第19話 トゥルース⑥

 丘を滑り降りた先でソレは冬馬を待っていた。奇跡的にヒトの形を保っている黒い影のような存在は、冬馬が歩み寄るのに対して微動だにしない。遠巻きに居た風たちの内、意識のある者は固唾を呑んで見守っていた。ハートは、肩に彫られた8の字の上に手を置き、一人思い耽る。


「200年振り。顔色は…綺麗になった?」


 冬馬が声を掛けると、災厄の根源の口に当たる部分が開く。しかし、声は出ない。


「……」

「え、200年ずっと喉を使わなかったの? 筋肉衰えるよ」


 災厄の根源は恥ずかしがるように、ぷいと顔を背ける。


「まぁいいや。見ての通り、もう一回来たよ…後ろに見えるあの人達と一緒に来た…秋は居ないんだ」


 冬馬が視線で風やハートたちの方へ誘導する。それを見た根源の表情には戸惑いと困惑の色が現れていた。


「今日はさ、一つお願いがあるんだよ…暫くの間、来訪者だけは殺さないでくれない?」


 フランクに話を持ちかけてきた冬馬に根源は疑りかかるような表情で睨みつける。


「この世界の仲間は売る? はっ、そんなつもりは無い。だって、普通に考えて———お前たちに負ける程、みんな弱くない」


 当たり前の事を言ったまで、舐めるなよという冬馬の顔に根源は悪かったとでも言いたげな表情になる。


「でも、彼等は一ヶ月前まで地球に居たんだ。まだ、知ってはいけない、踏み込んではいけない。出来る事なら遠足気分のまま帰したい——最後のは無理だったけど」


 暫く考え込む根源。やがて、顔を上げるとゆっくりと確かに頷いた。同じ地球出身者、それに加えて、災厄の根源が恨み憎むのはこの世界であり、執着するのは柊木冬馬であり、決して来訪者では無い。


「ああ良かった、これで最悪から一歩マシにはなった」


 冬馬は踵を返し、敢えて背中を向ける。だが、根源に動く様子は見られない。全身が何かを堪えるように震わせていたが、目の前から離れていく冬馬を見送った。


「あ、そうだっ!」


 冬馬は脚を止めて、振り返り、右腕を前に出して指を刺す。そして、丘の上で待機していた風たちにも聞こえる程の大きな声で叫んだ。


「次に会った時は、我慢せずに殺しに来いよ! こっちも『あの時殺し忘れた』って、終わらせに来たんだからよ!!」


 宣戦布告。今言わなくても良い事をワザと冬馬は告げた。無論、災厄の根源が放つプレッシャーに怯えていた風たちからすれば、火に油を注ぐ行為である。恐る恐る災厄の根源の様子を伺うと、意外な反応をしていた。


 彼女は、ほんの少し笑って頷くだけだった。


「何考えるの? 馬鹿なの? 死にたいの?」

「ハート、その腕部変形型光線銃小型レーザーを向けて脅すのやめてくれないか?」


 風たちの元に戻った冬馬は、ハートの武器を顔に押し付けられて現在進行形で問い詰められていた。

 災厄の根源は、冬馬の言葉を受けて直ぐに転移し、その場から消え去った。なので、もう危険は無いのだが…


「普通に意味不明。根源は名前の通り、現状を全て解決する癌腫瘍。それに挨拶!?」

「なぁなぁ、二人だけで話してないでオレも混ぜろよ」


 冬馬に向けられたハートの腕を押し除けたのは東明美の付き人、バルカナッツォであった。彼も、明美の付き添いで戦場に脚を運んでいたが、根源から迸るプレッシャーに逆らえなかった一人だ。


「東さんの付き人戦士の…誰だっけハート?」


 尋ねられたハートは、データバンクと化した軍事衛星『カンナギ8』とリンクし、彼の情報をアップロードした。


東明美あずまあけみの護衛役、バルカナッツォ。人の民で26歳。得意武器は縄と短剣。得意魔法は氷魔法。趣味は盗み。今まで王城の閲覧禁止区域に無断侵入した回数が……」

「おいおいおい!! そこまで言わなくて良いから! というかバレてたのか?」

「アリシア曰く、『この情報を開示すれば大人しくなる』と記載。つまり、邪魔をするな三下」


 ハートの見下した発言にバルカナッツォは、周りからの視線が居た堪れないものになっているのを承知で割り込むのを辞めない。


「オレはよ、ずっと気になってたんだ。ヒイラギトウマ、あんたは200年前にカンナギチサ、ナツメシュウと共に来訪した一人か?」

「そうだよ。それが?」

「じゃあ、あの噂も本当か? 三人目の来訪者は戦犯だったこと」


 同じ質問をアリシアが聞いた時、彼女は明らかに機嫌を損ねた。それは、風も確認している。冬馬はバルカナッツォの質問に対し、即答しなかった。


「なぁ、答えろよ。ヒイラギトウマ、大戦犯」


 かつて無い程に重い空気がその場を流れる。静寂を破ったのは、クラス担任の『石墨茉莉いしずみまつり』であった。


「一旦、キャンプ地に戻りましょう! ここに居てまた襲われたら柊木君の活躍が無駄になりますし」


 強引に空気を変えようと教師らしくその場を仕切った石墨の意思を察知した明美は風も同調する。


「ほら、私たち元々ハートちゃんに誘われて抜け出しちゃったし…迷惑かけちゃってるかも」

「そうそう。本当に副作用が無かったかも確認しないと…」


 さりげなく、冬馬とハートをダシにしているが、この際何でも良い。そんなつもりで二人は同調していた。周りの来訪者たちも乗っかり、他の護衛役たちも後に続く。立場の悪くなったバルカナッツォは鼻を鳴らし、腕を組んで舌打ちする。


「チッ…だが、逃げられないぞ。を暴いてやる」


 。冬馬やハート、アリシアが語らない謎はようやく語られる。風はそれが楽しみであり、不安でもあった。


 ◇◇◇◇


「ゴラァ! 気軽に能力使ってんじゃねぇ!」


 風たちがキャンプ地に戻ると、ヒュンと風切り音が鳴る。同時に冬馬の顔面に小さな物体が激突した。そのまま、頭にめり込んだ太腿は勢いよく冬馬の身体を地面に倒し込んだ。あまりの出来事に、風たちはおろかバルカナッツォすら引いている。ただ一人、被害者と加害者の両方を知るハートは、何事もなかった様に加害者側の少女に声をかけた。


「ナーイス、龍の王ザフキエル。もっとやれ」


 機の民の少女は今日溜まったストレスが発散される快感を覚えていた。



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