第3話 実は店長にも問題があるレストラン
カランカランッと鳴るドアベルの音も、だんだんと聞き慣れて来た。
そして……、
「いらっしゃ……帰れ!」
「いやいや、接客する気ゼロはマズいだろアルバイト」
「あのねぇ、客に接するのが接客でしょ?」
「まぁそうでしょうね。接する客と書きますからね……」
「じゃあ問題ないでしょ、あんた客じゃないし」
「客ですよ! お客様ですよ!!」
そろそろ常連さん達からは『名物』と呼ばれ始めていると噂の俺と深山のやり取りが、今日もトワイライトガーデンの店内に響き渡る。
これだけでも白飯が進むとか言っていた常連さんがいたが、今日もご飯は進んでいるのだろうか?
「はぁ~……じゃあ、百歩譲って客と認めてあげてもいいけど、だったらあんたも客らしく振舞いなさいよ」
「……いや、客らしく振舞うって何だよ? そもそも店員らしく振舞ってない奴に言われたくないんですけど?」
「あんたが客らしくないから、私は店員らしく振舞えないのよ!」
最早とんでもない暴論を振りかざす深山だが、これが彼女にとって対俺の通常営業なのだ。……悲しいことに。
「ちなみに、お前の言う“客らしい振る舞い”ってどんなだ?」
「そうね……『この卑しい私めを、どうかお席にご案内頂けませんでしょうか?』くらいは言って貰おうかしら?」
「……それってどこの下僕?」
「あに? 文句あるの?」
「……文句しかないのだが?」
「じゃあ帰れ」
「店長さーん! この店員さんちょっと酷いですよぉ!!」
「うっさい! 死ね!!」
「こら! 客に向かって死ねとか言うんじゃありませんよ!!」
「だから、あんたは、客じゃ、ない!!」
最早堂々巡りだった。
っていうか、今日の深山はいつにもまして荒れ狂ってないか?
なんだ、生理か? とか言ったら、間違いなく殺されそうな剣幕じゃないか。
「はぁ~……、もう埒が明かないから、適当に空いてる席に座りなさいよ」
「お、おう……」
ノッシノッシと去っていく深山の背中を見送って、俺は開いている奥の方の席に腰を落ち着ける。
「なぁポニー、深山のあれはどうしたんだ? また店長代理にどやされたんか?」
「あはは、神越君のお陰で、最近私、他のお客さん達からもポニーって言われるようになっちゃってるんですけどぉ?」
「そりゃあまぁ、ポニーはポニーだからな」
「……はぁ、まぁいいんですけどねぇ~……で、なんだっけ? 満月ちゃんの不機嫌の理由だっけ?」
「ああ。俺の気のせいで無ければ、今日はいつもより荒ぶってるように見えるんだが」
俺以外の客に対する態度すら、今日の深山はトゲトゲしているように見える。
周囲から『鈍い』などと言われる俺だが、流石にあれには気付ける。
確実に何か原因がある筈だ。
「うーん……そうだなぁ~……じゃあちょっとヒント。神越君がこのお店に通うようになってしばらく経つけど、ちょっと前まではどれくらいの頻度で来てたか覚えてる?」
「ちょっと前? だとすると、週4ペースだったかな?」
「そうそう。じゃあ、ここ最近は?」
「金欠でバイトに明け暮れてたから、かれこれ一週間近く来てなかったな」
「そういうこと」
「……どういうこと?」
「はぁ~~……そういうとこだよ、神越君?」
「いや、だから、どういうことなのさ、ポニーさん?」
「ヒントって言ったでしょ? あとは自分で考えるのだぁ! じゃ、私もお仕事がありますので……」
そう言ってポニーは、俺にひらひらと手を振って店の奥へと消えて行くのだった。
「さっきのヒントとやらを真正面から受け取るなら、深山の不機嫌の原因は“毎日のように来てた俺が、ぱったり来なくなってたから”ってことになるんだろうけど……」
何で嫌われている俺が来なくなってたから、深山が不機嫌になるんだ?
