第11話 客も従業員も一緒に歌うレストラン


「あによ? やっと追加オーダー?」


 相変わらず不機嫌そうにする深山が目の前にやって来たことを確認して、俺は席を立ちあがる。

 すると、そんな俺に呼応するように、店内のあちこちで同じように客達が立ち上がった。


「え? なに!? 突然みんなどうしたのよ!?」


 突然の出来事に、深山は驚き狼狽える。

 俺は、周囲の協力者たちに視線を送り、アイコンタクトをとると、大きく息を吸ってから、大きな声で歌を歌い出した。

 歌声には自信がないのだが、こう言うのは上手い下手より気持ちだろう。


「はっぴばーすでーとぅーゆー♪ はっぴばーすでーとぅーゆー♪」


 正直物凄く恥ずかしいが、これも深山のためだ。

 俺は羞恥心をかなぐり捨てて、誕生日の定番の歌を必死に歌う。

 後で調べて知ったのだが、この歌は『ハッピーバースデーソング』という名前らしい。


「はっぴばーすでー でぃあ 満月ぃ~~♪」


 すると、周囲の客達も手拍子と共に俺の歌に乗っかって一緒に歌い出した。

 なんだかミュージカルのような状況が、トワイライトガーデン店内に展開されている。


「はっぴばーすでーとぅーゆぅー♪」


 最終的には、俺が声をかけた知り合い以外の、店中のお客さん達が一緒になってその歌を歌っていた。

 『ハッピーバースデーソング』の大合唱だ。


「お誕生日、おめでとうっ!!」

「おめでとーっ!!」

「ハッピーバースデー!!」


 様々な席から、深山に向かって誕生日を祝う声が飛んでくる。


「え? えぇ!? どゆこと!? なにこれ? どうなってんの!?」


 全く状況の理解が追い付かず、深山は軽いパニック状態だ。

 一体どこの有名人の誕生日だと言いたくなるような店内の盛り上がりっぷりは、まるで店を貸し切っての誕生日パーティーである。

 従業員の協力も取り付けているとはいえこの大騒ぎだ。

 間違いなく、色々な人に迷惑をかけているのだろうと思うと、心が痛い。

 だが、お祭り騒ぎの雰囲気に乗せられて、各テーブルからは追加のオーダーが飛び交っているようだし、満員御礼ってことで店長には許して欲しい。


「深山、誕生日おめでとう」


 俺は羽南谷から受け取った豪勢な花束を深山に差し出した。


「っ!? あにこの花束!? すっごい可愛い!!」


 深山は瞳を潤ませて、嬉しそうに笑顔を浮かべる。

 しかし、すぐに俺の目の前だったことを思い出したのか、涙をこらえてそっぽを向いた。


「べ、別に嬉しくなんかないわよ! こんな年になると誕生日を祝われてもね!!」


 その言葉が本心ではないことは、その表情が物語っていた。

 嬉しそうに口元を緩ませて、真っ赤な眼からは今にも涙がこぼれそうだ。


 それから、色んなテーブルから深山に声がかかり、俺は深山の手を引いてそのテーブルを一つ一つ回って行った。


「満月ちゃん、誕生日おめでとう!」


 テーブルを回る度に、そのテーブルのお客さんは深山に誕生日プレゼントを手渡していく。


「あ、ありがとう……」


 深山は少し困ったように笑いながら、そんなプレゼントを一つ一つ受け取って、丁寧にお礼を言って回る。


「俺はプレゼントは用意できてないんだけど、折角だから、満月ちゃんのためにボトルでワインを頼もうかな……いっしょにどうだい?」

「ありがとう、銀ちゃん。でも、私まだ未成年だから……ワインは銀ちゃんだけで楽しんで」

「ああ、分かった。そうするよ。……いや、折角だから、飲める奴を探して、一緒に飲もうかな?」

「あはは、その辺は好きにして!」


 常連さん達は、そうやって各人で深山の誕生日を祝って盛り上がってくれていた。


 一通りテーブルを回って、俺が座っていた席に戻って来ると、そこにはポニーや藍澤さん、八重咲さん達従業員が待っていて、拍手で深山を迎える。


「誕生日おめでとう、満月ちゃん!」


 そう言ってポニーは、今日帰りに渡す予定でいたプレゼントを渡す。


「……………おめでとう、満月」


 藍澤さんも、同じようにプレゼントを深山に差し出した。

 っていうか、彼女の声を俺は初めて聞いた気がする。

 なんと言うか、鈴を転がすような綺麗で可愛らしい声だった。


「おめでとう、満月! これは少年の特別オーダーだよ!!」


 八重咲さんがそう言ってバックルームの方に手を差し出して店内の視線を促すと、店の奥からシェフが三段重ねの大きなバースデーケーキを配膳台に乗せてやって来た。


「うわぁっ!? 美味しそう! これ、祇園寺ぎおんじさんが作ってくれたの!?」


