第22話 アイデンティファイ②

 知らない筈の人間が予期せぬタイミングで封印されていた内容を語る。それは、情報を封印した当人たちが最も動揺する条件だった。


「お前、どこで聞いた…」

「ははっ驚いた。初めは耳を疑う情報だったけど、本物か」


 カンナギという名前は風たち来訪者も、そして軍人であるガンプも知っている。彼も災厄の根源の正体は知らない、というよりも上が頑なに喋らないし、情報も残されていないので知る方法が無い。それ故に、バルカナッツォの放った言葉は驚愕の真実であった。


「カンナギって、あの…?」

「違う! 巫じゃない! あれは…あれはっ!」


 明美の確認に冬馬が声をかぶせて反論するも、バルカナッツォはスキャンダルで強請る記者のように不気味な笑みを浮かべる。


「同期の来訪者…それに恋心でもあったのかい? 今、君は明らかに動揺した」

「だから、あいつは巫じゃなくて」


 瞬間。部屋の中を轟音が駆け抜け、一人の少女の足下から、地面を足を踏み抜いた余波で起きた衝撃波が風たちを襲う。明美が向かい風の中、前を向くと、先程友人にされた少女が見た事も無いぐらい冷たく怖い表情でバルカナッツォを睨みつけていた。


「アズラエル、ちょっと今から汚い音出すぞ。アズマ、目と耳閉じてろ」

「ザ、ザフキエル…?」

「僕は何も見てないし、何も聞いてません」


 ザフキエルは尻尾を立て畳んでいた翼を広げると、両の手で拳を作りポキポキと音を鳴らしていた。アズラエルは止める気が無い。頼みの綱としてマークハートに期待するも、彼女は彼女でザフキエルと同じくらい怖い顔になり、両腕を兵器に変形させていた。


「戦場に事故はつきもの。一人ぐらい誤差」

「ハートちゃんまで!?」


 ダメだ。これは殺人になる。諦めかけた明美や風の前に一人の少年が出る。冬馬と話したことのある男子『袴田』であった。


「あ、あの…待ってくだ…」

「邪魔するか、人一匹数が増えた所で」

「待てザフキエル! ここは俺が話すから…」


彼の胸中には既に色々なものが渦巻いているが、龍王よりもバルカナッツォとの付き合いは長い。情があるのは殺されかけている方であった。意を決して割り込もうとすると、来訪者よりも化け物たちの耐性が付いていて、未だ静観していた人物が動き出した。


「お静かに。龍王、並びに王弟殿下。私の国の者の非礼をどうかお許しください。私が管理者であるは出したく無いのです」


 ガンプがザフキエルたちの前に割り込み、彼らに頭を下げると、龍王は歩みを止めた。アズラエルも書類上ここの責任者であるガンプにそう言われると、引くしか出来ない。


手綱たづなはしっかり持ってね。龍は結構短期だから」

「胸にしかと刻みます。バルカナッツォ、これ以上は国際問題になりかねないので、憶測で個人を批判するのは辞めましょう」

「はいはい。オレは質問しただけなのになぁ…答え手がなぁ」

「……」


 興が覚めたと言ってバルカナッツォは部屋を去る。残された冬馬たちはこれ以上話を続けられるわけもなく、自然と解散の流れになった。こうして、バルカナッツォと冬馬の話は終わりを迎える。最初から最後まで外野だった風たちはモヤモヤとした気分のまま、早くここから立ち去りたいと願っていた。その意図を察したのか、去り際にガンプから新たな指示を受ける。


「来訪者の方は一度アリシアさんへの報告と連合会議出席を兼ねて人の国へ戻って欲しい」


 断る理由も無い風たちは直ぐに戻ることにした。しかし、冬馬はというと。


「ガンプさん。俺はザフキエルと行くから。龍は速いしね」

「——。了解しました。向こうには私から伝えておきます」

「ありがとうございます」


 風たちが前線から帰国する直前、冬馬と来訪者たちで話す機会が設けられた。しかし、互いに何を聞いていいかも何を伝えるかも分からず、ちぐはぐした会話が続く。最後に冬馬と風が話すことになったが、冬馬側に良い話題は浮かばない。


「柊木君…その…」

「どうしたの浮津さん、やっぱ気になる?」


 冬馬が申し訳なさそうに顔色を伺う中、風はというと。


(今、こんな話題を話したくないのに…今、言わなきゃいけないのは…)


 風だってバルカナッツォの言っていた事が本当か気になりだしている。200年前の他の来訪者について知っているのは名前と功績のみ。自分が戦わされる理由も分からず、敵も分からないのは何とももどかしい。

 けれど、それを聞く前に言うべき事が自分にはあった。


「いや、違うの。でも、これだけは言わせて」


 だから、風は冬馬の眼を見て此方に来た時から言いたかった想いを口にした。夢だ夢だと言い聞かされてきた事だが、そうでは無いことがあの時冬馬の出した『理想銃庫』を見て現実だったと認識出来た。


「転移した時、助けてくれてありがとうね」

「——あれは夢だったよ…とは言わなくて良くなった」


 風たちが先に戻った日の夜、冬馬は一人静かな場所へ移ると、手を叩き小さな声で号令をかけた。


「はい巫教団員、集合」


 間もなく、暗殺者のようにローブを来た教団員たちが集った。


「バルカナッツォの背後に居る奴を知りたい。正直、機の民の情報網だけじゃ掴みきれない」

「承知しました」


 夜の闇に消えていく教団員たちを見送った冬馬は、次の連合会議の前にやるべき事が出来たと、ガンプに伝えザフキエルたちと共に、連合会議の場所である人の国とはへと飛んでいった。

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