第18話 トゥルース⑤

 これは冗談で直ぐに目を覚ますと信じて。自分の不注意が一人の人間の命を奪うキッカケになったと認めたくなくて。『こんな現実から逃げたくて』現実逃避の中、彼女を揺すり続ける。


「何で今日、巫は外に出たんだ…何で今日に限って」

「冬馬、偶然だ。チサの脱走も接敵も君の声も、不幸が重なったんだ。気に…」


 秋が冬馬の肩に手を置き、慰めようとする。すると、冬馬の口から遂に現実離れした言葉が出始める。


「もしも、昨日の夜に巫と話していたら、結果は…違っていたのか?」

「冬馬?」


 震えながら冬馬は瞼を閉じる。


「これが夢で、目を開けたら…」


 再び目を開けると眼前には血みどろになった巫。変わらない現実。


「あ、あぁ…やっぱり嫌だ…耐えられない」


 この現実さ直視出来ない、受け入れられない、。月を見上げた冬馬は誰も居ない天に向かって涙声で叫んだ。


「なぁ時間に干渉出来るんだろ…じゃあ、過去の時点で巫と話した事にしてくれよ。巫は無事にここに居てくれ。『お願いだから、巫の死なない現実に行かせてくれ!』」


 一人の少年の無謀で我儘な願いは、この時、あっけなく叶えられてしまった。


「冬馬…う"っ眩しっ!」


 突如、冬馬を中心とした半径数十メートルを光と熱風が包み込む。その中で、秋が目にしたのは巫の身体が暖かな緑色の光に包まれていき、欠けていた部分が修復されていく光景だった。


「超再生…?いや、時間を巻き戻してる?」


 やがて、服や装備も元に戻り、傷一つない身体となった少女は目を覚ます。


「ふぁれ? どしたの?」


 何も無かったように目を覚ました巫に秋は言葉も出ない。ただ、視線はこの現象を起こした冬馬に向けられていた。当の張本人は俯いたまま、自分の手を眺めている。


「トーマ? はっ! 何故、私を抱いている?」


 飛び起きた巫は顔を赤くして距離を取る。しかし、普段なら巫の悪ふざけを誤解だと取り繕う冬馬が下を向いたまま、震える自身の手をずっと見続けていることに違和感を覚えた。

