第8話 少々訳アリな店員がいるレストラン
放課後、家に帰る前にトイレに寄ろうと下駄箱と反対の方向に廊下を歩いていると、珍しい光景を目にした。
「あ、深山さん!」
「え? なに? どうしたの?」
「えっと……深山さん今日の放課後って暇?」
見れば深山が、クラスメイトらしき女子たちに囲まれていた。
見る限り、深山とは若干系統の異なるグループに見えるが……
「え? えーと……暇って言えば暇かな? 今日はバイトもないから……」
「本当!? やったぁ! それじゃあさ、このあと私たちとカラオケ行かない?」
「か、カラオケ? ……まぁ、別にいいけど……」
「よかったぁ! それじゃあ、他にも何人か声かけてみるね!」
なんというか、ギャルっぽい女子たちに囲まれて、深山は借りて来た猫のような感じになっている。
カラオケに行くということだが、見た感じ深山はそんなに乗り気には見えなかった。
「それにしても、いつ聞いても不思議な感じするよね?」
「あ、私も思った。深山さんがバイトってねぇ? 必要ないじゃん? っておもうよね」
「やっぱりあれなの? 社会勉強も必要ってやつ?」
「えーと、あはは……別にそんなんじゃないんだけど……」
「あ、変なこと聞いてゴメンね? そんなの深山さんの勝手だもんね……」
「ううん、気にしてないから……」
深山は、質問して来たクラスメイト達に苦笑いを浮かべて、遠慮がちにそう返答した。
まぁ、この前見たときは浮いている感じすらしていた深山が、クラスメイトと一緒に遊ぶ約束をしている姿を見て、少し安心している俺もいた。
自分で自分に「おかんかよ」とツッコみたくなる。
「そう言って貰えて安心したぁ~……あ、それじゃあ、15時に駅前のプロムナードに集合でいい?」
「あ、うん。わかった。15時ね」
「じゃあね、深山さん!」
「ばいばーい! また後でね!!」
そう言って去っていくクラスメイト達を、少し嬉しそうな表情を浮かべて見送る深山。
元気に深山に手を振ったあと、楽しそうに話をしながら俺の横を通り過ぎていく女子たちが、ボソボソと何かを話していたので気になって耳をそばだててしまった。
「やったね、これで今日も得できるんじゃない?」
「ホント、深山様々だよね!」
そのやり取りに、若干の悪意を感じた俺は、近くにいた深山のクラスメイトを捕まえて声をかけた。
「なぁ、さっき深山と話してたやつらって、深山と仲がいいのか?」
「え!? 神越君!? えっと、さっきのって……ああ、あの子達か……うーん……仲は悪くないと思うけど……」
突然俺が声をかけたもんだからびっくりさせてしまったようで申し訳ないが、俺の質問を聞いて去っていく先程の女子生徒達の後姿を見送りながら、その子は歯切れ悪く言って苦笑いを浮かべる。
「ほら、深山さんって言えば、学校でも有名な“あれ”でしょ? 羽振りがいいというか、優しいから頼まれたら断れないところがあるから……あの子達はああして、遊びに誘っては、深山さんにたかってるのよ……」
「たかるって……マジか」
「まぁ、深山さんが自分でそうしてるわけだから、関係のない私たちがとやかく言うことじゃないけど……ちょっと気の毒だなぁと思わなくもないかなぁ……」
どうやら、俺の嫌な予感は当たってしまったようだ。
彼女の言う『深山さんって言えば、学校でも有名な“あれ”でしょ?』については、何のことだかさっぱりだが、週4ペースで働いている深山はそこそこに稼いでいるし、色々大雑把なところがある上に、猫が喋るなんて言うメルヘンを平気で受け入れてしまうような奴だからな。
……簡単に騙されて、いいように使われてしまうというのも分からないでもない。
もしかしたら、そういう風に利用されていることに、深山は気付いていないのかも知れない。あいつ、根は良い奴だからな。
けど、そういうやつだからこそ、それを騙していいように利用しているというあの女生徒達には、少々腹が立った。
簡単に騙されている深山にもだ。
「……でも、急にどうしたの? 神越君て、深山さんとそんなに仲良かったっけ?」
「ん? いや。今のところ、贔屓の店の店員とその客だな」
「……ふーん……なるほどね。神越君も大変だ」
「ん? なんで俺が大変なんだよ?」
「いやいや別に、なんでもないですよ」
「そうか。突然声かけて悪かったな」
「あはは、いいよそんなの、気にしないで。じゃあね! 神越君」
「ああ、じゃあな」
なにやら生暖かい視線で見送られている気がするが、その辺りは気にしないことにする。
それよりも、どうしたものか……。
今から深山に『ああいう連中とつるむのはやめろ』とか言ってみるか?