「ああ、そうか。逆だ逆……なるほど。確かにそれなら納得の理由だな」
つまりこうだ。
折角来なくなっていた俺が、また店に現れたから深山は不機嫌になったのだ。
そう考えれば、入り口で俺を客と認めない的なことを言っていたのにも頷ける。
「……本当に、どうして俺はあいつに、ここまで嫌われてしまったんだろうな?」
重ねて言うが、本当に心当たりがないのだ。
不機嫌や嫌悪の原因が分からないことには、謝ろうにも謝れないし、和解も出来ない。
本当に困った状況だ。
「そして、多分このパターンは、リブステーキ系のメニューが勝手にオーダーされているんだろうな……」
今日もまた、一食で紙幣が二枚以上飛んでいく訳だ。
美味しいし、今日は懐も温かいので千歩譲って仕方がないと受け入れるが……
「流石に、あの態度は問題だよな……」
当の本人に何を言っても、今日は火に油だろう。
ポニーはあれで色々気の付く良い奴だが、力関係的に深山に何かを注意するとかは出来ないっぽい。
他にも、全く喋らない店員とも最近顔見知りにはなってきたが、全く喋らないのでコミュニケーションが難しい……
「そういや、以前店長代理には会ったことあるが、この店の店長にはまだ会ったことがないな……」
そうだよな、こういう場合は店長さんに話を通すのが普通だろう。
……なんか、店員の接客のクレームを上げる迷惑な客みたいで気は進まないが、そういう意見を上げるのもまた、客の義務だろうからな。
そんな訳で、俺はフロアを見渡して店長らしき人間を探した。
キョロキョロとしていると、いかにも店長らしい風貌の男性スタッフを見つけて俺は声をかける。
「あ、すみません」
「はい、お客様。どうかされましたか?」
この丁寧な言葉遣いに、にこやかな笑顔から感じられる安心感。
間違いない、この人が店長さんに違いない。
「このお店の店員さんの接客について、ちょっとお伝えしたいことがあるんですが……」
俺が深山のことをチク……じゃない、ご報告しようとそう言うと、店長さん(?)はにこやかな笑顔で俺にこう答えた。
「そう言ったご意見は、基本的に店長がお受けすることになっております……大変申し訳ありませんが、すぐに店長をこちらへ寄こしますので、少々お待ちください」
「え? あ、はい……」
まさか、この貫録で店長さんじゃないとは驚きだった。
後から分かったことだが、その人は他店からのヘルプで来ていたエリアマネージャーさんだったらしい。
俺が声をかけた男性が去ってからしばらくして、びっくりするぐらい綺麗な女性が俺の前にやって来た。
「さて、うちの店員の接客態度に文句があるって言うのは少年かな? 好きなだけ文句を言っていいぞ。私はそれを一切聞く気はないけどな」
「…………」
思わず見惚れそうになる見た目を台無しにするような、およそレストランの責任者らしからぬ物言いに俺は言葉を失った。
「アナタが店長さんで間違いないか?」
「ああ、私が店長だよ。よく『店長っぽくない』って言われるけどね」
そう言って、カラカラと豪快に笑う店長さん。
……いや、なんていうかこの人に『さん』付けは必要ないかも知れないな。
「よく君の接客をしている深山くんは、君以外の対応は完璧なんだ。それは君も知っているだろう? そして、私は彼女についてはそれでいいとも思ってる。だから、君の貴重なご意見とやらを聞く気はないんだ。……悪いけどね」
他は問題がないから、小さな問題は見ないことにする。
何かに対応する際に、そのような考え方も間違いだとは思わない。
けど、俺の目の前でそれを言い切った人間は、曲がりなりにも店と言う一つの城を任された責任者だ。
俺もバイトの経験があるから分かるが、接客業に関しては基本的に『まずはお客様ありき』だと思う。
そんなお客様の声を無視しようというこの人の考え方は、どうしたって少しいい加減に感じてしまった。
店長とは責任者。責任者とは問題が起きた際に責任を取る立場の人間のはずだ。
それを放棄するなんて……。
こんな店長だから、深山の接客があんなにブレブレなのではないか?
