第14話 トゥルース①

 いくらチートを貰っても、身体は一般的な高校生のままである。マラソンを完走できるスタミナは付いてないし、鋼鉄の剣を何時間も振れる筋力は付いてない。貰いものも使いこなせなければ宝の持ち腐れで、ただの筋肉に屈することもある。だから、訓練をしないと、一生城から出れなくなってしまう。そこで、ある生徒は言った。


 戦うなんて御免だし、異世界の問題は異世界で解決してくれと。だが、他の生徒が言った、じっとしても日本にも家にも帰れないと。


 転移して一ヶ月、風たちは今も人の国の訓練場から抜け出せずにいた。毎朝早くから走り込みをし、木人相手に素振りをし、貰った力を使いこなす特訓を続ける。予想以上に異世界の生活は厳しくて、学校で呑気に授業を聞いていた方がマシである。

 風たちがそれでも訓練を続けるのは、故郷へ帰りたいからだ。最初は浮かれた異世界も、ここまで訓練続きになれば憂鬱になる。チートに喜んでいた生徒は異世界人の積み重ねた実力に敵わず、不貞腐れてしまい、クラスは分裂寸前だった。そんな時、風たちと一緒に転移した担任の先生である『石墨茉莉いしずみまつり』が待ったをかけた。


「チートで勝てない、訓練は辛い、こんな世界嫌でしょう? でも泣いても縋っても変わらないんだから、分担して役割を決めましょう」


 彼女は訓練を担当していた戦士たちに相談し、生徒たちには真正直に協力しようとは言わず、それぞれに別々の目標を与えた。不貞腐れた生徒たちには爽快感を得させてガス抜きをさせる為に、簡単な魔物駆除を戦士同伴の元でやらせた。次に、戦うのが苦手だったり、訓練に根をあげていた生徒にはアリシアの許可を得て、国の記録室を借り、日本に帰るための方法を探させた。そして、まだ災厄の軍勢と戦おうとしている生徒、風たちには戦場に立つのを諦めさせようとしていた。


「先生! チートを使って魔物退治するのは良いのに、呼ばれた元凶と戦う為の訓練はダメって筋が通りません!」

「魔物退治は監視と護衛を付けてますし、少しは安全だから許可してるんです。不貞腐れて犯罪を起こすよりはマシですから…それに、私は貴女たちを戦場に送るつもりはありません! 私も同じ力を貰っている以上、大人である私が参加するべきです」


 帰りたいから早く戦場に出て元凶を倒したい風たちと、倒しても帰る保証の無い危険に子供である生徒たちを巻き込みたく無い石墨の論議は平行線のまま時間だけが過ぎていった。

 こめかみを押さえて、眉間にしわを寄せる石墨は今も食い下がる風に頭を抱えていた。思わず、溜め息が漏れる。訓練が終わった後に訓練場の隅で彼女たちとこの話をするのは日課になっていた。力を得て特別感に浸るのは分かる。だが、それに加えて、責任感も重くのしかかっているのだ。


「冬馬君の初陣がどうなったか聞いたでしょう? 、同盟国で療養中。訓練でこの世界の人に一太刀浴びせたあの子でそれなのよ。今の貴女たちじゃ危険すぎる…」

「でも、こんなに支援してもらって悠々自適に暮らすなんて……」

「それが間違ってるの! 私たちは無理矢理呼ばれたのよ、流されるまま死地に行く前に考えて。周りは貴女たちに責任感を植え付けて利用するつもりよ」


 何とかしてこの子たちでも逃さなければ。自衛できるだけの訓練は全員済ませた筈だ。これ以上進めば取り返しのつかない地点まで行ってしまう。教師としての使命感に突き動かされた彼女の説得。しかし、そこに待ったがかけられる。


「利用…とまではいきませんが、戦場にはもうじき立ってもらいます」


 居ないと思っていた筈の人物の声に背筋が凍りつく。


「ア、アリシアさん。ごほんっ…この際ハッキリ言います。そちらの面倒事を解決する為に異世界の私たちを巻き込まないで貰いたい!代替燃料、私たちを呼ぶ必要はあったんですか!? 貴方達は充分強いじゃない!!」


 幽霊のように突然現れた彼女は無機質な表情を崩さない。


「ええ、ありますよ? 今日こんにち、貴女の生徒がそれを見つけることでしょう」

「それって…」

「では、ごきげんよう。西の方で災厄の軍勢が確認されたと報告がありましたので事実確認をしてきます。石墨茉莉いしずみまつり、貴女を含めた数名の初陣、期待しています」


 踵を返して訓練から去るアリシアを見送る石墨たちが最後の言葉の意味を知るのは、夕飯を食べ終えた頃であった。自由時間が始まる前にある生徒が石墨を含めて10人を自身の部屋に集めた。その生徒は風の友人でもあり、石墨の教え子でもある『東明美あずまあけみ』であった。彼女は戦うのが得意では無かったので、訓練もあまり乗り気ではなかったが、異世界の事について学ぶのは好きだった。特に歴史に興味を持っていて時間があれば城に置かれた書籍を来訪者権限で読み漁っていた。そんな彼女が青白い顔で切羽詰まったように人を呼ぶものだから、気にかけた生徒がこぞって参加した。風もその一人である。