いや、それこそ、俺がとやかく言うようなことじゃないよな……。
うーん……。
俺は少し考えて、スマホを取り出しあるところに電話をかけた。
「あ、もしもし? 俺です、神越です。実はお願いがあって――」
「いらっしゃいませ、何名様ですか?」
「えっと、6人です……って、え? あんであんたがここにいるのよ?」
「何でって、バイトだが?」
「え? なに、どうしたの? 深山さんこの店員さんと知り合いなの?」
「え? えっと……まぁ、ちょっと……」
「マジで!? 結構かっこいいじゃん! もしかして彼氏とか?」
「そ、そそそそそそんな訳ないでしょ! 違うよ。本当にちょっと知ってるってだけ……だから、ここで働いてるって知らなくて、いたからびっくりしたの。本当にそれだけだから……」
カラオケ店の受付に俺がいて、深山は驚いているようだった。
15時に駅前のプロムナードだったら、恐らく彼女たちが行くのは、駅前のカラオケ会館だろうと考えた俺は、その店の店長に連絡を入れて、急遽14時からシフトに入れて貰ったのだ。
「ご利用時間は?」
「あ、深山さん、フリータイムでいい?」
「え? うん。……じゃあ、フリータイムで……」
「かしこまりました。フリータイムの場合、ドリンクは飲み放題になりますので、どうぞご利用くだしさい。それでは、お部屋にご案内します」
「あ、はい……」
「よぉーし! めっちゃ歌うぞぉ~!!」
深山を除く五人は大盛り上がりだ。
深山もそれに合わせて、笑顔を浮かべてはいるが、正直、トワイライトガーデンにいるときの方が生き生きしているように見える。
ここれはもしかして、深山も薄々は自分が利用されていることに気付いているのかも知れないな。
俺は深山たちを大きめの部屋にご案内して、機械の使い方を簡単に説明した後、部屋を出て受付に戻った。
それからしばらくは、普通にカラオケ店の店員として仕事にいそしんでいたが、ちょくちょく深山達を案内した部屋のことを気にしていた。
フリータイムとはいえ、17歳の未成年達だ。
長居しても22時くらいまでだろうと思っていたが、連中はきっかり22時まで居座って、散々飲み食いをしていた。
当然の様に、料金も積み重なって、結構な額になっている。
俺はカラオケ店の店長に言われて、深山達の部屋に『未成年者の退店時間』の案内のためのアナウンスを電話で入れた。
すると、電話に出た女子生徒は「うわ、もう22時じゃん! 時間たつの早っ!!」などと言って楽しそうに笑っていた。
さて、ここからが問題だ。
果たしてどうなるか……展開によっては、俺は口を挟むつもりで、会計にやって来た深山達を俺は観察していた。
「6名様、フリータイムのご利用で、ご飲食もありましたので……お会計は12300円になります」
「うわぁ、結構行ったねぇ……まぁ、色々食べたししょうがないかぁ……」
俺が合計金額を伝えると、女子生徒の一人はそう言ってけらけらと笑った。
普通なら、ここでそれぞれが財布を出し、自分の分の金額を出そうとするものだろうが、その女子生徒達は、誰も財布を出そうとしなかった。
そして……、
「12300円ですね……」
深山が当たり前のように財布から一万円札を二枚出して会計しようとした。
俺はすかさず、営業スマイルを顔に張り付けて、深山達にこう言った。
「ええ、ですので、おひとり様2050円になります。それぞれお支払いいただけますか?」
「は? なんでわざわざ別々に会計しなきゃいけないのよ? 面倒じゃん?」
「千円札二枚と五十円玉一枚です。面倒ということはないでしょう?」
「いいじゃん、この子がお金出してるんだから、それで会計してよ?」
「それでは、一万円をお預かりして、7950円をお返ししますね」