そんな風に感じられて、どうしてか俺は腹が立ってしまった。
「失礼ですが、アナタがそんないい加減な態度でいるから、彼女も客を見て態度を変えるような接客をするんじゃないですか?」
思ったことを、思わず口に出してしまうのは俺の悪い癖だと思う。
でも、出してしまった言葉はもう引っ込められない。
俺は、店長から返ってくる反論を全部受け止める覚悟を決めて彼女の目を見つめた。
「まぁそうだね。多分君の言う通りだ。私がこんなだから、この店は問題も多いし、トラブルも良く起きる。きっと多くのスタッフにも迷惑をかけているんだろうな」
さらりと、店長はそう言って笑った。
開き直った……? 何故だかそのときは、俺はそう思ってしまって腹を立てた。
後から考えれば、別にそんなことはなかったのだが、深山のいつも以上に悪い接客態度に加え、ポニーにも質問の答えをはぐらかされ、その上でこのいい加減な店長の態度だったので、俺自身の沸点が下がっていたのかも知れない。
とにかく、このときの俺は頭に血が上ってしまって、店長に向かって少し大きな声で言い返してしまったのだった。
「責任者であるアンタが、そんないい加減な態度でどうするんだよ!!」
そんな俺を見つめて、店長は嘆息してから、やはり笑顔で返答した。
「責任者はいい加減でも何でも良いのさ。私は全てをこの店のみんなに任せてる。全幅の信頼を寄せてね。そして、こうして何か問題が起きれば、その責任の全てを私が請け負うのさ。責任者ってのはね、少年。『全てを担う』者じゃない。『全ての責任を担う』者だ」
飄々とした態度はそのままに、笑顔を浮かべたまま店長は射抜くような視線を俺に向けた。
彼女の言い分は、圧倒的に正しかった。
それは頭で分かっていたのだが、そのときの俺には、なんとなく納得がいかなかった。
「……おっと、ちょっと注目を浴びてしまったね。悪いなみんな、気にするな。もう大丈夫だ。これで解散すっからさ」
気が付けば俺と店長に集まっていた視線に気付いた店長が、周囲にそう言ってウインクをすると、ピリついていた店内の空気が、いつものものに戻る。
「さて、少年。そろそろ深山君が君に食事を持ってくる。今日のところはお代は良いから、それを食べて黙って帰りたまえよ」
「おい、ちょっと待てって!」
「悪いね少年、私はこれでも『店長』なんだ。お仕事はいっぱいでね。色々と忙しいんだよ。それでは、この続きはまた今度。懲りずにまたのご来店をってね」
俺の制止を無視して、店長はそう言って俺に手を振ると、振り返ることもなくさっさと店の奥へと去って行った。
ほんの一瞬。店長の姿が俺のよく知る人物に重なった気がして、
「ないない、んなわけない」
俺はブンブカ頭を振って、それを忘れるのだった。
「……はい、これ。店長がお代はいらないって言ってたわよ。良かったわね」
「いや、キチンと払うよ」
「店長の命令は絶対なの。いいからこれさっさと食べて帰りなさいよ」
「……だからそこは、『どうぞごゆっくり』だろ、ダメ給仕」
「うっさい、お前はさっさと帰れっての!」
「はぁ~……深山、もう少し客を敬えよ。いつかクビになっても知らないぞ?」
「残念ながら、あんた以外のお客様にはスマイルで百点満点の接客だから問題ないわ」
店長に言われた通りに料理を持ってきた深山の横柄な接客態度。
よく考えれば、別に全然不快でもなんでもないのに……。
どうして俺は、今日に限って店長にクレームを上げようとしたり、店長に食ってかかってしまったのだろうか?
「ふぅ~~……すまん、深山。どうも今日は俺、態度が悪かったかも知れん」
「へ? ……突然どうしたのよ?」
「分からんけど、そんな気がしたんだ。俺としては、今後もこの店をご贔屓にしたいんで、キチンと謝って置こうと思ってな」
「……何よそれ? 意味わかんない……」
「だよな?」
「けど……私もゴメン。今日の態度は私も悪かったと思うから……」
「何だよ今更? 深山の酷い接客はいつものことだろ?」
どうにもお互い歯切れの悪いやり取りをして、俺と深山はお互いに苦笑いを浮かべた。
そして、店長に言われた通り、俺は出された料理をさっさと食べて、その日はすぐに店を後にすることにした。
帰り際、レジで対応してくれたポニーが、苦笑いを浮かべて俺に言った。
「えっとね、神越君。さっきは少し意地悪してヒントなんて言ったけど、多分君はそこから間違った答えを導き出しそうだから一言だけ訂正しておくね」
「……なんだよポニー、藪から棒に?」
「満月ちゃんが不機嫌だったのは、“君が久々に店に来たから”じゃなくて、“君がしばらく店に来なくなってたから”なの。そこは間違えないでね?」
「それって同じじゃないのか?」
「うん、同じじゃないから。よく考えて?」
「って、どうして俺がそんな風に考えるって分かったんだ?」
「さぁ? それは企業秘密ってやつだよ。それじゃあ、またのご来店をお待ちしております!」
なんだか、もやもやする一日だった。
俺がトワイライトガーデンのドアベルの音を聞きながら、店外に出たときに思ったのは、そんな感想だった。
酷い接客をする店員、妙に察しの良い店員、そして、全てを見透かしたようないい加減な店長。
本当に、変わった人材に事欠かないこの店は、まだまだ掘り下げるところが多そうだ……。
俺はそんなことを考えて、家路へとつくのだった。
ちなみに、食事の代金は俺が無理を言ってポニーに押し付けた。
ポニーは困ったように笑って、「本当にみんな頑固者ばっかりで大変だよぉ」なんて言っていた。
続く――。
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