 巫も反応の悪い冬馬に疑惑を持つが、それ以上に気になる者を発見してしまう。


「シュウ、貴方の右手…それ大丈夫?」

「え…」


 巫の言葉で秋が視線を落とすと、右手は腐り果てて肉が溶け落ち、骨が見えていた。状況を理解したせいか右手に激痛が走る。


「い"だっ…何で…」


 苦痛に顔を歪めながら、秋は巫に尋ねた。


「チサ、君は何も覚えてないの?」


 秋の言葉に巫は自分の記憶を呼び起こす。


「確か、…他の国の能力占い師に会ってみようって事になって、昨日三人で城を抜け出した!」

「一昨日? 三人で?」


 彼女の記憶まで書き換えられている。しかし、秋の記憶には巫の無残な最期が鮮明に残されている。


「冬馬! 君は、君は昨日の事を覚えているか?」


 張本人の冬馬に呼びかけるも返事は無い。彼は延々と自分の手を見ている。ずっと話を無視し続ける事に苛立ちを覚えた秋は左手で強引に肩を掴み振り向かせる。

 冬馬の表情から喜びの感覚は見受けられない。むしろ、恐怖に怯え引き攣った表情。


「戻って来い! 君はまさか…」


 話している途中、秋は冬馬の視線の先が自分の眼ではなく、口元に向かっている事に気がつく。


「ねぇトーマ。何でずっと黙ってるの?」


 先程から冬馬は明らかに様子がおかしい。


「冬馬、まさか…聞こえてないのか?」


 反応の悪さにもしやと秋が察した時、冬馬は漸く口を開く。


「巫、秋、何を言ってるの? 聞こえない、何も…聞こえないよ……」


 代償は聴力剥奪。初めて能力を使用した反動に、冬馬は一つの世界を、秋は自身の利き手を失った。


 ◇◇◇◇


「我儘な子供の欲望が肥大化した奇跡。叶えるのに犠牲は付き物」


 昔話を語り合えたハートは、ゆっくりと身体を起こす。一通り見回して風たちに被害が無いことを確認し、ホッと胸を撫で下ろす。


「シュウみたいに冬馬の代償を一緒に払わされる場合もある。特典は改変前の記憶を持ち込める程度」

「貴女も他の人とズレた記憶があるの…?」

「私は一つだけ。冬馬はくらいに身体機能を失った」


 その姿になった冬馬を想像すると、ゾッとする。


「でも、『契約』のお陰で今日も生きていける。心臓や肺、特に五感を貸してくれた人たちには感謝し切れないよ」


 声の主は、話題の張本人である。鎧は付けず、動きやすい格好で現れた冬馬は、ハートの隣に来ると、腰を下ろして地面に座る。


「あのっ…柊木君…」


 風たちが冬馬に声をかけようとしても、何を言えば良いか見当つかない。すると、ハートが上着のポケットから付け髭を取り出して顔に貼ると、見た目からは想像出来ない老人の声色を出した。


「ほっほっほ冬馬よ。彼等に気付かぬとはお主も未熟じゃな」

「あぁ、気配感知は付けてないから気がついてなかった……くそっ」


 本気で悔しがる冬馬は、風たちの知らない姿だった。


「で、今回は何が代償?」

「——記憶。改変箇所も少なかったから、子供の頃の1年分の記憶で済んだ」


 安く済ませた様に語っているが、いきなり記憶が消えるなんて、前もって聞いていても受け入れられるか不安である。


「無駄打ちじゃない? 時間をかければ契約だけで倒せる程度に記憶を消費する理由は?」

「ん、それは…二つあって…」


 歯切れの悪い返しをする冬馬にハートは嫌な予感を抱く。機の民である彼女の場合は、全身に取り付けられた警告センサーがフル稼働し、宇宙に浮かぶ衛星からは危険信号が常に送られる。

 冬馬が話す間に衛星とリンクし、高速演算で弾き出した結論は納得し難い答えであった。


「一つは、ザフキエル…龍の国の王様ね。アレに今日倒してくるって大口叩いちゃったから。それで、その…もう一つは…」

「…能力に気づいた敵が直接やって来ること」


 ハートは冬馬が話す途中で強引に割り込んだ。風はハートの言葉に含まれた一単語の意味を問う。それが、今の自分たちには最も知るべき情報だと直感で悟っていた。


「敵…敵って?」

「自分の部下が変な死に方をすれば、嫌でも気づく。まして、最近の戦線は災厄が押されている状況。極め付けにアレは執着心の塊。当然、する」


 肌寒い北風が、災厄の居た場所目掛けて吹き荒ぶ。空に浮かんでいた雲は風に流されて一箇所に集まり、風の通りに沿って渦を描き始める。小さな竜巻が不穏な空気の中心点となり、黒い瘴気は風によって竜巻まで運ばれる。やがて、瘴気の溜まった竜巻を中から斬り裂き、人型の黒い影が現れた。


「う"、うぉえ…」


 その姿を見たクラスメイトの一人は、気を失った。付き人の戦士は地面に吐いた。

 風たちの担任『石墨』は、震える膝と恐怖で生徒たちに駆け寄れなかった。彼女の付き人は庇う様に前へ出る。

 冬馬が初めて話した同性のクラスメイト袴田は、幽霊を見たような引き攣った表情になる。付き人たちは、後退りしていた。

 そして、風は何よりもまず、冬馬たちを見た。


「警戒レベル最大。駆逐、いや抹殺対象を確認」


 マークハートは黒い影を敵として警戒し、直ぐにでも攻撃出来る準備をしていた。

 対して、冬馬は緊張も恐怖も憎悪もなく、ただ淡々と黒い影に向かって歩いていく。


「そうそう。もう一つの理由は、災厄の根源に直接挨拶出来ることかな」


 冬馬は、軽やかな歩みで災厄の根源に向かっていった。

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