第4話 無言で接客する店員のいるレストラン


「いらっしゃいませ、神越君。でもゴメンね。満月ちゃんは今日は入ってなくて」


 毎日のように通っていれば、当然深山がシフトに入っていない日もあるわけだが、そういうとき、必ずポニーは俺にこう言って謝るのだった。


「いや、そんなこと謝らんでも……俺は別に、深山に会いに来てるわけじゃないし」


 妙な誤解をされても困るので、キチンと訂正する俺だが、言葉の意図が伝わっていないのか、ポニーのやつは生暖かい視線を俺に向けてくる。


「分かってますよぉ、でも一応伝えておいた方がいいかなぁと思ってね」


 ニヤニヤしながらそう言いいながら、ポニーはメニュー一式を手に持って、俺の前に立つ。


「それじゃあお席にご案内しますね、お客様」

「ああ、そうしてくれ……」


 恐らく、どんな風に説明しても、こいつのこの表情は変わらないのだろうことを悟った俺は、早々に諦めて流れに任せることにする。


「それにしても、神越君もすっかり常連さんの仲間入りだね」

「まぁそうだよな……あれからもう、この店に何回来たか数えるのも面倒なくらい通ってるし……最近は藍澤さんの“サイレント接客”にも慣れて来たぞ。微かな表情の変化で、あの子が何を言わんとしているのか分かるようになって来たからな」

「おぉ!? それは本当にすごいね! あの飛鳥先輩を攻略するとは……流石は神越君だね」


 俺達の話題に上っているのは、この店のアルバイト給仕の藍澤飛鳥さんだ。


「いやまぁ、最初は小学生の職業体験かなんかかと思ったんだけどな」

「それ、飛鳥先輩に言ったら怒るから、絶対言っちゃだめだからねぇ?」

「分かってるよ。女性にそんな失礼なことは言わないさ」


 出るとこ出てて引っ込むとこが引っ込んでいる、この店随一のグラマラスボディを持つこのポニーや、ポニーには負けるがスタイル抜群の深山に加えて、男性用制服では押さえ切れない胸で女性らしさを見せつける店長と、メリハリのあるスタイルの女性が多いこの店だが、藍澤さんはその逆を行くミニマムかつスレンダーなスタイルの女の子だ。

 シンプルに分かりやすく言うなら、ツルペタ小学生女児のような見た目なのだ。

 そんな見た目もパンチが効いているが、藍澤さんの最大の特徴はその喋らなさだった。


「飛鳥先輩、本当に全然喋らないから、ご新規のお客様から結構クレーム貰っちゃうことも多いんだよぉ……お客さんがみんな神越君みたいに、飛鳥先輩の気持ちを察してくれればいいのにね?」

