第17話 トゥルース④ 200 years ago

 風やハートたちの意識が戻った時、空は雲一つない青空が広がっていた。身体に変化はない。点呼を取ると全員の無事も確認出来た。ほっと一息ついた時、ハートがしゃべり始める。


「幸運。全員無事だなんて」

「ねぇ、私たちは代償とか知らないけど、昔はどうだったの?」


 誰かがハートに尋ねる。ハートは仰向けに寝たまま語り始めた。


「そうね。本人談だけど…昔、冬馬が初めて能力を使った時の話をしようか」


 ◇◇◇◇


 能力に現実逃避などと言う後ろ向きな名前をつけたのは冬馬だが、これにはそこそこ深い理由がある。200年前、巫や秋たちと来訪した冬馬は自分に宿った能力ちからの本質が見抜けず、腐っていた。


「シューウー、俺の能力って何か微妙じゃない?」


 この日、冬馬は来訪者『夏目秋ナツメシュウ』の部屋に転がり込み、ベッドで彼が借りてきた書物を眺めながら何となくボヤきをこぼした。夏目秋は、冬馬に背を向けて机に向かい勉強しながら答える。


「どうして、そう思うの?」

「だってさ〜能力占い師に見てもらった結果が時間に干渉する能力ってなってさ〜最初スゲェ!と思って、時を止めようとしたり、時を戻そうとしたり、跳ばそうとしたり、加速させようとしたんだよ。全部アテが外れたけど」


 冬馬たちの能力は基本的に国が雇った能力占い師に見てもらい、大まかな全体像を知ってから自分で細部を確かめていく。巫の『理想銃庫ライフルパーティー』であれば銃を扱う、秋の『力場操作アルキメデス』であれば重力関連、といったように占い師の言葉を聞けば後は何とかなるのが、この世界では普通の事だった。


「もう思いつかないんだよ…はぁ」

「苛立ってるね」


 冬馬は舌打ちしたつもりも、言葉を荒げたつもりも無かった。しかし、この夏目秋という男との付き合いはかなり長い。幼馴染みという関係が適している。そのため、以心伝心にも近い察しの良さが二人の間を結んでいた。


「——最近さ、周りの視線が嫌なんだよ。最初の頃と違うっていうか……期待外れの物を見る視線なんだ」

「結果重視で人材を求めるのは地球もここも変わらないね。他の世界の未成年にそれを求める分、こっちの方がブラックだけど」


 それを聞いた冬馬は苦笑いして返す。


「ははっ、あ〜確かに…」

「でも、ここは我慢だよ。きっと大人はそうする…」

「またその人生論か? 異世界転移しても通用するのかよ」


 秋が口にした謎の人生論は、子供の自分が出来ない事は大人なら出来るという多少の押し付けと憧れが混ざった考えであった。


「上手くいかない状況でも受け入れて強くなれる、大人ならね」

「まぁ、そうかも…」


 そこから先は何も言えなくなった冬馬と秋の間に重い空気が漂う。気まずくなった冬馬が部屋を出ようとすると、秋の方からパタンと本を閉じる音が聞こえてくる。


「そういえば、さっきの話、チサにはしたの?」

「巫? してないよ…最近不機嫌だし」


 常に頬を膨らませていた巫は誰が見ても明らかな程に不機嫌だった。そのため、冬馬も気を使って声をかけていない。


「合点がいった。それでさっき、チサは国を出て行ったんだ」


 冬馬の歩きがドアの前で止まる。そんな話聞いていない。


「え? 何その…え?」

「こんなにトーマの扱いが悪いのは環境のせいだ。居心地の良い国を探す! と言って下見に行っちゃった」

「……先に言え!!」


 秋の首根っこを掴んだ冬馬は部屋を飛び出し、巫の後を追いかける。既に日は落ち夜の時刻。月明かりで照らされた草原をがむしゃらに駆け抜けていった。


「秋! 巫は行き先とか言ってなかったか?」

「う〜ん。機の民の所じゃないかな。このまま真っ直ぐ行けば追いつくかもね〜」


 なんとも曖昧な予想だが、他に情報も無い。


「秋! アイツを空から探したい」

「うん、良いよ〜『力場操作』グラビトンショック」


 二つ返事で答えた秋は腰を下ろしてしゃがみ込み両手を地面に置いて力を込める。すると、冬馬と秋の身体はゆっくりと浮かび上がっていった。三十メートル程の高さまで上昇した冬馬は暗がりの中で機の国の方角を見つめる。


「…あそこ、火花が散ってない?」


 冬馬が注目したのは、二千メートルは先にある窪地でチカチカと光が不均一に輝いている光景だった。


「本当だ。チサが戦ってるのかな?」

「あり得る。急いで向かおう」


 冬馬の言葉に頷いた秋は自分の背後に手を伸ばす。『力場操作』は重力に限らず磁力や風力も操作が出来るため、辺り一帯に吹いていた風の向きを追い風に変えられる。それを利用して二人を浮遊移動させていた。

 火花の場所に近づくに連れて、銃の発砲音が耳に届いてくる。目視で状況を確認出来る距離に着いた時、目の前に広がっていたのは、大勢の災厄に囲まれながらも一人戦う巫の姿だった。


「巫っ!!」

「ちょっ…冬馬。今話しかけたら…」

「えっ…トーマ?」


 冬馬の声に思わず巫は上を見上げてしまう。一瞬の隙。そこに付け込まない災厄では無い。雪崩のように巫へと災厄の軍勢が飛び掛かり、鋭く研がれた触手を伸ばして攻撃する。反応の遅れた巫は直ぐ様、迎撃を再開したが、間に合わない。あっという間に一人の少女は黒く蠢く触手の槍に身体を貫かれ、数に飲み込まれてしまった。


「あ…しまっ、シ、秋頼む!」

「もうやってる!」


 直ぐに自分の失敗に気づいた冬馬だが、反省する暇は無い。秋の能力で巫から災厄を引き剥がしてもらう。戦禍の中心にいた少女には全身に丸い穴が空けられ、息絶え絶えのまま倒れ伏せる。冬馬と秋は全速力で降りて行き巫を抱き上げる。


「あ、あれ…シュウ、トーマも来たの?」


 無理矢理笑顔を作る巫だが、左眼を含む顔半分が抉れている。あまりの姿に言葉も出ない。


「二人とも顔怖いよ…あ、夜だから? 違う?」


 とぼけ始める彼女に声もかけられない。


「ごめ、ハァハァ…今日調子、悪いみたい…ちょっ…と、寝る……ね?」

「カ、巫っ!」


 いつの間にか災厄の軍勢は姿を消していた。冬馬は血だらけの巫を何度も何度も日が登っても、涙を流しながら、壊れた機械のように揺すり続けた。少女は一向に目を覚ます気配が無いまま時間だけが過ぎていった。




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