたのだ。
とにかく、『仲良し家族』みたいに近所や友人から評されるのが、俺はその頃本当に嫌だったので、その旅行を俺は必死に回避したかった。
まぁ、さらに言うなら、当時所属していた部活で俺は壁にぶち当たっていて、練習を頑張りたかったのもあるが……合宿の予定を隠して、その日に旅行になるように仕向けたのは、そんな言ってしまえば幼い羞恥心によるものだった。
結果として、俺だけが旅行を免れ合宿へと参加し、家族は数年ぶりの家族旅行に出かけたのだ。
そして、その日、ひとつの不幸が俺の家族を襲った。
なんてことはない、どこにでもある、でも早々にその身に降りかからない不幸。
交通事故だった。
不注意で飛び出してしまった人を、救急隊員だった父が救おうとして、残念ながら救いきれずに跳ねられ、その事故に気付かなかった飲酒運転の後続車が、法廷制限速度を超過して接触、そのまま歩道に乗り上げて、俺の母と姉を跳ねたのだ。
全員が即死。
頭部を強く打ち、痛みを感じることも無く息を引き取っただろうと、医者が言っていたのを微かに覚えている。
そうして俺は、天涯孤独の身となり、自棄になったこともあったが、時間とある人の言葉に救われて今に至ったわけだ。
「なるほどな……うん、君のその落ち着いた物腰や達観した考え方、それに生活費を稼ぐためにバイトに追われる理由まで、全て合点が言ったよ」
「まぁ、学校の連中はほとんど知ってる話ですけどね……多分、ポニーとか、藍澤さんも知ってるはずです」
「……君は、本当に大変な思いをして来たんだな」
「あはは……まぁ、もう慣れましたけどね……このことであんまり気を使わないでくださいね。俺の中では整理の付いた過去のことだし、気を使われるのは息苦しいので」
「分かっている。安心しろ、私はそういう気遣いが苦手だからな」
「……それはそれで、接客業の長としてはどうなんすかね?」
「ははは、その辺は部下に恵まれているので問題ないさ」
「いや、少しは改善を目指しましょうよ……きっと副店長とか泣いてますよ」
「そうだな、考えておこう……」
店長は、どこか懐かしそうな顔をして俺のことを見た。
だが、そんな様子は一瞬で霧散して、いつものにやけ顔に戻る。
「それで? 君は月に大体いくらくらい稼いでるんだ?」
「そうですね……月によって変動しますけど、基本的には十万行くか行かないかくらいですかね?」
「なるほどな……君は料理は得意か?」
「一通りはこなせますけど、得意って程ではないです」
「奨学生ということは、成績はいいんだろ?」
「それも基準ギリギリをキープしてる感じで、決して良いと胸を張れるほどでは……」
「バーで働いていたというが、カクテルは作れるか?」
「大抵のものは……レシピがあれば何でも作れないことはないと思いますけど……」
一体このやりとりに何の意味があるのだろうか?
首を傾げていた俺に、店長は満面の笑みでこう告げた。
「よし。合格だ。君をうちの店のスタッフとして採用しよう。この前の働きぶりを見る限り研修もいらないだろうから、即正規の時給……いや、君の場合はその月毎に稼ぎが十万円を超えるようになるように時給を変動させる……事情があるときは休んでいいし、夕食は賄いを無料て提供しよう……どうだ?」
「ちょ、ちょちょちょちょっと待って下さい。話が見えないんですけど……」
突然の話に混乱する俺に、店長は悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「満月が言っていなかったか? 『生活費を稼ぎながらこの店に通う良い方法がある』って……」
「あっ!」
それでやっと俺にもこの状況が理解できた。
さっきの店長とのやり取りは、採用面接だったわけだ。
「満月が、お前をさっき言った待遇で雇って欲しいと頼んで来てな。私は二つ返事でOKを出した。この前の満月のバースデーサプライズは、本当に面白かったしな」
「ちょ、ちょっと店長!! それは言わない約束!!」
部屋の扉が勢いよく開いて、深山は大きな声で店長に文句を言った。
「ふっ……満月、どこかに行ったふりをして、すぐに戻って来てずっと聞き耳を立てていたろ?」
「ずっとなんて聞いてないわよ! そいつが月にどれくらい稼ぐのかくらいからしか……」
「十分聞いてたじゃないか……まぁいい。お前はもう仕事に戻れ」
「待って、店長! そいつに一つだけ質問させて。……ねぇ、あんたはどうするの? 条件は良いはずよ?」
俺の顔を真っ直ぐ見つめて、深山の投げかけて来た質問に俺はどう答えるか迷った。
条件は破格だ。断る理由はない。
だが、この店で働くとなると、もうここには客としては通えなく――。
「いや、そうか。仮にここで働いてても、休みの日とかシフトの前とか後には客として来れるのか」
「まぁそうだな」
俺の独り言のような言葉に、店長が反応してくれる。
「ねぇ、どうすんのよ? 働くの? 働かないの?」
深山の顔には『良いからつべこべ言わすに働くって言いなさいよ』と書いてあった。
「もういいから、つべこべ言わすに働くって言いなさいよ!!」
例によって、そっくりそのままの台詞を深山から言われる。
「あれ? まだ面接終わってないの?」
深山の大きな声を聞いて、八重咲さんも部屋を覗き込みに来たようだ。
「……………………」
見れば、藍澤さんも心配そうな顔で八重咲さんの後ろからこちらの様子を伺っている。
「もう! みなさん、いくらアイドルタイムだからって、こんな人数がここに来てしまったら、お客さんの急な対応が出来なくなっちゃいますよ?」
「そう言いながら、ポニーちゃんだって気になって見に来てるじゃん?」
「そ、それは……えへへ……」
仕事をほっぽってこちらにやって来た面々を注意していたポニーだが、八重咲さんに指摘されて笑ってごまかそうとする。
何あのかわいい子? ポニーのくせに生意気な。
ってか、ポニーもそうだが、この店ってよく見ると従業員の顔面偏差値高すぎない?
