第16話 トゥルース③

 撃鉄の鳴る音が戦場に木霊する。同時に得体の知れない物の血肉が破片となって宙を舞い、一人、また一人と風穴だらけの身体が床に這う。戦禍の中心に立つ少年は屍体の上を躊躇なく踏み抜いて前へと突き進み、瀕死の敵を見つければ手に構えた二丁のライフルで確実に止めを刺していった。


「どこだ…トップはどこだ……?」


 狙うは敵の司令塔ただ一人。落とせば大群の動きも鈍くなる。しかし、予想以上に数が多く、見つからない。戦闘が始まってから二時間が経過し、冬馬の集中力も限界に近づいていた。


「あ"、あ"ぁぁ…」

「しつこいっ!」


 上半身のみ残された災厄の一体がうめき声を上げる。冬馬はスコープも覗かずに素早くライフルで止めを刺し、周囲を見渡した。ゾンビと同じく会話も出来ない災厄たちが、徒党を組むように集まり、冬馬目掛けて触手を伸ばし襲ってくる。地獄絵図を終わらせるにはまだ遠い。


「『力場操作』負荷は百倍だ! 潰れて消えてくれ!」


 昔の仲間である秋の能力をとある契約により使えるようになった冬馬は、ここぞとばかりに発動した。辺り一帯を引力百倍にして更地にするも、屍体の中から脱皮のように産み出される災厄たちはキリがなかった。

 遠目でその様子を観察していた風たちも冬馬の焦りが手に取る様に分かる。


「な、なんか…危なそうじゃない?」

「ハートちゃん、助けに行かないと!」


 桃色の長い髪を靡かせ、鎖骨の部分に彫られた製造番号である8の字を手で見えない様抑えていたマークハートは、風たち人間よりも遥かに高性能な機の民である。無論、冬馬よりも身体能力は高い。そんな彼女に助けを頼むのはごく自然の流れだろう。しかし、動かない。


「ハートちゃんっ!」

「沈黙して。頃合いを見て、駄目ならちゃんと救援はする。これは龍の民や川の民と合意の上。今の冬馬の実力を測るのにベストな選択」

「今…今ってどういうこと?」


 彼女の言葉に引っかかりを覚えた風は問いかける。ハートは視線の先を冬馬に固定した状態で真実を告げる。


「——柊木冬馬は、既にこの世界に来訪している。歴代最強と謳われたカンナギやシュウと共に200年前に災厄と戦い、負けて帰還した」

「は? ん? え……?」

「要約する。冬馬は二度目の来訪者。他の来訪者とは地力が違う」


 暫くの間、風たちは固まっていた。ハートは彼女たちに構わず話を続ける。


「柊木冬馬は禁忌魔法『奴隷契約』を使って、他者の力を借りている。武道の達人からは技術を、驚異的な肉体を持つ者からは身体能力を。故に、個人としては最高峰の性能を誇る」

「その奴隷契約が固有能力…?」


 恐る恐る尋ねるもハートの表情は変わらない。まるで、そう聞かれることも想定内だったかのように。


「話、聞いてた? 奴隷契約は魔法。人の民が長年かけて編み出した禁忌。冬馬はただそれを使用しているだけに過ぎない」


 風たち全員の中に一つの疑問が生まれる。ならば、柊木冬馬の能力とは一体何なのか。


「冬馬の借り受けた能力の数は途方も無い。故に、彼は災厄と渡り合えた。今はどうか不明だけど…」


 不明だから確かめている。ブレない視線がそう訴えているように見えた。

 だが、それは風たちが動かない理由にはならない。クラスの一員かつ共に転移した仲間なのは変わらない。


「それでも、私たちが行く事で楽にさせられる。貴女が行かないなら、私たちだけでも行く。元々は初陣なんだから」

「お好きに。脚は引っ張らないで」


 結局、ハートに頼るのを辞め、風たちが動くことになった。その時、戦禍の中心から一人の少年の叫びが丘の上まで聞こえてきた。


 ◇◇◇◇


 尽きぬ敵、削れる体力。終わりの見えない戦いだと気づいた冬馬は、キャンプ地で大言壮語した自分を殴りたかった。災厄の軍勢は予想以上に強化されている。200年前に、戦った時よりも個体ごとの処理に時間がかかっていた。原因に心当たりはある。直ぐに取り除けないから、今も困っているわけだが。


「あ"、あ"ぁっ…!」

「龍組とも合流は出来そうにない…あ、周りに誰も居ないなら、久々にアレやってもいいかな? 全部倒すの約束を破るわけにはいかないし」


 襲い来る災厄を処理しつつ、ほんの一瞬脳裏をよぎった考えは、疲れていた冬馬の思考を止めるには充分な一手だった。もう、疲れた。単純作業にも体力と集中力の限界は訪れる。

 捌く手を止めて、空を見上げた冬馬は大きく息を吸い込んだ。


「『昨日のお前たちに命令する。お前たちは昨日、自らの大将を殺め、自決した!』それが今の真実だっ!」


 天に居る誰かに聞こえるように、冬馬は甲高く叫ぶ。その言葉は遠くから見学していた風たちの耳にもしっかりと届いた。


「なんか叫び始めたけど彼大丈夫なの?」

「変な事言ってたし、もうヤバいんじゃ…」


 風たちが丘の上から降りようと足を踏み出した瞬間、機械の手が前を遮る。少女の顔には初めて見る焦りの表情。戸惑う風たちに向けてハートは叫んだ。


「最悪……あの大馬鹿っ! 勇者たち、逃げるよ!」


 数名の手を引いたハートは冬馬に背を向けて走り出す。何事かと動揺して風たちだが、置いて行かれるわけにもいかず、後を追う。風たちが走り出した事を確認したハートは引っ張っていた手を離し、片手で耳のヘッドギアを触ると、遠く離れた位置に居る龍の民へ通信を試みる。


「こちら、マークハート。龍の民たち聞こえる!? コードレッド! 繰り返す、コードレッド!冬馬が過去に命令した、収束副作用バックファイアが起きる!!」

「ちょっと、少しは説明してよ!」


 先程から暴かれる情報の量に脳がオーバーヒートしそな中で、何とか食らい付いていた所に、分からない単語のオンパレード。流石に風たちも黙っていられない。ハートは直ぐ様彼女たちの心情を考察し、早期的な解決策として、質問に答える。


「柊木冬馬の固有能力が発動した。能力名『現実逃避』内容は、過去か未来を願い通りに変えられる。理不尽な現実を迎えずに済む——代わりに代償を支払い、変更には副作用が伴う」

「何そのっ…あぁもうっ! 代償と副作用は!?」


 ツッコミどころ満載の説明だ。風は込み上げる気持ちを抑えて、肝心の所を尋ねた。


「代償は存在。身体の一部や記憶、挙句は五感も奪われる——で、副作用は……」


 ハートが言い終える前に、背後から焦がすような熱風と神々しい光が瞬く間に広がり始める。一瞬で風たちも呑み込まれてしまい、身体は熱風で宙を舞う。視点がグルグルと回る中で、風は空中で聞いたハートの最後の言葉を反芻した。


「副作用は現実改変。昨日を変えたことのツケが、あの場に起きる。私たちも巻き込まれるかもね」

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