第24話 ハングドマン②

 パソコン好きの生徒は『近江おうみ』という丸メガネがトレードマークの少年だった。


「パソオタの近江じゃん。転移の時までパソコン握りしめてたのウケたわ」

「はいはい。独りで勝手に叫んでて〜あたし寝るから」


 近江は興奮冷めやらぬ状態でパソコン画面を他の生徒たちに見せに行く。もちろん、寝ようとしていた少女にも押し付けるようにして見せた。


「どうだ!? 凄いよこれはっ!」

「…いや何これ」


 近江が見せてきたのは黒背景にアルファベットと数字の羅列。いわゆるコードという物だった。しかし、生徒の大半はコードを見せられても何も分からない。当然、最初に出てくる質問は近江の想定外。


「ネット環境無いのにどうやってんだ?」

「そこっ!?」

「あ〜近江。俺たち流石にパソコンは分かるけど、この黒背景に文字だらけの画面は何が何だか分からないんだわ…」


 理由に納得したのか頭を何度も振った近江は、少し早口で語り出す。


「実は僕、特殊能力で『電脳幽霊ゴーストハック』っていうのを貰ったんだけど、これまた凄い能力で…」

「へぇーパソコンもスマホも無い世界で使い道が無さそうなことで」

「どこまでもパソコンに取り憑かれたなぁ」


 何気ない生徒の声を聞いた近江は声を荒げる。


「何言ってるんだ!? アリシアさんを見ただろう? 資料にも『機の民』と呼ばれる機械種族がいる。もしかしたらと探っていたら…彼等の国のシークレットサーバーにアクセス出来たんだ!」

「そのサーバーに一体何があった?」

「よくぞ聞いてくれました! あのサーバーには世間に公開されていない機密文書が沢山入ってるんだよ。地球でいうペンタゴンとか公安文書みたいな…」


 ペラペラと語り始める近江に全員が呆れそうになる中、一人の女子が前に乗り出して近江の胸ぐらを掴む。


「おい早口オタク、あたしはもう寝たいの。だから、結論を言って。つまり?」


 驚きで硬直した近江は、そのまま胸ぐらを放された勢いで地面に尻餅をつく。


「ほら言いな」

「は、はい…」


 彼女の行為で落ち着いた近江は、パソコンのキーボードを弄ると、沢山のフォルダのページを開いた。


「…これ見て」


 再び全員の視線がパソコン画面に集まる。そこには、来訪者の素性と書かれたフォルダがあり、一番新しいフォルダには自分たちの名前のファイルが入っていた。


「うわっ…毎日何やってるか記載されてる…監視かよ」

「そう…どうやってかは知らないけど、僕らが朝起きてから夜自室で何してるかまで事細かに書かれてる」

「ち、ちょっと…自室って…プライバシーは!?」

「ここ、日本じゃないし。法律が違うでしょ」


 彼等はこの世界の法律を調べていかなったが、ちゃんと法律は存在する。王ですら裁けるキチンとした法律で、知っていればこの記録書は違法だと分かることだが、生憎この中には真面目にこの世界について勉強している人間は近江含めて居なかった。


「これ、消せないの?」

「消したら即バレるよ! 機密書類はまずコピーを取って…」

「ふざけんじゃないわよ! あたしのプライバシーをアンタに預けられるわけ無いでしょ!」

「これ僕のだから!」


 結局、パソコンの取り合いになり、近江のパソコンを巡って揉め始める。何度も何度もパソコンは投げられて、漸く一人の生徒がキャッチする。彼は画面を一目見て、ふと気付いた。


「ん? こっちのフォルダは何だ?」

「寄越せっ!」

「うおっ!?」


 突然、他の生徒が手を伸ばして来たので反射的に上へ挙げた。すると、見るからに逞しい腕がパソコンを取り上げた。


「あ…」

「げ…来たのかよ…」


 思わず、振り返るとそこには、昼間生徒たちを訓練した戦士が立っていた。


「天井に穴が空いたから来てみれば…何の騒ぎだ?」


 揉み合いの中、腕や肘が接触することも多く、怒りに任せて特殊能力や座学で覚えたばかりの魔法の撃ち合いにまで発展していた。結果として、床や壁も撃ち抜き穴を空けてしまい、部屋から離れていた生徒たちの付き人も集まっていた。


「あ〜えっと…模擬戦をちょっと…」


 騒いでいた誤魔化しをどうするか悩む生徒たちが多い中、近江は正直に話した。


「貴方たちも僕らを監視して逐一書類にしていたんですか? もしかしてプライベートまで!?」


 何言ってんだバカ!と、よく言ったオタク!という賛否の思いが胸の中で近江に送られた。話を聞いた戦士は、近江のパソコンの画面を見て、目を見開く。


「何だ…これは…何の間違いだ?」

「その画面に映っているのは僕の能力で得た機の民の真実で…」

「違うっ! ここに書かれている三人の情報は…」


 実は、最後にパソコンを持った生徒は現在の来訪者の一個前に来た来訪者の個人情報ファイルを見つけ、知らず知らずに開いていた。


「これさっきおかしいと思ったファイル…やっぱ変だよな。この名前」

「どれだよ…三人だけの来訪者…待てっ! この名前…」

 

 そこには、三名の名前が記されていた。『巫椿沙かんなぎちさ』『夏目秋なつめしゅう』そして彼の名前。


「柊木…冬馬……」

「これ、200年前に作られてる…」


 ファイルの中を真剣に読み込みながら行われる会話を物陰越しに一人の女性が盗聴していた。


「少し狂ったが、冬馬の情報はこれでいきわたった。浮津風うきつふう石墨茉莉いしずみまつりが帰還するまで後数時間だ。次は…私が吊られる番だな」


 それは、機の民であり、現国王の秘書を務め、200年前の戦争に深く関わった一人、アリシアであった。

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