第21話 アイデンティファイ①

 部屋にかけられた古い時計の針の音が端に立っていた風の元まで届く程、作戦室の中は静寂に包まれていた。椅子に座る来訪者の少年は、大勢の人間に囲まれ、自由は無い。正に、拷問に近い状況であった。


「じゃ〜始めよっか。大戦犯さん?」

「どこからでもどうぞ〜」


 バルカナッツォたちが冬馬たちの居る部屋に入った時には、ガンプと談笑している段階だった。狭い部屋の中にぎゅうぎゅう詰めのまま始めるのは蒸し暑いという冬馬の一声で、残されたのは、冬馬、ハート、龍王姉弟、来訪者、そしてバルカナッツォであった。口火を切ったのは、勿論この男。


「大戦犯さん。さっき君は、災厄の根源に会ってたよね。軽々しく挨拶までして…随分と仲良いみたいだ」


 彼の言葉にザフキエルの表情が歪む。


「げ、アイツ来てたのか…冬馬何を話したんだよ」

「必要なこと。浮津さんとか、先生とか、来訪者を暫く殺さないでねってお願い。同郷のよしみでOKもらった」


 冬馬は痛くも痒くもないといった表情で答える。


「やはり、災厄の根源は来訪者で間違いないみたいだね? さっき見た様子だと、ちゃんと倒す気はありそうだったけど」


 どこか確信のある言葉遣いに冬馬も目の前の男に対して警戒心を強くする。無意識に距離を置いたのか敬語を使い出す。


「そうですね。貴方がそれを知ったのは…あぁ不法侵入の折か」


 ハートが漏らした情報で揺さぶりをかけるが、バルカナッツォは既に開き直っている。


「真実を知りたいのさ。ここには生き証人が四人も居る。あの記録書に書かれた事がどこまで事実か」

「(元を辿れば転移させてきた其方の都合の癖によくもまぁ…)で?」


 記録書とは、冬馬が始めて前線に向かった時、ロジュウやガンプから聞かされた偽りの歴史の事だろう。覚悟はしていても、いざ蒸し返されると無性に腹が立ち、声色が荒々しくなる。


「まず一つ目は君の事。ヒイラギトウマ。君の能力は『現実改変』と聞いているが…素晴らしい力だ」

「(聞いている…ね)素晴らしくはないですよ。代償がデカ過ぎてプラマイゼロですから」

「初めて使った時は聴力と、近くにいたナツメシュウの利き腕を失ったらしいね。今回、我々も巻き込まれた筈だが…その辺りはどうお考えで?」


 冬馬の口からは自分の記憶を消費したと言った。しかし、風やハートたちの事は一言も発していない。風たちの心配そうな視線を受けても冬馬の余裕が崩れる事はない。


 可能な限り、準備してきた。ここでなくとも、いつかこうなることは予想していた。


「それは無い、断言出来ます。地球でちょっと弄りまして、収束副作用バックファイアが周りに影響しないように改良しました」

「改良…?」


 冬馬の答えにバルカナッツォは出まかせだと疑いの目を向ける。


「俺は『奴隷契約』で契約相手から力を借り受ける事が出来ます。その中に、他人の身代わりになる能力も混じっていたので、上手く利用しました。安心安全の現実改変。今はそんな能力ですね」


 微笑みながら答える冬馬と正面から言葉を受け取らず真意を汲もうとするバルカナッツォの外で、ザフキエルはハートに耳打ちしていた。


「ハート、冬馬の心拍数は?」

「至って正常。嘘では無い」

「だろうな。見てても動揺してないのが分かる。じゃあマジで二次被害無しに改良したのか」


 バルカナッツォは、冬馬が地球でしていた事を想像出来るわけが無い。知らない世界を利用されたら、お手上げだ。仕方ないと、腰に手を当て次の話題を移ることにした。


「じゃあ、二つ目は…200年前のこと。何故負けた。何故裏切った。何故放置して消えた」


 冬馬は、バルカナッツォの声のトーンが僅かに上がった事に気づいた。明らかに怒りや憎しみを抱いている。ハートに視線を向けると、無機質な声が部屋に響き渡る。


「冬馬、バルカナッツォの妻と息子は災厄の軍勢の侵攻に巻き込まれて死亡している」


 この時、冬馬に初めて動揺が見受けられた。顔を少し下げて弱々しい声になる。


「そう…ですか。それは申し訳ありませんでした」

「謝罪が欲しいわけじゃねぇんだよ!」


 バルカナッツォは溜めていた怒りを吐き出すようにテーブルを叩く。驚いた明美や他の来訪者たちは反射的に防衛行動と悲鳴を上げた。


「まーまーバルバルナッツ君も落ち着いて」

「ぐっ…」


 途中から割って入ったアズラエルにより、殴りかかる勢いだったバルカナッツォは何とか踏みとどまる。


「よく考えてよ。本当に冬馬が戦犯なら他の国はとっくに連合破棄して人の民を見捨ててるじゃないか。来訪者を呼んだのは他でも無い人の民なんだから」

「確かに…柊木君以外の活躍と差し引いても…ごめんなさい。今のは余計だったわ」


 アズラエルの言い分や石墨の考えを聞いてもバルカナッツォから家族を喪った悲しみと、役目を果たせなかった冬馬への歪んだ憎しみが消える事はない。


「お前が、ちゃんと殺せば良かったんだ…そうすれば……死なずに」


 咽び泣きながら言い放った彼の言葉に冬馬は声をかける事は出来ない。黙って静観していると、泣き止んだバルカナッツォが顔を上げる。


「だから、少しは苦しんでくれよ…?」


(何だ…何を企んでるんだ?)


 バルカナッツォの表情は、これから獲物を噛み殺そうとする狩人のような冬馬が反射的に鳥肌となる企みがあった。口端を釣り上げたバルカナッツォの発した言葉は、冬馬が驚愕するのに十分だった。


「最後に一つ。これは記録書ではなくて、ツテで知ったことだけど…現在の災厄の根源はあの来訪者カンナギって本当かい?」


 その言葉を聞いた瞬間、マークハート、ザフキエル、アズラエル、そして冬馬の顔色が一気に変わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る