第23話 ハングドマン①

 人の国。王城内の訓練場にて——


「誰かカバー入って!」

「そっち行ったよ!」

「囲め囲め!」

「馬鹿っ行き過ぎだ」


 追い込み漁のように剣を持った大勢の人間が訓練場の中央に居る一人の男を追い詰めていく。大声で張り上げる指示は相手にも筒抜けだが、数の多さで徐々に包囲網を狭めていく。


「互いの距離保って!」

「もう少しもう少し…」

「良しっ囲んだ!」


 とうとう、人ひとりが通れない程に隙間は埋め尽くされた。遠目に見れば囲まれた男は絶体絶命。しかし、男は諦めずに眼を凝らして隙を探す。


「…そこっ!」

「えっ……きゃあ!」


 ある少女の剣を持つ手が震えていることを見抜いた男は、全速力でダッシュし、少女の剣を弾き飛ばすと、包囲網を脱出する。


「もう一度囲もう」

「走れ走れっ」

「無理…疲れた……」


 慌てた周りの人間が、追いかけてくるも陣形はバラバラ。一対多ではなく一対一の繰り返しなら、練度の高い男が負ける理由は無い。


「はぁ…また駄目か」


 一分もしない内に男は全員を倒し、握っていた木の剣を地面に落とす。


「全然駄目やり直し。十人も居て俺一人抑え込めない」


 男は、国の依頼で地面に寝っ転がっている少年少女に戦い方を教えていた。初め、彼等は才能に恵まれていると聞いていた。

「才能のある人材を育成するのに協力して欲しい」と国王に頼まれて、いざ受けては見たものの第一印象から最悪である。


「あれで本当に即戦力になるのか?」

「即戦力になるって聞いたのが直前だったからね。詐欺でしょアレ」

「元々は十年計画だった指導が半年以内に最前線で使えるように改変させられたからね〜アリシア秘書官は出来て当然って言うし」

「でも、半年したら私達が護衛に付いて各地を回るんだよ? アレをそのまま連れて行ける?」

「もう少し…やる気があればなぁ……」


 実際に訓練を行うと才能云々の前に叩き直す部分が多すぎた。彼等は、生まれてから一度も生き残りをかけた戦いを経験してないらしい。才だけ溢れた人間には、普通の訓練を真面目にやる理由にはならなかった。


「イテテ…剣って重いんだよ…持って二ヶ月にしてはマシだろうよ」

「ハァハァ…無理」

「脚痛い…爪割れた…」


 今日も訓練場では、来訪者と護衛役の間で模擬戦が行われていた。潜在能力だけ見れば、来訪者は特殊な力のお陰で護衛役の戦士たちを上回るが、身体能力と経験は圧倒的に低い。現に今も大半の来訪者が床を舐めている。


「まさか、これ程とは…今日はもう良い…明朝、またこの場所に集合だ」

「「「は、はい…」」」


 呆れた顔で去っていく指導役の戦士の背中を見る来訪者たちの顔は十人十色。羨ましそうに見る者や憎たらしく見る者がちらほらと。そんな彼等を遠目で見守る他の護衛役戦士たちも来訪者の力が伸び悩むことに焦りと苛立ちを感じ始めていた。


「本当に、来訪者は使い物になるの?」


 最近の戦士たちはこの言葉が口癖になっていた。


 訓練が終わった日の夜。風たちが前線に向かった後、残された来訪者たちの気持ちはバラバラになっていた。以前は、石墨が空気を締める役を担っていたが、彼女が消えると、異世界で予想以上に上手くいかない不満が浮き彫りになっていた。


「何なんだよ、ここ。異世界転移ってこんなつまらないのかよ。訓練も走るか筋トレか模擬戦だけだし、早く戦いてぇ」


 そんな言葉を誰かが口にすると、また誰かが不満を口にする。


「あいつら俺たちの特殊能力チートがそんな強くないと思ってんじゃない? 訓練に全然使わせてくれないしさぁ」

「つーか、アタシは筋肉痛ヤバいわ。明日病気ってことにしてサボろ…」

「あ、ズルっ! オレもオレも」

「同じ理由が二人は仮病ってバレるし」


 不満は重ね重ねに大きく育っていった。既に各々のやる気もドン底まで落ちている。周りの評価を言えば、彼等は与えられた特殊能力チートにかまけて訓練を真面目にやらなかった脱落組。


「浮津とか、先生とかさ、馬鹿みたいに真面目な奴はもう外に出れたんだろ? その内、自由に世界を回れるようになるのか」

「あたしらはいつ出れるようになるんだか…ひょっとして駄目なら一生ここ?」

「自堕落に暮らせるならそれで良いけど、今の生活は絶対嫌」


 真面目にやる風たちを馬鹿みたいだと笑っていたら、いつの間にやら自分たちの方が馬鹿みたいな目に遭っていた。殆ど、城から出してもらえず、窓から城下町を眺めるのみ。まるで、刑務所に入れられた罪人のようである。


「もう脱走しない?」

「またかよ、この前もやって捕まったじゃん。罰として逆さ吊り三時間だよ? もう勘弁して」

「それより、明日あたし熱出るから。休みって付き人ストーカーたちに言っておいて」


 やる気の出ない彼等があぁだこうだ話している時、突然部屋の端に居た少年が跳び上がる。


「これはっ! よし行った、遂にファイアーウォールを突破した!」


 周りの生徒たちの視線は跳ね上がる彼に集まる。


「凄いっ! 凄いっ! 世界はこんなだったなんて」

「あいつ、頭おかしくなったのか?」


 彼は転移時に唯一手に持っていたパソコンの画面をキラキラした瞳で見つめていた。彼は周りからパソコン好きで殆ど周りと会話しない大人しい性格だった。そのため、そんな彼が跳び上がる現状に周りは唖然とする。


「凄いことが分かったんだよ! 聞けばみんな腰を抜かす情報だ!!」


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