「あのなぁ……ここはファミリーレストランで、藍澤さんは給仕だぞ? 客に察しの良さを求めないで、藍澤さんをどうにかした方がいいんじゃないか?」

「でも、常連さん相手には接客が成立してるし、人気なんだよ? それに、店長は『藍澤はあれでいい』って言ってるし……」

「……俺は、その店長が一番の問題だと思うけどな」

「そうかなぁ? いい店長なのに……」


 そんな雑談を交わしながらも、俺を席に案内してお冷を出し、メニューを渡してさり気なくおすすめメニューを開いてくれるポニーこそ、給仕の鑑だと思うのだが……


「俺としては、この店の給仕達がみんなポニーみたいになればいいと思うけどな」

「ふぇっ!? と、突然何をおっしゃいますかな、神越さんや?」

「いやいや、わしは本音をそのまま伝えただけじゃよ、ポニーさんや」

「もうね、ほんとそういうとこですよ、神越君は。気を付けて欲しいよ、全く……」


 さり気なくポニーの接客を褒めたつもりだったが、どうもお気に召さなかったご様子。

 本当に女の子というのは難しい限りだ。


「それでは、ご注文がお決まりになりましたら、こちらのボタンでお呼びください」


 お決まりの定型文を告げると、そう言ってポニーは店の奥へと消えて行く。

 そんなポニーの背中を見送って、俺は何気なく店内を見渡した。

 ちょうど夕食時の店内は、ほぼ満席状態だった。

 部活帰りだろうか? ジャージ姿の高校生の集団が陣取っているテーブル席。

 向こうには一緒になって宿題を広げているであろう、女子中学生の集団もいる。

 俺のように一人で来ている男性客も多かった。

 デートの途中のカップルらしき男女連れも見受けられる。

 本当に、老若男女に愛される『ファミリーレストラン』のそものの風景だ。


 そんな人で埋め尽くされたテーブルの間を、チョコチョコと動き回る、マムスターを思わせる小さな人影が目に入った。

 それは先程ポニーと話していた、藍澤さんだった。


「やっぱ、ぱっと見は小学生の職場体験だよな……」


 澄ました顔で、ハンディターミナルを片手にお客さんの前に立って、コクコクと頷くその姿は、親の経営するレストランをお手伝いする娘さんのようだ。

 ちなみに、ハンディターミナルとは、レストランで給仕の人が手に持ってオーダーを入力する機械のことだ。

 俺は名前を知らなくて、前にポニーに教えて貰ったのだ。

 ポニーの言う様に、接客で困っている様子は見えないので、恐らく相手は藍澤さんの接客に慣れた常連さんなのだろう。

 お客様の方にある程度の技量を要求する店ってのはどうかと思うが、確かにあれはあれで一生懸命さは伝わっているしいいのだろう。


「っと、いい加減メニューを決めてオーダーしないとな」


 深山がいないと、こうしてゆっくりメニューが決められるし、店内も観察できるのがありがたい。

 まぁ、居たら居たで、にぎやかで楽しいからいいのだが……。


「うっし、今日はこれにするか」


 手元のボタンを押すと、ピンポーンと軽快な音が店内に響き渡る。

 見ると、藍澤さんがこちらに向かって歩いてくるのが目に入った。


「………………」


 俺の前に立ち、ハンディターミナルを片手にこちらを真っ直ぐ見つめてくる藍澤さん。

 背格好は幼いのだが、顔はもの凄い美人さんなのだ。目が合うとちょっと緊張してしまう。

 そのギャップが良いという常連さんが多いというが、その意見には俺も同意する。


 この顔は『ご注文は?』といったところだろう。


「ええと、この『季節の彩り和膳』にドリンクバーでお願いします」


 俺がそう言うと、藍澤さんはコクリと真面目な顔で頷いて、ペコリと頭を下げて去っていく。


『ご注文を承りました。お持ちするまでしばらくお待ちください』


 そんな言葉が、彼女の顔に書かれているように感じた。

 こちらが好き勝手に想像している訳ではなく、彼女からそれが明確に伝わってくるのだから不思議だ。


「ふふふ、すごいだろう、うちの飛鳥は?」

「おわぁっ!? いきなりなんですか、店長? 気配無く現れないで下さいよ」


 突然背後から店長に話しかけられて、俺は思わず身体を後ろに引いてしまう。


「一切言葉を喋らないのに、彼女から言外の言葉を感じただろう? さっきのは『ご注文を承りました。お持ちするまでしばらくお待ちください』と聞こえたはずだ」

「……そうやって、人の考えを言い当てないで下さいよ、怖いから」


 何故か店長がドヤ顔で、俺が藍澤さんから感じた言葉を言い当てるので、俺は少し気味が悪くなった。

 てか、この人はこんなところで俺と話をしていていいのだろうか?

 この前は『店長は忙しい』的なことを言っていた気がするのだが……


「別に私は特殊な能力とかは使っていないぞ。私にも飛鳥のお辞儀からその言葉が聞こえて来たんだ」


 俺の言葉に、珍しく真面目な顔をしてそんな風に店長は語った。


「飛鳥は信じられんくらいに無口だが、その分非常に細かい所作でその気持ちを相手に伝えているんだ。視線の手、指先の動き、お辞儀の角度やタイミング、そういう言外の情報を使ってな。だから、飛鳥をよく観察する客には、あの子の気持ちがキチンと伝わるんだ」