 深山がそう言ってシェフ(本名祇園寺 ごう)は無言で親指を立てる。


「すごい!! 祇園寺さんのケーキなら、絶対に美味しいに決まってるわ!!」


 深山はそう言って両手を合わせてうっとりした。


「店長、お願いします!!」


 俺が右手を上げて店長に合図を送る。


「はいはい。お任せあれってね」


 すると、店内の照明が落ちて、藍澤さんとポニーが火をつけてくれたろうそくの炎が店内をぼんやりと照らした。

 店内のお客さん達は、この状況を理解しているから大丈夫だろうが、店の外を通りすがる人たちはきっと驚いたことだろう。

 店の照明が突然落ちて、店内からぼんやりと炎の揺らめきが見えたのだ。

 後々考えて、通報されなくて本当に良かったと思う。


「さぁ、深山。ろうそくの炎を吹き消してくれ。そのときに何か願い事をすると叶うらしいぜ?」

「え? そ、そうなの? それじゃあ……」


 深山は俺に言われるまま、精いっぱい空気を吸い込んで、それを一気にろうそくに向かって吹きかけた。

 女の子の肺活量では厳しいかと思ったが、そこは流石の深山だ。

 そのひと吹きで全てのろうそくの灯が消える。

 一瞬真っ暗になった隙を利用して、俺は深山の首に買って来てもらったネックレスを気付かれないようにそっとかけた。


 店の照明が元通りに点灯され、店内がいつもの明るさを取り戻す。

 すると、各テーブルで一斉にクラッカーが鳴らされて、もう一度盛大に「誕生日おめでとう!」という声が上がる。


「ありが……え? えぇ!? あにこれ!? え? あにこれ!?」


 お店のお客さん達に感謝を告げようとしていた深山が、自分の首に光るネックレスん気付いて、目を白黒させていた。


「こ、これ……私が欲しかったやつじゃない!? あんで? どうしてわかったの!? え? 誰が!? あにこれ、魔法なの!? ろうそくに願いをかけたら、本当に叶ったんですけど!?」


 何を隠そう、俺が彼女のプレゼントしたのは、必死の調査で調べ上げた深山が今一番欲しいものだったのだ。

 深山のことをよく知る友人まで、友達伝いでつないでもらってなんとか仕入れた情報だったが、喜んでくれているようで何よりだった。


「俺からのプレゼントだよ。気に入ってくれたんなら何よりだ」

「あんたが!? あんで知ってたのよ?」

「なんでだろうなぁ? ……それとさ、深山」

「あによ?」

「……お前、俺に誕生日教えてくれてなかったからな?」

「……ん? え? ……あっ!?」


 俺に指摘されて、その自分のうっかり過ぎるミスに気付いたのだろう。

 深山は『やっちゃった!?』という表情を浮かべて硬直した。


「って、えぇっ!? じゃあどうしてこんなことが出来た訳!?」


 だが、すぐに再起動して、今度は俺がサプライズできた理由が分からずに混乱する。


「あはは、それは愛じゃね?」

「は、はぁっ!?」


 そんな深山に、俺がウインクをしながらそんなことを言ってからかうと、深山は真っ赤な顔になって素っ頓狂な声を上げた。

 流石の俺でも分かる。どうやら深山は、心底照れてるらしい。

 まったく、可愛い奴である。


「って言うのは冗談で、店に来たときにポニーに聞いたんだよ。それで慌ててこんなサプライズを用意したって訳さ」

「そ、それじゃあ、あんた……たった一時間そこらでこんな盛大なサプライズを用意したっての? 私なんかのために?」

「まぁな。骨は折れたけど、お前さんが喜んでくれたみたいだから……やって良かったよ」


 後でお礼をしなきゃいけないやつが山ほどいるが、今はそれは忘れよう。


「…………がと」

「ん?」


 深山が何を言ったのかは大体想像がついたが、俺は敢えて聞き返す。


「あ、ありがとうって言ったのよ!!」


 そう言いながら、深山はその目から涙をこぼしていた。


「あはは、泣くほど喜んでくれたんなら本望だよ」

「泣いてないわよ! 泣いてないから!! 泣いてないんだからね!!」

「へいへい……まぁ、とにかく、おめでとさん」


 泣きながら、深山は今まで見た中で一番の笑顔を浮かべていた。


「ありがとう! 今年は最高の誕生日だわ!! 本当に嬉しい!!」


 その笑顔が見れただけで、俺の努力は全て報われた気がしたのだった。



 それから、シェフが作ってくれたでかすぎるケーキは、切り分けて店中のお客さん達に振舞った。

 常連さん達が、深山にプレゼントだと言ってオーダーしまくったワインを大人たちは飲み交わし、未成年達には店長が「今日はもうドリンクバーは無料でいいや」なんて言って店内は大騒ぎだった。


