第2話 天使、降臨。


 翌日。土曜日の早朝。目をこする。


 「ん〜、かぁ〜。むにゃむにゃ…」


 眠い。だがそうも言っていられない理由がある。


 「今日か」


 母の再婚相手と、その娘さんがいらしたのだ。


 (え)


 いや、お子さんいらしたんかい。マジか。


 スゴく気まずいんですけども。ホントに。


 いてないよ娘さんが居たなんて。


 朝の挨拶を済ませ、ドア越しでの会話。


 なぜ部屋に入れない母よ。


 気がかないコトこの上ない。


 「初めまして。

 私がかえでさんと再婚させていただいた、白城しらきとおると申します」


 第一声、凛としたハリのある声音。


 うわぁ、この人が義父だとしても僕の親なんて似合わないな。いい意味で。


 第一印象は身だしなみをピシッとされている凄腕のサラリーマン。


 あ、右腕に付けてる時計高そう。


 とても爽やかで、かっこいい方だった。


 「ご丁寧ていねいにどうも。

 息子の龍人りゅうとです。

 これからよろしくお願いします」


 この程度でいい。適当そうで。


 ホントはもっと礼儀正しくしないといけないけど。


 ヘンに好かれてもヤダし。家族といえども。


 「はい、よろしくお願いします龍人くん。

 ほら、白姫さき挨拶あいさつなさい」


 へぇ、気にしないんだ。


 それとも心の中で不快に思ってるか。


 そう言われ、今まで後ろに控えていた娘さんが前に出て来た。


 (ようやくか。気になってたんだよね)


 そんなくだらない考えをしていた、


 転瞬。


 フワッ。


 まるで一輪の美しい花が、強く吹く風になびいたときの香りのようだった。


 (いい匂い。クラクラする)


 娘さんが桜色のぷくっとした口を開く。


 (ぷるとしてそう)


 「はい、父さま。

 初めまして、娘の白姫です。

 これからよろしくお願いしますね、龍人くん、楓さん」


 そう言って、綺麗なお辞儀をする少女。


 (…………)


 「っ!?!!」


 咄嗟とっさに息を呑む僕。


 もうすぐで声を出すとこだった。危ない。


 驚いた。


 まさかこんなに気づくのが遅れるなんて。


 いま名前を聞いたとき、まさかとは思ったけど。


 後ろに控えていたから顔が見えなくて確信できなかったけれど、微かに見えた髪や雰囲気で予想していたら当たってしまった。マジか。


 ただの予想。


 「そうだったらいいな」程度だったんだけど…。


 僕の通う学校のアイドルにして女神ともたたえられる超絶完璧な絶世のスーパー美少女。


 (陰キャな僕でも知ってるぐらいだからな)


 噂だが、カナダ人の血が入っているというからして白金髪シルバーヘアなびかせ、蒼玉サファイアのごとき透き通るような碧眼。


 もはや容姿だけなら日本人レベルをゆうに超えてる。


 女性としては高めな身体に、出るとこは出て引っ込むところは引っ込んでいる理想的でスラリとしたスタイル。


 抱いたら折れそう。意味深ではない。


 服の隙間から垣間見える素肌はまるで絹よう。


 (白すぎ。妖精かよ)


 すれ違えば誰もが見惚れる魔性の女の子。


 白城しらき白姫さき、だったか。

 白が多い。


 にこやかな母。ぎこちない僕。


 僕に関してはブリキのようになっていた。


 「ええ、よろしくね、白姫ちゃん」


 「…よろしく、お願い…します」


 嘘だろ…。どうなんのこれからの僕の人生。


 余りにも存在として格上の人物と家族になったという事実に頭が悲鳴を上げていた僕は、意図いとせずぶっきらぼうな口調になってしまった。


 しょうがないだろ、これは。


 誰でもそうなるわ。


 自分に自信のあるイケメン以外は。


 「なによ、龍人。ぶっきらぼうね」


 怒り気味の母。それはあたかも鬼のよう。


 (え)


 「はは、初対面で緊張されてるのでしょう」


 ナイス透さん。貴方あなたはいい人だ。


 それから荷物の整理や部屋の確認など、両家の合併のために色々とやらなければいけない事が完全に終えたのは、日が暮れるかという夕方だった。


 (もう夕方か)


 部屋数の都合上、僕と白姫さんは同室となった。


 (なぜだ。僕は男の子だぞ)


 勿論もちろんベットは上下の二段ベッドだけども。


 (変に期待しなかったわけでもない)


 こんなことになるなら引っ越しすればいいじゃないか、というかもしれないけれど、この家はこれでもまぁまぁ広い方なのだ。


 (母さんは結構稼ぎがいい職に就いてるからな)


 すべてを終え、家族団らんで食卓を囲むこと数時間ほど。


 (あっという間だった…)


 余韻よいんひたる。不思議な感覚だった。


 いつもなら三〇分ほどで食べ終わるのだが、義理の家族全員で食卓を囲むのは今日が初めてだったので、積もる話で長くなってしまったのだ。


 (案外、楽しかったな)


 これからのことや、家の当番、自分のことを知ってもらうための紹介や質問など。


 (透さんがどんな質問にも爽やかに応えていたのはかっこよかった。

 イケメンかよ)


 新しい家族の一歩スタートとしてはよかったんじゃないかと我ながら思う。


 (個人的見解だが。

 このまま僕に迷惑を掛けない方向で物事が進んで欲しい)


 そして食後、我が校のアイドルと共に生活することになってしまった自室で、互いに言葉を発することなく無言でくつろいでいた。


 (後でラノベ読まないと。

 今月の新刊まだだし)


 いや、無言というよりはしゃべり口が見つからないのだ。主に僕が。


 (気にしなければ苦しくないが、気にすると何が喋らなければと思ってしまう)


 何からしゃべったらよいのか、どうしゃべったらよいのか、話しけたらセクハラでうったえられるなんてことないよね? 僕たちもう家族だよね? とか。


 頭を巡るのはネガティブな思考ばかり。


 (そもなんでこんなコトに…)


 そんなのループから解放してくれたのは、他でもない白姫さん。


 (ん?)


 勉強を止め、くるりとふり向いてにこっとスマイル。


 (惚れました)


 二段ベッドの上段で寝っ転がりながらスマホ片手にゴロゴロしていた僕に、笑いかけながら話し掛けてきた。


 (コミュ力おばけかよ)


 「ねえ、龍人くん。

 突然なんだけど、貴方のこと「にぃさん」って、呼んでもいいですか?」


 (……)


 「へ?」


 (え)

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