 所謂ボディーランゲージというやつなのだろう。

 それも恐らくかなり高度なレベルの。

 本当にこの店の人材は、なんというか際物ぞろいな気がしてならないな……。


「藍澤さんがすごいっていうのは分かりましたけど、どうしてあなたが自慢げなんですか? 別に店長なんもすごくないですよね?」

「ふ……おろかな少年だ。あの才能を見出したのが私なんだぞ? 私も十分凄いだろう?」

「ああ、はいはい、すごいですねー」

「そうだろうそうだろう! なんせ私は店長だからな!!」

「……この人、嫌味とかが全然効かない!?」


 変わり者が多いのは、この店長のせいだろうことが分かった瞬間だった。

 類は友を呼ぶというやつだな。


「それよりも、あんたも仕事しろよ。店長は忙しいんだろう?」

「ん? そうだぞ。今もお客様の相手で大忙しだ!」

「……遊んでないで働けよ。俺はほっといてくれて構わないから」

「何を言うか。いつものお気に入りの子がいなくて寂しかろうという、私の店長的配慮が分からんのか?」

「それポニーにも言ったけど、俺はここに飯を食いに来ているのであって、深山に会いに来ている訳じゃないからな?」

「……ってことは、私に会いに来ていたのか!? もう、仕方のない奴だな」

「仕方がないのはあんたの頭だよ!!」


 テーブルから追い払おうとしているのに、全然いなくなってくれない店長にうんざりし始めていた頃、藍澤さんが配膳台を押しながら俺のテーブルまでやって来た。


「………………」


 藍澤さんは、俺ではなく店長をじっと見つめていた。

 俺には藍澤さんから『いい加減、彼が困っているので仕事に戻って下さい、店長』と聞こえた気がした。


「おい、店長。藍澤さんも仕事しろって言ってるぞ?」

「何のことだ? 私にはそんな風には聞こえんぞ? 少年ともっと楽しく会話をしろと言っているんだよな? なぁ、飛鳥?」


 店長から言われた言葉に、藍澤さんは目を閉じてそっと首を横に振った。


「ぬ……そうか。ならば仕方がないな……私は仕事に戻るとしよう」


 真っ向から自分の言葉を否定されてしまった店長は、しぶしぶレジの方へと戻って行ったのだった。


「はぁ……あの人が店長で、本当にこの店は大丈夫なのだろうか?」


 俺が例によって、思ったことを思わず口からこぼしてしまうと、藍澤さんは俺の言葉にゆっくりと首を縦に振った。


「ええと、『あの人はあれで、結構キチンと仕事もしている』……本当ですか? 遊んでるようにしか見えませんけど?」


 藍澤さんは俺の頼んだメニューをテーブルに並べながら、少しだけ口の端を吊り上げて首を傾げた。


「『店長はあれで、非常に優秀なんです』ってマジですか!?」

「いやいやいや、むしろそこまで細かく飛鳥先輩の言わんとすることを読み取ってる神越君の方が『マジですか!?』だよぉ!」


 俺と藍澤さんのやり取りを見て、通りかかったポニーが驚きの声を上げる。


「そうか? あれだよ、藍澤さんの場合、『目は口ほどにものを言い』ってやつだろ。それに、ポニーだって藍澤さんの意図が俺に正確に伝わってるって分かってる時点で藍澤さんの表情を読み取れてる訳だし、別に特別に俺がすごいとかじゃなくて、喋らずにそれを伝えられる藍澤さんがすごいってことだろ?」


 俺の言葉に合わせて、藍澤さんが少し胸を張って『エッヘン』と言わんばかりの顔をした。

 失礼ながら、張り切る小学生の様ですごく愛らしかった。


「へ? 『小学生は失礼だと思います』……って、なんで俺の考えたことが分かったんですか!?」


 藍澤さんに心の内を言い当てられて驚く俺に、ポニーが呆れた顔で言った。


「あのね、神越君。それは君が、そう思ってるって顔に出していたからだよ?」

「マジか……思ったことが口からこぼれるだけじゃなく、俺表情にも駄々もれだったのか……」

「神越君って、ポーカーフェイスのときは全然分からないけど、ふざけてる時って考えてることがすぐ顔に出るよねぇ? 気を付けた方だ良いと思うよぉ?」

「……くっ、ポニーのくせに生意気な!」


 心の内が顔に出ていると言われて狼狽える俺を見て、ポニーと藍澤さんは楽しそうに笑う。

 残念ながら、藍澤さんは声を出すことはなかったので、彼女の声は未だに聴くことは出来なかったけどな。


「それじゃあ、神越君。ごゆっくり」


 そういうポニーに合わせて、藍澤さんもにこやかにお辞儀をして、そのまま二人で店の奥へと消えて行った。


 俺は運ばれてきた初めて頼んだ『季節の彩り和膳』を食べて、その味に舌鼓を打つ。

 本当に、この店のメニューは何を食べても外れがない。

 一体どんな人が、この料理を作っているのか……それは少し興味があった。


 でも、今俺の一番の関心事は、ひとつだ。


「いつか、藍澤さんの声を聞いてみたいなぁ……聞ける日が来るとは到底思えないけどさ……」


 美味しい料理を食べて、飲み放題のドリンクを飲んで、俺はその日も大満足でトワイライトガーデンを後にするのだった。


 深山がいなくて、少し物足りなく感じたりはしなかったとだけ、声を大にして言っておこう。


 …………ホントだよ?



 続く――。


 

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