「ふ……まぁな。ここは私の店だからな! 私の目が癒されるように、従業員はかわいい子をそろえているのさ!!」
「店長……人の心の声に反応するの止めて下さい。……そして、そんな理由で従業員選ぶのもやめて下さい」
「いいじゃないか? 可愛いは最強。可愛いこそこの世における唯一無二の正義だぞ?」
まぁ、この店長にしてこの従業員達があるのだろう。
……ふむ。
なんと言うか、ここがそういう感じだから、俺もこの店が好きになったんだろうしな。
あ、可愛い女の子が多いから、ではなく、店長も含めてゆるい空気のところの方ね。
「で、どうすんのよ? やるんでしょ? そう言いなさいよ!!」
しびれを切らした深山の言葉に、俺は覚悟を決めて返答した。
「どっちだと思います? 先輩方?」
「おお、よろしくな後輩!」
察しの良い八重咲さんは、そう言って手を振ってフロアに戻っていく。
藍澤さんも、嬉しそうな顔で俺と店長に一礼して戻って行った。
おおかた『これからよろしくね、神越君』とか、そういう感じだろう。
「そっかそっか、うんうん。じゃあ、これからもよろしくね!」
ポニーも満足げにそう言って、藍澤さんの後を追った。
「ん? あによ? 結局やるわけ? こいつまだ答え言ってなくない?」
察しの悪い深山一人だけ、状況を理解できずに首を傾げている。
「明日から、こちらのお店でお世話になることになりました、神越です。今後ともよろしくお願いしますね、先輩?」
そんなわけで、不肖神越、明日よりこの店で働くことになりました。
「ほえっ!? じゃ、じゃあ?」
「まぁ、そう言うことだ。……ってことで、よろしくお願いしますね、店長?」
「ああ、了解した……ところで、少年……」
「はい?」
一人まとめに入っていたら、店長が俺にそう言うと深山の方を指さした。
「そういうことは勿体ぶらずに……」
すると、深山さん。
右腕を振りかぶって、お得意のストレートを繰り出そうとしていらっしゃる。
……うん、これは避けられんわ。
「早く言え、バカァァァッ!!!!」
俺は深山の必殺の右ストレートを顔面に貰い、吹っ飛ばされてしまう。
「ふんっ!! 明日からせいぜい頑張りなさいよ、新人君!!」
深山はそう言って、ポニー達を追ってフロアに戻っていくのだった。
「いいのを貰っていたが、大丈夫だったか?」
ふと、声をかけられて気付く。
「す、すみません!!」
深山に吹き飛ばされた俺は、店長にもたれかかることで倒れずに済んでいたのだが……。
後頭部に、低反発枕のような柔らかい感触を感じて、飛び退くように店長から離れた。
「あっはっはっ! そんなに真っ赤になられると、流石にこっちも照れてしまうだろ? 別に気にしないさ。減るもんじゃないしな。何だったら、泣きたいときはいつでも貸してやるが?」
「け、結構です!!」
俺のことをからかって笑う店長。
その笑顔が、思い出の中の笑顔と一瞬重なって見えた。
やっぱりこの人は少しだけ、あの人に似ている気がする……。
「まぁ、面接なんてする前から、君の採用は決めていたんだ。満月から事情はお前の口から直接聞くように言われてたんでな……話すのは辛くなかったか?」
「ええ、言った通り、あの過去は俺の中でもうキチンと整理がついてますから」
「そうか……君は強いな。少し憧れるよ……」
「はい? 今なんて言ったんです? よく聞こえなかったんですけど……」
最後に店長がぼそりと言った言葉だけ、よく聞き取れなかった。
もしかすると、あえて聞こえないように言ったのかも知れない。
「なんでもない。まぁ、見ての通りゆるい職場だ。私はいつもこんな感じだから、君も適当にやってくれると助かる」
「ええ、大体理解はしてます。でも、働く以上はキチンとしますよ。覚悟して置いて下さいね」
この不真面目極まりない人の下で働くことは少々不安だ。
しかし、これだけの条件を用意して迎えてくれたこの店とこの人の期待には、キチンと報いれるように頑張る所存の俺だった。
「君は話を聞いていたか? 適当でいいんだぞ? ……もしかして、私は面倒な奴を採用してしまったのか?」
「さぁ? どうでしょうね? じゃ、今日は普通に客として、お世話になりますんで……」
俺はそう言って店長に笑いかけると、フロアへと戻っていくのだった。
はてさて、これからどうなるのか……。
それはまぁ、神のみぞ知るってやつだろうな。
続く――。
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