「いや、だから、その子が全部払うっていってんじゃん! なんで勝手に――」
「お前らさ、このあと清算する気ないんだろ? 散々飲み食いしたのもお前らなのに、どうして深山一人に払わせようとしてんだよ? 友達にちょっと奢ってもらう金額じゃねぇだろうが?」
「ちょっと、あんた、やめなさいよ。私はいいから……」
「よくねぇだろ。こんなのこいつらのためにもならねぇよ……お前がもしこんなことが友情だと思ってんなら、それは間違いだって俺がここではっきり言ってやる。お前だって、こんなこと快く思ってねぇから、そんな辛そうな顔してんだろ?」
「いいから!! やめてって言ってるでしょ!! いつものことなの。だから……」
「なら、残りは俺が立て替えておくよ。お前にはいつも世話になってるしな。……けど、深山。お前もう少し友達は選んだ方がいいぜ? 多分そいつら、お前のこと財布としか思ってねぇよ……」
「……建て替えとか、そういうのいらないから。……それに、それも知ってる。もういいから、私のことに他人のあなたが口出ししないで……」
勢いあまって口喧嘩になってしまう俺と深山。
そのやり取りを目の前にして、深山のクラスメイト達は気まずそうに顔を見合わせていた。
「えと……は、払うわよ! 勝手に決めつけないでよね!!」
そして、リーダー格の女子生徒がそう言って2050円をカウンターに置くと、他の女子たちも同じようにしてお金をカウンターに置いた。
「え? でも……私が――」
「あ、あはは……ごめんね深山さん。そう言う訳だから、私達はこれで帰るね……あっと、それじゃあね」
気まずそうにそう言って、深山に手を振ってから、女子生徒達はそそくさと逃げるように去っていく。
「………………」
一人取り残された深山は、深い溜息をついてから俺のことを睨みつけた。
「……あんであんなことしたのよ?」
「何でって、見ててムカついたから……お前が必死にバイトして稼いだ金を、へらへら無神経にむしり取っていく連中がな……ほら、俺貧乏人だから余計にな」
「……あにそれ……ほんと余計なお世話……」
「……その、なんだ……勝手なことして悪かったとは思ってるよ……」
「ほんと、最低よ……明日、あの子達とどんな顔して会えばいいのよ……」
深山はそう言って、もう一度盛大に溜息を吐いた。
「けど、すっきりした」
「ん?」
ぼそりと、何かを呟いた深山。
生憎、にぎやかな店内の音のせいで聞き取れなかった俺は、思わず聞き返してしまう。
「すっきりしたって言ってんの。あんたの言う通り、あの子達は私のことをいい金づる程度にしか思ってないのは気付いてたから……」
「なら、断ればいいじゃねぇか……」
「女子にはいろいろあるのよ。いろいろね……はぁ……これまで我慢して来たのに。あんたのせいで台無しよ」
そう言いながらも、深山の表情は明るかった。
「ねぇ、あんたバイトは何時まで?」
「ん? 今日はこれで上がりだけど?」
「なら、この後私に付き合いなさいよ?」
「……は?」
「聞こえなかったの? この後面貸せって言ってんのよ」
「……マジか」
「外で待ってるから、支度が終わったらすぐ出てきなさい。いいわね?」
「お、おう……」
深山はそのままつかつかと歩いてエレベータに乗って降りて行ってしまった。
「え? マジか……どうなるんだ、これって?」
俺は、何が何だか分からないまま、しばしフリーズしてから、慌てて帰り支度をするのだった。
え? この後、何があるんだ?
面貸せって……もしかして、仕返しに殴られるのか?
混乱しながら、俺は急いで外で待つ深山の元に向かうのだった。
続く――。
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