「いいサプライズじゃん、神越」

「あはは、無理言って悪かったな羽南谷」


 そんな喧騒から少し離れて、俺は急遽花束を用意してくれた羽南谷の持つグラスにワインを注ぐ。


「……あ、飲んでから言うのもなんだけど、私、車で来てんだけど?」

「って、おい! それを先に言えよ!! てか、なら飲むなよ!!」

「まぁ、車はここに置いて歩いて帰ればいいでしょ……」

「相変わらず適当だなあんたは……」


 ワインを煽って楽しそうに笑う羽南谷。


「こう言うイベントごとを、即席で組み立てちゃうとこ……ホント姉譲りよね……」

「あはは……まぁ、姉さんならもっとうまくやったろうけどな……」

「……あれから一年か、神越が元気そうで安心したよ、私は」

「本当に今日は世話になったよ……サンキュウな」

「まぁいつでも頼り給え。花に関しちゃキチンと金はとるけどさ」


 羽南谷は俺の死んだ姉さんの親友だった女性だ。

 姉が死んでからも、俺のことを気にしてくれる本当に良い人だ。


「ほれ、神越。主役が探してる。行ってこい」

「あ、ほんとだ……じゃあ、羽南谷もゆっくりしてってくれよ」

「分かった分かった……」


 俺は羽南谷の元を離れて、恐らく俺を探して店内をふらふらと歩く深山の元へと急いだ。


「ほんと……弟はお前にそっくりだよ」


 羽南谷はそう言って、懐かしそうに笑みを浮かべるのだった。



「どうした深山? 俺がいなくなって寂しかったか?」

「は、はぁ!? んなわけないでしょ? キモいこと言うなし!!」


 俺が駆け寄って声をかけると、深山はいつもの調子てそう言い返してくる。


「本当に、今日はありがとね……」

「何だよ、そんな素直になって……明日は雪でも降るのか?」

「あによ!? 人が折角素直にお礼言ってるんだから、ありがたく受け取りなさいよ!!」

「あはは、すまんすまん……ついついいつものノリでな……」

「うぅ……私こそなんかゴメン……こんなにしてもらったのに、ちょっと言い方がきつかったわよね……」


 いつもの調子で俺が言い返すと、深山は少し恥ずかしそうにして俺から目を逸らす。


「今日はお前の誕生日だからな。お前の好きにしたらいいさ」

「……じゃ、じゃあ……あんたはちょっと目を瞑りなさいよ……」

「……一体俺は、何されるんだ?」


 好きにしたらいいと言ってしまった手前、逆らうことが出来ない俺は深山の言う通りに目を閉じた。

 すると……


 チュッっと小さな音と共に、頬に柔らかな感触と、温かい吐息を感じる。


「ん?! 今のって……!?」


 思わず目を開けて横を見ると、眼前数センチの距離に深山の顔。


「うわ、バカ!! まだ目を開けちゃダメだってば!!」

「す、すまん!!」


 俺は慌てて目を閉じる。

 すると、すぐ近くに感じた深山の気配が、すっと遠ざかるのを感じた。


「お、お礼よ……変な意味はないから!! 絶対に秘密にしなさいよ!!」


 深山は真っ赤な顔でそう言って、俺からそっぽを向く。

 俺も、別に誰かに言うつもりはなかったが、不意に気付いてしまう。

 俺と深山にスマホのカメラを向けたままの、店長の存在に……。


「おい、深山。残念ながら、その秘密は守れそうにない」


 そう言いながら店長の方を指差す俺に気付いた深山は、赤かった顔をさらに真っ赤にさせて、弾かれたように店長に向かって駆け出した。


「て、店長!! それ、まさか撮ってたんですか!? いつから!?」

「はっはっはっ、いつからって、このサプライズが始まってからずっとさ! お前らん様子は私のスマホに永遠に記録されているぞ!!」

「け、決して下さい!! てか、消せ!! ねぇ!! あんたもぼーっとしてないで手伝いなさい!! なんとしても店長のスマホを破壊して、あのデータを消すんだから!!」


 店長を追い回しながら物騒なことを言う深山。

 俺はそんなにぎやかな店の様子を眺めて、思った。


 やっぱり、こんなにぎやかな日常も悪くないと……。


 この店に来るようになって、俺の日常は色鮮やかな彩りを取り戻した……そんな気がした。


 

 さて、それにしても、バイト代をほとんど使いこんでしまったな。

 俺は明日から、どうやって生きて行こう。

 そんな現実に、少しだけ頭を悩ませる俺だった。



 続く――。

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