「えと、今回は集まってくれてありがとうございます…その、こんな話、信じてもらえるか分からないけど……」

「帰って良い?」


 グダグダと前置きの長い彼女に呆れた一部の男子が席を立とうとする。慌てて明美は立ち上がった男子の元まで駆けていくと両手を広げて道を塞ぐ。


「いや、いや、待って!! 話すから」


 その男子は溜め息を吐くと用意された席に座り直した。ほっと一息ついた明美は、深呼吸して集まってくれた風たちと向かい合う。


「わたしは、ここ数日間、この世界の歴史について調べていました。以前、昔にも来訪者が居たって話が気になってどんな人達だったのか興味があったの…そうしたら、その…」

「何を見たの?」


 再び脱線しないように風が要点を聞く。


「この二冊の本を見て。こっちは初代来訪者の能力について書かれた本。そして、これは二代目来訪者の時に戦った災厄の軍勢について書かれた本」


 明美はパラパラと本のページをめくり、目的の所で止めると、見せながら皆に分かるよう読み上げる。


「初代来訪者の能力は『異形創造ばけものをよびだす』ってなってた。で、二度目の来訪者が戦った災厄の軍勢についての特徴が『この世には居ない異形の怪物たちを従える王』これ、聞いてて似てる事に気づかない?」

「いや、まさかそんなわけ…」


 戸惑いと疑問を感じ始める彼らの前に別の二冊の本を見せる。


「こっちも見て。他の時代にも…7代目来訪者は5人いて、内1人の能力が『黒衣魔装こくいまそう』、これは黒く染まって強化する能力。8代目災厄の軍勢は『異形は黒くなり更に強化された』」


 次が来るたびに前の能力と似た能力が災厄の軍勢に発現しているように見える。こちらがそう見えると言うことは明美が伝えたいことも同じことなのだろう。


「最初は来訪者の能力を模倣しているようにも見えたんだけど…5人の内、1人をだけ模倣するのは理由が分からない。黒衣魔装が5人で一番強い能力にも見えなかった。だから、もしかしてだけど、災厄の軍勢は…」


 言いよどむ彼女の表情に集まった生徒たちは皆同じことを思い浮かべてしまった。


「災厄の軍勢は来訪者…つまりは地球人の可能性がある……無関係どころか、私たちは身内の尻拭いしてるのね」


 生徒たちに言わせるのも酷だった石墨が代わりに話す。それにこくんと頷く明美。アリシアが今日この状況になることを知っていたのだとしたら質が悪い。


「それ以外にも、過去の来訪者に『異世界人からの攻撃を弱体化させる』って能力もあったので、この世界の人たちは倒したくても倒せないのかもしれません。地球のチートが積み重なった怪物だから」


 空気はどんよりと重くなる。誰もが知りたくもない考察を聞かされて何を言うべきか悩んでいた。そんな中で一人の生徒が更に状況を悪化させる悪手を打った。


「あのさ、私気づいちゃったんだけど…前回の来訪者って200年前でしょ? 負けたんだよね…もう太刀打ちできないならどうやって勝つの?」

「……」


 絶望的な未来しか予想出来ない。石墨はやはり生徒たちを逃がそうと考え、この場で提案しようとしたその時。部屋の扉が何者かによって勢いよく開かれる。空気が入れ替わる。外に立っていたのは石墨に意味深な言葉を残したアリシアだった。


「勝てますよ。そもそも200年前は負けてませんから」

「アリシアさん、だからそれ意味が分からないって…」


 石墨の言葉にアリシアは視線を向ける。それは無知な大人を見下す凍てつく矢のようだった。


「己の力で真実に辿り着いた者を私は祝福します。丁度いい、この場の十人に行ってもらいましょう。場所はここから西へ数十キロの龍の国との国境付近。同盟国の龍の国との合同作戦です。そこで、あの馬鹿に会えばわかるでしょう」

「もうっ!? それよりあの馬鹿って……」

「勝手に報告書偽造して、瀕死の治療を受けたことになっている男ですよ」


 こうして、風たちは半ば強引に城から追い出されて龍の国へと向かうことになった。待っている冬馬は何も知らず、向かう彼女たちは彼が何を知っているのか複雑な感情を抱いて出発した。



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