第15話 トゥルース②

 アリシアから指令を受けた翌日。まだ日も登らない時間から出発した風たちが前線である西の国境付近に到着したのは、昼過ぎであった。

 来訪者十人と護衛の戦士たち合わせて四十人の大所帯は、ベテランの戦士たちもいた事で道中特にトラブルを起こさず目的地に行くことが出来た。

 前線は簡易テントが沢山建てられ、中には木箱に包まれた物資が山積みされている。人の民たちが忙しなく駆け回り、足りないだの人手を寄越せだの怒号が飛び交っている。


「怪我人の手当急げ! 寝かせる場所は!?」

「こっちは満杯だから他探して!」

「龍の民たちは何処で戦ってるんだ! 全然援護してくれないじゃないか!」

「挟撃作戦と言って反対側で高見の見物だってよ」


 誰もが必死に働きまわる戦場。前線に到着した風たちは、初めて戦争をしている実感と緊張感に直面していた。どうしようか声もかけれずにオロオロしてしまう。そこへ、石墨が生徒たちを安心させるために自身の護衛を連れて前に出る。


「私がここの責任者と話してくるから貴方たちは隅で待っていて」

「は、はい……」


 陣地の端で待っている間、風たちは人の民たちの視線がちらほらと自分たちに向いているのを感じていた。疑惑や不審な視線にあまりいい気持ちにはなれない。護衛に強そうな戦士がついている割には前線の兵士たちと面識がそれほどあるわけでもない。護衛の戦士が多種多様な種族だからだろうか、人の民の護衛は風たちの護衛には在籍していなかった。


 その場から逃げたくなるもどかしさに悩む中、風は見覚えのある少女を発見した。彼女は、機の民の一人で長い髪が首筋の傷を隠し、確か柊木冬馬の護衛役と認識している子である。思わぬ再会に風は彼女へ声をかける。


「あのっ! 確か、柊木君の護衛してるマークハート? さんだよね?」


 以前見かけた時とは異なり、藍色のフルドレスを身に纏ったハートは、突然声をかけられた事で一瞬硬直する。声の主を確認すると、無表情で棒立ちして何か思案を巡らせていた。やがて、意を決したのか風たちの元へ歩み寄ってくる。


「見たところ九人。来訪者たち、何故貴方たちがここに?」

「私たちアリシアさんの命でここの戦場に派遣されたの」

「あのヒトは……衛星で筒抜けとはいえ手回しが早い———つまり、貴方たちは冬馬に会いに来たと」


 まさに一を聞いて十を知る。察しの良さは種族の特性によるものか、サイボーグやアンドロイドである機の民は情報処理がずば抜けていると聞いてはいたが流石といえる。

 風が感心していると、横から明美が割り込んでくる。


「でも、瀕死の重体って聞いてます…彼、大丈夫なんですか?」

「瀕死、瀕死……間違いではないか。彼なら今龍の国が担当する反対側の陣地にいます」


 治療中と聞いていたので驚きはなかった。しかし、風たちの護衛の一人がハートに怪しんで尋ねる。


「お嬢ちゃん。ちょっと疑問があるんだけど聞いていいかい?」

「お嬢ちゃんは辞めなさい、青二才如きが」


 軽い雰囲気で話しかけたのは明美の護衛で人の民の戦士である『バルカナッツォ』であった。呼びにくい名前が逆に耳に残る印象深い人物である。気さくで人当たりの良い彼は来訪者に分け隔てなく接していたため、風もよく話す一人であった。


「青二才って…機の民のことを考えた発言だよ? サバ読みよりマシでしょ」

「要件は?」

「怖いなもう…じゃあさ、君も護衛なのに雇用主放っておくのはどうなの? 治療中といってもここ戦場だよ?」


 彼の言う通り、マークハートが此処にいるのは不自然であった。護衛の立場なら反対側に居て然るべき筈なのに、当然のように彼女はここに居る。


「命令されたから、これでは不服?」

「機の民らしい意見だけど、それなら戦場を突っ切ってきたことになるよ? 服装は汚れてないし空でも飛んだのかい?」

「何が、言いたいの?」


 ハートの表情は厳しいものになっていた。完全にバルカナッツォを警戒している。


「だからさ、本当は柊木冬馬さんはここに居るんじゃないかなぁって」

「だとしたら何? 不都合でもあるの?」

「だってね〜アリシアさんも国王様も柊木冬馬の護衛だけは、おれらから付けようとしないし、幾ら抜きん出てるからって異常なんだよね。そうすると、彼はしがらみに囚われず自由に動きたい駒で、それを誰もが認めてる———これは変じゃない? 一人の来訪者に入れ込み過ぎだ」


 ヘラヘラした表情で語るバルカナッツォだが、内容は的を射ている。風たちも出発前にアリシアが比喩した馬鹿とは柊木冬馬のことだと予想していた。ここまでの移動中に護衛の人たちには一部始終を話していたのでバルカナッツォは風たちの代わりに聞いてくれたのだろう。


「……アリシアが寄越した時点でこうなるのは見えてたし、本人もそのつもりだから隠すことでもないのか」

「やはり、彼は特別なのかい?」

「特別といえば特別だね。中で待ってなよ、もうすぐ災厄の軍勢を全滅させて帰ってくるから」


 ハートの言葉に一同は間の抜けた声を上げる。


「驚いた…聞いた限りじゃ二十万は居る筈だけど」

「今回は特別。200年ぶりに龍王が参加したからね。十五分くらいで倒しきるよ」


 ハートがそう言った直後、陣地の奥、戦場の方から爆音と共に巨大な火柱が立ち上がる。熱風で火の粉を撒き散らすそれは、数多の黒い点を巻き込んで勢力を増していた。おそらく、黒点は災厄の軍勢だろう。


「ほら、始まった———そうだ見に行く?」


 ハートの悪戯笑みに誘われて、風たちは陣地を通り過ぎて戦場へと赴いた。逃げていく人々と反対方向に進んだ先には災厄の軍勢に囲まれた二人の人影が映っていた。


「女の子……と、柊木君?」


 背中合わせで災厄の軍勢を相手取る冬馬たちは数の不利に一切怯んでいる様子は無い。風たちが見ていることも知らない冬馬は、全力全開で敵に向かっていった。


「『理想銃庫』万を超える銃たちよ、石の雨を降らせ!」


 宙に召喚される幾多の銃から全方位に砲撃が始まる。それからの攻防は風たちの想像をはるかに超えたものになっていた。





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